宮沢賢治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
宮沢賢治、小学校だか中学校だかの教科書での出会いの第一印象があまり良くなかった。
それ以降、事あるごとに対峙するのだが、あまり芳しい印象はない。今回は河合隼雄『猫だましい』からの流れで読んでみて、作品によって全く印象が違うことには気付いた、程度まで進んだ。しかし、宮沢賢治は猫苦手?ゴーシュのもとにやって来た猫にも、猫事務所の猫たちにも、どうも作者の愛情を感じられない。狐や狸やその他の生き物には作者の慈しむ目線が感じられるのだが。猫贔屓の身としては承服しかねるわけで…。
基本的に、宮沢賢治ワールドは私にはまだ読みこなせないのかもしれない。いつかあるかも知れない再読に期待。 -
Posted by ブクログ
銀河鉄道の夜;1934年初出(昭和9年)。
確かに美しく、詩情溢れる物語だとは思う。しかし、自己犠牲を貴ぶ殉教者的なストイックさが、俗物の私とはどうしても相容れない。読んでいて、美しさ以上に苦しさを感じてしまう。みんなの幸せのために自分を犠牲にするのは美しい行為だけれども、できればそこまでする前に、醜くても不様でもいいから、自分も含めてみんなで幸せになる道を探そうよーと思ってしまう。でも、それは明日生きているのが前提の人間だから言えることなのかもしれない。若くして志半ばで不治の病に倒れた人間が、死を受容する過程で書いた作品として読み解かなければ、この物語の真意は理解できないのかもしれない。やっ -
Posted by ブクログ
ネタバレ今改めて読み直してみると、宮沢賢治が持っていたイマジネーションの大きさに驚かされます。
空想、架空、幻想、そんな言葉で表現することが申し訳ないような、
自然の懐に抱かれて人は生きていることを実感させられます。
表題作「注文の多い料理店」はあまりにも有名な作品ですが、
子どもの頃漠然と読んだ教科書の中の物語としてではない面白さが満載です。
例えば言葉の使い方。「すぐに食べられます。」なんて、自分が食べる側なのか、
逆の誰かに食べられてしまう側なのか、どっちの意味にも受けとれる言葉を、
小学生でも分かるように使っているところが、テクニックとして面白いです。
これ、簡単なようでかな -
Posted by ブクログ
この本は、音楽団に所属しているが演奏するのがへたくそなゴーシュと夜な夜な訪れる動物との物語です。
ゴーシュは最初自分の演奏に自信が持てない。しかし・・・
ある夜、ゴーシュの家にある動物が訪れる
最初は「三毛猫」が訪ねてくる。かなりふてぶてしい奴、かなりの知ったかぶりを披露したりした。
次は「かっこう」自分の鳴き声の音程がずれているのではとゴーシュの所に来るが、演奏ができないゴーシュに駄目だしして帰る。
お次は、「タヌキ」が来る。
最後は「野鼠の親子」が訪ねてくる。
実はゴーシュの演奏によって動物が元気になっていると気づき
自分の演奏に自信を持てるようになった。ゴーシュは最初荒れた青年のような性