斎藤真理子のレビュー一覧
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この読後の余韻をどう表現したらいいのか…
積くんが最近面白かった本として教えてくれたので手に取った1冊でした
詩的で抽象的で寂寞感にあふれた、まさに“白”という色のイメージぴったりなひんやりとした本
3つの章で構成される本著は、すべての章を読み終えた後、筆者本人によるあとがきと解説を読み終えることで完結する1冊のように感じました。
1章でえがかれる詩的で美しい文章から2章へ入っていったときの違和感というか、どこか引っかかる感じ。この本自体が散文的で半分(?)エッセイっぽいという1章での印象がミスリードになってたなんて…。
あまり言うとこの本の奥行きが狭まってしまうので、あとはみなさん -
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ネタバレハン・ガン・コレクション
私の女の実
著者:ハン・ガン
訳者:斎藤真理子
発行:2026年6月15日
白水社
初出:
「私の女の実」 創造と批評(1997春号)
「日暮れどきに犬たちはどんな気持ちだろう」 創造と批評(1999年夏号)
「赤ちゃん仏」 文学と社会(1999年夏号) 第25階韓国小説文学賞大賞受賞
「ある日彼は」 世界の文学(1998年夏号)
「赤い花の中で」 作家世界(2000年春号)
「九つの物語」 文学トンネ(1999年冬号)
「白い花」 ハイテル文学館(1996年夏、インターネット)
「線路を流れる川」1996年春号
著者がノーベル文学賞に選ばれたのは2024年。本書 -
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自分がk-popを好きになってから韓国に対する心の距離感は近くなったし日に日に縮まっているとも思うけどまともに韓国について読書を通じて知ろうと思ったことは少なかった。(おそらくこれが2か3冊目)
韓国文学や詩の翻訳等でご活躍されてる著者の目線から韓国語(言葉、文字、声)について、全く堅苦しくない形で、韓国の歴史や韓国語の歴史にも触れながらわかりやすく書いてくれている。知識を得るために読む!という目的の本というよりかは、韓国や韓国語について興味がある人が手軽に読める本、なのに知識がかなり得られた。
ハングルの成り立ちについてかるーくは知っていたけど、言葉(マル)や声(ソリ)については知らない -
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なんとなくわかるようでむずかしい、後書きがあったことで理解ができた部分もあり助かった。
読み終わりは確実に残る余韻に不安と安心がまざってざわりとするが、祈りによるものか、あたたかく血の通った希望みたいなものも私の中に置いていった。
うつくしいものほどこわい。
美術館に置かれたそれぞれの白い展示を次々に見て歩く、名残惜しいけど歩みを進める、そんな感覚でページを進め、すぐに読み終わった。
においや感触すらも伝わってくるような言葉選びと作者の柔らかでやさしい思考がつまっている。
自分がこの世に生きていること、そんな偶々の出来事、わかっていても生活に注目して見落としている祈りや問いかけ。
日々のあ -
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詩人の言葉で綴られた短篇集は、その一篇一篇が「九つの物語」だけでなく、長めの詩のよう。
哀しみの通奏低音はあるものの、必ずしも哀しいわけではなく、色のない痛みみたいなものがある。
同じ経験など一つとしてないのに、読み終えて自分自身が身を削ぐような経験をしたように思う。
「誰がどうしてどうなった」という物語には収まらない展開は形自体も詩のよう。
比較的初期の中・短篇集ということで、「菜食主義者」を出すまでもなく、のちのハン・ガン作品の萌芽を感じられて、それも嬉しい。
最初のあいさつやあとがきに作者の謙虚で控えめな人柄がうかがわれて、親しみを感じるし、桜庭一樹の解説も斎藤真理子による訳者あとがきも -
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何か不思議な小説だなと思った。勿論、この小説を貫く骨格は1948年の「済州島4・3事件」とそれに伴う南側の警察、軍、右翼組織による多数の一般市民無差別虐殺。
最初は、キョンハが見た悪夢から「済州島4・3事件」の真相、真実を描き、人間の愚かさ、残虐性をこれでもか言うぐらい強調するのかと思って読んでいたが、第1部は親友のインソンの頼みで吹雪の済州島へ行って小さなインコを助けようとする話。そこでは、「済州島4・3事件」に関わる虐殺の話は重要ではあるが、主要な話ではない。しかしキョンハの猛烈な吹雪の中でインソンの家を目指す描写は、キョンハの思い出と悪夢、インソンの治療と思い、そして吹雪の中でバスを待つ -
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差別の問題が個人の倫理観の問題ではないということを突きつけられる。
善人、悪人という二項対立で物事を単純に切り分けることはできない。特に流動性の高い現代において、普遍的にみえる価値観というのは少なくなっている。気がする。
その変化に合わせて社会のあり方もアップデートしていかないといけないのだが、実際問題そんなに早く変わっていくわけもない。
社会が人間の集団なのであれば、それらを作るのは個々人の心、しかし個々人の心は社会構造によって形成されているからだ。
個々人の心と社会構造は、お互いに制約と促進という関係で結ばれている。であれば、個々人の心の変化が社会構造に制約されることによって差別というも -
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話すことができない女性と、視力を失いつつある男性。二人はギリシャ語教室で、生徒と教師として出会う。
二人は身体的な喪失だけでなく、それぞれの人生で大切な人を失った痛みも抱えている。
ボルヘスやギリシャ哲学に詳しければ、この作品の構造やモチーフをもっと深く読み解けたのだろう。例えば古典ギリシャ語の「中動態」は、二人と彼らを取り巻く世界との関係性を考える上で重要な鍵になっているように思えた。残念ながら私にはそこまでの知識はなく、その奥行きを十分に味わい切れたとは言えない。まるでアトリビュートを知らずに西洋絵画を鑑賞しているような、もどかしさも残った。
最終章の番号は「0」。そこには、喪失を抱 -
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はっきりした言葉が書かれているわけではないけれど、読み始めから終わりまで、ずっと白い、冷たい、部屋の中にいる気持ちになる。
作者自身もずっとこのような気持ちだったのだろうか。自分が生まれなかったかもしれないとか、姉と比べてしまうこととか。
私は姉の立場なので余りピンとこないが、お姉ちゃんがいることが羨ましくもあったり(実際にいたのだから)、想像することもあるのかと思う。
22歳で一人で出産したと言っていた。私と同じような歳で、そんな壮絶な出来事を味わっていることに自分の弱さを感じる。私の悩みがちっぽけに思えた。息を吸って、吐いて、好きなことをして、本を読んで、人と話せること。それだけで十分生き