個々の作品のレビュー
● 生者の言伝
夏木蒼汰は、自らの「計画」を実行するため、唯一の友人・悠斗の別荘に不法侵入する。嵐の中で目を覚ますと、目の前には悠斗の母親の死体と血に濡れた包丁。「自分が刺したのだ」と思い込み動揺する中、立ち往生した城塚翡翠と千和崎真が訪れる。
蒼汰はこの家の子であると偽るが、翡翠は早い段階で違和感を抱き、「おかしすぎる点はたくさんあります」と見抜いていく。
なぜ翡翠は蒼汰がこの家の人間ではないと気付いたのか。蒼汰の嘘の癖とは何か。そして翡翠はどのようにして「見えない被害者」の存在に辿り着いたのか。翡翠が真相を解き明かす。
【この作品の核となる部分】
・倒叙形式に見せかけて、視点人物が犯人ではない構造
・真犯人は蒼汰ではなく、被害者の夫
・「犯人視点」という先入観を利用したミスディレクション
【ポイント】
・靴がないのに靴下を履いている違和感
・父の自撮りの家族写真に写っていない不自然さ
・スマホがWiFiに接続されていない点
・ボストンバッグ=バーベキューではなく練炭自殺キット(ガムテープ欠落)
・怪談中の足音=犯人の行動の示唆
・蒼汰は嘘をつくとき「えっと」と言う
【評価・感想】
視点=犯人という前提を裏切る構造が非常に秀逸。倒叙に見せかけた一点突破の仕掛けは強い。
一方で、真犯人の存在を示唆する伏線(濡れたハンドバッグや足音)や、蒼汰の正体を見抜く仕掛けは小技の積み重ねでやや弱く感じる。靴下・写真・WiFi・ガムテープといった要素も納得はできるが、決定打としてはやや薄い。
それでも、「倒叙を裏切る構造」という一点で印象に残る作品。★4。
● 覗き窓の死角
フォトグラファーである江刺詢子は、妹をいじめ自殺に追い込んだいじめグループの一員であるモデルの藤島花音への復讐のため、写真撮影のためと称して、別荘を訪れる。詢子は、ストーカー犯による犯行に見せかけて花音を襲い、城塚翡翠をアリバイ証人として利用して、完全犯罪を計画する。
詢子は、ある目的で行きつけとなっていた喫茶店で、翡翠出会い、本格ミステリ好きという共通の趣味をきっかけとして、友人関係を築き、撮影を装ってアリバイを作る。
翡翠は「詢子さん、もしかして、人を殺した経験でもおありでした?」という冗談を言った最の詢子の言動から違和感を覚え、かすかな疑念を抱く。
捜査が進む中、遺体の不自然な死斑や行動の矛盾から、翡翠は、ストーカーの犯行ではなく、詢子が犯人ではないかと疑い、直接、1対1で対話したときの花音のコートのポケットに鍵が入っていたことに対する詢子の反応等から、犯行の構造を見抜いていく。
詢子は妹をいじめていたグループのメンバー全員を殺害することを目標とし、次の犯行を計画する。次のターゲットは、行きつけの喫茶店でバイトをしている森本朱美。翡翠は、森本もいじめグループのメンバーだと知っているとさりげなく伝えることで、犯行計画を遅らせる。
しかし、詢子のアリバイは崩せず、犯行の証拠もない。翡翠は、そもそも、殺人は早朝に行われていたという点にこだわりすぎていた。この点に気付き、犯行の着手は早朝だったが、実際の殺人は、昼間、翡翠の撮影の最中に行われていたことに気付き、アリバイを崩す。そして、翡翠自身のイヤリングが犯行現場に残っていたという偶然が物的証拠となり、詢子の犯行を暴く。
【この作品の核となる部分】
・犯人視点で進む典型的な倒叙ミステリ
・犯人が探偵をアリバイ証人に利用する構図
・犯行現場の誤認(場所・時間)のトリック
【ポイント】
・チケットの半券をポケットから出した=一度外に出ている。
・死亡推定時刻と早朝犯行のズレ
・死斑の原因=死体の下にあった物体X(イヤリング)
・イヤリングが翡翠のものである点が決定的証拠
・ストーカーの手紙が2階にある違和感
・ソファ下の綿埃=探索行動の痕跡
・キャンピングカーを利用した死体移動と犯行
【評価・感想】
構造としては典型的な倒叙ミステリだが、犯人である江刺詢子と探偵である城塚翡翠が友人関係を築く場面が丁寧に描かれていて、犯行を暴くという展開に物語性を感じる。
翡翠をアリバイ証人に仕立てつつ、丁寧に描かれている翡翠を撮影する場面で、詢子が花音を殺害していたという展開は、想像するとインパクトがある。翡翠は、詢子の反応から、「朝の段階で殺人をしていた。」と確信している点が、アリバイを強固なものにする。ここは、既にいじめグループの中に行方不明のものがいるという、「花音殺害は未了だが、別の殺人を既にしていた。」という伏線があったのも見事
決定的証拠が、「翡翠のイヤリングが犯行現場にある。」という偶然によって残る点は、倒叙モノにはままあることだが、少し弱く感じる。
とはいっても、犯人としての詢子の心理描写や計画、翡翠との関係性等、キャラクターも魅力的で物語としては読み応えがあり、倒叙モノとして標準以上のデキであることは間違いない。★4。
● 全体の感想
城塚翡翠シリーズ第3弾。倒叙モノとしては2作目。生者の言伝は、倒叙モノと見せかけて真犯人が別にいるという構造が見事。とはいえ、犯人と探偵の知恵比べという倒叙モノとしての面白さは一歩足りない。第1印象は高いけど、後で評価が下がるタイプの作品
覗き窓の死角は、短編というより中編~長編に近いボリューム。こちらはオーソドックスな倒叙モノだが、犯人がなかなか手強く、読み応えがある。こういう手強い相手だと、どうしても「決定的な証拠」が、偶然に頼ったものになるのが難点だが、倒叙モノの宿命かなとも思う。
トータルとしてのデキは標準以上。翡翠に弟がいたことが分かり、としての1作目であるInvertでも感じたが、倒叙モノとしては非常に安定している。諏訪間駕善という警察官僚との関係もあり、城塚翡翠の物語としては、まだ続きそう。倒叙ものとして、invertⅢがでるのか、また、mediumみたいな作品が出るのか。愉しみではある。
この作品は、倒叙モノのミステリとして、読み応えもあり、生者の言伝みたいな、倒叙モノと見せかけて真犯人は別にいた、という仕掛けは好みでもある。覗き窓の死角もオーソドックスな倒叙モノとしての完成度は高い。トータルで★4はいくかな。