澁澤龍彦のレビュー一覧
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読んだのは昭和54年発行のニ刷の単行本
装幀は金子國義
黒の表紙に背表紙の文字は
鮮やかな深いブルー
いかにも悪女物語らしい姿にまず感動
内容も読みやすく
それぞれの悪女ぶりが
たっぷり表現されている
さすがです
事実がどうかは多分賛否両論だと思うが
なんだかこれが全てのような
気がしてくる
中でも東洋の悪女
唐の高宗の妃 「則天武后」
は強烈すぎた
それまで読んできた誰よりも悪女だった
これを後半に持ってくるあたりが
なんともやられた感あり
こんな物語を古書で読むと
よりのめり込める気がする
なんともいえない古書の香りとともに
何度もくしゃみと鼻水が
出てくるのは
悪くない -
Posted by ブクログ
唐突にオカルト雑学の垂れ流しが始まるので、どう楽しめればよいか最初わからないだろう。
要するに60年代作者がオカルティズムにはまり、ある程度体系・連結させた情報を紹介する本である。
オカルトと聞くと、自分は未確認生命体・UFO・幽霊・スピリチュアル的なものを想像するが、この本の中では宗教や錬金術・悪魔崇拝など特に中世のものに偏っている。
ジル・ド・レェやパラケルススのような実在していた、あるいは可能性の高い人物を中心にその内面を探りながら紹介しているため、リアリズムに富んでおり、昨今エンタメとして昇華されきっているオカルト本とは一線を画す。 -
Posted by ブクログ
【要約】
・幸福と快楽がある。幸福は「現実原則」があり、ルールの中での満足、また持続性で主観的なもの。一方快楽は一時的で客観的なもの。快楽をより求めるべき。
・快楽主義とは、エロに寛容、権力や常識にとられない、自分のやりたさを貫く、自分を生きる、今を生きる。
・労働や勤勉さを尊重する考えから、遊びや消費、瞑想などへ尊重する価値観へ切り替えるべき。また与えられたレジャーに目をくらませてはならない。
・快楽は発見である。自分で見つけなけらば意味がない。
【思ったこと】
・自分は凄く我慢しているんだなと理解。もっと自分の快楽に素直になっていい。特に快楽に沿って動いた次の日に後悔することがある。これは改めて快楽を自己肯定すべき。
・人生に意味はないのだから、もっとエロチズムに素直になってよし。
・何が自分にとっての快楽かはやらないと分からない。だから色々動いてみるべし。
・自分の考えを素直に受け止めて他人にも意見を通していく。
・単純労働は避けていく。人からの指示になるから。仕事にも遊び部分を入れていき楽しむ。 -
Posted by ブクログ
ブク友さんが読んでいて「そういえば私も持っていたかなぁ」と本棚から出してきて読んだ。再読。
とはいえ内容はまるで覚えていなかったのでほぼ初読。
他の作品とちょっと毛色が違って、世俗的なことや現代的なことに関しても色々言及しているので興味深く読む。私の中ではなんとなく「西洋の昔の人やもののことを書く人」というイメージなので。まぁ現代に生きていれば世俗的なことだってその人なりに思うところはあるわけで。
巻末の解説でこの本の初版がカッパブックスから出たことを知る。なるほど、と思う。だから雰囲気がちょっと違ったのかー、と。普段なかなか聞けない話を聞けて儲けた、と思う。
小説の「高岡親王航海記」が20代の頃にさっぱりわかっていなかったように、この本も若い頃にはなんとなく読み飛ばしたんだろうな。
追伸:樽のディオゲネスが出てきたので嬉しかった。
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Posted by ブクログ
似た考え方の人いたわ~。
というかそりゃいるよな。80億人もいれば。いや、もうなくなった方を含めれば、何人の人間がいるんだろう。
ここではっきり申しますが、オルガスムの美学の最高の理想は、情死だろうと思います。
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密室から広場へ一歩踏み出すためには、まず羞恥心を捨て、嫉妬心を捨て、独占欲を捨てなければなりますまい。2人だけの密室の恋愛になれたわたしたちには、これはなかなか難しいことです。
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まず、第一に注目すべきは、サドが男性のペニス、女性のヴァギナのみを性器と考えているのではない、ということです。
人間の体には、男でも女でも、いろんな孔が開いていますが、サドは肛門であれ口腔であれ、あるいはその他の肉体の凹所であれ、全ての孔をヴァギナと同格なものとみなしているのです。
また、その孔に挿入すべき突起物にも、たんに、男性のペニスだけでなく、口の中の舌、指、あるいは発達した女性のクリトリスなどが使われます。
つまり、肉体のありとあらゆる孔とよび突起物を用いて楽しむわけで、エロチックな快楽には性器だけが利用されうると信じている世の中の通常人には、到底考えられない複雑な態位による乱行も、こうして可能となるのです。
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社会の組織と同じく、人間の肉体の組織にも、階級制度があり、分業が行われているようです。
では仕事をするための器官、舌は味をみるための器官、肛門は糞を排泄するための器官、そして、性器は快楽のための器官、と言うことになってしまいます。
これではあまりに不公平だ。あくせく働いてばかりでちっとも楽しい思いをしない器官があるではないか。
サドはそう考えてら手も舌も肛門も、分け隔てなく、エロスの快楽に参加させてやったわけなのでしょう。
これまで性器だけが、まるで専制君主制のように特権的な地位を占め、あらゆる快楽を独占している現状です。
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快楽主義の巨人
高い知性と、洗練された美意識と、きっぱりとした決断力と、エネルギッシュな行動力
この4つの条件が揃って、初めて人間は翼を得たように、快楽主義的な宇宙の高みに舞い上がることができる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ世俗を厭い、人里離れた一軒家に自分の趣味を詰め込んだ理想郷を夢見た青年の話だった。
無邪気さを持っていたはずの少年が世の中を知るにつれ、いつしか偏屈な大人になっていた。資産はあるが孤独であったことが少なからず影響していると思う。
孤独で静かな部屋で語られているのに、その内容は何よりも刺激的で歪んだ情熱がある。文学や芸術分野において独自の講釈を垂れているけれど、終始人間味が感じられて好ましい目で見ていた。知らない作品の評価でも、その熱意によって読まされてしまう。
旅行に出ようとして、目的地に行かずに外食だけして帰ってきたときはちょっと面白かった。憎めないところがあるのだ。
次第に神経症が悪化して生きるか死ぬかという状態になり、健康的な生活のために街に戻るときになってやっと本心が見えるところが良かった。デ・ゼッサントは堕落した人間や組織が嫌いなだけであって、信仰心自体はあるのではないかと思わされた。
途中、サディズムについて語っているのが印象的だったが、デ・ゼッサントがこれまでやってきたことも、根底に信仰あってこそ神を汚す行為だったのではないかと思うのだった。