斎藤真理子のレビュー一覧
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ハン・ガンの『別れを告げない』が良かったので、訳者の斎藤真理子さんの本を。
とても興味深い良い本でした。
ハングルについて、韓国語について、歴史について、文学について、分かりやすく書かれています。
文学や芸術は全てを内包していて、平等に存在していると改めて思いました。
韓国は詩の国だと知りませんでした。
日本とは詩人の在り方が違うのですね。比喩を使わなければ思いを公にできない時代が長かったから詩人は代弁者であり英雄。
詩は書かれた時代や詩人の境遇や立場を知らないと分からないのかも。
韓国語を日本語に翻訳する時の難しさの話に驚きました。
韓国語では複数形の「たち」が何にでもつくらしく、副詞の「静かに」とかにも「たち」がついて「静かたち」となるらしい。
雨脚だけでなく雪脚という言葉もあるとかで、日本語に翻訳するのは訳者が優れていないとニュアンスを伝えられないなぁ…と。 -
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韓国文学の翻訳者である斉藤真理子さんによる韓国語と日本語にまつわるお話。
10代以上すべての人のための人文書シリーズ『あいだで考える』の中の1冊として刊行されてていることもあり、とても読みやすく、理解しやすいです。
ハングルに関する思想や歴史、韓国における詩、戦争と現代史など知っておくべきことがわかりやすくて、本当に読んでよかったです。
「世宗大王とのチューニング」がとっても素敵、
ハングルの発音の魅力がとてもよくわかりました。
日本語には「雨脚」しかないけど、韓国語には「雨脚」も「雪脚」という言葉もあること。
韓国語には無機物や抽象概念にも複数形があること、
例えば「問題たち」とか「静かたち」のような。
そんなことも知ることができて楽しいです。
「どこかを植民地にするというしわざは、百年に及ぶ禍根を残す」
本当のその通りで、韓国文学が大好きだし、K-POPも韓流ドラマも好きだけど、どこかで罪悪感を感じ続けてしまうのがとても苦しく、昔の人たちがあんなことしなければ‥と恨めしく思ってしまって。
「2つの言語、2つの文化のあいだにはやはり敷居がある。日本が朝鮮半島を植民地にしたということ、そのときに起きた問題がいまだに解決されていないということだ。在日コリアンの法的地位や人権の問題もそのひとつだ。」
「今の日本でこの言語を学ぶことは『敷居』をなかったことにするためじゃなく、こういう種類の敷居が二度とつくられないようにという願いのために、活かされてほしい。」
今、次男はアメリカ留学時にルームシェアしていた韓国人のお友達に会いに韓国に遊びに行っています。
これからの若い世代が、こうして心からの交流をして、敷居をまたいで日韓が共に生きる新しい時代を作っていってくれることを願います。
私は翻訳された韓国小説や詩をたくさん読むことができる今を生きることができて、本当に本当に幸せです。
韓国語ももっともっと頑張って勉強しよう。
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ネタバレ島崎和歌子さんが出てませんが、めっちゃくちゃ面白かった!!
何か奇をてらった派手な表現をしてるわけじゃなく、丁寧に書かれた小説、小説を読んでる!小説って面白い!って鮮烈に感じました。
筆箱くらいの大きさの肉の塊に黒板消しくらいバターを乗せました、みたいな料理ももちろん好きだし良いんだけど、結局ちゃんと出汁とってちゃんと丁寧に作られた美味しいお味噌汁飲むとうわっこりゃ敵わないな、ファーストインパクトとか過激な何かに頼らない、筋肉隆々な人よりもパッと見強そうじゃなくて強い人ってもうそんじょそこらの生命体じゃ勝てないみたいな、私が例えれば例えるほど伝わりづらくなっている気がしますが、とにかく、小説って面白い!ってことに改めて静かに強烈に気づかせてもらえました。 -
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韓国を代表する女性作家の短編集(+おまけ)
チョンセ賃貸や、競争社会、受験戦争、地区毎の貧困格差が背景にあり、物語に湿った影を落としている。
絶妙な言葉選びや、複雑な心情の言語化が所々にあり、うんうんと頷いてしまう。
例えば、タイトルの「優しい暴力の時代」は、SNSをみていると分かる気がする。
「あなたのため」「世間のため」と他者を思いやるような言葉や情報で、誰かの劣等感や罪悪感を刺激しようとする。
優しい、けれど緩やかに負担になっていく。
物理的な暴力や、直接的な言葉の暴力は厳しく咎められるようになった現代。
安心で生きやすくなったはずなのに、周りくどく傷つけられてる気がする。
それが優しい暴力の時代なのかなぁ。 -
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J.M.クッツェーの翻訳者として知られるくぼたのぞみと、韓国文学の翻訳者であり紹介者でもある斎藤真理子が一年に渡り、幼少期の記憶から翻訳者という仕事、それぞれの訳業や社会情勢に至るまでさまざまに意見を交わした往復書簡。
1950年生まれのくぼたさんと1960年生まれの斎藤さん、ちょうど10歳違いの二人は、元々藤本和子の本を復刊させたいという熱意を持つ女性翻訳者と編集者たちの集まり、〈塩を食う女の会〉での飲み友だちだという。
そんなわけで、本書は翻訳者としてのスタートから藤本さんに師事していたくぼたさんと、ブローティガンの訳書より先に『塩を食う女たち』に出会っていたリアルタイム読者の斎藤さんによる藤本和子著作の解説書のような一面も持っている。まさに復刊に合わせて今藤本和子を読んでいる私にはうってつけの一冊だった。フェミニズム、母と子、翻訳と文脈、差別問題など、ほとんどのトピックが藤本さんを起点にして派生していく。
二人の翻訳談義はとても刺激的で面白い。ゼロからさまざまな仕事を引き受ける編集よりも、原文という道を散歩するような翻訳のほうが自分に向いていたという斎藤さん。「すでに完成された文章を、あたかも自分が書いたかのように日本語にしていく。これほど完璧な『形而上学的逃避行』はありません」と返すくぼたさん。二人とも詩を書く人であり、徐々にくだけていく文章のなかにも読む快楽がある。
どれも有意義で楽しいが、特に〈訳者あとがき問題〉に関するやりとりはとてもよかった。歴史的・社会的背景の説明をしなくてもよいと考えられるのは、やはり翻訳界の特権階級(英米文学)であるということ。翻訳を読むということは、その作品を受容した社会と向き合うことでもあるということ。
二人の話題は多岐に渡り、全部に触れることはできないけれど、たけくらべが「究極の『反・赤毛のアン』」と表現されたり、斎藤さんが超ド級の記録魔だったり、ブローティガンの朝鮮人差別発言をパク・ミンギュに話したらそれが短篇小説になっちゃったり、あるいはアイヌや琉球や東アジアに対する侵略者であるという意識の話など、どれも興味深かった。二人の問題意識は多和田葉子『言葉と歩く日記』にも近い気がする。
一番じわじわと効いてきたのは、二人とも子を育てた親であるが、母親目線で子どもを語るのは難しいというお話。母であることを肯定するフェミニズム論がまだ十分でない、という指摘もハッとさせられた。そんななかでも、藤本さんの黒人女性への聞き書き本にはインタビュイーにシングルマザーが多くいて、今なお先駆的な仕事なのだということも。私は最近人に「子を作らない人生を肯定してほしい」と勝手な期待を抱いていたことを自覚したばかりなのだが、斎藤さんが子育てに忌避感を持つ若い世代にシンパシーを寄せているのを読んで少し救われる気持ちがした。 -
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著者の斎藤真理子さんは韓国文学好きに知らない人はいないだろう翻訳者で、日本における韓国文学ブーム立役者のひとり。
植民地支配、朝鮮戦争、南北分断、光州事件、IMF危機、セウォル号事故、女性問題...
非常に重く複雑な韓国の歴史を読みやすい文章で解説してくれている素晴らしい一冊。文学作品を通して現代の朝鮮半島の根底にあるものに触れることができる。不条理な暴力や歴史的経緯が、韓国文学に感じる抗ったり切り開いていく雰囲気に影響しており、自分も胸を打たれ心が震えるのだろう。
一度読んだだけでは到底理解できなくとも、本書は韓国文学を読むうえでの地図となる。紹介されている作品は次々手に取りたくなり、リーディングリストがさらに増えていく楽しみを得た。
文学好きのみならず、あらゆるKカルチャー好きにもおすすめしたい。
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作者チョン・セランは一九八四年生まれ(私は同い年)、この本が韓国で出版されたのは二〇二〇年、日本語版の出版は二〇二二年一月。私にとっては同時代感バッチリの小説だ。面白かった。
タイトルのシソンは、シム・シソンというおばあちゃんの名前。訳者あとがきから彼女を紹介している部分を引用すると、「朝鮮戦争の中で家族を皆殺しにされたが、海外に渡って第二の人生を切り拓いた勇気ある女性。男性芸術家の暴力によって惨憺たる目に遭うが生き延びて、ユーモアを忘れずにたくさんの仕事をし、二度結婚して四人の子供を育て、世の評判をものともしなかったおばあちゃん。美術評論をはじめ数々の随筆を書き、各種メディアに登場しつづけ、日記が出版されるほどの有名知識人」という設定の架空の人物だ。特定のモデルはいないようだが、オマージュされている人物はいるようで、そのあたりはあとがき及び訳者あとがきに詳しい。これも興味深い。
その女傑ともいうべきおばあちゃんが亡くなって十年経った今、が物語の舞台。長女のミョンヘが、「今年はお母さんの祭祀(チェサ)をハワイでやります」と妹・弟夫婦やその子どもたちに呼びかける。祭祀とは、日本でいう法事にあたるような韓国の伝統的な行事なのだが、たくさんの料理を作ったり細々としたしきたりに従ってそれを並べたりというシチ面倒くさい準備を、一族の女性たちが行う。そして儀式に参加するのは男性だけ、というものだそうで、シソンは存命中に「長女には、私が死んでも祭祀をするなんて了見は起こすなと言ってある」と発言し、メディアを沸かせた。祭祀をしないことだけでなく、長女に言ってあるという点も型破りなのである。息子もいるのに。
かくしてハワイへの家族旅行及び祭祀が執り行われるのだが、シソンの子孫たち(韓国語ではシソンは「視線」を意味する言葉と同じ読みらしい…からシソンの子孫は駄洒落にはならない?)による弔い方が本当に素敵なのだ。一同がホテルに揃うと、ミョンヘは次のように発表する。
「命日の夜八時に祭祀を行います。十回忌に際して一度だけやるわけですが、古くさいお膳を整えるようなことはやりません。各自そのときまでに、ハワイを旅して嬉しかった瞬間、これを見るために生きてるんだなあという印象深い瞬間を集めてくることとします。その瞬間を象徴するものでもいいし、ものでなく、経験自体を共有するのでもいいんです」
このあと、各々が自由に数日を過ごし、祭祀を行い、帰途に就くまでが小説の中身だが、彼らの独白やシソンの書き残した文章の断片の引用を通して、読者は二十世紀を生き抜いたシソンの半生をも知っていく。それが見せてくれるのは、現代を生きる子や孫(や私たち)が直面している問題の根っこでもあるが、でもそこにシソンがいたということ自体が、与えてくれる希望も見える。シソン個人がすごい人だったんだとか、その人の娘だから強いんだろうとか、そうとも言えるけれどそれだけでもない何かを、勝手にこちらが感じれば感じたもん勝ちだよね、なんて。
文章表現もとても素敵で、読むのを止めたくなくてメモしなかったので覚えてないけれど、ハッとするフレーズがたくさんあった。他の作品も読みたい。 -
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ネタバレ晴眼者という言葉も、墨字という言葉も、私は知らずに今まで生きてこられた。
「墨字の状態が常識だから、それをそうと呼ぶ必要もなく、それがあまりに当然だから、私たちはそうと自称することさえしない。」
人生において、知っている事よりも知らない事が遥かに多く、知らないことを知りたいという意思が無ければ、それは永遠に知らないまま。
「私たちが常識について語るとき、それは何らかの考えを述べるというより、まさにそれを考えていない状態に近い」「常識的にはね、と言う瞬間、それは何てしょっちゅう、なんにも考えていない状態」「それは固まってしまった思い込み」
これまで生きてきた社会と時間に育てられた考え方や物の見方は全身に染み付いていて、それに逆らわずに流されるほうが楽だけれど、そうすることで誰も苦しめず傷つけず生きているとは言えない。
人は、誰にも踏みつけられたくないくせに、他の誰かが目の前で踏みつけられている時、知らないと傍観したり関係ないと簡単に沈黙し拒絶する。
なぜか。
自分は小さく取るに足らない存在だと考えているから。
でも、
人はひとりではないし、取るに足らない存在でもないと信じている人がもっと増えたらいいなと思います。
自分の意思とは関係なくとも、今までもこれからも一生、社会の中で他者と共に生きるのだから。
隣に立つ人が、雨に濡れないようにと気遣うことは難しいことじゃないから。
「私たちが常識について語るとき、それは何らかの考えを述べるというより、まさにそれを考えていない状態に近い」
同性婚で『社会が変わってしまう』のか。
「ある人の言う常識は、その人が考えている面よりも、考えてない面を表すことの方が多く、その人が考えていないことはその人がどういう人間であるかをかなり赤裸々に示す」
「埃を払ったり、カビの生えたものは拭いたり、壊れたものは捨てたり片付けて、新しい秩序を築いたりは…できないのだろうか、そうそうは。」
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Posted by ブクログ
大げさにではなく、いままで抱いていた戦後のイメージが180度変わった。
通り一遍の韓国の歴史の本も読んでいたけれど、韓国と日本とでは、経験してきた歴史やそこから見える景色がこんなに違うのかと愕然とした。
この先、ドラマを見たりアイドルが兵役に行ったりするたびに、きっと本書の内容を思い出すと思う。
戦後、朝鮮特需や韓国への罪悪感とともに戦後を乗り越えてきたという日本人の姿は、ヘイト渦巻く現代には見えなくなってしまっているけれど、たしかにもう少し昔の人たちは日本の戦争責任や反省をもっと普通に口にしたり書いたりしていた気がする。ごく最近読んだ茨木のり子さんのエッセイでも、日本が朝鮮を植民地化していたことを失念していて恥じ入る記述があったけれど、今あんなことを書こうものなら叩かれかねないもの…
セウォル号に関しては、政治や社会が正常に機能しなくなりつつある今の日本を予見しているかのような内容でゾッとした。民営化によって人命救助が十分にできなかったとか、船長は非正規雇用せだったとか、当時操縦していたのは新人だったとか。知床遊覧船の事故も、これを読み終えた直後に起きた梨泰院の事故も、根っこは同じな気がする。