宮沢賢治のレビュー一覧
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自然の中を散歩したり、星をみることがより楽しくなりそう。星をつなぎあわせて星座を作ったり、星の輝きと生き物の特徴を組み合わせて物語を作ったり。人間の創造性が大昔からどうやって育まれてきたか追体験することができた。 銀河鉄道の夜の終盤のジョバンニの台詞「どこまでも僕と一緒に旅をしてくれる人はいないだろうか」にはとても共感できた。自分と同じ人はいないし死ぬ時はひとりだし夫婦でも隠し事はある。結局わたしたちは孤独だなとおもう。でもその寂しさを超えるのは息を呑むような美しい景色や音楽なのだと思う。
この類のファンタジーは普段読まないのでうまく感想を書けない。もっとたくさん読んで自分で納得できる文章を書きたい。 -
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◼️宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」
両親が森に消え、妹がさらわれてしまったブドリ。やがて学問を積み、火山局へ勤める。冷害に見舞われたイーハトーブを救うため炭酸ガスの温室効果で温めようと人工的に火山を噴火させることに。ただし誰か1人が残って犠牲になる必要があったー。
数多くの絵本、書籍を手がけた司修さん。宮沢賢治の童話、また萩原朔太郎「猫町」の絵本原画などの展示に、京都・寺町通りの商店街へ。ざっと見た後、2回のカフェでアイスクリーム?&デミタスコーヒー喫しつつ見本の絵本を読む。
ほぼ青と白で描かれたイーハトーブの世界。抽象的な絵も多いけれど、そもそもが異世界で、酷い仕打ちから理不尽さ、不穏さも漂う。よく合っている。 -
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賢治独自の世界観に溢れた作品集。一見王道の童話に見えて実は一捻り加えられている、といった作品が多いため、展開及び結末は予想できず、その裏にあるメッセージも解釈するに難い。
そんな難解な賢治作品であるが、面白く読めた作品もいくつかある。特にラスト2作品として収録された「飢餓陣営」と「ビジテリアン大祭」は気に入った。前者は戯曲であり、軽快な会話のテンポ、勲章を食べるという兵士の限界感、生産体操を通してのハッピーエンドと、ユーモラスな要素に満ちている。対して後者では、ベジタリアン対アンチベジタリアンによる白熱した議論が展開され、それらはユーモアというよりもウィットに富んだ内容である。ベジタリアンとアンチベジタリアン、両者の主義主張は甲乙付け難いほど成熟しており、これを賢治1人が書いたという事実に、彼の視野の広さ、豊富な知性、考えの異なる他者を受け入れる優しさなどが表れているように思う。 -
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どんぐりと山猫
よいどんぐりとは、という裁判の話。導入も展開も脈絡なし。手紙をすんなり受け入れるのも不明。でもそういうもん、ファンタジーの中にすでにいると思って読む。多分再読。
裁判のおかしさやどんぐりの個性かわいさを温かく見ている、ということかな
狼森と笊森、盗森
なぜ黒坂森はこのタイトルの仲間にならないのだろう。最後はみんな粟餅がもらえて嬉しかったね。森に個性があって、まぁかわいさがあるのかな。自然に生かされてる、というのは言い過ぎか。
注文の多い料理店
紳士2人が読み手と同じ立場だから読みやすい。ザ人間。他の作品の入りにくさは、設定や理解がすでにイーハトーブの中だから難しいんだなぁ
烏の北斗七星
桃の果汁のような陽の光
烏にも人間と同じような戦いがあるってこと。でも争いたくて争ってるわけではないってこと。
水仙月の四日
ビール色の日光
難解。一息で読めず一回寝て最初に戻って読み直したけど。冬の訪れを知らせる妖精的なこと?
山男の四月
出来事はわかるけど、話がわかっているか怪しい。人間とファンタジー?珍しい設定な気がする。井伏鱒二の感じ。
かしわばやしの夜
赤銅づくりのお日様が、南の山裾の群青色したとこに落ちて
賑やかで愉快な世界。結局何だったんだと言われたらそれまで。生き物と自然と人間が仲良し
月夜のでんしんばしら
わからんかった
鹿踊りのはじまり
人間と動物に境界線があって、人間が人間の見方で、ストーリーがあって、読みやすいけど宮沢賢治らしくない。
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ネタバレ喋る登場人物の1人として山や石や狐など、どういう生き物?形態?を問わず、当たり前のように登場するのが童話らしくて面白い。
表題作は今さら読むまでもないくらい内容を知っているが、改めて読んでも凄い作品だなと感じる。
岩手県の郷土に属した話が多く、分かりやすい話と分かりにくい話が混在している。検索すると思った以上に深読みしている人もいて、そこまでいくと子供向けではないやんけーと突っ込みたい。
本書は、あらたに私が編むこととなった新潮文庫版宮沢賢治童話集三冊のうちの一冊であって(他の二冊は「銀河鉄道の夜』『風の又三郎」)、童話集『注文の多い料理店」全篇と、その自筆広告文に示された「古風な童話としての形式と地方色とを以て類集した」という著者の編集意図の延長上に、同じく濃密な地方色のうちに普遍的主題を追求発展させている個性的な作品群を加えて、「ドリームランドとしての日本岩手県」の風や光、草や土や人や動物たちの生気のあふれる一巻をと意図したものである。p393
天沢退二郎氏のあとがき -
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ネタバレ「銀河鉄道の夜」を含めた短編集。
「オツベルと象」は教科書で読んだのを思い出した。労働者をいじめたら、いつか反撃される。税金が上がり続ける世の中を風刺していると感じた。
「よだかの星」は、よだかはなぜ星になりたかったのだろう。命を燃やしてでもなりたいもの。命より重いものがよだかにはあった。よだかにとってのほんとうのさいわいがあった。
「銀河鉄道の夜」はカムパネルラの死がジョバンニに生きる意味をあたえたように感じた。ほんとうのさいわいとは何だったのか。最後のシーンを読んで思った。カムパネルラにとっては自己犠牲。でもジョバンニにとっては幸せを家族と共有すること。家族と生き続けること。 -
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ゴーシュはフランス語で「左(左手)」や転じて「不器用・ぎこちない」という意味だそう。
三毛猫からは「感情を込めること」、かっこうからは「正確な音階」を学び、ただ楽譜通りに弾くだけだったゴーシュが、音楽の楽しさに目覚めていく。
最初は下手な演奏を動物に馬鹿にされたと勘違いし、八つ当たりもしていたゴーシュが、共に過ごすうちに彼らを思いやるようになり、人間的にも温かくなっていきます。
野ねずみの病気の子供をセロの響きで治したとき、音楽は単なる技術ではなく誰かを癒すためのものだと悟り、オーケストラの本番での自信へとつながります。
「怒る感情もさっぱり出てない」と言われた演奏に、怒る感情が込められたのではないかと。上手く演奏できずに泣き、苦しんで真っ赤に血走りながら練習しているゴーシュには、喜びより、怒りの方が感情を表現しやすいだろうし。
「第六交響曲」について。一般的には、ベートーヴェン作曲の「交響曲第6番〈田園〉」と考察されているらしいです。宮沢賢治の、また住居のイメージにも合うと思う。ネット上には「悲愴」との意見もあるらしく。確かに、動物たちとの練習も合う感じがする。
最後がいつもわからない。病気の動物に耐えられて普通の人は耐えられないというのはどういうことなのか。カッコウ、怒ってたわけではないというのはどういうことなのか。怒ってたじゃないか。