斎藤真理子のレビュー一覧
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読んでよかった。
在日コリアンという言葉は知っていたけれど、韓国にルーツのある人がたくさんいて、日本の植民地支配が関係しているのだろうなぁくらいにしか思っていなかった。
外国人登録制度によって、日本国籍にさせられたコリアンの人々が「朝鮮」籍(特定の国家を指すものではなく、出身地を表す記号。北朝鮮のことではない)や「韓国籍」になり、さらに日本は北朝鮮を未承認国家としていることから、朝鮮籍の人は事実上の無国籍状態または国籍未確認の状態であるということに衝撃を受けた。
今ほど2つの言語と文化が好意を持って歩み寄った時代はないが、今ほど露骨に敵意や憎悪を直接的・継続的に向けられる時代もなかった、と -
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ネタバレ最終章、ジンギョンが総理館に乗り込んで行くシーンは映画さながらだが、結局ウミもトギョンも生きていたのかどうかわからず、唐突な感じで終わるので不完全燃焼。
ただしサハマンションの薄暗い感じや湿度、物音、そこでの生活の描写とここに逃げ込まずにいられなかった人の背景などのストーリーと文体はとても引き込まれた。
チョ・ナムジュはもっと読みたい
■214号室、サラ
「ナプキンを出して鶴を折った。ナプキンとしては厚くてしっかりした紙で、気をつけて折ると十分に思い通りの形に折れた。以後、ヨナは夫に殴られるたびにナプキンで折り鶴を折った。一日に一個だけの日もあれば、三羽、四羽と折る日もあった。窓枠の上に一列 -
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喪失や絶望、苦悩を抱えて生きている現代の人々の姿を、寄り添うように、逆に突き放すようにも鋭い視点で描いた短編集。独特だけれど読みやすい展開や表現が癖になりそうな、面白く読めた短編集でした。
「ヤンの未来」での突然目にした不幸を気に病みつづける女性の姿、「上流には猛禽類」の好きだけでは埋められない溝、「誰が」のユーモアとホラーテイストが両面となった畳みかけるような描き方、「誰も行ったことがない」で夫婦の辿る旅路の果てに待つ膨大な絶望の姿。
どれもが幸せな物語とは言い難いけれど、やたらと重く悲劇的に描くのではなく、冷静な俯瞰的な視線と明快なテーマが描かれていて、すらっとした読みやすさがあるのも -
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ログライン
国家の暴力に晒された母の人生と、それを見つめ続けた娘。そして、その娘の声を受け取った作家が、自身の沈黙を破って語り始める。忘却に抗う、母娘と語り手の三重の時間を描いた記憶の文学。
構成
◼︎起
2014年夏、作家キヨンハは知人のドキュメンタリー映画監督・インソンからの連絡を受け、彼女の母親の死を通して「43事件」にまつわる記憶と向き合うことになる。
◼︎承
4年間にわたり、療養中のインソンが送ってきた詳細な手紙・メール・記録を通して、暴力と喪失に晒された母娘の人生が浮かび上がってくる。
◼︎転
インソンの死をきっかけに、語り手キヨンハは初めて自身の言葉で「語らなかった4年間」 -
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8つの短篇集。
韓国文学の、社会問題を描くのに深刻に重くなりすぎないタッチが好きなのですが、この作品は重苦しくなりそうなギリギリの読後感。
淡々と語る後の不穏な余韻。
老い、家族、雇用、労働者‥向き合って、描き出しているのがぐっと響きます。
特によかったのが、
『笑う男』。
心にずしんと響きます。
誰にでもある一瞬の選択、
とっさの行動が導く結果。
それが予期せぬ不幸を招いた時、ずっとその後悔を抱えて生きていくことになる怖さ。
その選択を一瞬で正しいものを選んだり、とっさに正しい行動ができるようにするためには、日々正しい行動や思考をを積み重ねて、心に余裕がないとできないような気がします。
す -
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韓国文学へのガイドは、多くの場合、日本と朝鮮という2つの国の関係から語られることが多いが(もちろんそれは必要不可欠なことだ)、この小さくて美しい本で、斉藤真理子さんは、朝鮮の人たちが使う言葉を差し出しながら、その奥深さへと導いていく。話し言葉の「マル」、書き言葉である「クル」、そしてその奥から聞こえてくる「ソリ」、声。
植民地支配や軍事政権によって本心を語るための言葉を奪われ、大量死さえ重ねられてきた集合的歴史をもち、個々の身体においても容易に言葉にしがたい痛みを負ってきた隣の国の人たちが、だからこそ自らの手に取り戻そうと格闘してきた「マル」「クル」「ソリ」。それを表現しようとするのが韓国文学