澤田瞳子のレビュー一覧
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由良は赤名が船長の巫女船に記憶のあるときからずっと乗っていた。巫女とは、荒れた海に捧げる人身御供のこと。当時(西暦866年)の私有船には1人乗せていることが多かった。選ばれて売られるとほぼ死が待つが、荒れた海で生き残るものもいた。
櫃のなかに詰め込まれた安曇福雄という謎の人物が拾われ巫女として赤名の船に乗船する。そんなとき由良は役人に買われることとなり、運命が動き出す。
どっしりとしたお話で、世界観が独特です。赤名の巫女船や宗継、年麻呂の島嶼ノ輩の船(海賊船のこと)、元利麻呂や真平といった役人達、元昌と香久女の生きざま、道国のような商人の派閥争い、いろんなものが絡み合って雄大に、でも由良は多くを望まず、海を真摯に愛している感じが素朴な印象も与えてくれる本です。
サラサラと読みにくいところもありますが、ゆっくり読み進めるのが好きな人には良いと思います。
この登場人物で由良と赤名と宗継、そして由良を想う鴇丸みたいな恋愛模様がメインで描かれる下衆なストーリー重視のお話だと、一般受けは良いだろうな~。いえいえ、この重厚さを味わわないとね。
殺しも酒家(女郎宿)も頻出するし、日本史的な知識もないと楽しくないので高校以上向け。 -
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時は女帝孝謙天皇の子大炊王の治世、藤原清河の娘広子に仕える高向斐麻呂は遣唐使として中国に渡った清河を探すべく、14才で官僚育成機関である大学寮に入り官僚になることを目指す。
そこで出会った学友佐伯上信、桑原雄依と共に学ぶ中、1人の奴婢赤土に出会う。3人は赤土に時折学問を教えることになったものの、ある日赤土が大学寮に出入りしていることを見咎められ、斐麻呂は主広子に迷惑が掛かることを恐れ思わず見て見ぬ振りをする。赤土は身の上と偽りの友情に絶望し斐麻呂の元から去っていった。
数年後仏の道に邁進する孝謙天皇は道鏡を重用し子大炊王との関係が悪化する。斐麻呂を含む大学寮出身者を閑職につける一方、奴婢に良民の身分を与え、赤土及び赤土の妹は紀朝臣益麻呂、益女の名を与えられ、官位が授けられる。再度権力の座に就こうとする孝謙天皇の圧力に追い詰められ、大炊王の後見人恵美押勝こと藤原仲麻呂は反乱を起こすも敗死。大炊王は淡路島へ流罪となる。
朝廷を二分する争いの結果、孝謙天皇は権力の座に復するが、仏法による治世に不満を持つ桑原雄依は恵美押勝の乱で藤原仲麻呂を裏切り、孝謙天皇についた高丘比良麻呂を暗殺しようとするも失敗しこの世を去る。その場に居合わせた赤土が学友雄依を殺害したと勘違いした斐麻呂は赤土に重傷を負わせ出奔する。 -
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ブク友さんの本棚から、こっそり盗み見て
面白そうと思い手に取った。
物語は大宰府に左遷されたところから始まる。
正直最初は聞き慣れない官職名と登場人物名が
読みづらく「やっちまったかぁ……」と思いながらも
読み進めると、あまりにも不憫な道真の待遇に
「泣くなー!道真!!」と叫びたいし全力で応援したくなる。
そりゃぁそうだよ!現代でいうと副総理クラスからいきなり県知事クラスにされちゃうんだから。
しかも給料なし!現代なら完全にアウトだよ。
唐物商での道真はまさに水を得た魚、能力の片鱗が少しずつ見えてきて面白さがぐんぐんと加速。
そして、物語は佳境へ。悲しい事件を乗り越え、道真の能力全解放。(文ストみたいな異能力ではない)
各章ごとに違った道真の姿が垣間見れ親しみが湧いてくる。こんな道真だったら怨霊にならなかっただろうなと思いつつも、彼をハメた藤原時平に早く仕返ししてほしい自分がいる。
脳内は、もはやデモ状態
「やったれ、やったれ、倍返しやーー!!」
と大盛り上がり。
読後、無性に太宰府天満宮へまた行きたくなってきた。
御朱印貰い忘れたし、ご飯美味しかったなぁ。
次は福岡で世界遺産や史跡巡りも兼ねて、いつか必ず、もう一度道真に会いにいこう。
コミカルで笑えるのに歴史の裏側を覗く面白さも十二分に楽しめる一冊。
次巻のタイトルは『吼えろ道真』吼えるのか?
何があった道真!続きが楽しみだ。
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この本、一番最初のエッセイのタイトル「天神さんが晴れなら」を見て、あれっ?と思った。よく見たら、「この作品は2023年4月に徳間書店より刊行された『天神さんが晴れなら』を改題しました」と但し書きがあった。
その本なら読んだけれど、せっかくなので文庫版も読んでみることにしました。
新しい発見だらけでした。いや、忘れていただけか・・・
再読って素敵だな。
興味深かったところを少し。※印は、私の感想です。
・都会とは平らなものだと思っていたのに、東京に行って驚いた。「都会なのに坂がある」「道がまっすぐではない」
・観光シーズンが来ると、京都市民は天気や行事をチェックし、今日はどこに近づくと苦労するかを確認する(※まるで陰陽道の「方違え(かたたがえ)」)
・ポーランドへの旅。オシフィエンチム駅に降り立つ。どのバスに乗るか迷っていると初老の男性が近付いてきて「ムゼウム?」と聞いた。ムゼウム=ミュージアム・博物館、と理解して頷くと、ちようど来たバスを指して教えてくれた。「オシフィエンチム」をドイツ語読みすると「アウシュビッツ」である。あの男性はどんな思いでこの街に暮らしているのだろうか。
・高校の時、北九州への修学旅行の直前に阪神淡路大震災。山陽新幹線が使えなくなり、急遽、大阪港からフェリーに乗るコースになった。旅行中、長崎市内のホテルでテレビをつけると、東京で地下鉄に毒ガスが撒かれたというニュース。印象に残った旅。
・旅とは決して距離ではない(※名言)
・黒岩重吾、杉本苑子、永井路子各先生の後に続く者がいないままとなっていた古代小説を書こうと決めた。時代小説家の母には、「古代史小説は売れないよ」と言われたけれど。
大学時代に能楽部に所属してから、金剛流の能を学んでいるという澤田さん。その知識と経験は、小説に昇華されたり、芸術作品に対する鑑賞をより深めたり。
天武・持統天皇についても多く語られている。
歴史小説を書くには、膨大な資料を読み込むことが必要なのだろうと思う。歴史小説家は「今」ではない時代への旅に読者を案内するツアーコンダクターだ。
そんな澤田さんが京都に居られることはとても自然でふさわしいことに思える。 -
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主人公・多賀清史郎は、父・織部が斬られてから十二年間、仇を求めて諸国を巡ります。しかし手掛かりは得られないまま、病死した母を弔うため故郷へ戻ります。
そこで出会ったのは、父の仇・渡辺幸太夫の息子・隼人でした。正体を隠したまま剣術を教えるうちに、清史郎は隼人を「仇の息子」ではなく、一人の少年として見つめるようになります。
読み始めは仇討ちの物語だと思っていました。しかし、この作品が描いているのはそうではありませんでした。
父が斬られた理由を知ったとき、私は「本当に命を奪うほどのことだったのだろうか」と疑問を抱きました。また、藩の事情によって真実を知らされず、12年間も放浪することになった清史郎の苦しさが胸に迫りました。
印象に残ったのは、「変わらぬ者なぞどこにもいないのかもしれぬな」という言葉です。年月は人を変え、自分自身も変えていきます。その変化を受け入れることは簡単ではありません。しかし、人は変わることができるからこそ、父の代から続く憎しみを次の世代へ受け継がない選択もできるのではないかと感じました。
清史郎が最後に下した決断には、正直、私は賛成できませんでした。それでも、人にはそれぞれ譲れない思いや生き方があります。その選択を尊重したいと思わせてくれる作品でした。
仇討ちを描きながら、問いかけているのは、人は過去とどう向き合い、変化を受け入れ、憎しみをどこで手放すのかということではないかと思いました。
人は変わることができるからこそ、憎しみの連鎖も断ち切ることができるのではないか。そんな希望を感じさせてくれる一冊でした。