澤田瞳子のレビュー一覧
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聖武天皇の御代、つまり奈良時代を舞台にした本作。
珍しいところに題材を取ったものだ。
それもそのはず、著者は日本古代史を専攻していたというではないか!
始めに慣れない読み方の登場人物や女官の位、皇族の名前などが一覧になっている。
これは親切に、ありがとう、たすかります。
これがないと読めないのだ。
馴染みのない、采女やナントカの司(職場名)など、慣れてしまえば物語の面白さに気にならなくなるが、慣れるまではこの箇所に何度も戻る。
18歳でもはや行き遅れ、10代で子を成すのは当たり前、愛人にだってなる。
しかし処女信仰はまだなく、皆が性に奔放。
かと思えば、男性も女性もキャリアを積めるのに、女性にはガラス(このころは玻璃かな?)の天井があり、生まれによってさらに二重三重に重なって行く手を阻んでいる。
それがわかるのが、笠女が主人公になる章。
現代女性も、残念ながら、頷けてしまうかもしれない。
春世の物語は、政争に巻き込まれ、自らの子を本妻に取られ、息子自身も実の母より今の高貴な暮らしを望むというある意味悲惨なものだ。
しかし、志斐弖と海上女王の姿に救いを見出せた。
女性は男性になろうとしなくていい。
それをしなければ自己実現できない事だってあるだろう。
だが、なぜ二つの性があるのか。
それは、互いが互いを認め合い、補い合うためだ。
古と今。
この共通点から学べることは何か。
本書は古に言葉と姿を借りた、現代に生きる人々へのエールなのだ。 -
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面白かった。はよ仇打ちに出かけろよと思いつつ、読んでしまったが、最後まで読んで全然親友を殺そうとするほどの意味が理解できなかった。単に気に入らなくてキレただけやん。。。ちゃうのん??
安良藩の家臣である父の多賀織部は、渡辺幸大夫に打ち取られた。清史郎は仇討ちの旅に出て12年。母が亡くなったので、久しぶりに故郷に帰る。仇の居場所はいまだにわからない。
故郷は色々と変わっている。仇の息子隼人が池の鯉を盗んでいるところに行き合い、気にかかって見に行ってしまう。13歳の子供だ。差別され虐められている。藩校にも入れず、何も持っていないので、剣術なりとも教えて欲しいと言われる。隼人は防具や竹刀でさえ持っていなかった。
あれこれあって朝比奈道場の仇討ちに遭遇してしまう。45年ぶりに出会った仇だという。考えさせられてしまう。 -
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平安時代前期、応天門の変があった貞観8年(866年)、那ノ津(博多)から値嘉ノ浦(五島列島近海)にかけての海や島々を舞台に、一人の謎の男をめぐって、海賊、商人、官人たちが関わり合い、壮絶な争いを繰り広げる物語。
物語のナビゲーターのような役を務めるのが、10代の少女・由良。彼女は物心ついた頃には、巫女船に囚われ、いずれ生贄として、海神に捧げられる運命にあった。
ある時、彼女が目撃したのは、海賊に襲われた商人船から海に投げ出された巨大な櫃。
巫女船の船長である赤名の号令で引き揚げられた櫃から救い出された福雄という若者が、物語のカギとなり、争いの端緒となる。
福雄の行方を血眼になって探す新羅商人と前の隠岐国司、その影響で自らのねぐらである高島の郷を壊滅させられ、復讐を誓う海賊の頭目・宗継。
由良は、太宰府庁の少弐・在原安貞を慕い、新しい少弐・元利麻呂を亡き者にしようとする元女官・伴真平に引き取られるが、元利麻呂を救った宗継の海賊船に乗って、行動を共にすることになる。
主・安貞を思う真平、頭目・宗継の右腕として、宗継のためだけに生きる年麻呂、真平に助け出されながら赤名とともに過ごした船上での暮らしに戻りたい由良、駆け落ちした遊女・香久女と僧・元昌、横死した兄のために、上役だった国司を訴え出た福雄。
本作は、激しいアクション活劇、ミステリーの色彩も強いが、こういった人間関係、これと決めた大切な人への熱情がテーマとして伝わってくる作品でもある。
形は違えど、誰かを大切に思ったり、何かを願うことには、大変な痛みを伴う。
そのことを、成長する由良の感性の中に表現する手法で、読み手に訴えた作品といえる。
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澤田瞳子さんによる、平安中期を舞台にした歴史長編。
寛平法皇の孫で仁和寺の僧である寛朝は、都で父に疎まれ、自らの求める「至誠の声」を追って東国・坂東へ旅立ちます。
そこで豪放磊落な武将、平将門と出会いますが・・。
寛朝の視点で物語は進みます。(偶に千歳の視点もあり)
皇族で都育ち、ある種の純粋培養だった寛朝が、坂東の地で血生臭い本物の戦場を目の当たりにし、それまでの価値観を根底から覆されていく心境の変化が印象的でしたね。
それと対照的なのが、従僕である千歳の琵琶の名器「有明」に対する凄まじい執着と狂気です。
単なる物欲を超え、己の「楽」に魅入られた人間の底なしの闇には、ゾッとするような凄みを感じました。(ところで「蝉丸」って、あの「蝉丸」?)
そして何より胸を打つのが、平将門の運命です。
本人は頼ってくる者たちを守りたいという一心だけで、私欲などはなかったのに、気がつけば叛乱者の頭に祭り上げられてしまう・・。
(まぁ、“将門よ・・もうちょい部下の行動を管理しとこうな!”と思わんでもないですが(^^;)
その実直さゆえに破滅へと突き進まざるを得なかった将門の末路に悲哀を感じた次第です。
ということで、混沌とした過酷な時代の中で、それぞれの信念や業を抱いて刹那的に生きた人々の物語を堪能させて頂きました。
余談ですが、寛朝が究めようとしていた梵唄とはどんなもんか動画があったので見てみました。
いわば仏教声楽なのですが、何とも荘厳でずっと聞いていたくなるような旋律は、以前高野山の宿坊に泊まった時に早朝のお勤めに参加したことを思い出しました。
是非また訪れたいですね~。 -
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幕末の備中松山藩を舞台にした短編集。
山田方谷による改革に不満を持ち暗殺しようとするも改心する熊田恰(あたか)を描く「落葉」、藩内の名産として菓子商を再興しようとする僧玉秀(秀太郎)を描く「柚の花香る、山田方谷の私塾牛麓舎に通い勉学に励むも女としての生と間で悩むお繁を描く「飛燕」江戸で江川秀敏の砲術塾に通うも航海術に興味を持ち退塾。将来の備中松前藩が購入する西洋船快風丸を動かす力となる塩田虎尾を描く「銀花降る」、すべての物語がつながり、大政奉還後も藩主板倉勝静が幕府と心中することを決める一方、松前の人々を新政府軍の攻撃から救うべく東奔西走する家臣団を山田方谷の養子耕蔵の目線から描く「まつとし聞かば」とそれぞれの物語が最後に収束する。
借財が10万両あり貧乏板倉と言われた備中松前藩が山田方谷の改革により旧弊を重んじる既得権益者達の反対にあいながらも藩主の信頼の元辣腕をふるい西洋式の軍備を整え、蓄財10万両を築くまでとなる。幕末の奇跡の一つであり、現代の大企業における改革にも通じるところがあるなと思った。 -
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いつ吠えるんだ?
待てど待てど吠えないじゃん!!
最初の「詔の書」は時平も帝も「ひでぇー奴らだな」と、もっと雷神の如く怒る道真を期待してしまったので、ちょっと肩透かしを食ったよう。
「もっと吼えろー、吼えるんだ!」と道真にツッコミを入れたくなる。あれ?『吼えろ道真』とはもしかしてこういう事か?
物語は「朝廷への献上品に不審な点がある」として大宰府を欺いた悪党をあぶり出すために道真が謎を解いていくのだが……。
作中の「知識や学んだことは、たとえどんな境涯にあったとて、誰にも奪われぬ自分だけのものじゃ」という言葉の通り、学問の神様らしい「知恵」を武器とした大逆転劇はスカッと爽快。
前作に比べると道真が泣き叫ばない分、少し落ち着いた感じがした。
東北に行った小野小町のその後や日本三大怨霊と言われる所以、「東風吹かば……」の飛梅伝説にまつわるエピソードをスピンオフでも良いから読みたかったかな!
――と、ここまで読んでふと思い出した。アニメ『呪術廻戦』の五条悟の先祖といえば、まさにこの菅原道真だったはずだ。藤原時平や悪党どもを、領域展開「無量空処」の膨大な情報量で瞬殺してしまう……なんて妄想が大爆発。 もはや何でもありな読書体験となってしまった。 -
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江戸時代に石見銀山で働く人々の話。遠き昔より鉱山の採掘作業は過酷な労働の代名詞。堀子たちは視界不良の中で土砂崩れ、地下水の噴出、粉塵、低酸素、ガス爆発などの危険に晒される現場に大した装備もなく足を踏み入れる。それゆえ大けがや「気怠れ」と呼ばれる呼吸疾患で彼らの平均寿命は40年と短く、高給と引き換えに自らの命を差し出しているに等しい。陰気な題材ではあるが、主人公を始め登場するキャラクターの陽気な様と割り切りった死生観によって中和され、物語は読みやすい。単に銀山にまつわる日常が描かれるだけではなく、事件性を秘めた展開も飽きずに読める工夫と思う。
昔は貨幣を作るにも多くの命がかかっていた。カネの重みは命の重み。鉱物としての重さ以上に価値を感じるものではなかったか。今の貨幣には感じることのない重さだろう。 -
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京都旅行に行く前に、京都在住の作家澤田瞳子さんの京都のお勧めを読んで見ようと思った。直木賞作家である彼女の作品をまだ読んでなかったのに。
今まで何度か訪れた京都だったけど、知らなかった!志津屋のカルネ。京都人のソウルフードと書いてある。これからは絶対買って帰ろうと思った。
京都ではないけど、丹波篠山市の丹波黒枝豆のエッセーも。
「一般の枝豆は未成熟でまだ青い大豆を指すが、黒枝豆はそれと同様、熟成していない青い黒豆。これを普通の枝豆のように茹でたものは、初めて見た人がえっと声を上げるほど、独特の黒味を帯びている。しかしこの豆はおよそ枝豆とは思えぬぐらいの甘味に満ち、一度食べると忘れられぬ美味なのだ。」 こんな風に書かれると是非とも食べて見たくなる。
食ばかりではなく、暮らし、作家活動、若冲の事、能楽の事について等多岐にわたっていて、読みやすいエッセーでした。
次は『京都はんなり暮らし』でもう少し京都情報収集してみようっと。そして、また京都へ行きたい。