春日武彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
めちゃくちゃ面白い
春日武彦氏の軽妙でちょうどいい塩梅の自虐を含めた語り口が本の没入感になってる。恐怖の諦観者ではなく当事者として立ってくれているので共感が湧き、様々な文学・映画からの恐怖の引用に共に考え納得することができる。5、6章から題材がよりヘビーになるが、むしろここがこの本の一番の醍醐味だと思う。恐怖と聞くとまず『死』を連想するがまさに恐怖と死についての見解を聞くことができる。死に恐怖し過ぎる人々に対しての巻末の考察はまさに長年の疑問を解消してくれたようで気分が晴れやかになった。この題材の本を読んで心が晴れるというのは意外に思うかもしれないが。 -
Posted by ブクログ
死に関する小説や著名人の死の間際の発言、詠んだ歌などを挙げながら、自分なりの「幸福」を想定できれば、「幸福な死」への第一歩になり得るのではないか、という展開が広がる本
印象的なフレーズ
「気がついたら、今週は 1回も信号で引っかかっていない」みたいな短歌を見たことがあってさ 。(中略)「この都合がいいことはありえない 実はもう死んでるんじゃ?」的な想像が働いてしまう。天国には青信号しかないみたいなイメージというか。
この本を読んで、死について詳しくなったということはないが、親の死に目に遭いたくないと思ってましたが、遭うのもありなのかもしれないと考えるきっかけになりました、 -
Posted by ブクログ
自殺について知った気分になれる本
気分がすごく落ち込んで、とにかく死にたい、逃げたいと考えていた時にこの本に出会いました。その時はただ死に近づきたい一心で購入し、活字が読めるぐらい余裕ができた頃に読み始めましたが、この本を購入できて本当に良かったと思います。
著者自身が出会った自殺遂行者だけでなく、過去の事件や文学からの引用もあり、自殺の考察が幅広く、とても面白いと感じました。
読んでいる中で、著者の心情がちらちら出てきているのがとても楽しかったです。ただ考察するのではなく、著者の心情が入っているから読み物として面白くなっているのではないかと感じました。 -
Posted by ブクログ
すごく面白かったです。
自分に対して、また周りに対して「なんで自殺したの?自殺できたの?」と不思議に思う人、例えば急に死んだようにしか見えない芸能人のことを度々考えてしまうとか、そんな自殺という行動に興味がある人にオススメ。不謹慎かもしれないが楽しく読めると思います。
医学的研究に基づいた論考!のような小難しい内容ではなくて、文学や過去の事件からの引用も多く、そこに著者自身の臨床の経験を交えたエッセイのような感じ。教養ある方なんだなと感心します。淡々と、でも小気味よく、押し付けがましくなく、時折著者の想いが透けて見えて、文章が好きでした。こんな精神科のお医者様いるんだなあと感動しました。
この本を読んで何か疑問が晴れるといったことはないのだが、人間の奥深さ、怖さ、死との距離感、そういうものを自分とは違う視点で垣間見れた気がします。何より読み物として単純に面白いです。 -
Posted by ブクログ
クセのある精神科医(失礼!)春日武彦先生による、
五十音順でもアルファベット順でもなく、
心の赴くまま連想に連想を重ねて綴られた事典形式のエッセイ集。
先生の趣味・嗜好がモロ出し(笑)で、
しかも一読者である私の好みにマッチする話題が多くて
楽しかった。
p.7~8[神]
神は思いがけないところへ、不意に姿を現す。
タイヤの表面に刻まれた溝がアラビア文字による「アラー」に
酷似していた、
あるいはバスケットシューズのデザインプリントが
またしても(略)といったメーカーの受難。
不謹慎なようだが、
どことなくボルヘスの作品世界を思わせるエピソード。
などなど。 -
Posted by ブクログ
『健全な身体に狂気は宿る』
日系大企業から外資系企業に転職し、まず聞かれたことが「あなたのDifferentiatorは何か?」ということだった。そして、海外から来た上司や英語話者によって、Differentiatorと強みは同義ということにも衝撃を受けた。差異がそのまま強みになる。あなたにとって何が人と違うところなのかという問いを突き付けられ、あなたにしかできないことはなんですかと聴かれることは初めてであり、爽快だった。本書でも、自分のミッションを考えるときは、自分が他の人とどう違うかということを考えると言う点があり、先述の考えに非常に近いなと感じた。さらに、もう一歩踏み込んで、自分自身の謎があるからこそ、生きる意味があり、何かを創造する源泉があるということは面白かった。常に自分自身への謎を持つことが良い。
私自身、性別を問わず、好きなタイプの人は一見物静かだが、話始めると熱いという人物だが、そういう人々は、絶えず疑問を持っているケースが多い。あまり疑問を持たないようなところに疑問を持ち、悶々としている。悶々とはしているが、なぜなんだろうと常に謙虚な姿勢で日々過ごしている。だからこそ、物静かに見える。しかし、一見話始めるのは熱いなと感じるのは、彼らにとってその疑問を解消しなければ、動けない、生きていけないような根源的な疑問だからだろう。薄っぺらな仮説とか、ビジネスアイデアとはレベルの違う、この問題を解かなければどうにもこうにも生きていけないという重さで、疑問に立ち向かっている。そう言う人間の熱量が低いわけもないのは当たり前だろう。
時折、仕事のモチベーションについて考えるときがあるが、やはりそれは疑問なのだと思う。人と話せば話すほど謎が深まり、なぜそうなのかと考えるからこそ表現しようとする。わかり切った仕事はいくら稼げてもおもしろくない。自分自身に置き換えれば、自分はリスク認知度が異常に低いように思う。保険の営業をかけられても常に疑ってしまう。人々が保険に入らない理由を常に考えている。未来はよくわからないし、リスクなんで考えたくもない。リスクシェアをする共同体にわざわざ身銭を切ってい入る価値があるのかわからない。だから、この仕事をしているのだと思う。営業には2つのタイプがあって、自社商品やソリューションを盲信して、その熱量で押し切る人もいるが、一方で、常に自社商品に入る必要があるのかと考え続ける人がいる。前者も後者も強い。前者で上手く行っている人は、自分の熱量で押し切れる人を探すのが上手い。当たりはずれが激しいので、数を打ちまくり、感覚を磨いている。一方で、後者は数を打つことはできない。ただ、長期的に多くの人が納得するような解決策を出せると思う。なぜなら、その商品の要否を誰よりも考えた経験や引き出しがあるから、いかなる質問にも答えられるし、いらないときはいらいないと言うので信頼はされる。(営業としては失敗だが)。しかし、頼られる存在になることで、長期的な関係性は築くことができる。
とりとめのない話になってしまったが、いつもそうなのだが、内田老師の本は、脳にドライブをかけ、何かを書きたいと思わせる伝染力がある。
<以下、引用(一部)>
信仰というのは、自分と言うのは自己決定・自己実現によって主体的に構築したものではなくて、超越者によってこの世界に送り出された被造物であると言う意識のことですから。ぼくが生まれてここにいることも、いつか死ぬことも、僕には選ぶことができない。そのことには何かの意味があるはずだ。自分がこの世に送り出されてきたのはどのようなミッションを果たすためなのだろうと発想するのが信仰ですからね。
では、私の使命は何かという風に考える人は、自分が他の人とどう同じかじゃなくてどう違うかということを考えますでしょう。これは私以外の誰にもできないことなんじゃないかとか、ここは私以外には誰も行きそうもないところではないか。
自分自身に対する無知というものがあって、その欠落こそが、いわば創造の泉みたいなものなんですから。
(中略)人間は自分について「知らない」からこそ生きていける。自分自身の核に無知がない人は、ものを作ることができないんですよ。
コミュニケーションとは分かり合うこととは次元が違うことなんですよ。コミュニケーションというのは、深まれば深まるほどわからなくなっていく。わからないから「もっと知りたい」と思う。わからない人だからこそ、経緯やイフの気持ちが深まっていく。自分自身についてだってそうなんだから。自分自身と五十何年つきあってきて、ますますわからなくなってきた。(中略)自分が何を考えているかわからないから、本を書いたり、こうやって人と話したりして、自分の考えを知ろうとしているわけでしょ。自分の考えていることを知っていたら、本なんか書きませんよ。退屈で書けません。 -
Posted by ブクログ
面白さを説明するのが難しい。
鬱屈した精神科の先生が(同業者に相談するのは憚られて)救いを求めて占いに行くのだけれど、占いに求められるのは「アドバイス一つで劇的に状況が好転するカタルシスだ」というのは、毎日Lineだのの12星座占いを見て一喜一憂するタイプの人間(アタシだ)には非常に思い当たる部分がある。
が、代わりに触発されて想起されたのは自身の母親との関係性だった、という部分に関しては、これはもう「ある母子の関係」という文学なのでそれはそれで面白く読んだ。
そうなんだよなぁ、そこの「精神科医と占い師の相似性」の問題と「母との愛憎」の問題が入り乱れているからこそ、面白さの説明が難しいだなあ、というのがいま文章を書いていてわかったことだ。