斎藤真理子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ肉体に受ける血の流れる傷の他に、罪悪感や後悔や喪失感も紛れもない傷。
この本に収録されている七編の主人公や登場人物たちほどでなくとも、それらの傷は多くの人にあると思う。
もちろん、私にも。
読んでいて、登場人物たちの傷と共に自分の古い傷を改めて意識する。
登場人物たちはたとえば表題となっている「回復する人間」ではタイトルどおり傷から回復するのだろうか?
どうやって?
目が離せなくなる。
だが、彼らは必ずしも回復するわけではない、と私は思う。
ただ、登場人物たちは自らの傷との向き合い方、折り合い方を通して私たちがそれぞれ持つ傷に寄り添う。
傷を抱えたわたしに寄り添う。
それは同じような痛みを感 -
Posted by ブクログ
視力を失いつつあるギリシャ語講師と言葉を話すことができなくなってしまった女性。
どちらもコミュニケーションにあってほしい機能が損なわれつつあったり、損なわれている。
だが、目が見え、言葉を話すことができるからといって、わたしたちは互いを本当に理解し合えているのだろうか。
その意味で、ギリシャ語講師もギリシャ語を学ぶ女性も他人ではない。
繊細で美しくたおやかなハン・ガンの詩人の言葉で描かれるそれぞれの置かれている状況や胸のうち。
それをたどりつつストーリーを追えるのはどこか贅沢なことに思える。
問題は何一つ解決したわけではないし、二人もやはり分かり合えているわけではない、たぶん。
にもかかわらず -
Posted by ブクログ
ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』を読んで、韓国語にとても興味を持った。”この本を読んで”というよりもっと初めの段階、”このタイトルを読んで”興味を持ったといった方が正しい。
『隣の国の人々と出会う』は、『흰(ヒン)』の訳を『すべての、白いものたちの』とした翻訳者・斎藤真理子さんの著書である。正直なところ、翻訳についてのいろいろを知ることができるかな?と思っていたのだが、それは私の一方的な希望で、この本には、朝鮮の歴史的背景や日本との関係性、そしてそれらを踏まえての言語・文学などについて多く書かれていた。
あとがきに、「シナモン抜きの水正果(スジョングァ)になってしまい反省している」 -
Posted by ブクログ
「背負ってさしあげますよ」「それはだめだよ」「体のでっかい孫が孝行していると思って、そうしてください」
セフンのような思いやりを持ってこんな行動ができたなら。
「ずっと差別されずに育ってきたから、差別を見たときにこれは差別だってすぐにわかるのよ。自分の持ってる資源でできることをやってるだけなのに、何だっていうの?」
有能で責任感の強いソラの言葉に胸がすく思いがする。
「おばさん、助けて」会ったこともない人だ。でも、ジョンビンのママなら助けてくれると思った。大人が必要だった。
まだ幼いジョンビンとダウンの物語が優しくて切ない。
客観的で、でも細やかで、人間の善意のようなものが51人の物語を -
Posted by ブクログ
読書案内のようなポップな内容かと想像して読み始めた。趣が違う。その実態は、韓国の歴史的背景から生まれる小説に対する重厚な考察本でした。
数々の歴史的な事件による社会や政治に対する鬱憤が、小説という形で昇華され次世代へと橋渡しとなっている。
記憶に残ってるセウォル号事件の掘り下げた考察から、全く予備知識がなかった朝鮮戦争とそれ以前の解放期間まで通底する韓国国民に蓄積している生きる力を感じることができた。
民主化したのが1987年って、ついこの間じゃない。
思ってたより現在の体制発足からまだ歴史が浅いのだな。K-POPや韓流ドラマのエンタメで享受している韓国感と、全く異なる側面による実態がある -
Posted by ブクログ
ここ3ヶ月ほどの間に『すべての白いものたち』『菜食主義者』『そっと静かに』の3冊を読みハン・ガンさんに強く惹かれる自分と向き合う充足した時間を過ごしてきました。
『回復する人間』は詩的で静謐な文章が美しい『すべての白いものたちの』と同じ斎藤真理子さんが翻訳された短編集です。
初出年月日の1番古い「火とかげ」が7つの短編のうち最後に掲載されていて2003年初出。韓国でのタイトルにも使われたこの作品が、韓国の文芸評論家シン・ヒョンチョルに「この本の関心事は(中略)〈傷と回復〉だ」と言わしめた7つの物語のいずれの基底ともなっているテーマが2003年の時点で作者にとって重要でその後ほぼ10年に亘り深く