中沢新一のレビュー一覧
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新しい視点をもらえました。
昔、教科書で習った知識はこのようだった。「縄文時代は、稲作の弥生時代に取って代わられた」という、縄文が劣った文化のような。弥生で一気に進化したような描かれ方をしていた。
この本では、スンダランド(東南アジア付近)から先に来ていた縄文人と、後から来た海人(あま)、倭人(わじん)が融合したと描かれている。倭人は稲作や金属のテクノロジーを携えてきた。それを使い、半農半漁の生活が始まった。
縄文人は山、蛇、太陽を信仰をしており、祭壇等、人が作った祈る対象物はなかった。倭人たちは儀式、祭壇の文化を持っていたちめ、それらを融合して、神社の基礎ができ上がった。
いま日本の文化とされているものは、過去の歴史がレイヤーのように重なって形作られたもので、ずっと同じものが永続しているわけではないことを知れた。
アースダイバーという言葉のとおり、歴史の中に潜り込み、地層を解読していくような読書ができた。
。。。
生きていくための食糧を得る祈りは、性の交合で子供を身ごもる、産むことと重ね合わされていて、たびたび男根、太陽(男)、皿(女)のような形で話が出てくる。古来からの儀式や神社の祭祀も、つまりは交合を棒や器で表現して、産み出されることを願うものらしい。時代が変わっても性の話が尽きないのは、このせいか。性=人間の発展? 今の個人的な性の趣向の話と違って、もっと大きな、実りを願う意味合いの性が根底にあるようだ。
それから季節の話だ。
春分、秋分は安定している。
夏至、冬至(死に向かう)が不安定になる時期で、祭祀を必要とした。なんとなく過ごしていた季節の節目も、人の営みと関係して大切なものだと知った。
。。。
メモ
・勾玉はもともと胎児のかたち
・諏訪神社の神
上諏訪、縄文系 守屋山、蛇
下諏訪 弥生時代 水をコントロールする女神
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太田光って人は色んな本を読んでいるし、映画、落語、本当に知識がある。
でその知識はこれとこれに結びつくという考えもできる人だ。
憲法9条…
恥ずかしながら高市総理の発言が中国を怒らせたそのきっかけが憲法9条。
憲法9条にそこから興味を持ち出し、
爆笑問題ファンとしては太田さんがどんな視点を持っていたのか気になり、手に取った。
対談方式なのだが、
「知」の殴り合い。「知」の戦いだと思った。
対談の事ではなく、太田光は世間と「知」と戦っているのだと思う。
対談で理解できそうで理解できない部分もあったけど、
憲法9条について、私が到底思いつかなかったことを言ってくれるので、考えを知識を流すような感覚で、ふたりの対談を傍観する気持ちの距離感で読むといいと思います。 -
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マレビトが好きです。
南方を故郷と思い、海の向こうからマレビトが来る。
来ることによって、地域に活力がうまれる。日本人における神は外から来る、という考え方をした折口信夫と、神は祖霊であるとした柳田國男の主張が真逆なのは面白かった。
折口信夫は南の神、柳田國男は東北を見ていたから、というのはないかな。
東北の人は神様が南から来る、という感覚はないんだよね。マレビトって沖縄とか海に囲まれた地域に住む人の考え方な気がする。
北東方にはなまはげがいるけど、自分が東北人なせいかなまはげってマレビト感を感じない。お面とかもうチープでつまらないなと思う。ボゼとかほんとすごい。
内容はとても平易で読みやすい。
とにかく中沢新一先生の折口信夫愛に溢れていて、折口信夫の入門紹介本と考えるとさらっと読めておすすめ。 -
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「かつて虫取少年だったぼくたちから、現代の虫取少年へのメッセージ」
小学校の3、4年の頃だっただろうか、今では記憶も定かではないが、私はドラクエ5にハマっていた。
初めて触れたRPGであったことは憶えている。
それ以上に私を魅了したのは、「敵モンスターを仲間にして共に戦うことが出来る」というシステムだった。全てを失いヘンリーと共に旅に出てから、モンスター達は頼りになる仲間として心の支えになってくれた。強烈な個性と多様な「とくぎ」で最後まで一緒に戦ってくれた。
ドラクエ5をクリアして喪失感を抱きながらどれくらいの月日が流れただろうか。そんな矢先、私はポケモンに出会った。
私が夢中になったモンスターを仲間にして冒険をする、というシステムをメインに据えたゲームに当然のように没入したのは今でも鮮烈に憶えている。
本書は、レヴィストロースなどの構造主義人類学の観点からポケモンが現在のような巨大コンテンツになった理由を考察している。前半インベーダーゲームとエロスとタナトスとの関連はドラマチックに大きな気づきを与えてくれた。
後半の解説を読んでいくと、他の類似コンテンツはなぜポケモンになり得なかったのかがおぼろげながら見えてくる。
構造主義らしい難解な文章はわかりやすいテーマからは想像しにくいが、本気でポケモンを考察した骨太な一冊。 -
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好きな分野は評価が高くなるのだろうか。
神社とは何か。ただの信仰の場ではなく日本列島に刻まれた精神の基層である。神社を考古学の対象ではなく人間の無意識と結びついた存在として読み解く。
その起源をたどると磐座や巨石信仰に行き着く。古代人は大地に突き出た巨石を神の宿る場所と見なし祭祀を行った。
世界各地の巨石文化とも響き合い、太陽、蛇と結びついた生命の循環を象徴する。
蛇は水と再生の象徴、太陽は誕生と死のリズムを示す。神社はこうした自然の力が凝縮された場なのだ。
神社を単なる歴史の遺物ではなく、人間、生命体と土地、地球はたまた宇宙のエネルギーの立ち昇る場であり対話、交わり、交流の存在なのだなあ。
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ネタバレ本書は、週刊現代に連載されたエッセイの中で、現代の日常に現れるミトロジー(神話的要素)を紹介しています。例えば、東京オリンピックのスケートボード競技での「ゴン攻め」などの新しいタイプの解説や、『進撃の巨人』における人肉を食する描写が取り上げられており、後者はレヴィ=ストロースの『われらみな食人種(カニバル)』へのオマージュとして示唆されています。
中沢新一さんの卓越した洞察力により、このようなミトロジーとの共鳴を見出すことは容易です。しかし、それが中沢新一さん独自の力技に過ぎないのか、それとも現代において本当に不可欠な作業なのか、という疑問が残ります。つまり、こうしたミトロジー的思考が、今の時代に必要とされているのか、あるいは中沢新一さんのスキルによるひとつの「作品」に過ぎないのか、その判断はまだ私にはつけられていません。 -
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ネタバレ坂本龍一強化月間でこちらを。
面白かったし、ちょくちょく入る坂本龍一の写真が格好良いし、取り上げられている場所に旅行で行ってみたいなあという気持ちがわいています。
中沢「…死の問題をいろんなかたちで世界のなかに取り入れていくことが戦略上、重要なんですよね。生きている人間の世界は、「ある」か「ない」かっていうバイナリ思考に陥りがち。でも「ある」でも「ない」でもない、もっと根源的な「生命力に満ちた死」があるわけで、それを組み込むと3の世界になっていく。世界はバイナリではなくトリニティの構造に変わっていく…」(p.51)
中沢「神話の想像力と、資本主義や科学技術へと分かれていく原点は。エコロジストからは科学が悪い、資本主義は悪いって考えが出てきがちなんだけど、じつは同じところから出てきている。核もそこから生まれる。核とは何か」…
坂本「エロスの落とし子なんだね」…
中沢「(岡本太郎の太陽の塔について)核と、人間の祝祭空間が根源では同じだということを、よくわかっていた。…曼荼羅と同じ表現で、大墓地なんです。世界の根源は、墓地。意味も吹き飛ぶ、分子も吹き飛ぶ、その上に湧き上がってくる歓喜というものを描こうとしている」(p.59-61)
この一連の核が生のエネルギーの側面も持っているというところ、そういう風にとらえたことがなかったので面白かった。
中沢「音楽と神話というのはもともととても近いものなんですね。図像表現がそっけないときには、神話と音楽が発達する。」(p.84)
なるほど笑
収録場所は以下
第一章 諏訪
第二章 若狭・敦賀
第三章 奈良・紀伊田辺
第四章 山口・鹿児島
第五章 青森 -
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ネタバレ引き続き面白いです。
…スサノオは「人食い」であった大蛇を倒すことができました。すると大蛇の持ち物であった「人食い」の特性は、スサノオの所有に移ることになり…古代人の思考では、食べることとセックスすることは一つです。スサノオは土地の首長の娘を性的に食べることによって、二重の意味で「人食い」としての王の特質をあらわしてみせています。…このとき剣は、社会の内部に自然の権力が組み込まれるプロセスをあらわすものとして、王権の象徴となります。(p.197-198)
原初、神は熊であった
というのも面白かった。し、アイヌに「熊送り(イオマンテ)」という儀式があるんだなあ…テディベアが大好きな私もそういうことなの…?って思ってしまいました笑 -
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ネタバレこちらも今更ながら読みだしている中沢新一のカイエ・ソバージュ!学生時代に『野生の思考』やら『生のものと火を通したもの』やらを読んだはずなのだけど、正直あまり覚えていないんだよなあ、いつかそちらも再読せねばなりません。
さて本作、講義の内容の書き起こしということもあって、とても読み易かったし、そういわれてみたら確かに?ということの連続が面白いということ、もし人間が既にそこまで物事を考えて何かに意味を持たせられている・見いだせているのなら、創作できる余地など少なくない…?と思うなどしていました。
豆の神話学(p67~)
豆というものが、男性の中の女性的なものと、女性の中の男性的なものを表し、男性性と女性性の仲介を果たすものである、その先に生と死を媒介するものとしての豆というのが出てくる、らしい笑。
カマドと灰と鳥=総動員される仲介機能
カマドの火は人間にとって動物の世界から抜け出して、「文化」を持ったという大転回がおこったことを象徴し、そこから「異界または他界との転換点」「生者の世界と死者の世界を仲介する場所」(p107)
ミクマク・インディアンの「見えない人」の話、とても好きだった。
…なぜならこの高貴な魂をもった女性は、ものごとを外見ではなく、その奥にひそんでいるものの価値によって知ることができたからである…(p149)
そして「…ここでいわれている「美しさ」は星や野の花や動物のような美しさんことで、人間のお化粧やおしゃれがつくりだせるものでもなく、こういう自然な美しさは誰のなかにも潜んでいるものなのだから、みなさんどうかご安心ください。」(p157)に笑った。
神話は警告する(p206-7)
…このとき神話は現実と幻想のあいだにたって、二つを仲介しようとしています。その上で、幻想の世界に埋没することの危険を知っています。神話はこのように、現実との対応を絶対に失わないようにしています。ところが私たちは浮気なチェリクトフのように、現実の世界を捨てて、ベニテングダケ娘の与える快感にはまってしまいたいという欲望も、ひそかに抱いています。いいかえれば、現実を失ってでも、バーチャルの世界へ入ってしまおうとする可能性を、常に持っている生き物なのです。私たちの心は、現実の世界の豊かさや複雑さを、五感を通して受け入れようとしていますが、同時に、心の中の完全に自由なバーチャルな領域に吞み込まれたいとも思っています。ベニテングダケ娘の誘惑は、今ここにある危険なのです。
まさにその通りなんだよねえ…そこで地に足のついている感じに安心感ある。次の巻も読みます。 -
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ネタバレ<微分的人間>-とは? -2012.04.26記
パスカルは、
未熟な人間だけが旅を好むのであって、
成熟した人間は、部屋の中にじっとしていて、
そこに無上の幸福を感じることができるのだと考えていたから、めったに旅をしなかった。
微分は曲線上の接線の方向と大きさを切り出してくる。
しかしそれは運動の根源ないし予料をしめすものではあっても、
まだ空間の中に実現される運動や移動そのものではない。
部屋の中でじっとしていることの好きな成熟した人間は、
この微分の状態を、無上の幸福感を持って生きることができるのだ。
それはこの微分には欠如というものがなく、方向と大きさを持った力がすきまなく充満して、
自分に欠けたものを自分の外に追い求めようという欲望さえ、少しも湧いてこないからなのだ。
このような微分的人間のことを、パスカルは神を知る人々と呼んだ。
パスカルにとって、神は微分に宿りたまうものであったのだ。