中沢新一のレビュー一覧
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私たちが考える「意識」よりずっと高次元にある、深遠で微妙な「意識」。その状態に自分を持って行くことができれば、日常の「現実」とは全く異なる高次の「現実」を体験することになるという(いわゆるトランス状態)。
イスラーム神秘主義やヒンドゥー教の本、あるいは心理学の本などを読んでいると、しばしばこのような境地について語られるのに出くわす。そういう神秘的な心の状態について、とても興味はあるものの、やはり自分とは遠い世界の話のように思ってきた。
しかし、自らチベットで修行をした経験のある中沢氏の描くそれは、圧倒的な臨場感と迫力に満ちていて、説得力がある。とはいえ、私の想像力をはるかに超えたもので、そういう意識の状態にある時どんな感じがするのか、見当もつかないけれど。
本書で中沢氏は、神秘的な高次の意識や、それを通して見る現実のありようを、哲学の言葉で語ることを試みている。本書を読んで、私にとって想像することがむずかしい境地について、考えてみるための指針のようなものが与えられたような気がする。 -
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大昔にニューアカなどといわれていたときに何冊か読んだことのある中沢新一であるが、最近どうしているのかな、とふと思い、本を検索してみれば、すごくご活躍のご様子。
ということで、ここ数年の著書で、評判のようである本書を読んでみる。
講義録であるため、すごく分かりやすいし、講演録とは違って、一つのテーマをさまざまな角度から丁寧に論じていて、面白い。こういうスタイルの本は、もっとあっても良いと思う。
内容的には、文化人類学入門というか、神話学入門というところかな。シンデレラやかぐや姫など、だれでも知っている話をもとに、その物語の様々な国のヴァージョンを比較していくことで、神話の構造、そしてその哲学を浮上させていく。
という方法論は、いうまでもなくレヴィ=ストロースのものだが、中沢氏がレヴィ=ストロースに対して、かくもストレートなシンパシーを持っていることには、少し驚いた。共感を抱きながらも、もう少し複雑な関係ではないか、と勝手に想像していたので。。。
昔、レヴィ=ストロースをはじめとする文化人類学に興味をもっていろいろ読んでいた事があったのだけど、久しぶりにそのときの知的な高揚感を体験させていただいた。
にも関わらず、満足度が星5つでないのは、この講義録はあと4冊あって、全部そろえると8000円くらいしてしまうこと。1冊200ページくらいの分量だったら、少し本を大きくして2分冊にするとか、新書版にするとか、して、もう少し、お求めやすい価格にしてほしいと思った。 -
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カイエ・ソバージュも後半戦である。定常社会(中沢氏の言葉では対称性社会)、国家の誕生、資本主義の誕生と進んできた話は、一神教の誕生となる。
中沢氏の専門の宗教の話で、講義はいきなり宗教儀式でのトリップの話から始まる。そこから、現世人類の脳の話に展開しつつ、宗教論へ。
さまざまなスピリットから、一段高いところにあるスピリットがでてきて、それが神に移行していく。その過程で、対称性の破れが生じて、トポロジカルな転換が生じ、メビウス縫合型とトーラス型の神が出現する。そうだ。
とまあ、物理学とか、トポロジーの喩えを使った説明が分かりやすいかどうかは別として、その主張は、なるほど感は高い。というか、わりと、まっとうな話だと感じた。
で、いよいよ高いところにいる神とその他大勢の神からなる多神教から、一神教がなぜ生じるか、という肝心のところとなると、その説明には、拍子抜けしてしまう。
つまり、トポロジカルな転換が生じるのでなく、多神教的なものを抑圧することによって、一神教が生じるとのこと。
なーんだ。と思う訳であるが、「人間は完全には一神教にはなりえない。なぜなら脳がそういうふうにはできてないから。(また、完全に無宗教にもなれない。脳がそうできてないから。)キリスト教も三位一体の考え方を入れて、多神教性を取り入れる事によって、発展した。そして、資本主義も三位一体とパラレルな構造である」という主張には、一定の納得感があった。
カイエ・ソバージュもあと、1冊。これまでの議論を踏まえて、どういう展開になるのか。楽しみである。 -
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中沢新一による「カイエ・ソバージュ」、最初の一冊。文化人類学の基礎である神話研究のレポート。公演を書籍化したものなので、語り口調で非常に読みやすかった。純粋な理論的立場から考えると一見トンデモ理論に見えてしまう神話研究ですが、人間の潜在意識の糸を手繰り寄せながら、人間と文化を紡ぎ出そうとしています。理性を絶対視した啓蒙主義の限界から、人間の思考の無意識の側面を理論家していったものが文化人類学であり、現在の社会学の基礎にもなっている。こういうものは人間の活動の上澄なのか、骨組みなのかと考えてしまう。完全にしっくり来ているわけではないが、知ることの必要性は感じる。
17.3.24 -
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憲法九条を世界遺産に
精神土壌の、無思考、思考停止、
素直に自分が思ってることを表現すると世の中からバッシング抹殺されかねない、いじめ、
西欧の合理主義やモダニズム→田中智学→危機的な日本の新しい方向性を示そうとした、
虐げられているもの弱いもの声を出さないものの声を聞き取らなければならない25
作者の意図と違うところで感動が生まれることの幅は芸術作品の力である
同じ場所にいても違う世界をみている、
誤解を伴ったディスコミュニケーションで世界は成り立って豊かになっている、
宗教法国家による単一の意味付けは世界との間に齟齬を生じる、
戦争の大きな概念正義こそが結果として人を
宮沢賢治
ディスコミュニケーションを乗り越えたい、
宗教的情熱に自分の理想を見いだしたい、
戦前の戦争的思考と戦後の平和的思考をつなぐ存在、
愛が深く擬人化
●なめとこ山の熊、●月夜のでんしんばしら、●シグナルとシグナス、レーニンによるシベリアの電子化、スターリニズム、ハイデッガーの哲学
愛は未熟で危うい、
見えないふり忘れたふりふたをして隠し問題がみえなくなってる
ネオテニー(幼形成熟)、
諸刃や矛盾を受け入れる、
●ジョン・ダワー敗北を抱き締めて岩波書店
宮沢賢治の作った童話、アメリカ主導の日本国憲法
ドンキホーテ、桜、世界遺産、修道院
突然変異、珍品、無垢、奇蹟的な瞬間の輝きと共に世界に出たもの、無邪気な理想論、
仏教のように合作だからこそ価値がある、イロコイ連邦憲章、フリーメーソン
●星川淳、魂の民主主義、築地書館
物事の浮かぶ海の上で、波が立っていることばかりに気を取られていると、その底流で動いているものが見えなくなってしまう
厳しい条件のなかで理想や夢を実現させようとしている場所があるというだけで世界の姿は変わる
●ロッセリーニ神の道化師フランチェスコ
アボリジニのドリームタイム
ドンキホーテとサンチョパンサ
桜
かつて日本人が表現していた死
美しい散り際、戦の象徴、
狂気も毒もその美しさのなかに含んでいてその表現はかくしている
恍惚、冒険心
言っていることは鋭いが一般には伝わらない。
正義を信じる美しい武士道精神と、その危うさ茶化す落語文化
武士、伏し、職人、自分の命に執着しない、
愛嬌、懐の深さをもつ落語、笑いのめした人たちの碑をたてる
●安楽庵策伝の醒睡笑せいすいしょう
不戦ではなく非戦
精神としての平和主義には伝統がある、一万年規模
世界遺産は、壊してしまうかもしれない自分たちの愚かさを知るためのもの
神の子イエスと神社は落書きされるお笑いの対象にされる、手をつけてはいけない場所との区別、見極め
九条を抱えていることで、今自分が信じている正義は違うかもしれないと自分を疑ってみる、矛盾をはらむことで自分自身を疑い迷い考え続けるヒントになる
環太平洋の平和思想の最高表現、懐が深い
平和を維持するのは殴らない立場でケンカする人間
テロに屈するな→戦争の論理発動
転向、吉本隆明
川端康成
インテリの言葉は皮膚感覚で伝わってこない、理解させる芸がない、
平和憲法を守る覚悟、
軍隊をもっても戦争なんてできないしむしろ巻き込まれていく
★軍隊をもたない価値を守るには、下手をすれば殺される下手をすれば殺す覚悟や犠牲を必要
憲法はあくまで国のコンスティチューション、国の制約と個人の問題は別
感動は善悪を超越したところで起こる
日本国憲法は政治と芸術の合作
感受性や想像力がもっと鋭くないと理想から離れていく
●藤田嗣治の戦争画
いまいる人といると年を取り、死んだ者とともにいようとし対話し蘇らせる努力は生命の蘇りを感じる
●ミラン・クンデラの不滅、集英社文庫、菅野昭正訳
SMAPのトライアングル
平和を表現することがいかに難しいか
九条は国家の免疫機構解除、
母体が子供を慈しみ育てるように、神話が人間と動物とのコミュニケーションの遮断を思考で乗り切るらせるように -
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大阪は水の都である。という一文から始まる司馬遼太郎の小説があったと思う。何だったか思い出せないのだが、
私事ながら、秋から大阪に単身赴任している。東京と比べると大阪は本当に平べったい。坂がない。地下鉄の出口案内に並ぶのは、橋や堀のつく地名ばかり。高低差を愛でるタモリ氏やスリバチ学会の会員だったらつらい都市だろう。
東京の地形の記憶を扱った前作のアースダイバーを読んだのは、2006年頃。大阪をテーマにした本書が出版されたことは知っていた。暫く手を出さないでいたのだが、大阪暮らしに慣れる意味でも読んでみた。
土地勘がない心配は杞憂だった。舞台になるのは殆ど上町台地ばかり、北は大阪城から南は住吉大社近くに繋がる台地。他の場所は昔は海の底だったから、東京版のように彼方此方の場所を尋ねる面白さは少ないと思う。
大陸系の海民の姫神達、物部氏の本拠に建てられた四天王寺、と大地に残る歴史を中沢氏らしいチョッと気障っぽい語り口で物語る。
商業は共同体ではなく、「無縁」から生まれたとの記述は、著者の義兄、網野善彦を思い出させる。
後半は上町台地から西の千日前やミナミのディープな大阪の演芸や処刑場、墓地の記憶。そして差別の原因になった歴史の経緯。
漫才についての記載。
「ここから、大阪に独特な言語コミュニケーションの発達が起こった。意味の中身を伝え合うのではなく、意味らしきものを伝えあっている、そのプロセスの方に重点がおかれた。意味の固い層の下を流動している無意識の流れを、ひょっと会話の中に紛れ込ませる技に高い評価を与えた。」
内田樹さんの「うほほいシネマ倶楽部」にあったポストモダンの説明、ボールに価値はない、パスにこそ価値があるという言説を思い出す。大阪人どうしの会話ってポストモダンなのか?え~!。
河内の盆踊りでは非業の死を遂げた人の物語や猟奇的大量殺人事件や俊徳丸のような物語が音頭で歌われる。
東京版のような地形から呼び起こされる物語は少なかったが、なかなかディープな話が多く、満足した。 -
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実に、日本国憲法とは、一瞬の奇跡であった。それは無邪気なまでに理想社会の具現を目指したアメリカ人と、二度と戦争を起こすまいと固く決意した日本人との、奇跡の合作だった。しかし今、特に九条は次第に輝きを奪われつつあるように見える。この奇跡をいかにして遺すべきか、いかにして次世代に伝えていくべきか。
芸でそれを表現しようとする太田と、その方法論を歴史から引き出そうとする中沢。
宮沢賢治を手がかりに交わされた二人の議論の行き着く先は…。
中沢)宮沢賢治はディスコミュニケーションを乗り越えたいと思っていた。
他人の苦しみが自分の苦しみである状態を造りあげたいと思っていた。
世界を一つにするという田中智学の危険な政治思想に共感していった。
太田)宮沢賢治の抱えていた矛盾とは何だろう。
彼の作品には正義や愛があふれているけれど、
正義こそが結果として人を殺す思想にもつながっていく。
● 10人集まれば10個の正義があり、相反する正義は喧嘩する。
中沢)自分の中に矛盾したものを、平気で受け入れていく。
それに従って現実の世界でも生きていこうとすると、
しばしば未熟だといわれます。
太田)最後に必要なのは、理想を追う恍惚の中で、
賢治も智学も持てなかったもの、自分を否定する勇気だ。
● 答に迷い続ける事も大事かも。見付けた答を自ら疑う姿勢も大事。
中沢)憲法九条は修道院みたいなものなんですね。
現実を考えればとても無理じゃないかと思える理想や夢を、
まがりなりにも実現させてみましょう、という人たちがいると、
その周りの社会まで変わってきます。
● ”リンカーンにも敵は大勢いたわ。正義の人に敵は付き物よ。でも彼らのようなバカ正直が頑張って世の中をよくしてきたわ。信じるならもっと大きなものを信じなさい。“
太田)憲法九条を持ち続けている日本は、ドン・キホーテのように滑稽で
しっちゃかめっちゃかに見えるかもしれないけど面白い。
正気を失ってる時の方が元気でエネルギーがあるし絶対面白い世界
中沢)ドン・ホーテのそばに
「ミサイル撃ち込まれたらどうするんですか、旦那」
と言い続けるサンチョ・パンサがいる事がまた大事な事なんですね。
日本がなかなか賢いサンチョ・パンサと一緒に歩んできたという事実を忘れてはいけません。
● 日本国憲法はドンキ・ホーテとサンチョ・パンサの二人組で60年守ってきた稀有な存在。
中沢)国家が国家である自分とは矛盾する原理を据えているわけで、
日本国憲法が世界遺産に指定されるに値するポイントですね。
現代の価値観ではあり得ない場所を持続しようというのが世界遺産の考えでしょう。
太田)人間とは愚かなものだから、これだけは守ることに決めておこうというのが、世界遺産の精神ですよね。
中沢)日本国憲法は矛盾をはらんでいますから、護憲、改憲と迷って当然です。
太田)矛盾を正せば迷わなくなるんでしょうけど、迷わなくなるほうが危ないと思う。
● 憲法改正したら日本を、家族を守れるのか?
改憲派は言う。
「彼女がレイプされても黙ってみているのか!」
じゃ、なにかい?
どっかの国の兵隊がパンツ脱いでわんさか押し寄せるってのかい?
レイプや殺人が目的で戦争仕掛ける国なんてあり得ない。
もちろん個人レベルではそんなの徹底的に叩きのめすに決まってる。
そもそも個人と国を同じレベルで語ることが間違っている。
戦争は政治の最後の表現手段で、本来国益を守るのは外交だ。
戦争しないっていう国に戦争しかけるのは国際世論を無視する相当な決断が必要になる。
でも戦争するって国になったら、戦争の可能性が今以上に高まるのは間違いない。
いずれにしても改憲派も護憲派も覚悟が必要だ。
戦地で死ぬか、座して死を待つか、最悪の事態の想定だ。
きっと政治指導者と官僚は戦地で死なない。
戦地で戦うのはそれ以外の国民だからだ。
国のために死ぬ事と家族のために死ぬ事は全く意味が異なる。
多くの人は、家族のためには死ねても他人のためには死ねない。と思う。
そもそも外交のあり方を議論せず、憲法改正を議論するのは乱暴だ
まずは戦争にならないような国際社会での日本の役割、立ち居振る舞いを国民全体で議論すべきだ。
中沢)日本国憲法が「世界遺産」に推薦されてしかるべき理由は、
どこの国の憲法にもない、他者たちを同胞として受け入れようという、
近代的政治思想では尋常ならざる原理をセットしている点にある。
対談を通して世界遺産的な憲法を戴く事の利益と不利益を考えた。
それがどのような結論であっても、他人に押し付けようと思わない。
しかし、この国のユニークさだけは、明瞭に示す事ができたと思う。
日本国憲法第九条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。