澤田瞳子のレビュー一覧
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聖武天皇の御代、つまり奈良時代を舞台にした本作。
珍しいところに題材を取ったものだ。
それもそのはず、著者は日本古代史を専攻していたというではないか!
始めに慣れない読み方の登場人物や女官の位、皇族の名前などが一覧になっている。
これは親切に、ありがとう、たすかります。
これがないと読めないのだ。
馴染みのない、采女やナントカの司(職場名)など、慣れてしまえば物語の面白さに気にならなくなるが、慣れるまではこの箇所に何度も戻る。
18歳でもはや行き遅れ、10代で子を成すのは当たり前、愛人にだってなる。
しかし処女信仰はまだなく、皆が性に奔放。
かと思えば、男性も女性もキャリアを積めるのに、女性 -
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京都旅行に行く前に、京都在住の作家澤田瞳子さんの京都のお勧めを読んで見ようと思った。直木賞作家である彼女の作品をまだ読んでなかったのに。
今まで何度か訪れた京都だったけど、知らなかった!志津屋のカルネ。京都人のソウルフードと書いてある。これからは絶対買って帰ろうと思った。
京都ではないけど、丹波篠山市の丹波黒枝豆のエッセーも。
「一般の枝豆は未成熟でまだ青い大豆を指すが、黒枝豆はそれと同様、熟成していない青い黒豆。これを普通の枝豆のように茹でたものは、初めて見た人がえっと声を上げるほど、独特の黒味を帯びている。しかしこの豆はおよそ枝豆とは思えぬぐらいの甘味に満ち、一度食べると忘れられぬ美味な -
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怨みに怨みを以って報いるならば、決して怨みは息まず、ただ怨みは捨ててこそ息むそれは、釈尊が弟子に語った訓話集『法句経』の一節だ。この世に怨みの応酬が続けられる限り、怨みが真に消え去ることはない、という釈尊の教えは頭では理解できる。さりながら諸国で戦が相次ぎ、血で血を洗うこの乱世、かような法句を言じる者が、果たして南都にいるのだろうか。
現実の世に照らしてみれば、哀しいかな、それはただの世迷影。脱で、人間は他者を傷つけずにはいられぬ愚かな存在だ。ましてや成朝の如く、御仏を形に成す仏師ですら他人を脱落とそうとするこの時節、誰がそうそう容易に怨みを捨てられようか。 -
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時代は天平九年(737) 舞台は都が置かれた寧楽(なら)。
市井に暮らす人々の病の治療を行う
施薬院に配属されてまだ日の浅い蜂田名代は二十一歳。 仕事の煩雑さに加え 出世の糸口も掴めそうにないこの職場に嫌気がさし 逃げ出すことばかり考えていた。
ある時、患者たちの間で高熱が続いた後 突如 熱が下がるという奇妙な症状が頻発する。
そんななか 全身を疱疹に覆われた患者が施薬院に運び込まれてきた。
裳瘡(天然痘)。
その昔、この国を襲った流行り病が
またもやってきたのだった──。
この時代のパンデミックなんて考えただけで恐ろしい。
収容された病人が ばたばたと亡くなっていく。効くか