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Posted by ブクログ
平重衡による興福寺焼き討ちから平氏滅亡まで――南都興福寺に関わる人々を描いた物語。「怨みごころは怨みを捨ててこそ消ゆる」という言葉が、どれほど難しく、そして尊い境地であるかを強く思い知らされる。
藤原頼長の息子で興福寺の悪僧の範長は、重衡への深い怨みを抱えながらも戦乱に加わらず、寺の復興に心血を注ぐ。その中で、貧しく暮らす孤児らと、彼を支える重衡の幼女・公子と出会い、怨みよりも「今ある生活と生命を守ること」の重さに気づいていく。
平氏が弱体化していく一方で、平氏に怨みを燃やす興福寺の悪僧たちの激情と、範長の冷静さは常に対照的に描かれる。やがて公子の出自が明らかになり、彼女が過酷な仕打ちを受けてもなお――いや、だからこそ、範長は怨みの連鎖の本質に辿り着いたと思える。
単なる読者である私でさえ、信円や悪僧たちの所業に強い怒りを覚え、汚い言葉を吐きたくなるほどである。当事者である範長が怨みを捨てることが、どれほど困難を極めるかを痛感させられた。
Posted by ブクログ
平安時代末期、平家が栄華を極める中、平重衡による奈良の寺社勢力に対する南都焼討。
藤原家、平家、源家。
滅ぼした者が滅ぼされ、そしてその繰り返し。
栄華を極めて他者を滅ぼしても、いつか滅ぼされるという憎しみや恨みの連鎖が辛いです。
生きること、正しいことを説く仏教の世界でこんな乱暴で残虐なことがある時代。
興福寺や東大寺の静かな佇まいを思い出しながら、そこに憎しみや殺し合いがあったことに驚きます。
「怨みごころは怨みを捨てることによってのみ消ゆる」
どんなに時がたっても、今の世界でも同じように憎しみによる戦争がなくならないこともとても悲しくつらく思います。
Posted by ブクログ
怨みに怨みを以って報いるならば、決して怨みは息まず、ただ怨みは捨ててこそ息むそれは、釈尊が弟子に語った訓話集『法句経』の一節だ。この世に怨みの応酬が続けられる限り、怨みが真に消え去ることはない、という釈尊の教えは頭では理解できる。さりながら諸国で戦が相次ぎ、血で血を洗うこの乱世、かような法句を言じる者が、果たして南都にいるのだろうか。
現実の世に照らしてみれば、哀しいかな、それはただの世迷影。脱で、人間は他者を傷つけずにはいられぬ愚かな存在だ。ましてや成朝の如く、御仏を形に成す仏師ですら他人を脱落とそうとするこの時節、誰がそうそう容易に怨みを捨てられようか。
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