中沢新一のレビュー一覧
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5冊シリーズ読破。5冊ともタイトルがおしゃれ。今までのまとめって感じです。講義録なので、かなり読みやすい。こういう講義を大学生の時に受けたかったな。
昔の人はまるで違う2つの異なるものをつなげていろんなモノを創り上げて生きていたんだというのがよくわかる。このへんが「対称性」に関係していて、そこらへんが崩れてきて自然の声を聞けなくなっている(想起する力が乏しくなった?)のが現代社会のよう。
ヤギと人間は夫婦でもあるのだ、だからメスと子供のヤギは狩ってはいけないのだ、とか。現代ではまったくもってぶっ飛んだ考え方だけど、良く考えてみると我々が知る現代よりもっと長い間にそういう考え方がなされていた -
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人類学者の中沢新一によるカイエ・ソバージュシリーズの第一弾。
僕にとって初めての中沢新一。
とりあえず気になるところをつらつらと書いてみる。
以下ネタバレあり。
第一章人類的分布をする神話の謎
・北米インディアン版の竹取物語では両親に愛された娘は中国の纏足のように足が小さい。皆が求婚するが断り、族内婚を嫌い、熊や狐、シャチと結婚する。人間の世界で一切の媒介された状態を実現できていない。
・燕石に関する伝承はさまざまある。
・ヨーロッパの民間伝承で鳥の巣あさりがあるが、これは思春期を迎えた少年を青年が登らせて卵などを取りにいかせる習慣だが、ここで巣に手を入れてはじめて性の手ほどきが行われると -
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面白い・・・二日で読んでしまった。
ただし、注意しなければいけない。実際に存在する神話を題材としているが、学説というわけではない。学術的な裏付けのあるハナシではないのである。レヴィ=ストロースや南方熊楠などの研究に基づいてはいるが、この話は中沢新一という思想家の、あくまで一つの、世界の捉え方であると、それだけを心の片隅に置いて読み進めれば問題はない。
僕自身、これまであれこれと考えてきた「人間の根源は何か」とい問いに答えてくれそうな気がして、中沢新一を読み始めたのである。このシリーズはまだ4冊続くが、読み終わるころにはきっと、自分の中に新しい地平が開けていそうに思う。
なお、芸術人類学研 -
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またしてもなんとな〜く、ウスラボンヤリ思っていたことを理路整然と整理してもらって、スッキリ!!!しました。
もともとヒトとは、”超越したもの”の存在を自然と感じている生き物であって、それがアニミズム信仰になったり、発展して宗教になったり、しているらしい。
だいたいどの地域にも、高神と来訪神、という2つの相対するカミがいて、高神は太陽や山のように、常にそこにあって日々の生活を守ってくれるカミ、対して来訪神はいつもは不在なんだが決まった日にやってきて、この世と異界(死者の世界とか)をつなげたり、するというカミ。この2つが揃っているとバランスが良いようで。本州にはわかりやすい来訪神はいらっしゃら -
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クニ(国)ができる前は人々はどういう風に考えていたのか、という話。クニができる要素はあるのになかなかクニができなかった地域もあって、それは未開とか未熟とか野蛮とかではなく、別の価値観・知恵をもって暮らしていたのでは、というお話。おもしろい。
『チベットの・・・』で思考停止に陥った「トポロジー」という言葉の説明が出てきました。いわく、
”トポロジーという学問は、具体的な空間や図形の性質を調べるのではなく、それをひっぱったり伸ばしたりしても、変わらない性質を調べようとするものです。”
なんとなくですが、少しわかったような気がしました。
宮沢賢治の作品を、ちゃんと読みたくなりました。 -
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中央大学教授、2006年度からは多摩美大で芸術人類学を研究される、人類学者であり宗教学者の中沢先生の、中央大学での「比較宗教論」の講義録『カイエソバージュ』シリーズの第一弾。
国家や一神教が発生する前の人類(旧石器時代後期から)は、神話という様式を用いて宇宙における自分たちの位置や、自然の秩序や人生の意味などについて深い哲学的思考を行ってきた。国家というものを持たなかった自然民族の語り伝えた神話には、現実の世界とのつながりを失うことのない、素朴だが複雑な成り立ちをした論理の体系が潜在している。神話は非合理的、非科学的であるというイメージを払拭し、神話は人間が最初に考え出した、最古の哲学であると -
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好きな分野は評価が高くなるのだろうか。
神社とは何か。ただの信仰の場ではなく日本列島に刻まれた精神の基層である。神社を考古学の対象ではなく人間の無意識と結びついた存在として読み解く。
その起源をたどると磐座や巨石信仰に行き着く。古代人は大地に突き出た巨石を神の宿る場所と見なし祭祀を行った。
世界各地の巨石文化とも響き合い、太陽、蛇と結びついた生命の循環を象徴する。
蛇は水と再生の象徴、太陽は誕生と死のリズムを示す。神社はこうした自然の力が凝縮された場なのだ。
神社を単なる歴史の遺物ではなく、人間、生命体と土地、地球はたまた宇宙のエネルギーの立ち昇る場であり対話、交わり、交流の存在なの -