澤田瞳子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
時代小説が今、楽しい
なぜだろう…たぶん…人っていつの時もあまり変わらない、って思えたり、暮らしって同じなんだな、って思えたり…古の人達とどこか繋がっている感覚が面白いのかもしれない
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仇討ちという使命を帯びて国許を離れ12年もの間、仇を探し回った清史郎だが、いざ故郷に帰ってみるとそこに待っていた「真実」とは…
仇の子供達、昔の想い人、旧友、恩師…
共に過ごした時間が様々な色を成して清史郎を包み込む…秘め事が明かされる…果たして清史郎の答えは?
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人間ドラマでもあり、謎解きでもある
ミステリーとしても上質だと思う
そして、つくづく主人仕えの武士も勤め人となんら変わりない…組織の歯車として日々、あくせくと働き意に沿わぬ事に苦心しストレスに苛まれ、清濁合わせ飲むことを「仕方なし」とする諦観…
清廉潔白に生きようとする清史郎を「青臭い」「大人になれ」と揶揄するも、本当はそんな人間が羨ましいのだろう…もしも、自我を通そうとするならば、それなりの代償を払わなければならなくなるから
それに比べて、「女性」のなんと逞しいこと!
愛人を堂々と囲い、その世話をさせる夫をもつ商家の女将…テキパキと仕事をやりくりし、清史郎に助け舟をだし、歯に衣着せぬ物言いに恩着せがましい気配などなく、全くもってイケメン!自分のことは自分で決める、そのキップの良さたるや…ジクジクと煮え切らない男性どもを颯爽と置き去りにする感じ…
ご立派で、胸がすく!
そして、清史郎の想い人であった早苗
「烈女」と評される彼女の肝の座った言質!
政だ、お家だ、と走り回る男性陣に振り回されるのはごめん被る、知りたい事、知らなければならない事は自分で成す、という決意
その行動力と物怖じしない度胸の良さ!
藩のため、政のため、主人のため、と、自分の理を犠牲にして本意ならざる人生を歩むことを余儀なくされる男性人に対し、この女性陣の自由奔放さが対照的に描かれていて…なんとも…
「男って可哀想」とか「男って不器用」とか…確かにそういう事もあるけれど、個人的にはそんな男性陣が悲しくなるほどに、なんだか愛おしい
どちらがより過酷かとか、正しいとかではない
漢には漢の、女には女の、それぞれの修羅があり、闘い方がある、という話し
翻弄されながらも、心の中で泣いて、怒って、迷って、、、命までも捧げてしまうような不器用さ、生真面目さ…それらがなぜか悲しいくらい愛おしい
道理や忠義、誇り…
清濁合わせ飲むことで果たして人はどんな答えをだすのか…清史郎の答えは…この時代にしては「理想」すぎて…
できれば、その後を見てみたい
清史郎が江戸かどこかで健やかに生きていることを願ってしまうと同時に、郷里に残った人達もまた幸せであってほしい、とも思う
清史郎の12年が無駄ではなく、この答えに行き着くための長い旅路だったのだ、と思えたことで報われるだろうし、仇の子供と結んだ絆が、この先、蕾となり花を咲かせ実りとなって、また再会できたらどんなに幸せか…そんな未来を待ってしまう
とにかく、丁寧に描かれた秀逸な一冊でした
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Posted by ブクログ
平城京の都を舞台にした作品は初めてで、凄く面白かった!!
普段、時代小説だと、江戸時代や幕末維新が背景のものを読む事が多いので、平城京時代の物語は新鮮で、舞台背景を少し知ることができました。
主人公の袁晋卿が、唐の都である長安から日本にやって来る事になり、そこには遣唐使として日本から唐に渡っていた玄昉と吉備真備による企みがあり、それはどういう事なんだろう?晋卿は何に巻き込まれているんだろう?ということを頭に置きながら、奈良で過ごす日々を読み進める内に、その世界の中に没入していました。
晋卿が日本に連れてこられ、更に唐に帰ることが許されない理由が判明し、大宰府に移る事になり、そこでの生活で、次第にその事実を受け入れていくようになる晋卿の気持ちの変化、玄昉や藤原広嗣に対する思いの変化に、良かったと安心すると同時に、私が晋卿と同じ立場だったら、受け入れられるだろうか?と、考える所がありました。
一冊の小説に没入した、面白い物語でした。
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Posted by ブクログ
・鳥居耀蔵(とりい ようぞう)/鳥居胖庵(はんあん)77歳。かつて南町奉行を務め、奢侈を厳しく取り締まり、庶民からは「妖怪」と嫌われた。
失脚して23年の幽閉生活を過ごすうちに、時代は明治へと変わった。
まるで浦島太郎。帰ってみればこはいかに。
各章、能の演目に題材を取っている。
江戸時代、能は公的な儀式の場で上演され、幕府や大名たちの庇護を受け、能役者は武士身分に取り立てられていたが、徳川の世の終わりと共に、他の武士たち同様に没落し、生活のために能を捨てて他の職業に就く者も増えた。
胖庵も、能役者たちも同じく「お江戸に置き去りにされてしまった」前世紀の遺物である。
明治の世をどう生きていけばいいのか。
【名残の花】
胖庵、上野の花見客の騒がしさに憤懣やる方ない。
かつて取り締まった猿楽の家の者、滝井豊太郎(たきい とよたろう)と出会う。
かつて取り締まった芸者の娘の女掏摸(すり)に仕返しをされる。
【鳥は古巣に】
・中村平蔵(なかむら へいぞう)86歳。金春座の地謡方
・滝井豊太郎(たきい とよたろう)16歳。平蔵のただ一人の内弟子。師匠の身の回りの世話をする
胖庵は思い上がった能楽者たちが嫌いだったが、将軍家の行事に連なり、数々の舞台を観てきたので、能には詳しく耳も肥えている。
演目は「箙(えびら)」秀でた才能がなくても小鼓を手放したくないと決意する能楽者
【しゃが父に似ず】
「歌占(うたうら)」が元ネタの狂言を書いた若者は、かつて胖庵の部下だった武士の息子
【清経(きよつね)の妻】
平蔵の家で金春役者たちによる稽古能が開催されることになった。五番立てのうち、豊太郎は二番目ものの「清経」のツレに大抜擢された。シテ、平清経の妻の役で、ツレだが謡も所作も多く、見せ場のある役。
豊太郎の叔母は、夫の形見であるはずの香炉を井戸に投げ込んだ。その真意はどこにあるのだろう。
【うつろ舟】
「鵺(ぬえ)」
金春座太鼓方・多崎一家が心中した。
鍛治橋御門内で狐狸妖怪が西洋風のラッパや太鼓を打ち鳴らしているという噂が流れている。妖怪でさえ洋風化している明治の世には古典芸能は滅びるしかないのかと嘆いた。
【当世実盛(さねもり)】
「実盛」は、73歳の実盛が白髪を黒く染めて出陣する、老将の矜持を題材とした修羅能。
「武家の体面」に散々苦労した末、武家を憎むようになった、元武士の喜十郎は、古いものを守ろうとする若者の志をくじいてまで洋風化に洗脳しようとした。
胖庵は、戦国の世を終わらせて打ち立てられた徳川幕府も、その時は「新しい世」だったのだ。時を経るうちに綻びが生じ、やがて滅ぼされて明治の世になった。この明治の世も、西洋化を急ぎすぎればいずれ歪みが生じ、次の世がやって来るかもしれないと説いたが、喜十郎の胸には響かなかったようだ。
時の流れの中では、永遠に勝者でいられる者などいない。 -
Posted by ブクログ
まさに澤田氏にしか書けない物語。唐から来た異邦人と孤児の二人を中心に、玄昉と藤原広嗣でここまで豊かに、これほど面白く描き切る力量には舌を巻く。特に、物語の終盤・太宰府に赴く四名の組み合わせが良い。いずれも唐語を操りながら、京では“異物”として扱われる孤独な存在。ただ、志邑だけが最終章で急に主役のような扱いになった点には少し違和感があり、中盤でもう少し存在感をにじませても良かったように思う。
本作では、石上乙麻呂の排斥、広嗣の乱、玄昉の死といった有名な事件は描かれない。それを“あえて描かない”という選択こそ、名作家ならではの大胆さだと感じた。
孤児だった駒売・狗尾・挟虫の三人の生き方も実に興味深い。孤児時代は性格こそ違っても、物乞いで生き延びるしかなかった彼らが、ひとたび安息を得ると次の欲へと手を伸ばしてしまう。それは悪ではなく、ごく自然な変化。晋卿の恩を忘れたと批判するのは筋違いで、むしろ狗尾の強かさや嗅覚は、孤児として培われてきた“普通”の帰結であるとも言える。恩を忘れず太宰府まで付き添った挟虫の方が、ある意味では異例なのだと思う。
狭虫の「帰る家がないから、どこへでも行ける。孤児で良かった」という言葉には深い真理が宿っており、考えさせれる。現代でも、社会に規則正しく順応することで得られる利益がある一方、生きづらさや不公平を感じることも少なくない。どちらの生を選べるかという点こそ、現代人の特権とも言えるだろう。この観点で、広嗣を不憫に思う晋卿の気持ちにも共感できる。広嗣こそ、貴族社会でなければもっと自由に生きられた典型的な人物だったのではないか。籠の中の鳥。澤田氏の『夢も定かに』の「藤影の猫」で描かれた、伊勢斎宮へ向かう前夜の皇女(斎皇女)の哀しさを思い出した。
梧桐の木――鳳凰の棲む木の下で眠ることができる幸福を静かに考えさせてくれる物語。