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Posted by ブクログ
乱歩の「屋根裏の散歩者」を再読する機会があり、これを読もうと思っていたが、なかなか時間が取れず、またまた医者に行った待ち合いで読んだ。
非常に興味深い話だった。何処か異常でなければ、ここに書かれるような訴えをすることはないのではあるとしても、沢山建ち並ぶ家々のどこかで、人知れず妄想に悩まされて生きている人々が、屋根裏の誰かを憎みながらも時に親しみすらいだいたりしながら生きているという事実。
つい最近、他の本の感想を書いた折に、様々な家の中で実は起きているかもしれぬ興味深い事象を空想することがあると書いたけれども、そんな空想が行き着いた一種の到達点が、屋根裏に誰かがいるのです、という心理なのかもしれない、と思う。孤独や不安が、不意に見えない存在を立ち上げてしまうのだろう。
家の中に誰かが潜んでいる、という空想は、する分にはなかなかエキサイティングなものだけれども、信じ込むところに至ったら恐怖しかないが、不思議なことに見えない誰かが罪滅ぼしをするために、わりとどうでもいい親切をして行ったと話したり、もてなそうと思ったり、ということには驚くけれども、実在ではない誰かは、ひどい実害を及ぼさないし、作り出した友達のような部分も持ち合わせるのだろう。
一方で、幻の同居人だけでなく、実際に、家の中の誰かだけが知る、実態のある隠れて暮らす人の話も出てくる。認知症の方の話もある。
人間の心の中の不思議を面白く読んだ。
Posted by ブクログ
●=引用
●幻の同居人の存在を訴える老婦人たちは、なるほど天井に向かって「そこから出ていけ!」と怒鳴ることもあろう。(略)だがそのいっぽう彼女たちには、過剰に侵入者個人を意識するといった点おいても、あまりにも被害内容が生活に密着し具体的である点においても、またどこか危機感が希薄な点においても、さらには迷惑を訴えても恐ろしさや不安感を訴えぬ点においても、なにがしかの屈折した親近感を屋根裏の某へ抱いているような気配を指摘し得るのである。(略)天井裏の侵入者は、実は老婦人の孤独を癒すべく彼女と不思議な交流を実現していると考えることも出来るのである。
●ひっそりと一人暮らしを営む老女たちにとって天井裏を這い回る幻の同居人は、文字通り昔なじみの世界に同化しているからこそ「不気味な」存在なのである。しかもそんな幻の同居人は、彼女たちの孤独救済願望の産物でもある。そのようなパラドクスゆえに胡散臭げな侵入者たちは、どこか老女たちと狎れ合った奇妙なトーンを形作るのだろう。
●おおむねゴミ屋敷の住民は独り暮らしである。(略)自分の周囲に馴染のあるものを集めることで、気持ちの安定を図ろうとする心理が働くらしい(略)ただしそういった心理機制はいつしか形骸化し、しかも歯止めを失ってしまう。
●天井裏は身近にありながら非日常的、そして窃視の欲望を孕んだ闇に支配された「小世界」である。歪んだ好奇心、屈折した全能感、懐かしさ、不気味さ、不健全さ。あるいは生理的不快感、閉塞感、孤立感、意外性、スリル―そのような感情を励起する場所が天井裏であり、しかもそこに孤独および狂気という触媒が作用すれば、たちまちのうちに幻の同居人がたちあらわれてくる。
●わたしは前章の最後において誰の心の中にも「物語の胚珠」が埋め込まれていると述べたが、大原が指摘する「物語になる以前のモヤモヤとしたもの」とは、日常生活における獏とした不安感や違和感が「物語の胚珠」へと働きかけ、発芽させ、くっきりとした形を得ようとしているそのプロセスを指しているのではないかと思うのである。
●彼女は、花瓶の向きがちょっと変わっていたとか、額縁がほんの少し傾いていたとか、置物の位置がずれていたとか、そのような些細な変事から、何者かが侵入して室内を「くまなくさがしまわっている」といった結論を引き出した。通常は錯覚とか勘違いとして忘れ去ってしまうようなディテールに拘泥し、しかも一片の歯の化石から太古に活躍していた巨大な恐竜の姿を思い浮かべるようなたくましい想像力を以て、得体の知れぬ侵入者の実在を主張している。これはまさに、妄想に取りつかれた人たちと共通したロジックなのである。
●孤独は現実感覚を遠のかせ、そのとき心に埋め込まれた物語の胚珠が発芽を始めやすいことは再三述べてきた。おおむね被害妄想的なトーンを帯やすいことは確かだが、ストーリーとしては様々なパターンがある。奇想天外なものもあり、その好例が「幻の同居人」であった。(略)まず孤独によってヒトは現実感覚を失い、やがて日常の中で違和感や不信な出来事に遭遇する。普段なら偶然のこと、思い過ごしと見逃してしまうそのようなエピソードに対して、孤独な暮らしぶりゆえ精神的視野狭窄を呈している病者は過剰な意味をそこに見いだそうとする。おおむねそれは被害感情に裏打ちされ、ひどく通俗的な「物語の胚珠」が芽吹き始める。物語に沿って、病者は論理だった考えを進めていく。もちろんそこにはバイアスが加わり、可能性は必然性にすり替えられ、常識から遠く隔たった結論が引き出される。そしてその結論とは妄想そのものであり、妄想のフィルターを透して見る世の中には、妄想を証拠立てる事象が次々に発見されることになる。
Posted by ブクログ
「屋根裏に誰かいるんですよ。 都市伝説の精神病理」河出書房新社 1999
「家屋と妄想の精神病理 あるいは、狂気とアナクロニズム」と改題、増補 2005
「屋根裏に誰かいるんですよ。 都市伝説の精神病理」に戻して文庫化(ツイッターでバズったので) 2022
バズったツイートは以下。
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ジェット・リョー
@ikazombie
2022年7月29日
この本よかった。精神科医として数々の"常軌を逸した"家を訪問した筆者が語る、「家は心休まる空間であると同時に、狂気を培養する孵卵器でもある」という視点が面白い。少なからず他人の目がある外と違い、自分の価値観だけが正となる自宅は、時間の積み重ねとともに妄想や妄執の濃縮装置となりうる。
私は学生時代に消防点検のバイトをしていたことがあり、現場が大きな団地とかだったとき、全体のうち1、2軒そういう“常識からズレてる”家があったので感覚としてもよく分かる。今でもよく覚えているのは、各部屋の棚の上に人形の頭がたくさん並んでて、すべて部屋の中心を向く角度で置かれてた家。
客観的には異常なんだけど、住んでる人からしたらロジックがあるんだろうなと今さら思う。例えば方角を決めてお守りを置いてる家とかフィギュアをたくさん飾ってる家は普通にあるわけで、それらが組み合わさったり少しずつズレていったら結果的に前述のような内装になった家も生まれうるなと。
あと玄関口で家主から「この団地は壁の隙間からハウスダストが出てくる、毎日咳が止まらない」と玄関口で愚痴られて、部屋に入ってみたら明らかに掃除をまったくしてなくて埃まみれだった家とかもありました。懐かしき、わが青春の日々。
絶版になってるくさいけどおすすめです。
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で、
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河出書房新社
@Kawade_shobo
2022年8月4日
「家は心休まる空間であると同時に、狂気を培養する孵卵器でもある」
【感謝】ジェット・リョー @ikazombieさんがTwitterで紹介してくださった春日武彦『屋根裏に誰かいるんですよ。』超特急文庫化が決定です! 10月なる早、文庫なのでお安く、そしてデザインはこのまま!!
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すごいスピードだ。
で、確かに面白かった。
春日先生の「粘りぶし」が絶妙。
ひとつの妄念について、これほど周辺情報含め蒐集する、その手つきの粘りよ。それこそ偏執的に。
屋根裏に27年潜んだ、というか家の妻の間男をしていた、オットー・サンフーバー。
この話実際は眉唾で、インターネット黎明期の、眉唾雑誌のウェブ版のノリを引き摺った記述でもあるのだが、え、つらく……ないのでは……?
ポン・ジュノ監督「パラサイト/半地下の家族」でも思ったのだが、衣食住セックス満たされて、むしろいいんじゃ……?
という価値観揺るがせ本でもある。
まあ全体としては「妄想濃縮装置としての家」の本なのだが。
また同居人妄想を、「文学的狂気」「物語の胚珠」とも表現する、美味しい本。
@
内容説明
屋根裏に誰かいるんですよ―そんな訴えを聞くことがある。それまで冷静だった人が、突如何事でもないかのように。心の闇が屋根裏や押入れに投影され、“幻の同居人妄想”となって噴き出してくる。ミステリや都市伝説、そして事件にも反映されるように、室内とは、脳内におぞましいが懐かしくもある想念を育む非日常の場所なのか。異色作、ついに文庫に!
目次
1 天井裏に潜む者(屋根裏を歩く;闇と埃と蜘蛛の巣 ほか)
2 たちあらわれる非日常(澱んだ時間;屋根裏の間男 ほか)
3 奇妙な憶測、異様な解釈(些細な変事;嫁の冤罪 ほか)
4 家の中で起こっていること(バリケードを築く老婆;妄想濃縮装置としての家 ほか)
増補 入れ子の家(屋根裏の散歩者たち;屋根裏に潜む ほか)
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