【感想・ネタバレ】不幸になりたがる人たち 自虐指向と破滅願望のレビュー

ユーザーレビュー

Posted by ブクログ 2013年04月29日

前書きで著者が言うように、確かに「後味の悪い読後感」がある。不安感と言葉に変換しがたいおそろしさと…。それでも、その内容を読み取りにかかってしまうあたり、著者がこの本に記したことが一つの真実であると証明しているみたいだ。
不幸になりたがる人は存在する。社会人になってはじめて、その色が濃すぎる人物に...続きを読む会った。その人物に対してずっとずっと嫌な感じがあったのだが、適当な表現が見つからずモヤモヤし続けていた。止まらない微妙な違和感、常識外の世界観、言葉が通じていない感覚、成立しない意思疏通、思考不足で怠惰な依存性。得体が知れないのだ。不可解で不快極まりないのだ。苦手だからあまり関わらないようにしようとか、嫌いだから考えないようにしようとか、迷惑だから接点を少なくしようとか、そういう自分の能動的な意志でコントロールできないのだ。これがノンフィクションであることが怖い。
けれど、この本でかなり理解できた。つまり“そういう”性質が強い人なのだと。人間に潜在する性質であるからこそ、本人はその気はなくとも、「生・進歩・向上」とは真逆のそれを何も考えずに表に出し続けているのを見るのは、とても不快なのだと。受動的で言いなりで特に何か思ったり考えたり自ら行動することもなく人からのアクションをただ待ち続け漫然と生きている人のことは、私には理解できないのかもしれない。そして、できることならばもう関わりたくないのが本音である。
不幸になりたがる人たちについて書き記されたもう終盤の184頁、「危うい芽が自分の内面にびっしりと植わっているような気がして、私は息苦しくなってくる。」という文を読んだ時、昆虫や爬虫類が枝や葉に隙間無く植え付ける大量の小さな卵のようなものが自分の皮下にびっしり広がっているグロテスクな想像が浮かび、まるで体の内側に鳥肌が立つような気色の悪い感覚を覚えた。本当に読後感はよくない。
ただ、いかにも現実離れしたホラーやサイコサスペンスより、よほどおそろしいし興味深い、と思う。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

この本には世間にまぎれこんでしまったちょっと「グロテスク」な感覚、あるいはそれをもった人についての著者の考えが例を引いて述べられていて、いろいろな点でたいへん興味深かったです。扱う範囲はたぶん狂気とか精神病なんだけど、著者の書き方からまったく病的なものと境界にあるものとの見極めをだいぶ丁寧にやってい...続きを読むるような印象を受けるので、けっこう説得力があるのですよ。個人的には文学への言説―「月並みなドラマチックなものがもたらす『判りやすさ』」が、グロテスクへの傾向がしばしば面倒くささとか呆気なさによるものと説明した上で、読者と作者の馴れ合いだという指摘に、はっとしました。それで「自虐指向と破滅願望」というサブタイトルが適切なのかというと、ちょっと迷ってしまう。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2013年09月06日

フォトリ20冊目。auブックパス。
事故破滅的な人々の理解を試みる。許容範囲のプチ不幸や他者のには理解し難い儀式に頼ることで、死への欲動から自身を守りこの世に踏みとどまる。本格的狂気に駆り出される突き進まないように、わかりやすい神経症状を示す。狂気でさえ、生きるための本能的手段。
シニカルな物言いの...続きを読む先生ですが、パーソナリティ障害や狂気の存在を認め、彼らの生きるための特異なロジックを理解しようという姿勢を感じます。

※極端な内気はコミュニケーション障害の可能性あり

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Posted by ブクログ 2013年07月07日

非常に面白い。松沢病院の医長を務める著者が長年の臨床経験から気付かされたもの、それは無意識に自らの不幸を臨んでいる自虐的な患者が一定数以上存在することだった。犯罪報道等を通じてそうした人々の内面に迫った一冊。

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Posted by ブクログ 2012年05月06日

タイトルに惹かれて読まずにはいられなかった一冊。
不安に囚われて気付くと自滅に向かっていることもしばしばの私にとって、共感する部分が多くて少し泣きそうにもなった。
「不幸や悲惨さを自分から選びとっているとしか思えない人たち」の、奇妙ではあるけれど当事者にとってはすがるほどに強烈でしかも素朴なロジック...続きを読む。彼らは、発狂する一歩手前でそのロジックにしがみ付いて何とか日常をやり過ごしている。
豊富な事例でそのロジックを解き明かしてみせるが、それらに対して私たちはどう向き合っていけばいいのか…。その答えはわからないままだった。

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Posted by ブクログ 2012年12月08日

長期的困難から目を逸らすために、
奇妙な方策で敢えて不幸になろうとする人々の様態をレポート。
「一体どうしてそんなことをするの?」と、
首を傾げたくなってしまう自虐的エピソードの保持者は、
逆説的だが、本人にとって最大限の不幸を回避するための
魔除け・悪魔払い的行為として、
おかしな真似をしでかして...続きを読むいるのでは……というお話。
なかなか興味深い。

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Posted by ブクログ 2010年11月09日

精神病患者や、一般的な「奇人・変人」と呼ばれる人、また「普通の人」のことまで、色々な人や事例がコレクションされている。

非常にわかりやすい(砕けた)文で書かれている。
精神科医が書いているだけあって、患者例が多く興味をそそられる。
また他の本からの引用も豊富に書いてあり、そちらも読みたくなった。

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Posted by ブクログ 2009年11月10日

この本は比較的面白く読めました。ちょっとブルーな症例(熊に自分の腸を食べさせる自殺例)とかもありまたが(死)。

生まれついて不幸な人間についての考察が面白かった。そう考えることもできるなぁ・・・とか。かなり身近な例と照らし合わせて共感してしまった(死)。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

評論?かなあ。こういうテーマはけっこう好きなんだけど、この先生えらい毒舌だな。なだいなだなんかに比べると、患者にずいぶんシンクロしてる気がする。だから妙な不安感とか不愉快さがあるんだろうけど。精神医学は奥が深い。

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Posted by ブクログ 2009年10月07日

幸福(普通とか標準の意味で)に生きることができない人もけっこういるとおもいます。他人に自慢するものが不幸しかないどん底に垣間みる人の心。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

色んな人と楽しく人生を過ごしていくための参考書。入門編。
的に使えるかどうかはともかく、
面白かった。わりと。
異議、違和感を唱えたいポイントは沢山あれど。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

ずっと、読んでみたかった人の本。いや別に読もうと思えばすぐに読めたんだけど、なんとなく避けてたかもしれない。でも、今回読んでみて思っていた以上に読みやすくて、分かりやすくていい本だった。精神科医の著書というのは沢山あると思うが、最近はこういう、あまり偉そうに語らない人が流行っているのだろーか、とか穿...続きを読むった見方をしてしまうあたしであるが、どうか。

普段、何気なく行動している先々で、案外沢山変な人がいる。いろんな人が居て、ちょっと関心を持って観察してみると、本当に見ていて飽きない。人間を観察している、なんてちょっと嫌らしいというか、なんか感じ悪いような気もするが、しかし人間観察ほど興味深い事は無いと思っている。電車の中や道中で、変わった人を発見する事なんて、たやすい。でも、その変わった人当人は意外と自分が変わっている、ということに気付いていない場合が多く、同じようにその、「変わっている」ぶりを理解できない人も、驚くほどいる。というか、人ってあまりにも他人に感心がないのだなぁ、とつくづく思うのだ。本当に、全然見ていないのだ。

この著者はそういった、「ちょっとなんか変」な空気を敏感に感じ取りやすい人のようで、それはもちろん、精神科医という特殊な職業をお持ちでいらっしゃるのが大きいかもしれないが、しかしそれがプライベートな生活の中にも随時感じているようである。その、「ちょっとなんか変」というウマく説明が出来ない、不自然な人、違和感を感じる行動、そういったことが、平然と行われている日常という世界を精神科医の視点で書き上げた一冊であるのだが、その視点がとても自分とリンクしていて面白かった。あたしもそういう不愉快な違和感を感じるような人に出会うと、最初は腹が立ったりイライラしたりさせられるのだが、落ち着いてその行動を考えてみると、不思議でちょっと笑ってしまうというか、馬鹿げているというか、本書で言うところの「人間臭さ」を垣間見てしまったんだ、と思ってくる。ただ、このエピソードは別に「不幸になりたがる人」の話ではないので、序章に過ぎないのだ。

不幸になりたがる人のなかに、「心気症」という症状を起こす人が居て、それは自分は別に病気でも何でもないのに、勝手に自分は酷い病気である、と勘違いして、というか完全に思いこんで信じて疑わないような状態になる人のことである。そうなってしまうと、「あなたは大丈夫」といっても、本人は信じようとしないし、むしろ、病気を否定されたくないのでは、とさえ思える。ようするに、このように自分は病気である、と思いこもうとするという行為には、なにかもっと大きな不幸を避けようとする意識が働いている、と著者は考えたわけだ。彼らは「ほんのちょっとした不幸」という状態を続けさせることで、精神的に安定感を得ている。また、「事故傾性」という言葉があって、なぜか事故に巻き込まれやすいタイプの人というのが、いるというのだ。あたしは会ったことはないが、似たようなタイプに、リストカッターが挙げられるのではないかな、と勝手に思った。あと、気をつけようと緊張するあまりに失敗したりする人とかも、いる。そーいう人って言うのは、不幸の先取りをする人とか不幸を指向するする人、という風に表現されているが、それは確かにあるなと思う。不幸であるということが、もう、その人の個性というか、不幸でなければその人ではない、というくらいにまで幸の薄さが個性になってしまっている人。あと、そういう人間だと思いこんでいる人、もしくは思いこみたい人。いるいるいる〜〜・・・と、おもわず納得してしまった。

他にも、分かっているのに汚言を吐く、という症状が出る人がいる。発作的に「してはいけないこと」をしてしまう人がいる。ここで、人間というのは、常に自分にとって安全で得になるように振る舞うとは限らない、と書いている。魔が差す、という言葉に表れている通り、駄目だと知っているのにやってしまったり、止めようと思っているのにやってしまう、言ってしまう。そういうマイナスの方向に動こうとする欲求というのが、人間には備わっているのだという。

しかし「不幸になりたがる」というベクトルの精神は、本当に不幸になってしまうために起こるのではなく、実はもっと大きな不幸を避けるために、小さな不幸で回避しようとしている現れである、と指摘してある。不幸中の幸い、とか、そういう事なんだと思う。また、自分が不幸であるという事を利用して、自己正当化させる、という方法がある。それをここでは「被害者意識依存症」と書いているが、まぁ、しかし、この言葉ほど適切なモノはないのではないかと思う。最近の「不幸自慢」っぷり「被害者意識」っぷりには、目に余るモノがあるとは思わないだろうか。犯罪というのは、この「被害者意識」が起こしていると言っても過言ではないのだから、最近急速に増えているのも、当然の流れなのかも知れない。

被害者意識というのは、その状況に陥ることで、強引に自分が楽になる方法を手にする事が出来る、という。一つは「敵」であり、もうひとつは「特権」である。「敵」というのは、つまり、自己正当化させるための手っ取り早い手段として、「仮想敵」を作り出すことだ。当然のことながら、自分が被害者であるのだから、相手は加害者であり、敵である。無理にでも敵を作り出さないと、そもそも被害者意識なんてモノは思い込みや自分の不平不満の産物だったりするので、自分に跳ね返ってきてしまう。それを避けるために、とにかく都合の良い敵をでっち上げるしかないわけだ。
それは近年急増中の「アダルトチルドレン」だとか「多重人格」なんかに見られるような、過去の記憶から敵を作りだして責任転嫁を試みる術だ。
もう一つの「特権」だが、それはもう、自分が被害者で弱者であるということを利用して、守られ保護される立場になってしまう、という、いわば逃げ口実だ。しかも、被害者意識を持つというのは、なかなか恍惚な状況でもあるという。アルコールなんかと同じように依存しやすいのだ。つましい幸せなどを得るよりも、あえて被害者意識を堪能することを選ぶ人間が世の中にはいっぱいいるんだそうだ。

たしかに、たしかに自ら不幸を指向しているな。ま、本書では他にもあっちゃこっちゃで、そういう病気もどきの変な人の話が出てきているいて、さすが現場の人、と感じる指摘が多々ある。例えば「むかつく」とか「キレる」といった言葉が流行ると、そうした言葉の連鎖が形作る方へ安易に流し込まれてしまう。目新しい言葉によって、今まで漠然としていた気持ちに形が与えられ、それどころか広く認知されたような錯覚すら生じる。
本来なら、それを恥じるべき事であるにもかかわらず、言葉として形作られたがために、憚らなくなっていってしまうという。

現状が不幸だと、不平不満を述べているにもかかわらず、それを自らの意志で行動で変化させようとしない人がいる。人は基本的に現状を大きく変化させることを望まない傾向にあり、不満を持ちつつも現状維持することを選んで不幸になっている人が沢山いるのだ。面白いなと思ったのは、そういう心理をここでは「面倒くさい」で、済ませているところだ。それは不幸であ状況を変化させるために何か行動する、というのがただただ、億劫なのだ。端から見たら、そんなことをするほうが変ではないのか、と思うことを呆気なく選んでしまう。それがある意味では病気でもある。

まぁ、分かっていても止められない、という事は誰にでもあるし、自己防衛のための被害者意識を持つというのも、別に間違っていないのかもしれない。しかし、なんというか、それはちょっと、情けないっつーか、恥ずかしくはないのか?と、問いつめたくはなる。

もう一つ、精神科の先生として、良いことが書いてあった。多重人格や記憶喪失、憑依など、普通の人では起こりえない劇的な症状というのは周囲への自己アピールでしかない。派手であることに価値があり、とにかく関心を集めたいだけである。それはもう、子供、というか未熟な人格構造だからこそ表せる大胆な自己主張であり、心の深層に問いつめたりというような洞察はない。また、精神分裂病の症状として現れる幻覚や幻聴、妄想の類はどれも底が浅く月並みだという。ありきたりで面白くもないのだ。しかも大抵薬が効いて、症状は治まるのだという。なんか、いや、これが病気なんだ、といわれてしまったら、そうですか、としか言いようがないわけであるが、しかしなんか馬鹿みたいだ。まさに、人間臭い情けなさがある。「イタイ」としか言いようがない。なんとなく、それも可愛らしくすら感じてしまう。

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Posted by ブクログ 2011年07月18日

はたから見ると、自分から破滅への道を辿っているような人や、自分からより悲惨なもへ突き進んで行くようにしか見えない人たちがいる。
なぜ彼らは、不幸になりたがるのか?

春日氏は精神科医という仕事柄、かなりの奇人変人を診てきているのだが、自分もどこか一歩道をそれれば、そんな「おかしな」彼らと同じような道...続きを読むを辿ってしまうのでないかと心配になるそうである。
その気持ちは私にも結構覚えがあって、親がテレビで異常な事件を観ていて「なんでこんなことするのかわからない」「人間じゃない」などと言っているのを聞くと、「自分の娘(私のことです)も一歩間違えばそうなるかもしれないのに、のん気な人たちだなぁ」なんて思ってしまう。

不幸や狂気というのは、他人事だから私の親のようなことが言えるのであって、自分の身近にそんなものが転がっていて、それに関わらざるを得なくなったら、否定はできない厄介な代物だと思う。
事件や事故は1件2件と数えられる。しかし不幸や狂気とは、1回2回とカウントできるものではない。狂った人はある日を境に狂ってしまうわけではなくて(中にはそういう人もいるかもしれないけど少数派だろう)、狂っている間は狂っているし、狂っていない間もいつ狂うかわからないのだ。また、狂気が治る・治まるということだって、急によくなるわけではないだろう。なんだか最近治まってきたな→最近狂わなくなったな→なんだか狂わなくなったみたい、というふうな――それこそ風邪の治りを見るみたいな、ゆるーいものだという気がする。
不幸や破滅というのは、本人やその周りの人々から見れば、決して劇的なものなんかなのではないのだろう。それこそ、「もういい加減にして」だとか「わがまま言わないで」というものなのだと思う。なんともロマンのない話だが。

私がこの本で一番「なるほど」と思ったのもそういう「怠惰」や「惰性」とも言える不幸の「面倒くささ」だった。
人は何かをするのが面倒なゆえに、ほかの人から見れば遠回りにも程がある、ということを平気でやってのける生き物なのだ。
たとえば、電球が切れたけど電球を買いにいかないで、わざわざ暖房のつかない寒い部屋で本を読むとか。この場合だと、ちょっと走って電球を買いに行けばいいのに、震えながら本を読むほうを選んでしまうというのが不幸の「怠惰さ」なのだ。ほら、こういうこと身に覚えがありませんか?

狂気や不幸は何の回避にも逃避にもならないという本書は、ある意味なんとも悲しいことを言っている本である。
狂気に夢を見られないというのは、フィクションにとって痛手だとは思わないけど、大いなる悲しみだとは思うなぁ。

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Posted by ブクログ 2011年04月14日

[ 内容 ]
虎に喰われたかったのに熊に喰われて昇天してしまった主婦、葬式代がないからとアパートの床下に妻の遺体を埋めた夫、電動式自動遥拝器を作ってただひたすら「供養」する男などなど―世の中にはときどき、不幸や悲惨さを自分から選びとっているとしか思えない人たちがいる。
しかし彼らは、この過酷な人生を...続きを読む生きてゆくために、奇妙なロジックを考えだし、不幸を先取りしなければ生きてゆけなくなった人たちなのだ。
あなたの隣の困った人たち、それはもしかしたら私たち自身の姿なのかもしれない…。

[ 目次 ]
第1章 理解しかねる隣人たち(不自然な人たち ああ、そうですか 大晦日の電車 ほか)
第2章 奇妙な発想・奇矯な振る舞い(幸運の法則 運勢曲線 不幸の先取りについて ほか)
第3章 悲惨の悦楽・不幸の安らぎ(熊に喰われる 虎と熊 二十六時間の誘拐 ほか)
第4章 グロテスクな人びと(変人たち 狂気予備軍 供養する男 ほか)

[ POP ]


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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
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[ 関連図書 ]


[ 参考となる書評 ]

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

著者の狙い通り、グロテスクな読後感。

「狂気にはなれず、健康にはならず、われらは神経症」 byロラン・バルト
・・・関係ないか。

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Posted by ブクログ 2009年10月04日

これは選択する方向性が誤っているのではないか、というような事例が載っている。それによって不幸な道を歩んでしまうと言う…。人間の思考の繋ぎ方によってはこのような自虐試行や破滅願望というやっかいな行動選択をしてしまうのであろう。その思考の解釈に惹かれたが、思ったよりも詳細ではなかった。

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Posted by ブクログ 2011年07月18日

春日武彦の不幸になりたがる人たちを読みました。精神科医から見た不幸になりたがる人たちの分析です。二十歳頃に心理学に凝っていたころに読んだエーリッヒ・フロムの自由からの逃走で解説されていたものと通じる自己破壊の性向をわかりやすく説明しています。不幸な状態から抜け出すことが必要だとわかっていても日常を変...続きを読むえるのが億劫で、結果として不幸な状態のままとどまってしまう、という人が意外と多いという指摘はついうなずいてしまいます。

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