芥川龍之介のレビュー一覧
-
購入済み
鬼気迫る絵師としての業
傑作ぞろいの芥川龍之介今昔物語シリーズの中でも特に私がいいと思う作品である。極端に扇情的な文章ではないが、鬼気迫る絵師としての業を見事に描き出している。同じ芸術品を生み出すべき仕事をしている芥川龍之介自分自身と重ねているところがあるのかもしれない。
-
購入済み
乾いた筆致
黒澤明の羅生門があまりにも有名なので、同じ芥川龍之介の今昔物語シリーズの傑作である「藪の中」と混同することがあるが、こちらの作品も傑作である。いわゆる「末世」にうごめく人々とその心情を比較的乾いた筆致で描き出している。舞台は平安時代であるが、その心情の変化は現代にも通じるものがある
-
Posted by ブクログ
「大導寺信輔の半生」(だいどうじしんすけ)
大正十四 年一月
芥川の自書自伝ということ
とても、とても興味深いです
本所、牛乳、貧困、学校、本、友だち、、
「玄鶴山房」(げんかくさんぼう)
昭和二年 一、二月
読み進めるうちにぞわぞわぞくぞく、、山房内の物理的には狭い空間での出来事。しかし内部の人間の仄暗い思いがどこまでも這うように広がっていくかんじがする。
解説によると、これは“念には念を入れた、まったく用意周到な、細工のこまかい、小説である”と。
「蜃気楼」
昭和二年 三月
文庫解説より“芥川がもっとも自信をもった作品であり、(中略)全篇無気味な美しさから成立っている。”
「河童」
昭和二年 三月
kappa memo
医者 チャック
漁師 バッグ 最初に見かけた
硝子会社の社長 ゲエル 資本家
学生 ラップ
詩人 トック 超人倶楽部
哲学者 マッグ 超人倶楽部
作曲家 クラバック 超人倶楽部
裁判官 ペップ
政治家 ロッペ クオラックス党
新聞社社長 クイクイ プウ・フウ新聞
音楽家 ロック
元郵便配達員 グルック 万年筆を盗んだ
長老
これは何度読んでも傑作。大好き
「或阿呆の一生」
昭和二年 十月(死後発表)
ほぼ遺書なんだろうけどもう死の淵にもう両足を突っ込んでいるであろう闇
「歯車」
昭和二年 十月(死後発表)
未読、、、また別の機会に読む -
Posted by ブクログ
乙女の本棚3連発、3つ目。
檸檬、蜜柑、と続きました。たまたまです。
イラストレーターさんが檸檬と蜜柑、一緒なのは敢えてですよね、きっと。
鮮明さは手前で読んだ檸檬のほうがビビッドなんですが、夕暮れどきの汽車、煤、蜜柑、の色の移り変わりと、主人公の世の中を胡乱でダウナーなところから、少女の勝手な行動に気持ちが落ちきって、そこから蜜柑と少女の光景に心が彩られる移り変わりが凄く伝わってきました。
芥川龍之介、好きなんです。
この作品、知らないと思ってたんですが読んでいる途中で思い出しました。
あ、この作品、芥川龍之介だったのか、やっぱり私、好きだ、芥川、って乙女のように自分の気持ちを再確認できました。
乙女のように、は流石にこのシリーズに託けすぎました笑
2024.3.24
53 -
Posted by ブクログ
芥川龍之介の遺稿の一つ。苦悩と傑作。
「歯車」あらすじ
筋のない小説の一種で、きわだった構想はないが、幅の広い作品で、芥川龍之介が直面した人生の種々相をそっくりとり入れようとしている。
作品を順に4つに分けると
① 知人の結婚式に向かう途中、主人公はレインコートを着た幽霊の話を耳にする。その時を境に、「僕」は幾度となくレインコートを着た人間を目にするようになる。
② 義兄がレインコートを着て自殺したと知り、「僕」は世の中に存在する様々な物や言葉から死に対する連想をするようになる。
③ 憂鬱に苛まれた彼の視界には原因不明の半透明な歯車が広がっている。歪んでいく精神状況で、自分も母親のように気が狂ってしまうのだろうか、という強迫観念が彼を襲う。
④ 安息のために実家に帰宅したが、精神は錯乱し、まぶたの裏に銀色の翼が浮かび上がる。「僕」は、誰か眠っている間に締め殺してくれないか、と考える。
書評
『歯車』は「地獄」に落ちた彼自身を描き上げた作品である。激しい強迫観念と、神経のふるえが、一行、一字の裏にまで流れている。彼がしばしばこころみた怪奇の描写が、恐ろしい迫力をもって、見事になされている。
この『歯車』の世界に住んでいた彼の、自殺することは必然というべきであった。
作中に出る「寿陵余子(じゅりょうよし)」とは中国の田舎の若者が、都会に行って洗練された歩き方を取得しようとしたが、結果的に身に付けることが出来ず、それどころか本来の自分の歩き方すら忘れてしまう、という説話から来る言葉。
これは、芥川龍之介は長編小説に悪戦苦闘した結果、傑作を完成させることはできず、それどころかかつて夏目漱石に賞賛されたような秀逸な短編も書けなくなってしまった、という自身の作家としての苦悩が表現されている。
キリストにさえ救われなかった。芥川龍之介はキリスト教を批判していたわけではなく、いくら努力をしても理解することが出来なかった。
芥川龍之介の前期の作品は秀逸な短編が多い中、後期になって長編が書けないという苦しみがあったというのは意外なことのように感じる。また、自殺直前の作品であることからその当時の状況を知ることができる貴重な資料という面も併せ持っている。 -
Posted by ブクログ
初めて芥川龍之介の作品をちゃんと読んだ。高校の現代文に出てきた羅生門で少し知ってたくらい。結論めちゃくちゃ面白かった。 短編だから読みやすい。
初めの「老年」が難しすぎて自分には合わないかな〜と思ってたけど、それ以降は面白いもの多くて、芥川の世界に引き込まれていった。
特に仙人、羅生門、鼻、野呂松人形、芋粥、大川の水、葬儀記が好きだった。
文章そのものや言葉の使い方、表現の上手さは去ることながら人物の心情を描くのが本当に上手い。100年以上前の作品なのに情景がぱっと浮かんでくるし、人物の喜怒哀楽がひしひしと伝わって感情移入出来る。
作風は今昔物語とか宇治拾遺物語とかの歴史ものを題材にしているのが多かった。羅生門や鼻など、時代は平安時代を舞台にしているものが多かった。
他にも芥川自身の体験した日常や出来事をそのまま題材にしたり、同じ作家の友達を登場させたりしていて、多彩だなと思った。それと外国の思想家とか芥川の尊敬する文豪も沢山出てきて、芥川自身かなりの読書家なんだなと感じた。
芥川の生まれ育った故郷に対する愛や思いをつらつらと書いた「大川の水」、自身の小説家としての不安を正直に綴った「野呂松人形」、夏目漱石の葬儀の日を日記形式で淡々と書いた「葬儀記」などは、芥川自身の不安や気持ちを素直に文章にしていて、それがなんか良いなと感じた。こんなに赤裸々に自分の不安や思索や気持ちを文章にすることがすごいし、感情的で主観的でありながらも、とても読みやすい。これらの文章の構成や表現、気持ちの書き方などは、自分がエッセイや文章を書く上でも参考にしようと思った。
昔の言葉とか注釈が多くて読むのには時間かかったけど読んでよかったなと思う。そこら辺の現代文学の何倍も面白い。難しそうだからって理由でずっと避けてきたけど、もっと早くから読んでおけばよかったな。もうすぐ没後100年になるけど、これからも色褪せることなく読まれ続けると思う。 -
購入済み
知っている様で知らない
羅生門も蜘蛛の糸も、大抵の人は内容を知っている。
羅生門に至っては、複数の漫画で攻撃技にもなっているし、蜘蛛の糸は無慈悲な鬼にぶった切られたり仏がクレーンゲームで景品ぎちぎちにさせたりする。
けれど、どちらの小説も真面目に読んだのは何時の日か。
難しい漢字も読み仮名が振られているから安心。
-
Posted by ブクログ
近代日本文学の面白さのひとつが、東洋と西洋の文化のぶつかり合い、そこから発するところを知ること。
鷗外や漱石もその文脈から読み解くと面白いし、そのスタンスは各々特徴がある。
また、白樺派や社会主義者もキリスト教の影響を受けているが、宗教として定着したかは疑わしい。
芥川龍之介のこの短編集は上記にある時代背景から、テーマを切支丹物とし描く。ただ、キリスト教の良し悪しきを問うものではなく、且つ一方的な視点から描いているものでもない。読者側の解釈が求められるので、それが面白い。
芥川龍之介自身は、聖書を常に身近に置いていたようだ。彼にとってのキリスト教がどのような位置づけにあったのか、これはもう少し深掘りしてみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ妖精や神話が好きだったので、より面白く読めた。物語に出てきた紅帽子の精霊が特に印象に残った。アイルランドの赤帽子と同じ存在なら、悪い妖精なので老人は騙されたのかもしれない。
そもそも老人が求めたような永遠の命というものはなくて、生命や自然の美しさがあり、それらが最盛の状態である事を春の心臓と表現し、永遠と続く生命の繋がりや重なりを現しているのかもと思った。
戸口を葉っぱでふさいでいた老人はその美しさを見ることもなく死に、夢見た青春もなく寂しく終わっていく。それに対して少年は脈々と続く生命の美しさを感じ、答えを見つけた。
願望を追い求めすぎて閉じ篭もると、答えが見えなくなるのかもしれない。日々に目を向けて、向き合って生きたいと感じた。 -
Posted by ブクログ
何十年ぶりに芥川を手に取ってみた。
まずは、芥川龍之介の写真。ここまで印象にのこる作家も珍しいが、それほど、心に残る何かがあるのだともおもう。
羅生門の人の中にある曖昧な善悪の境界、生と死の混在する現実は、妙な納得を強制的にさせられる感じ。
鼻と芋粥も、望んだものが手に入ることが、自分自身の中の何かを失くすことでもあるという矛盾の可能性を見せてくれる。
地獄変は、純粋さと、美しさと、悪意とが、人間臭さのなかに見出される。クライマックスが派手であるが故に、心に残る。
奉教人の死もまた、人の感情や世俗のなかに埋もれる純粋さと、集団の犠牲にはその集団が意味づけしていく不条理さに気付かされる。
舞踏会や秋は、羅生門や地獄変の後に配されると、より際立った、少女達の心の機微が読み取れる心に響く物語となっている。
そして、藪の中。すべての語り主が、嘘であり真実であることを、それぞれの認知と都合でかたるのは、これもまた、人間の姿そのものであり、芥川の人間心理の真に迫る表現なのだと思う。
ともあれ、いずれも、面白い。ただ、ただ、惹かれてしまう。引き込まれてしまう。