澁澤龍彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ありとあらゆる犯罪の百科全書のような物語だが、こう言っては不謹慎かもしれないが、不思議な爽快感がある。
例えば「美徳の不幸」は、善行の見返りに悪逆をもって応えられるような物語で、正直なところ読み進めるのは辛かったため、中途で断念した経験がある。身につまされるからかもしれない。
思うに、本作では、誤解を恐れずに言えば、女性が一人称で極悪の限りを尽くす様が語られていることにより、特に男性の読者の、酸鼻きわまるような残酷な犯罪の描写を直視することに対する抵抗が、減じられているように思う。男性の視点から言えば、男性は身体的に優位な立場にあり、男性の方が野蛮であり、男性側が女性に対して自ら欲望を行使することの方が、本来自然な発想のはずである。そこを本書では、女性側(も含めて人類には)にも実は悪徳を求める傾向があり、そのことは実に「自然」に適ったこととされている。
こんなことを書けば、もちろん女性に対して失礼な物言いになることは自覚した上で、それでもなお本書を考察する上で重要なのは、以上のように、男性の読者はおそらく、女性が語っていることに一種の異常な(身勝手な)安心感を抱くのではないか。
それはさておき、本書はかつて猥褻文書の扱いを受けていたようである。むべなるかなとは思うが、本書は、私にとっては、人間の、個人の内面の自由に関して重要な意味を持つ著作だと思われた。
私自身、特に職場では、弱々しく、唯々諾々としているように思われていることだろうし、はっきり言って、それほど仕事の能力は高くない。ただ、外面に現れるその人と、内面においてその人物が何を考え、何を面白いと思うかは、完全に別個のことであり、内面において個人は全くの自由であって、サドの作品も、それを読んで思考をめぐらすことは、全く問題のないことだと思う。むしろ、私のような人間は、自分で言うのも何だが、どんな些細なルール違反にも恐々として、嘘や言い間違いにも細かく気を使ってしまうので、「人間の本性が悪であることは明らかである」と言い切ってくれた方が、むしろ勇気付けられるような気さえする。もちろん、実際に悪行を犯そうとは全く思わないが、そういう想像ができる、考えることができることが重要なのではないかと思う。
また、別の観点で気づいたこととして、本書では罪悪は個人の単位でなされるということ。同じ思想を持つ仲間内で行動することはあっても数人程度で、犯罪友の会というものも登場したが、これもあくまで個々人同士が楽しむためのものとみなせる。
つまり、特定の信仰や主義主張のために徒党を組んで、集団の暴力に訴えるようなやり方は本書では「自然」ではないということだと思った。この点からも、個人主義・エゴイスムの著作という見方を取れると感じた。 -
Posted by ブクログ
澁澤の筆がエッセイから小説へと向かっていく過渡期の作品集。だが、このエッセイとも創作とも言い切れないバランスは、のちの『ねむり姫』や『うつろ舟』ともまた違い、これはこれで一つの完成形と言える。『思考の紋章学』と対のような感じ。
「鏡と影について」は、南宋の仙人がドイツロマン派的なドッペルゲンガー譚を語るのでニヤッとさせられる。「スペインの絵について」はバルデス・レアルの絵の依頼主がドンファンのモデルになった騎士だったという、それ自体が面白い逸話にバロック絵画の解釈をめぐる講義が挟まっている。「ラテン詩人と蜜蜂について」では、『思考の紋章学』所収「時間のパラドックスについて」でチラッと触れられたシルデリク王の墓から発掘された黄金製の三百個の蜜蜂について詳しく語られている。『思考〜』では蜜蜂は「馬具の装飾」としていたが、ここではもう一つ「マントの飾り」とする説も紹介していた。
そして、玉虫の厨子についての導入から魂(タマ)と箱の密接な関係を語り、中学時代の同級生との少し奇妙な思い出話に流れていく「箱の中の虫について」がやっぱり好き。これはネクロフィリアの対象になるということのナルシシズムの話なんだと思う。フランチェスコ一世の別荘からビアンカ・カペッロ、そして『黒死館殺人事件』に繋がる「巨像について」も面白かった。最近『黒死館』読み返してよかったなと思うことが多くて、再読の縁を感じている。 -
購入済み
興味から
昔から本を読むのは大好きなのですが、どうしてもエッセイは苦手で敬遠していました。しかし、近年、文豪の名前や作品を使ったコンテンツが増えてきたため、興味を持ち、まずはこの作品からエッセイに挑戦してみようと思い購入。
大正解でした。読みやすく、興味深い内容で楽しかったです。 -
Posted by ブクログ
あっという間の面白さでした。
下巻は、マンディアルグ、ジュネ、コクトーなど知っている文学作家ばかりなのですが、まだ読んだことがないので予習に良かったです。
横文字が盛り沢山、フランス語も盛り沢山で、ややペダンティック観は否めないですが、この本で
シュルレアリスム
という言葉の意味が解り、また個人的にもそちらの一派が好きなのが認識できました。
横文字が苦手な方は、無理かもしれません。
ほぼ、フランス文学が納めてあり、たまに例としてポオや江戸川乱歩、夢野久作などが出てくる位です。
では、次はカフカかマンディアルグかジュネを読もうかな…と、次に繋いでくれる作品でした。 -
Posted by ブクログ
大変面白く読みました。
西欧文学をもっと読みたくて手にしましたが、何という情報量!!
気になる作家を検索しても、ほぼ絶版状態で残念でした
が、それでも三冊は入手出来たのでまあまあです。
サドの「悪徳の栄え」やレアージュ「O嬢の物語」などのエロノトピアの意味が、マーカスの文章引用でよく分かりました。
即ち
エロノトピアには急に始まり、あとは突き進むのみで永続の終わりはない
ということが、ハッとさせられました。
だから、終わりが途切れた感じになっているのかと…
。
下巻の最後には、レアージュ「O嬢の物語」解説があるので、楽しみに読みます。
それにしても、癖になる作家だなあ、澁澤龍彦…。 -
Posted by ブクログ
これは意外と面白い本だった。
題名に『哲学』とあるので少々お堅い本かと思って手に取るも、なんの著者のざっくばらんかつ、筋の通った内容である。
快楽主義とは、一貫し『人間の本能、人間の欲望に忠実である』ことであり、ヘンな常識や風習に惑わされることなく、自然体であることを説く。
・進歩や発展のない生活には、みるべき快楽もまたない(コアラの退屈さと比して)
・常識に囚われることなく、「人間の限界をつきやぶり、人間を人間以上の存在にする。」
・「親子とか夫婦とかいった関係が、人間の自由な冒険的な生き方を拘束し、世の中をじめじめした不潔なものするということを、芸術家の直感でやっているのです。」岡本太郎
・「そもそも、しあわせな家庭などというものを築いたら、もう若者のエネルギーは、行きどまりだということを知るべきです。妻子ある家庭を思えば、冒険もなにもできやしません。大学をうまく卒業し、一流会社へ就職し、課長の媒酌できれいな奥さんをもらい、一姫二太郎をこしらえ、モダンなアパートに住み、車を買い、ステレオを買ったら、まあ、あとはせいぜい、女の子のいるバーで、奥さんの目をぬすんで、ちょっとした浮気をするぐらいが関の山でしょう。まことになさけない。こんなのは、快楽主義者として、最低の部類に属します。」著者
・「ダンディの美の性格は、心をかき乱されまいとする堅い決心、その決心から生ずる冷静な態度のうちに宿る。」ボードレール -
Posted by ブクログ
ネタバレデ・ゼッサントは病弱な貴族の末裔で、パリを離れ趣向を凝らした屋敷で隠遁生活を送る。下女には修道女のようなボンネットを被らせて歩かせている。およそこの世の放蕩生活をし尽くした主人公は、ペイステギの仮面舞踏会を思わせるような葬儀のようなパーティー、喪の宴を開き、隠遁先では黄金の盾を背負わせ宝石をあしらった亀を飼い(すぐ死んでしまうが)や食虫植物や異形の熱帯植物を集め(すぐ萎れてしまうが)独自に香水を調合し、残虐な異端審問の版画やモローのサロメの絵画を眺めて暮らす。現実よりも空想を愛し、ディケンズを読んで薄汚れたどす黒いテムズ河のロンドンを訪れんとするが、パリで満足し引き返してしまう。
凡俗を忌み嫌いながら、音楽ではベートーベンやシューマンなど俗なクラッシックを愛好する。独自の偏見と歪んだ美学を貫いた生活を送るが、医師の強い勧めによりパリへ戻る。
パリ、功利主義とアメリカの商業の圧政に屈した徒場へと。
貴族の凋落と新興のブルジョワ・商業への強い嫌悪を豪奢で華麗な形容詞によって罵る。芸術的な罵り言葉。イギリスのプロテスタンティズムへの嘲笑。ローマへの憧憬。傑作。
堕天使ルシファーが天上では高位の天使であったように、全ての才能と栄華を一身に受けたはずの貴族の退廃。豪華で官能的な悪魔主義。