澤田瞳子のレビュー一覧
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平安時代の富士山延暦噴火。災害に遭った人々の葛藤、苦悩、奮闘、再生を描いた「赫夜」。全巻サイン本という挑戦をした作品でもあります。初版限定でなく、版を重ねるごとにサイン本にするらしいです、気合い入れてます。
己の境遇に悩む国司の家人・鷹取が富士山の噴火に遭遇し、混乱と絶望の中で日々を生きてゆくしかなくなってしまった人々との生活の中で、自分自身と向き合い生きる意味を見出してゆくのが、大きな柱か。
登場人物それぞれが、災害の中で自分にできることを探し出していくのですが、その向いている方向が違って、必ずしも希望や未来に向かっているわけでないのが混乱の只中にいるということを実感させます。
災害を己の存在意義を示す好機と目論む宿奈麻呂。恋人との未来を掴むために火事場泥棒をしてしまう渕名。在りし日の繁栄を守るために廃墟にしがみつき続ける粟岳。避難民と住人の今後のために、従来の誇りよりも生計を守ろうとする五百枝。己の才を活かすことで未来を見据え逞しく生きてゆく安久利。
その日その日を生き抜くために必死で動くものもいれば、自らの気力を失い惰性に任せて誰かに何かに付随して生きているものもいる。被災者それぞれに、それぞれの理由があり、それは不安や悲しみ、無力や絶望の末にあるもので、決して非難できるものではないのは自分自身が同じ状況に置かれた時に、前向きな精神力を発揮できるとは思えないからです。
苦しい時こそ笑え。空元気も元気の内。トンネルはいずれ抜ける。
様々な言葉が今日の災難を吹き飛ばそうという力を与えてくれはするけども、それと同じくらいに、明日が明るい日だと誰が決めた、が追い打ちをかけてくることも事実。
どちらを信じ、どちらを心に打ち込んで日々を乗り越えてゆくのか。
最初からは無理でも、強い気持ちであろうとしすぎて潰れてしまうこともあるかもしれない、それでも前を向いて進む一歩を踏み出せる人間でありたい、と思います。
自分には足りていない部分である、実感も自覚もある。だからこそ鷹取のように己の境遇を嘆き下を向いていた日々から抜け出した彼のように、前を見て上を向いて一歩ずつ進む気持ちを持ちたい。
鷹取が、そこまで明るさに溢れた人格になったわけではないのですが、延暦噴火が人生の転機になったことは事実。自然という立ち打ちできない存在に負けることのなかった心意気は目指したいものです。
とはいえ、鷹取自身を好きであるかと言われると、そういう性格の人物ではないと思います。ただ、そんな彼だからこそ心境の変化に、心が動かされたのだと思います。 -
Posted by ブクログ
瞳子さんの作品は、ほとんど読んでいて、
「京都鷹ヶ峰御薬園日録」は未読(続編も)だった。
光格天皇(119代)の時代、
この時代の江戸ものは時代小説によく書かれるが、
禁裏のある京都を舞台にしたものは、あまり読んだことがなかった。
幕府が開いた鷹ヶ峰御薬園は、広大な薬草畑を持つ薬草園で、
京都市北区鷹峰藤林町に顕彰碑が立っているそうだ。
小説の流れがやや固く、先が読めてしまうのが残念。連作短編になっているが、
一冊としてのフィニッシュが物足りなかった。
でも、美しい言葉を選び取って纏める瞳子さんの瞳子さんの作品は好きだし、良書だと思う。 -
Posted by ブクログ
絵が好きだ。若冲の絵が好きだ。ニワトリが片足でジョジョ立ちでカッコつける絵がカッコいい。ジョジョは厨二のカッコよさ。とわいえ、かの上野の展覧会に5時間並んだ御仁のなかでも絵を「厨二」「ジョジョ」と評して愛でる世代は少ないだろう。何が言いたいかと言うと「絵の愛で方は人ソレゾレ」ということ。書評なのに何故こんなに絵画愛を語っているかというと、この本に出会うとは、小生では一生思いつかない「絵の愛で方」を発見することになる。まさに若冲大好き大好き溢れ出る想像力の果てに壮大なストーリーが出来ちゃった、って感じ。ここまでくると史実か否かを問うのは野暮。これは伝記ではない。人物評ではない。絵へ愛だけ。ある程度の若冲ファンなら一話一話がどの絵の話かすぐに理解でき、かつ、ちゃんと絵を思い出せなくても、なんとなくで大丈夫。想像を絶する若冲絵画への愛を感じるべし。