斎藤真理子のレビュー一覧
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非常に良本だった。
たくさん自分のノートにメモをとりながら読んだ。
なぜ私は日本人なのに自国が行った悪い歴史のすべてを知らないんだろう。
31歳で延世大学語学堂に留学され1年半ソウルに住んだ。韓国留学から戻ってきた、1992年以降学んだことが役に立つ機会はあまり多くなかった。文芸翻訳をやるようになったのはふとしたきっかけからで、50代半ばになってからだった。
2つの言語がほんとに重なったと感じることもある。韓国語でなければ日本語でもない、もしかしたら言葉さえない、言葉になる前の何かを重層的に体験しているような。
言葉は文脈によって花開きもするし、人を殺しもする。日本列島と朝鮮半島の長い歴史をみわたしながら、人を殺さない言葉をみつけることができればと願う。
韓国では朝鮮という言葉は、朝鮮時代を指す歴史用語は頻繁に使わない。韓国に住む人や韓国から日本へ来て間もない人が聞くと、日本による植民地時代のイメージと、結びついて悪印象を生み出すことがあると知っておこう。
この言語と文字に出会うきっかけ
子どものころから縄文土器のかけらを拾うのが好きで考古学を専攻
その考古学が植民地支配に協力していたことを知りダメじゃんとなる
妓生観光問題、在日コリアンへの差別、決定的だったのは光州事件
休み時間に今ではフェミニズム研究会と呼ばれそうなサークルに行くと「韓国では大変なことが起きている、学生が殺されている!」
在日コリアンの知人「少し良くなったと思ったのに、祖国はなぜどんどん遠くへ行くんだ」
それから5年後おぼつかない技術で翻訳するようになっていた。
茨木のり子という詩人
語学をしゃにむにやることで、哀しみのどん底から立ち直ろうとしていた。
隣の国の言葉ですものは魔法のように素敵な言葉だが、よくよく見つめれば隣にも国にも、矛盾と痛みと、ねじれがあった。
運が良かったのは、大学内に朝鮮語を勉強するサークルがあったことだ。
2014年4月16日セウォル号事件
亡くなった304人のうち250人が高校生
1990年代後半以降に始まった企業の自由な利益追求と競争を助長する新自由主義的な政策がもたらした最悪の結果だった。
3・1独立運動
1919年日本統治下の朝鮮で始まった独立運動。全国に波及したが、日本語側は軍隊や警察を出動させてこれを鎮圧、数千人の死者、5万人近い逮捕者が出た。現在も3月1日は国民の祝日。
1937年に日中戦争が始まると日本は朝鮮半島を兵站基地とするためにさまざまな面で弾圧を強めてゆく。1938年には学校での朝鮮語による授業が廃止され、新聞や雑誌も徐々に廃刊に追い込まれた。1942年には朝鮮語辞典の編纂を進めていた朝鮮語学会の学者たちが、治安維持法違反で捕まり2人が拷問で死亡する朝鮮語学会事件が起きた。
なぜ韓国では詩が多く読まれるのか。
痛みを知る人が多かったから。
近代以降、朝鮮半島の歴史は激痛の連続だった。1940年代に入ると日本語での創作が強制され、著名な詩人たちは筆を折ってしまった。
世界文学は依然として欧米中心で英語に翻訳されることが世界文学と認められることの条件だが、日本と韓国の間で起きているような英語を通過せず実現する言語や文学のやりとりも非常に重要だ。
1945年に日本が敗戦を迎えたとき、日本には約200万人の朝鮮半島出身者がいたが、そのうち約60万人が日本に残った。しかし1947年「外国人登録令」が出て、日本国籍を持っている彼らを「当分の間、これを外国人とみなす」こととし、管理や取り締まりの対象とした。 -
Posted by ブクログ
ノーベル文学賞が韓国のハンガンに贈られ韓国文学に触れてみようと思いまずはこの本を手にとった。まず感じたのは、韓国は隣国であり、儒教社会の根強い男社会である。1945年まで日本の圧政に苦しみ国を持てなかった人たちである。そこから南北の対立、朝鮮戦争をへて朴正熙の独裁体制がしかれ軍事政権が続き、1987年に民主化され、経済成長し今にいたっている。今格差に苦しみ、新自由主義による経済どなってしまい、少子高齢化社会で苦しんでいるのは日本とおなじである。
この本を読むと韓国は日本の鏡であるように思える。大きく違うのは韓国は今も北と戦争状態であり、現在は休戦にあるということ、徴兵制であり、男子若者は二年の兵役が課されそれが男優位の社会を生み出している。
この本は、日本の終戦から現在までを遡る形で韓国現代文学の斎藤真理子の案内書である。そして朝鮮半島とそこで生きる人たちの歴史、南北に引き裂かれた社会を教えてくれてます。
ハンガンは光州事件を題材にし、男優位社会の現実にフェミニズムを本にして戦っています。
韓国文学が日本の植民地からの解放、独立、南につくか、北かの葛藤それに続く南北分断、済州島4・3事件などでの韓国民衆の苦難と自由と民主化を常にテーマにしてます。
また、日本の柴田翔の「されどわれらが日々」が韓国で大きなポジションにある小説だということを斎藤真理子は教えてくれてます。この本は、1960年に発表された芥川賞作品ですが、1950年ころの日本の若者の朝鮮戦争のとらえ方を描いてます。僕は70年安保の時高校3年で読んだことは覚えてますが、内容は全くまっ白で記憶にありません。当時の僕の世代は柴田翔、高橋和巳、高野悦子などはクラスで回し読みしてたけど。
自分の知らなかったことばかりというか、知らされていなかったことを斎藤真理子は教えてくれてます。この本は、これから韓国文学を読み進めるのに良い教科書と思います。 -
Posted by ブクログ
私は語学が好きで韓国語ものすごく面白いと思っているので、韓国語がどう面白いか、日本人に生まれた自分が韓国語/韓国とどう向き合うか〜みたいな内容が読めてとっても期待通りだった!
ハングルの歴史、文学史などを追いながら韓国の文字や言葉、文学について解説する本。言葉や文学の歴史は弾圧との戦いの歴史でもあるので、必然的に日本の植民地時代のことにも触れるし、それに続く朝鮮戦争、そして地続きの現在についても書かれている。
知らないままカルチャーを消費したくないな、隣の国のことをちゃんと知ってみたい、韓国語に限らず言葉そのものに興味がある方は期待してよいのではと思います。
そういう気持ちがなくても、韓国のカルチャーが好きな人、何かしらの海外カルチャー好きな人、何かしらの語学学んでる人、普段一切海外の何かに触れない人にも読んでほしい!
あとカバーがことりっぷの素材で読んでる間ずっと手触り気持ちよかった。笑 -
Posted by ブクログ
本当に読んで良かった。
韓国についてずっと勉強してきたがこんなにわかりやすい本はなかったと思う。
文学についてだけではなく、それを理解するために必要な背景知識が以前より増えた。
韓国語を勉強すれば韓国文学を読めるようになるかなと安易に考えていたところもあったが、単に言語の壁を越えたとしても、日本と韓国の間にこれほどまでに大きな、考えないといけない、考えられるべきことがあることも忘れてはいけないなと思った。
どうして自分が韓国文学にこれほどまでに吸い込まれるのかを明らかにしてくれた本だった。いつか自分も行動できるときがきたら良いなと思う。
우리 안에 진정한 평화가 깃들기를.
-以下メモ-
まえがき
육이오について
最近日本で、韓国文学の翻訳・出版が飛躍的に増えている。不条理で凶暴で困惑に満ちた世の中を生きていくための具体的な支えとして、大切に読んでくれる人が多いことに気づいた。
第1章 キム・ジヨンが私たちくれたもの
キム・ジヨンという人物は四方八方からガードが固められている。この本では、小説らしからぬ統計数値などのデータが注釈として多用されている。それもまた、軍隊に行かない女はずるいと考える男性からの異論をあらかじめ封ずるための措置であり、このスタイルが選ばれたのである。
第3章 IMF危機という未曾有の体験
IMF危機の時期には、母たちや子供たちは父がいなくても回る世界を経験したのだ。
第4章光州事件は生きている
空き地に積み上げられたたくさんの遺体。追悼の前に、なかったことにされた死をまずあったことにする、死の可視化、死の回復というプロセスが必要になるだろう。
第8章 「解放空間」を生きた人たち
8月16日に統合戦争計画委員会(JWPC)が起案した「日本および日本領土の最終的占領」は北海道と東北地方全域をソ連が、九州中国地方を英国、四国を中国、関東・中部・近畿の本州主要部分を米国が占領するというものだった。
日本がポツダム宣言をただちに受諾しなかったことが、ソ連の参戦を招き、ひいては朝鮮半島の分割占領、南北分断をもたらした。そもそも、朝鮮半島の戦後処理をめぐる検討プロセスに朝鮮半島の人々が全く参加できなかったことは、まさに日本による植民地支配の結果である。
終章 ある日本の小説を読み直しながら
今の日本で、韓国文学が強い吸引力を持っていることは確かである。個々の作家、個々の作品というより、かたまりとしての韓国文学に惹きつけられる人がかたまりとして存在する。その人たちは一冊韓国の文学作品を読むと次々に読み、しばらくはそればかり読んでくれる。さらに自分でも読みたい、翻訳をしてみたいと語学の勉強を始める人も少なくない。 -
Posted by ブクログ
ハングルをぜんぜん勉強したことがないので、ちょっと頭に入りにくい部分もあったけれど、「詩」の章で、セウォル号事件で亡くなった高校生のために書かれた詩を読んで、涙がこみあげた。
「現代詩の激痛」という言葉の重さ。
まだまだ体験者が数多くいるぐらいの、近い過去に、たくさんの悲痛な事件がある韓国の現代史。つい先日の戒厳令騒ぎのとき、多くの市民が命をかける覚悟で国会前に集結したのも、そういう時代に戻してはいけないという強い意志が働いたからなのだろうな。
短くて読みやすい本なので、きっとまた読み返すと思うし、おなじく斉藤真理子さんの手になる『韓国文学の中心にあるもの』も、積んでいるのでちゃんと読みたい。 -
Posted by ブクログ
特に「火とかげ」が印象に残った。私も去年は茶碗を持つのもきついくらい両手が痛くて使えなかったから投影して読んでしまった(ハンガンさんもこれを執筆していたころ手が痛くてタイピングが出来なかったらしい)。画家の主人公は、事故で手に痛みが残り絵も描けなくなるし夫との関係もうまくいかなくなる。そんな彼女を支えてくれるものは、昔登山をした時偶然あった男性との記憶とQという画家の絵。記憶だけで残る男性と友人ソジンが繋がって、ソジンの子供が飼ってる前足を切断したトカゲからまた足が再生されていく描写で主人公に細い光が差し込みだすのがわかる。
トカゲの手が再生するように、最後、主人公は以前と違う手法で絵を描いてみる。闇の中でもがき続けている時間も無駄ではない。それが新しい生を支えている。回復するということは新しい生を生きなおすことであると改めて感じた。
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ネタバレ目次
・東方の三博士―犬入りバージョン
・自然礼賛
・タクラマカン配達事故
・エレベーター機動演習
・広場の阿弥陀仏
・シャーリアにかなうもの
・付録
作家Kの「熊神の午後」より
カフェ・ビーンス・トーキング―『520階研究』序文より
内面表出演技にたけた俳優Pのいかれたインタビュー
『タワー』概念用語辞典
たぶん初めて読んだと思うのですが、想像以上に面白かったです韓国SF。
974階建ての巨大なタワー国家「ビーンスターク」を舞台に繰り広げられる、緩くつながった連作短篇。
21階までは外国人も自由に出入りできる非武装地帯、22階から25階までが軍隊が占拠している「警備室」という名の国境検問所。
上階に行くほど金持ちが住むというのは想定内だが、上階は寒いらしい。
対外的には「コスモマフィア」という武装勢力と戦争中。
周辺国からは憧れられているけれど、外国人労働者は使い捨てにされている。
タワーとはいえ水平面の面積もそれなりにあるので、「垂直運送」=機械化されている、「水平運送」=人力が主、がイデオロギーの対立にもなっている。
等々、かなり丁寧に作りこまれた世界。
『東方の三博士―犬入りバージョン』がまず面白い。
タワー内の権力の流れを研究するために、高級ウィスキーにタグをつけて位置情報を追い、贈り物として流されていくルートを分析するというものなのだけど、その助手としてタワー外から雇われた三博士、クリスマスに生まれた上司の赤子を祝福するためにそれぞれの贈り物を持って出かけるのだが…。
タワーの構造というのが、テトリスのように無計画にパーツを継ぎ足してできたものなので、同じフロアに会っても同じエリアとは限らない、壁を隔てて隣同士の家に行くのにすら、エレベーターを何度も乗り換えないと辿りつけないこともあるというもので、慣れない外国人の三博士は目的地に行くまでも大変苦労するのである。
笑いながら読んでいたけれど、よく考えてみれば結構ディストピアな展開。
一番人気のある作品が『タクラマカン配達事故』らしい。
私も一番好き。
縦にも横にも高さにも広大なタワー国家は、エレベーターわきにある青いポストに郵便を入れておくと、善意の人たちの個人個人の善意で無料で数日後には郵便が届くシステムがある。
エレベーターの乗り換え時に、通りかかりにある宛先の郵便を、ついでに運ぶのだ。
タクラマカン砂漠で撃墜された外国人傭兵のパイロットを、タワー国家が見捨てた彼を、世界中の善意の人がネットで情報を共有しながら、探す。
最初の数人は頼まれたかもしれないけれど、ネットでその動きを知った人たちが、世界中で頼まれもせずに、砂漠の中の映像からパイロットを見つけ出す。
ただそれだけの話なんだけど、インターネットの本来のありようってものを考えさせられる。
粗探しして人を貶めるために作られたわけではないはず。
付録のカフェの話も、安いけどまずいコーヒーを飲みながらおしゃべりをする、地域の人たちのオアシスだったカフェが、おしゃれで美味しいテイクアウトのコーヒー店に駆逐され、地域のコミュニティも消滅してしまったという、フィクションで片付けられないようなショートストーリー。
現実の世界は、ディストピアに向かっているのだろうか。
それともこの作品から微かに漂う希望の光を信じていいのだろうか。 -
Posted by ブクログ
「「有事の際」という言葉は、非常なことが起きるときという意味だが、非常なことはいつも、日常の中に兆しを見せているんだとパク・チョベは言った。突然‥というものは、本当はそんなに突然ではないという話」d
登場人物や物語の流れが独特なリズムがあって油断していると見失いそうになってしまうのだが、註釈や時代背景として語られるキーワードに気が付くとバラバラだった記憶が一気にいろいろ繋がりだし、現実のニュース映像で見た場面が蘇ってくるような感覚がおもしろい。
『韓国文学の中心にあるもの』で紹介されていつか読もうと“積んで”おいた本なのだが、(衆議院選挙は終わったけれど米国の大統領選挙直前の)今、読むべきタイミングだった。