今は亡き松本清張の推理短編集。
長編作品は『砂の器』や『点と線』『ゼロの焦点』など、
読み応えのある推理小説が数多くありますが、
ファンとして忘れてならないのはこの短編集だと思います。
淡い恋心を踏みにじられ衝動的に起こした殺人『天城越え』や、
綿密な計画をたて相手にストレスと疲れを与え、
山での遭難にみせかけた殺人事件『遭難』をはじめ、
『証言』 『坂道の家』『紐』 『寒流』 『凶器』 etc。
今読み返してみても、どれもこれも
人間というものの弱い心理が浮き彫りにされた小説ばかりです。
しかも事件の発端から、
登場人物の心の動きが手に取るように描かれていました。
派手なアクションや武器もないこの推理小説集には、
物的証拠と地道な聞き込み調査で
気長に事件を捜査する刑事達が登場します。
さすがに新聞記者出身の作者は、
事件のトリックやアリバイも描写が細かい。
現場を見て推測する刑事達にも親しみがもてるのです。
小説の中の小道具や背景も懐かしい。
作者が全盛期だった
「昭和」の時代そのものがたっぷりつまっています。
そういえば、もし「平成」の世に松本清張がまだ生きていたら、
彼はどんな推理小説を書いたでしょう。
ダイヤル式黒電話はなくなり、
刑事たちの連絡方法は、片手で操作するスマートフォン。
時刻表を見比べてで綿密にたてていたアリバイは、
携帯やPCのナビゲーションソフトで簡単にできてしまう。
極めつけは、証拠物件のDNA鑑定で、すぐさまわかる被害者や犯人。
現代はスピーディーな事件の解決が臨めるのです。
今はそういう事件をもとにした推理小説も多数あり、
それはそれで面白いのですが、時には
事件関係者の心理や犯人捜しをじっくりと書き綴った、
職人わざの「和菓子」のような推理小説が読みたくなります。
松本清張の平成版推理小説、読んでみたかった・・・。