山本弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレウルトラマンに出てくる怪獣ものの小説版かと期待値半分。
頭の隅にウルトラ怪獣の映像をチラつかせながら本を開いて絶句!
なんと古代から伝承される神話と宇宙をつなぐ壮大な物語が展開していくではないか!
怪獣が地球上に出現することの矛盾。
「あんな大きなものがそんなスピードで動くかいっ!あり得ない~」と言ってしまうようなことまで子供だましや安易な発想でなくキチンと理論的に説明されていく。
読んでる方は納得するしかないじゃないですか、山本先生♪
いや~面白かった!
おかげで怪獣や神話の見方が変わりましたよ♪
非現実の世界に飛び込む勇気のある方にお薦めです☆彡 -
Posted by ブクログ
あとがきによれば 作者の思惑は
おそらく別のものだったのだろう。
多くのことをこの作品から学んだ。
学ぼうと思って本を読むことをしない
私だからこそ 朝比奈先生という
素晴らしい大人の言葉に打ちのめされた。
伏木空やミーナのように
自分が大好きな本を他の人にも
読んでもらいたい。
自分が好きな本を 他の人にも
好きだと思ってほしい。純粋に。
知的書評合戦ービブリオバトルの尊さに
私は打たれた。早く次が読みたい。
私もビブリオバトルに参加したい。
思想やら人間の思惑やらはどうでもいい。
本が好きなのだ。私の好きな本を
たくさんの人に好きと思ってほしいのだ。
この本、大好きだ! -
Posted by ブクログ
怪獣映画はガチのリアリズムがないとだめだ。非現実としかいいようのない怪獣を召喚するにはまわりからリアルに固めていかねばならない。某ゴジラ映画には夢オチのが一本あって子供心にもあれは腹が立ったな。しかしまた、映画においてはとにもかくにも怪獣が出てきて、それが「絵」としてよくできていたら、放射能で巨大化したとかいうしょぼい設定であっても、それだけで説得力を持つ。何しろ人間は視覚をもっとも信じるのだから。
だから視覚を欠く怪獣小説は最初からハンディを負っているのだと思う。
本書は『怪獣文藝』の続編。続編といってもそもそもアンソロジーだから、話がつながっているわけではなくて、第2弾ということである。『怪獣文藝』のほうは読んでないのだが。
で、その夢オチというか、最初から主人公が繰り返し見る怪獣の夢の話で押していくのが有栖川有栖。こういうのもありか。
怪獣小説でリアリズムを追求すると、怪獣対策の行政組織ができて、というようになるだろうが、それは山本弘の『MM9』シリーズ。大倉崇裕は同工異曲の設定で、しかし怪獣の至近距離で迫力ある写真を撮って売る人々「怪獣チェイサー」を登場させたのが目新しい。
その山本弘は別種のリアリズムを、かつてあった冒険物語──映画にもあったような、少年雑誌にもあったような──を復興させることで得ようとする。20世紀半ばの密林、怪しい宗教団体、生け贄にされる半裸の少年、そこに現れる巨大生物。ほらなんだか懐かしい。
冒頭にはいまや特技監督の第一人者である樋口眞嗣が若いころに書いた怪獣映画の企画書が掲載されている。題して「怪獣二十六号」。土木機械で怪獣に立ち向かうのである。
美しかった母親は50歳を過ぎたころから急激に老婆のように老け込み、山に捨ててくれと言い出すようになった。梶尾真治「ブリラが来た夜」。「ブリラ」の名の由来が面白い。
怪獣とは少年の破壊衝動の具現化である。そしてそれが現実化したら世界は破滅する。ということを太田忠司はよくわかっているようだ。黒い虹を出す怪獣というのは『ガメラ対バルゴン』を踏まえているのだろうが、作品の暗い雰囲気に禍々しさを添えていて秀逸。
今度怪獣映画を公開する園子温監督は自主映画時代のエッセイだかフィクションだかわからないものを寄せている。怪獣が登場するのは「怪獣映画を撮った」とほらを吹いているところのみ。
脚本家小中千昭は東京地下の巨大ミミズをカルトに描くが、ちょっとシノプシス調。
もと角川書店社長の井上伸一郎の処女作は、時代劇というか元寇の時代が舞台で、『ガメラ』シリーズへのオマージュとなっている。これだけが二大怪獣対戦である。
以上8編。私は結構楽しんだ。
怪獣というと、破壊される大都会、応戦する自衛隊がステレオタイプでもあり期待されるところでもあるのだが、それは最初に述べたように周囲をリアルで固めていくことである。ここでも多くの作品がありきたりな現代生活に怪獣を登場させているのは、怪獣にリアリズムを持たせる方策かもしれない。だから遠未来を舞台にしたものとか、スペースオペラ+怪獣といった趣向がないのだろう。
ただ、「怪獣文藝」の場合、特撮映画とはやはり違う線を追求せざるを得ないのであろうから、私は本書では第一に太田忠司「黒い虹」、次に園子温「孤独な怪獣」が面白かったとしておこう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日常SF?…本町・山科・茨木と舞台が関西ということもあり、非常に親近感の湧く作品。テーマとしては異星人SFのベタ…もとい王道たる「第一種接近遭遇」モノだけど、そこは山本作品。「ET」とか「未知との遭遇」なんかとは全く違うテイストをまとわせて楽しませてくれる。
トンデモ科学、カルト宗教批判部分については賛否分かれるところだろうなぁ。俺は「カルトやトンデモを笑い飛ばそう」という姿勢が大好きなんだけど、生真面目にそれらを信じている人らには不愉快だろうし、唯物論・無神論あたりに触れてくる後半に至っては、俺も少々抵抗を感じないわけでもなかったし。もっともそこを含めてノンフィクションなんだから、その抵抗感含めて楽しませてもらいましたが。
タイトルや「女の子を食え」という謎の言葉等の伏線は秀逸。クライマックスはこれらの伏線が効いて、思わず首肯。SFというよりミステリーの醍醐味に近い感じ。
そしてクライマックス部分の主張にも賛成。
家の中が散らかってるのに「いつか誰かが掃除してくれる」って思ってても誰も片づけてくれないよな。誰も来ないからと悲嘆したり恨んだりしてたってしゃーない。自分で片付ければいいだけの話。
「神様助けて」「行政が悪い」「金持ちに生まれたらよかった」…ついついそう思いがちやけど、行政に助けを求めるなら自分で動かなあかんし、金持ちに生まれなおすのは現実的ではないし、神様の助けってそういうもんではない。まず自分が動かないと。
異星人にそういうこと教えられる前に、自分たちで気付いて自分たちで実践していこうよ、人間ども…特に俺! -
Posted by ブクログ
ネタバレマイミク氏の大絶賛を受けて読んでみた。絶賛するはずだやわ。こりゃすげえ大傑作だ。
天才マッドサイエンティストがアイドル?んで、そいつが宇宙に飛び立つ?
いかにもヲタが好みそうなベタ設定。
語り手は女装(しかも気合十分)趣味の男子。女装が好きなだけで同性愛者ではない。恋愛嗜好は女好きという、これまたヲタ好きしそうな設定。
と学会の人ってこういうことやりそうやなぁ。今度は何に対してどうケンカ売るんだろう、みたいな醒めた気持で読みだしたところが、エエ方向に期待裏切ってハマるわハマる。
主人公と語り手やライバルアイドル達、プロダクションの社長ら個性的な登場人物たちの生き生きとした絡み、身近に感じる近未来光景の描写、ちょっとイカした小道具のチョイスなんかを中心に、決して読みやすい部類には入らないはずの物理用語やら数式の解釈やら、そんなもんまでが文章のリズムを作り、宇宙への憧憬や科学技術の未来性や人類の希望やアイドルの終焉や、そして甘酸っぱくも実らないラブストーリーまで贅沢にちりばめた満願色のセンスオブワンダー!
「宇宙には夢と希望がある」って、こんな前世紀的真正面なSFのお題目を、剛速球でぶつけてこられたら、受けなしゃーない、当たらなしゃーない。
大森望あたりのSFヲタどもが、50ヅラさげて必死にアイドルのおっかけしてるのを、冷やかに見ていた俺だけど、この本読んで「なるほどアイドルと宇宙の組み合わせは合うわ」とよーやく意味が分かった次第。ヲタ好き設定もこういう調理法なら美味しく読める。ほんでこういうマニアックな相性の良さを、広く万人が味わえるように引き出してくるのは調理人(作家)の腕やねんなぁ。
ラストは憎いよ、こんな寂しいハートブレイクを久々味わったよ。読み終わったのは昼休みの会社やったけどちょっと泣いたよ。
小説家としての山本弘にはあまり接してこなかったが、この本読んで開眼!よーし今からおっかけるぞ。とりあえず「地球移動作戦」だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今年最高の本決定です。ぴあのはアイドルグループの一員で変り種担当。しかし、彼女は物理学の天才少女。アイドルでいるのは宇宙それもカイパーベルトを超えて太陽系外に行く為の技術を開発し自らが飛び立つことを目的としていた。まず手始めにブラウン運動を利用した第2種永久機関を作り世間を驚かせ、遂にはタキオン粒子の理論を構築し、これが宇宙空間におけるダークエネルギーであることを突き止めるとともに、それを利用した飛行機関「ぴあのドライブ」を開発してしまう。本には難解な物理用語が頻出し、理論を説明している文は私には全く理解できない。しかし、それはこの本の面白さをコケオドシ的に増すだけなのだ。様々なスポンサーから大金を調達した彼女たちグループは、6人が火星に2ヶ月半滞在出来る宇宙船を完成させた。しかしここでぴあのは反乱を企てる。6人が2ヵ月半なら、1人なら450日生きられる。これに単身乗り組み100日加速100日減速し船内時間450日でオリオン座大星雲までの往復宇宙旅行に出かけるのだ。しかしほぼ光速であるため、帰り着いたときには地球では3千年が経ってしまう計算だ。地球からオリオン座を見るとき、その方向には今もぴあのが1人で旅を続けているのである。