澤田瞳子のレビュー一覧
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"人はな、畢竟、他者を救うことも助けることもできはせぬ。人を救うのはただ一つ、己自身のみじゃ。"
"知識や学んだことは、たとえどんな境涯にあったとて、誰にも奪われぬ自分だけのものじゃ。"
続編の方が好きかもしれない!太宰府に流された菅原道真が、太宰府で起こる事件を人知れず解決するシリーズ第二弾。
身分を偽り唐物の目利きとして博多に出入りする菅原道真だけでも面白いのだが、ここに帝の調度品を巡るいざこざが関わってくる。
本当に正しいことはとはなんなのだろうか。人のために何かをするということは、時に誰かを欺くことにもなる。それでも、人を救うとはなんなのか。
"(このお人は結局、人が好きでいらっしゃるのだ) "
保積のこの台詞が本作の菅原道真という人を表していた。
そして、書が好きな小野家の御曹司といえば、やはり彼の幼少期のことでしたか。彼の将来もすぐに気づいたけれど、元服した後の名前を考えるシーンがよかったな。人生は続く。 -
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短編集。ほぼ全てに絵師が出てくるが、語り手は様々。美しい文章で綴られるのは時代に翻弄されながらも自分らしく生きようとする姿が多かったような印象。
「さくり姫」
頼朝の妹、有子は政子や政治にその身が巻き込まれるとさくり(しゃっくり)が激しく出るのでさくり姫と呼ばれる。そんな有子の夫が京都守護となり、兄が秀でた絵師である基清に仕事を依頼したため、彼女を知り、政子を知る。自分の仕事も見つめる。
「紅牡丹」
多聞山城に人質として九歳で入った苗は、母から渡され、立派な花をつけていた牡丹の苗が、いつまでもたっても花をつけないことが気がかりだった。しかし、花をつけないことには深い理由があったのだ。
「輝ける絵巻」
1654年、京の貴族は雅の道を極めることで活路を見いだしていた。左近衛中将・李賢は源氏絵の完成に財産を使う正体不明の宗連を身分を下に見ながらも面白く感じていて、さらに彼から見せられた焼失したと思われる絵巻を我が物にしたく、彼の要望に答え、色々無理しながら貴族しか見られないようなものを融通したりする。東福門院和子がこのお話の中で重要な役割果たす。
「しらゆきの果て」
菱川師宣の行方を探す宮川長春の弟子喜平治。探し当てたものの、孫娘は絵師を嫌い、貧乏なのに弟が絵師になりたがっても長春のところにさえいかせようとしない。そんな家族と交流しているとき、力のある絵師から回された仕事(仕事の時も嫌な扱い受けたのに)の対価が払われないことが原因で大きな事件が起きる。
「烏羽玉の眸」
大和国山辺郡、布留社の寺では、譲位の声を聞き、院主が還俗し、神職とならんと住職全員に鹿の汁を無理やり食べさせようとしていた。二十歳の寺男、八太吉の目線から、用意したこじかや少し前に時代に乗り遅れ時勢の悪さで殺された絵師、式部のこと、彼を悼み、還俗に断固反対しようとした僧、舜叡などの話。
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右大臣の位にまで上り詰めた天才文人政治家、菅原道真が太宰府に流されてきた。鬱屈し怒り狂う道真はだんだんと異国の文化の混じる太宰府にて生き生きと己の役割を見つけていくというストーリー。
太宰府に左遷されて初めて本当に民はどのように生きているのか、苦しんでいるのかを目にする。自分が今までやっていたことはなんだったのかと自問自答するシーンが好きだった。
"どんな教養も、飢えや貧困の前には一粒の麦ほどの価値もない。薄汚れた画幅を名品と判じられたところで、病み衰えた男一人、救えはしないのだ。"
有名な書画や陶器を鑑定しながら、朝廷にしっぺ返しも喰らわせる道真。恬子さんの視点が鮮やかで好きだし、途中からわかっていたけれど正体が分かるシーンも穏やかで好きだ。
結局、自分の目で現実を見ないとわからないことはたくさんある。その上で自分が育んできた才能を活かすこともできるという話なのだなと思う。 -
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ネタバレ澤田瞳子の小説『孤城春たり』は、備中松山藩の財政改革を成し遂げた山田方谷を軸に、各章で異なる人物の視点から描かれる群像劇。各章の内容は以下の通り。
第一章「落葉」
主人公は山田方谷に反発し、彼を討とうと画策する剣術指南役の熊田恰(あたか)。方谷を「君側の奸」と見なし、その改革を認められない恰が、方谷の真意と周囲の反応に触れる中で、自身の考えを改めていく過程が描かれている。
第二章「柚の花香る」
菓子商の跡取りだったが店が潰れ、孤児となった少年・玉秀が主人公。寺に引き取られた玉秀が、山田方谷との出会いを経て、困難な状況の中でも希望を見出し、成長していく姿が描かれている。
第三章「飛燕」
山田方谷の門弟の中でも紅一点である繁が主人公。女性としての生き方や学問への志の間で葛藤する繁が、方谷の教えや、越後長岡から来た河井継之助との出会いを通じて、自身の道を模索していくストーリー。
第四章「銀花降る」
江戸で砲術を学ぶも身が入らず、己の進むべき道を見失っていた(塩田)虎尾が主人公。彼は航海術に生きがいを見出し、その知識を藩の財政再建に活かそうと奔走。方谷の思想が、新たな道を切り拓く若者・新島七五三太に影響を与えていく様が描かれている。
第五章「まつとし聞かば」
戊辰戦争の激動の中で、佐幕派の小さな藩である備中松山藩が翻弄される様子が描かれている。藩主・板倉勝静が徳川慶喜の老中であったことから、鳥羽伏見の戦い後、朝敵とされ、追討の危機に瀕する中、山田方谷とその教えを受けた藩士たちが、それぞれの「義」を胸に藩を守ろうと奮闘する姿が、熊田恰の自刃と共に描かれている。 -
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「(心の)故郷は遠きにありて思ふもの」
私の、京都に対しての想いはそんな感じ。京都への憧れは十歳くらいにはじまったと思うが、旅行したのは修学旅行を含めて10回に届くかどうかというところである。(きっかけは、夏休みに家族で大阪万博(1970年)に行ってきたというお金持ちの友達が、ついでに京都に寄って観光して来たという写真を大量に見せてくれたことによる)
近年の、外国人旅行者の混雑を見るにつけては、もう一生、京都に行くことはないだろうと思ってしまう。
でも、本当に京都に憧れている。
そんな私に、居ながらにして京都旅をさせてくれる本書である。
澤田瞳子さんの、歴史の研究者であり、小説家であり、京都に生まれ育った京都人である、という多角的な観点から語られる、京都と歴史。
ありきたりな言葉で言いますが「尊い」
京都に関する小説やエッセイを少しずつ読んできたけれど、ここで初めて知ることも多かった。
吉田兼好が徒然草に、鯉のあったかい汁物食べた日は、コラーゲンで髪もしっとり〜!・・・のようなことを書いていたというのが面白かった(コラーゲンとは言ってないけど)
鱧の自動骨切り機も笑える。寿司を握るロボットがあるのだから、まあ、大量生産しようと思ったらそうなるか。
歴史の授業は年号丸暗記より、事件の中身の理解が重要というのは、歴史は面白いのになぜ学校の授業はつまらないのか?に対する答えだ。
仕事で東京に行って、会食をすることになる時、「京都住まいの澤田さんは和食に誘いづらいと言われ、目が点」という話もある。
それ、周りの人は変な気を使いすぎだと自分も思う。しかし、他の都道府県出身の人に対して他人がそういう気遣いをするか?となった時・・・
ないだろうな、と思う。
それだけ「京都」は特別であり、「京都人」に対するリスペクトの結果であると思ってご寛恕願いたいと思うのである。
余談だが・・・今年こそ「水無月」を食べたい。 -
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作家さん達が全国18か所の灯台を巡り、紹介する紀行文。島国である日本人は古くから海と共生してきたが、現在のような西洋式灯台が建設されたのは明治維新以降になってからだという。風の吹きすさぶ岬の突端でポツンと立ちながら必死に灯を届ける様子は、孤高であり浪漫を掻きたてられる。
近代日本の文化遺産として、灯台が見直されつつあり、各地域では新たな観光資源となっている。各地に旅行に行く際に、灯台へふらりと寄ってみるのも楽しそうだ。私の地元の灯台も紹介されていたので、まずはそこから訪問したい。
また、どの作家さんも『喜びも悲しみも幾年月』という映画について言及されていた。近代日本を支えた誇りある灯台守という職業とその過酷な暮らしについて興味が湧いた。 -
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平安時代の賤民を主人公にした小説というのが私には目新しかった。
自分にとってあまり聞きなれない言葉遣いも、小説に趣を添えていて好もしく感じた。
これでもかというくらいの苦難。人間の弱さ、愚かさ、狡さ。そういった中でも生き残った者たちの営みは連綿と続いて行く様子が描かれている。
予測不可能な自然災害というのは決して他人事ではないし、人間の願いや祈りや努力や思いなど通じないどうしようもなさというのも古今東西あるだろう。善悪や好悪とは別次元で、それぞれの立場で現実の問題や変化を受け入れて生きていくしかない、それが人生。そうやって人間は生きてきたしこれからもそうしていくのだろう。