Posted by ブクログ
2017年05月15日
松本清張作品だが、社会派と言うよりは「奇妙な味」系の短編集。いずれも読み応えのある作品だが、「凶器」のブラック感が特に印象に残った。
「遭難」
前半は、山岳雑誌に掲載された道迷い遭難事故の手記。後半は、その時のリーダー江田が被害者の姉の依頼で従兄の槙田と弔い山行に出掛ける様子が江田の視点で描かれる...続きを読む。後半は倒叙系に変わって、二人の心理戦を描いたサスペンス小説。山岳小説としても楽しめる作品。
「証言」
会社や家族に内緒で元部下の女性をかこって逢い引きを重ねる石野。その帰りに近所の住人と会ったばかりに厄介事に巻き込まれる。「人間の嘘には、人間の嘘が復讐する」という結末。
「天城越え」
主人公が家出をして、天城越えをしようとするも断念し、引き返す際に魅力的な女と出逢い、その女と別れるまでの印象深い体験談が綴られる。年月が経ち、印刷工になった主人公のもとに、警察からその当時に起こった事件資料の印刷を依頼される。その資料が紹介されるとともに、意外な真相が明らかに。
「寒流」
主人公沖野は、大学の同期であり、銀行での上役にあたる桑山に恋人奈美を奪われ、仕事でも地方支店という”寒流”に左遷され、復讐を果たそうと画策するが、何度も苦い思いを味わう話。沖野は無用な執着に捉われて、エネルギーを使うところを間違えていると感じる。ラストはちょっとあっけなく、物足りない。
「凶器」
九州の田舎の村で見つかった撲殺死体。容疑者の女が浮かび上がり、凶器の「丸太ン棒のようなもの」を探すが、見当たらない。刑事は三年後にふとした出来事から、その凶器に思い当たる。最後の一行のブラック感がすばらしい。
「紐」
多摩川の川原で見つかった男の変死体。その妻の鉄壁のアリバイ崩しの話。最初は刑事視点で、途中から保険会社の調査員の視点で、調査の過程が描かれる。真相自体は想定の範囲内であったが、死体の両面の死斑の謎、最後に明らかになるある人物の真意が面白い。
「坂道の家」
キャバレーで働く若い女とひょんなことで知り合った中年男がその恋にのめり込んで、身を滅ぼしていく話。騙される男の哀れさが痛切に描写されている。真相発覚に至る手掛かりが工夫されている。