芥川龍之介のレビュー一覧
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芥川龍之介の作品の中で、年少文学といわれているものが主に集められています。(「蜘蛛の糸」「犬と笛」「蜜柑」「魔術」「杜子春」「アグニの神」「トロッコ」「仙人」「猿蟹合戦」「白」)
この中で小学生のとき読んだのが、「蜘蛛の糸」「杜子春」。特に「蜘蛛の糸」は“罪人たちが、うようよ這い上がってくるところ”“蜘蛛の糸がプツンと切れてしまうところ“が心に残って、夢に出てきそうでした。
高校生の頃、模擬テストの文章で出会ったのが「蜜柑」「トロッコ」。「蜜柑」は窓から投げられた蜜柑の情景、「トロッコ」は少年の心理描写が記憶に強く残っています。
本書で初めて読んだ作品もありました。今回感動を覚えたのが、「白」。犬のお話です。犬好きなので、犬の気持ちを考えると、泣けてきてしまいました。この犬、本当によくがんばった!
丁寧な文章表現、繊細な描写の数々を堪能し、不思議と心洗われる話が多いと感じました。人としてどう生きるかを問われているように思いました。 -
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目次
★偸盗 ちゅうとう
地獄変
竜
往生絵巻
★藪の中
六の宮の姫君
藪の中最高
偸盗=こっそり盗むこと(=窃盗)
「 その上、貌も変れば、心も変った。始めて娘と今の夫との関係を知った時、自分は、泣いて騒いだ覚えがある。が、こうなって見れば、それも、当り前の事としか思われない。盗みをする事も、人を殺す事も、慣れれば、家業と同じである。云わば京の大路小路に、雑草がはえたように、自分の心も、もう荒んだ事を、苦にしない程、荒んでしまった。が、一方から見れば又、すべてが変ったようで、変っていない。娘の今している事と、自分の昔した事とは、存外似よった所がある。あの太郎と次郎とにしても、やはり今の夫の若かった頃と、やる事に大した変りはない。こうして人間は、何時までも同じ事を繰返して行くのであろう。そう思えば、都も昔の都なら、自分も昔の自分である。…………」
—『地獄変・偸盗(新潮文庫)』芥川龍之介著
「ここにあつめたのは、芥川龍之介の「王朝物」といわれる、平安時代に材料を得た歴史小説である。この種のものをこの文庫では二冊に分載したが、この集には最初期のものを省き、より後期のものを多くおさめている。配列はほぼ年代順であるが、その発表年時、発表機関は次のようである。偸盗 大正六年 四月・七月 『中央公論』地獄変 大正七年 五月 『大阪毎日』『東京日日』竜 大正八年 五月 『中央公論』往生絵巻 大正一〇年 四月 『国粋』藪の中 大正一一年 一月 『新潮』六の宮の姫君 大正一一年 八月 『表現』 ちなみにこれらの諸編は、すべて『今昔物語』もしくは『宇治拾遺物語』の説話集に出典をあおいでいる。その素材源を示せば次のようである。偸盗 『今昔物語』巻二十九「不レ被レ知レ人女盗人語第三」地獄変 『宇治拾遺物語』巻三「絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事」(『十訓抄』巻六第三十二話も同じ)及び『古今著聞集』巻十一「弘高の地獄変の屛風を書ける次第」竜 『宇治拾遺物語』巻十一「蔵人得業猿沢の池の竜の事」及び同巻二第十二話「唐卒都婆に血つく事」往生絵巻 『今昔物語』巻十九「讃岐国多度郡五位聞レ法即出家語第十四」藪の中 『今昔物語』巻二十九「具レ妻行二丹波国一男於二大江山一被レ縛語第二十三」六の宮の姫君 『今昔物語』巻十九「六宮姫君夫出家語第五」及び同巻十五「造二悪業一一人㝡後唱二念仏一往生語第四十七」」
—『地獄変・偸盗(新潮文庫)』芥川龍之介著
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目次
★羅生門
★鼻
芋粥
★運
★袈裟と盛遠 けさともりとお
邪宗門 じゃしゅうもん
好色
★俊寛 しゅんかん
改めて羅生門凄すぎるなと思ったけど、あそこまで心情がビッチリ描かれてると、映像化すると特に何も起きてないレベルの些細な出来事であることを忘れるよな。
小説を書く人が皆頭良いとは別に思わないけど、芥川龍之介はめちゃくちゃ頭良さそうな物語書くよな。
芥川龍之介の作品ってめちゃくちゃ凄いなと思うのと、ピンと来ないものの差が激しい。
「 ――人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。そうして何時の間にか、消極的ではあるが、或敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからに外ならない。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「 内供は慌てて鼻へ手をやった。手にさわるものは、昨夜の短い鼻ではない。上唇の上から顋の下まで、五六寸あまりもぶら下っている、昔の長い鼻である。内供は鼻が一夜の中に、又元の通り長くなったのを知った。そうしてそれと同時に、鼻が短くなった時と同じような、はればれした心もちが、どこからともなく帰って来るのを感じた。 ――こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。 内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「では、この話の主人公は、唯、軽蔑される為にのみ生れて来た人間で、別に何の希望も持っていないかと云うと、そうでもない。五位は五六年前から芋粥と云う物に、異常な執着を持っている。芋粥とは山の芋を中に切込んで、それを甘葛の汁で煮た、粥の事を云うのである。当時はこれが、無上の佳味として、上は万乗の君の食膳にさえ、上せられた。従って、吾五位の如き人間の口へは、年に一度、臨時の客の折にしか、はいらない。その時でさえ飲めるのは、僅に喉を沾すに足る程の少量である。そこで芋粥を飽きる程飲んで見たいと云う事が、久しい前から、彼の唯一の欲望になっていた。勿論、彼は、それを誰にも話した事がない。いや彼自身さえ、それが、彼の一生を貫いている欲望だとは、明白に意識しなかった事であろう。が事実は、彼がその為に、生きていると云っても、差支ない程であった。――人間は、時として、充されるか、充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。 しかし、五位が夢想していた、「芋粥に飽かむ」事は、存外容易に事実となって、現れた。その始終を書こうと云うのが、芋粥の話の目的なのである。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
昔から私にはたった一人の男しか愛せなかった。そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ。"芥川龍之介『袈裟と盛遠』
「「が、予は姫君が恋しゅうて、御意得たいと申すのではない。予の業慾に憧るる心は、一度唐土にさすらって、紅毛碧眼の胡僧の口から、天上皇帝の御教を聴聞すると共に、滅びてしもうた。唯、予が胸を痛めるのは、あの玉のような姫君も、この天地を造らせ給うた天上皇帝を知られぬ事じゃ。されば神と言い仏と云う天魔外道の類を信仰せられて、その形になぞらえた木石にも香花を供えられる。かくてはやがて命終の期に臨んで、永劫消えぬ地獄の火に焼かれ給うに相違ない。予はその事を思う度に、阿鼻大城の暗の底へ逆落しに落ちさせらるる、あえかな姫君の姿さえありありと眼に浮んで来るのじゃ。現に昨夜も。――」」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「「もし岩殿に霊があれば、俊寛一人を残したまま、二人の都返りを取り持つ位は、何とも思わぬ禍津神じゃ。お前はさっきおれが教えた、少将の女房を覚えているか? あの女もやはり岩殿へ、少将がこの島を去らぬように、毎日毎夜詣でたものじゃ。ところがその願は少しも通らぬ。すると岩殿と云う神は、天魔にも増した横道者じゃ。天魔には世尊御出世の時から、諸悪を行うと云う戒行がある。もし岩殿の神の代りに、天魔があの祠にいるとすれば、少将は都へ帰る途中、船から落ちるか、熱病になるか、とにかくに死んだのに相違ない。これが少将もあの女も、同時に破滅させる唯一の途じゃ。が、岩殿は人間のように、諸善ばかりも行わねば、諸悪ばかりも行わぬらしい。尤もこれは岩殿には限らぬ。奥州名取郡笠島の道祖は、都の加茂河原の西、一条の北の辺に住ませられる、出雲路の道祖の御娘じゃ。が、この神は父の神が、まだ聟の神も探されぬ内に、若い都の商人と妹脊の契を結んだ上、さっさと奥へ落ちて来られた。こうなっては凡夫も同じではないか? あの実方の中将は、この神の前を通られる時、下馬も拝もされなかったばかりに、とうとう蹴殺されておしまいなすった。こう云う人間に近い神は、五塵を離れていぬのじゃから、何を仕出かすか油断はならぬ。このためしでもわかる通り、一体神と云うものは、人間離れをせぬ限り、崇めろと云えた義理ではない。――が、そんな事は話の枝葉じゃ。康頼と少将とは一心に、岩殿詣でを続け出した。それも岩殿を熊野になぞらえ、あの浦は和歌浦、この坂は蕪坂なぞと、一々名をつけてやるのじゃから、まず童たちが鹿狩と云っては、小犬を追いまわすのも同じ事じゃ。唯音無の滝だけは本物よりもずっと大きかった」」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
「わたしは御主人とその翌日、この島の火山へ登りました。それから一月程御側にいた後、御名残り惜しい思いをしながら、もう一度都へ帰って来ました。「見せばやなわれを思はん友もがな磯のとまやの柴の庵を」――これが御形見に頂いた歌です。俊寛様はやはり今でも、あの離れ島の笹葺きの家に、相不変御一人悠々と、御暮らしになっている事でしょう。事によると今夜あたりは、琉球芋を召し上りながら、御仏の事や天下の事を御考えになっているかも知れません。そう云う御話はこの外にも、まだいろいろ伺ってあるのですが、それは又何時か申し上げましょう。」
—『羅生門・鼻(新潮文庫)』芥川龍之介著
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目次
★蜘蛛の糸
犬と笛
★蜜柑
魔術
★杜子春
アグニの神
★トロッコ
仙人
猿蟹合戦
★白
芥川龍之介、蜜柑読んでまた鳥肌たった
「「使えますとも。誰にでも造作なく使えます。唯――」と言いかけてミスラ君は、じっと私の顔を眺めながら、いつになく真面目な口調になって、「唯、慾のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず慾を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか」」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しにも困る位、憐な身分になっているのです。 何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、土耳古の女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭せて、ぼんやり空ばかり眺めていました。空には、もう細い月が、うらうらと靡いた霞の中に、まるで爪の痕かと思う程、かすかに白く浮んでいるのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「 しかしいくら大金持でも、御金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」 老人は審しそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。 「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」 杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪にこう言いました。 「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」 「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔しい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持になったところが、何にもならないような気がするのです」 老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。 「そうか。いや、お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか」 杜子春はちょいとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、 「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい」
「老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、「いかにもおれは峨眉山に棲んでいる、鉄冠子という仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持にしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にとり立ててやろう」と、快く願を容れてくれました。 杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜をしました。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に厳な顔になって、じっと杜子春を見つめました。「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。――お前はもう仙人になりたいという望も持っていまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になったら好いと思うな」「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩っていました。「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから」 鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、「おお、幸、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「しかし女房はあやまるどころか、鼻の先でふふんと笑いながら、「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち辛い世の中に、御飯を食べる事も出来はしません」と、あべこべに医者をやりこめるのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
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乙女の本棚ですわよ(//∇//)
芥川龍之介×おく
芥川龍之介もたぶん初読みです
(教科書とかは全然覚えてない)
乙女の本棚様々です
真相は藪の中の
藪の中はここから来たってやつですね!
一人の死体が発見され
いろんな証言を集めていくんですが
全然話が噛み合わない
誰かが嘘をついているんですよね
一体本当は何があったのか
まさに藪の中、、、
だんだん不穏な空気になっていく物語と
おくさんのイラストがぴったりでした(*^^*)
こういうことは世の中で起こりまくってるわけで、ニュースで見たあの事件も、ネットで騒がれているあの出来事も、友達が相談してきたあの話も、実際何が起こったかは本人達しかわからないんですよね
いや、よくよく考えてみると
夫婦間でのトラブルだって
私から見た全体像と
夫から見た全体像は違うわけで
真実なんて、天にいる人くらいしか知らないんじゃないかってことですねʅ(◞‿◟)ʃ
その上で何を信じるかってことなんかな。
さて、昨日はちょっと積もった雪でかまくらを作りましたᕦ(ò_óˇ)ᕤ
母+子3人で頑張りましたᕦ(ò_óˇ)ᕤ
ギリギリ子ども3人がぎゅーぎゅーで入れるくらいのができてちょっと嬉しい(o^^o)
初めて作ったんですが結構楽しかったです(^^)
3歳児もなかなか上手に雪かき用のダンプ(っていうんですかね、スコップの押すタイプのやつ)を使って雪を集めてくれました!
穴を掘るのが楽しいですね!!
子どもは容赦なく際どいところも削ってく感じもd(^_^o)
三連休はものすごい寒波が〜って聞いてたのでヒヤヒヤしてましたが、思ったより降らずよかったです( ´∀`)
また今日から頑張りましょ(゚∀゚)
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Posted by ブクログ
表紙や作者の紹介ページで使われるイラストがとても美しい。適度に服装、髪型は本人の雰囲気を残しつつ、完璧に美化されていてイラストレーターの腕の良さにたまげる。
文豪たちの最後の作品を集めた本で、まとめて読むとその文豪らしさがよく感じられて良い。
芥川の「歯車」 私も偏頭痛持ちだからこの現象(閃輝暗点)よくわかる!と共感するとともに、精神病になりやすい家系の人なんじゃないかと邪推してしまった。
太宰の「グッド・バイ」 女性関係の華やかな作者の理想の別れ方を描こうとして、結末までいかなかったのは収集つかなかったのかな、と思った。
梶井「のんきな患者」 若い頃から結核を患ってたから、今回の主人公も病気。よく作品を作り続けたと思うし、結核患者を描かせたらリアリティがピカイチだよね。
中島の「李陵」 平時に読むと、また中国の故事みたいな話を書いてるな。言葉遣いも難しいし、タネがあるんだろうなくらいしか思わないが。
今回少し仕事で辛い時に読んだので、祖国を離れ、善戦したのに家族を皆殺しにされた李陵の苦しみと比べれば、私の悩みなんて大したことないではないかと励まされた。
泉鏡花 「縷紅新草」 ちょうど泉鏡花題材の朗読劇を観た直後に読んだ。その作品も男性(泉鏡花)と若い女性の会話劇だったので全力で演者だった櫻井孝宏さんの声を思い出しながら読んだ。