斎藤真理子のレビュー一覧
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〜世界はなぜこれほど暴力的で苦痛に満ちている?
と同時に、世界はなぜこれほど美しいのか?〜
人間の暴力性に真っ向から向き合って、文章で戦うハンガンさん。
世界が平和と反対方向に向かっているような気がしてならない今、読めてよかった。
最初の方は2024年にノーベル文学賞を受賞したときの講演の全文。
彼女がこれまで世に出した書籍がどういうプロセスで書かれたのかがわかって、またいろんな本を再読したくなった。
中盤はエッセイ、そして後半は日記。
庭木にアブラムシやハダニがついて、殺虫剤を噴霧したら全部枯れてしまったり、何匹もいたはずの虫が消えていて悲しんだり、花が咲いて喜んだり、花が咲かずに残念がっ -
Posted by ブクログ
斎藤真理子さんを木にたとえたら、と考える。
がっしりと張った根は、古い地層に蓄えられた水を汲み上げ、揺らぐことはない。
稠密に重ねた年輪に支えられた頼もしい幹に、背中を預けて空を見上げてみると、光を求めて両手をいっぱいに差し伸ばしたかのような梢が見える。
そよ風と戯れて、さんざめく枝先は、どこまでも軽やかだ。
見慣れた馴染み深い木であるが、僕の中で欅のイメージが重なる。
この季節のキリッと冷たい空気のなかで、青空を背景に立つ裸木の凛とした佇まいもまた、彼女に似つかわしいように思えてくる。
木にたとえたくなった理由は、もちろん本書のタイトルからの連想だ。
“「なむ」とは韓国語で木を指す。本は -
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物語の根底に、1948年4月3日に発生した済州島四・三事件がある。
李承晩政権下の軍・警察、そして駐韓米軍が、1954年までの6年間で約3万人の島民を虐殺した凄惨な事件だ。
朝鮮半島が南北に分断されることに反対する民衆が、済州島で武装蜂起したことが事件の発端だった。
その後、韓国が本格的な民主化を迎える1987年6月の民主化宣言までは、済州島四・三事件を語ることはタブーとされている。
主人公の作家キョンハは虐殺に関する本を出版した後、原因不明の酷い目の痛みと胃痙攣に悩まされていて、精神的にも疲れていた。
そんな時に友人の映像作家インソンは、キョンハが提案した木製オブジェを製作中に指を切断する -
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多くの読者の感想のように、文体は散文詩のようで、読めば深い心の底にある思いに気づく。
過ぎた者たちや風景の懐かしさだったり今手に取っているものもいつか消えていくという寂しさだったり、それが時間によって、傷が治るように次第に癒され、さまよっていた過去が浄化されていくことだったり。
心の深層に隠れていたものを鮮やかに語り、それを読み解き、自分の中でとらえどころがなかった出来事や時間がすべてが過去になっていくという。通り過ぎて、ある、あったと思って生きていた時間はもうとうに過ぎ去っている。ということ。
人すべてに通じる生きることの普遍は、身近にある白いものに託して、思い出す過去の、今も湧き上がる悲 -
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イ・ランさんとは生い立ちも境遇もまるで違うのだけれど、その世界の捉え方はものすごく腑に落ちる。本作は最初から最後まで死に満ちていて、ほとんどの章で涙をこらえられない。
家父長制と男児選好思想に染まりきったイ一族の中にあって、「私は、自分の物語を世の中に示すことのできる狂女でよかった。だけどわたしだけではなく、お母さんの狂女の歴史もとても重要だから、広く世に知らせたい。」と言うランさん。そう、お母さんも本当にかわいそうなんだよ…。宗教に傾倒する理由が「聖書に出てくる唯一神=完全な父親像」で、宗教を持たないわたしでも深く納得してしまった。
お姉ちゃんの死も本当にやるせない。ランさんは、長女病と -
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民主化した韓国の現在が80年に起きた光州事件に対する高神大学の学生ムン・ブシクが中心として起こしたアメリカ文化院放火事件が契機となっていることの示唆とその緩やかな接点を「私」と「スミ」という二人の人物を通して描かれている。
一つの作品の中に「私」と「スミ」の時間を曖昧な形で共存するように描くことは、小説でよくあるストーリーインストーリーのような入れ子構造でもなく、パノラマ写真のような異なる時間を並列に収める構造も独特で面白い。
ユンミ姉さん、キム・ウンスクといったアメリカ文化院放火事件の実行犯も未来練習した人であり、本作の登場人物たちも未来散歩練習をしながら過去に未来散歩練習をした現在にい -
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ハン・ガンの言葉は、純度の高い結晶のような透明感があるように感じる。文学に誠実に向き合い、文学、言葉の力を信じ、人間への信頼を模索し、人間の二面性について考え続けてきた、ハン・ガンの誠実さをこの一冊を通して感じることができる。
暴力によって、人間の尊厳が破壊されてきた歴史を描きながら、同時に、「愛とは」という問いを絶えず読者にも語りかけてきた。
私は、ハンガンの文学を通して、愛を与えられてきたんだとこの一冊を通して思った。ハンガンの誠実さ、人と人が繋がることができることを信じる強さ、文学によってそれを実現しようとする力を、ハンガンは文学を通して伝えてくれるように感じる。
「北向きの庭」「庭日記 -
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過去が現在を助けることはできるか?
死者が生者を救うことはできるのか?(P19)
『光と糸』ハン・ガン
ハン・ガンさんの紡ぐ言葉は、
心を捻じ切られるような痛みに満ちていながら、
なぜか最後には、すべてが包み込まれるような静けさを残す。
暴力と涙が当たり前のように繰り返されるこの世界で、
彼女の描く世界だけは、どこまでも白く、静謐だ。
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国があり、人種があり、過去と未来がある。
そこには必ず境界が生まれ、諍いが生まれ、
そして虐殺が繰り返されてきた。
けれど本書を読んでいると、
「言葉」と「知ること」が、
その境界線を静かに滲ませていくように感じられる。
断絶の向こう側に、