斎藤真理子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2021 #3
私の知らない韓国を知った
とても丁寧に翻訳されているのが伝わってきて
日本語で読ませてもらってありがたかった
日本の読者へのメッセージと訳者解説まで
おいおい泣きながら読んだ
---メモ---
P192 彼はキム・ソリに大人であれと要求したが、彼自身もキム・ソリに対しては大人なのに、彼はキム・ソリに対して何も、キム・ソリが大人になることについて何も、何らの責任も負わず、非難するだけして行っちゃったんだ。彼の大人らしさはキム・ソリを観察し、判断を下し、ことが終わった後に寄っていって非難するときだけ有効に働いたが、大人らしさがそんなものならあまりに御都合主義で下品じゃないか。
P194 「生きることは、話すことです。…生きることは…私たちより前に存在していた文章から生の形を受け取ることです」。私はこの文章をロラン・バルトの『小説の準備』で発見し、その美しい文章を発見した後、読むスピードを落としに落とし、一年ずっと同じ本を読んでいる。
P220 墨字の状態が常識だから、それをそうと呼ぶ必要もなく、それがあまりに当然だから、私たちはそうと自称することさえしない。
P221 見えるものには見えない者が見えない。見えない者がなぜそこにいるのか?見えない者は考慮されない。龍山駅1番ホームの常識にその人は入っていない。その人はそこにいない…私はまだそれを見ることができたからそこにいたが、いつか消えるだろう。常識の世界という墨字のプラットホームから、再び。
P275 訳者解説
ファン・ジョンウンは2018年に来日したとき、「私にとっての革命基本は、雨が降ってきて傘をさしたときに、隣の人は傘を持っているかどうかと気にかけること」と話してくれた。
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Posted by ブクログ
"まっ昼間から、恨めしくて、恥ずかしくて、涙が出たよ。そのとき私、たいがい驚いて、気がついたのさ、私が泣いてる、恥ずかしいのがわかるんだ、ああ生きてるなあと。そしたらこんどはそれが嬉しくて、涙が出て出てきりがなくて。生きなくちゃ、せっかくここまで生きたんだから最後まで生きてみようって確かに覚悟を決めたんだ……そうやってしっかりはっきり心が決まったのはあの恥ずかしさのおかげで、あれが私を生かしたの。"(p.22)
"私は自分の答え方や考え方が子どもに及ぼす影響が怖い。"(p. 183)
"大人になることは、恥ずかしさの後に来るんだよとキム・ソリは言ったよね。"(p.185)
"ある人の言う常識は、その人が考えている面よりも、考えてない面を表すことの方が多く、その人が考えていないことはその人がどういう人間であるかをかなり赤裸々に示すもので、あなたはさっきあまりに赤裸々だったよと言ってやりたいんだよ。"(p.214) -
Posted by ブクログ
「d」と「何も言う必要がない」という2つの中編小説からなる。それぞれ独立はしているが、根底ではつながりあっている。
これについては「あとがき」等で触れられている。
「d」は「ディディの傘」という短編小説がもとで、その後幾度かの加筆、改変を経て本書に収録。
「何も言う必要がない」は「d」執筆後に、筆者が社会情勢を前にある種の使命感をもって書いたものだという。
韓国現代社会で次々に噴出する社会的不合理を前で、戦い、無力感に苛まれ、生活し、悩む人間の心境小説的な作品だ。
読み通すのにけっこう体力が必要な小説だった。
通常の小説の半分くらいのペースで読んだと思う。
言葉一つ一つの意味、エピソードの暗示、人間関係の機微を読みとるのが難しいから。それは難解だというよりは、複雑さを偽ることなく表現しているから、と思う。
次から次へと吹き出る韓国社会の不合理や矛盾を、正解と不正解、善と悪、男と女といった二分法で単純化することなく、目の当たりに感じた市民の感覚を大切に書き綴っている。
矛盾、説明困難、矛先の向けようのない怒りや、どうしようもない無力感、学生運動の記憶、性の多様性を前に、苦労して苦労して紡ぎ出した言葉と感じる。この小説の難しさは小説の構造や言葉にあるのではなく、そういった人間感情の理解の難しさに起因する。
現代社会(あるいは戦後社会も含め)を生きる韓国の市井の人々の心の中にある「つぶやき」を、集めたかのような、だから、その語り口は長い長いtweetのような錯覚を覚えた。
この30〜40年くらいの間に韓国で起こった社会的事件を目の当たりにした人々のつぶやきを一つの物語にしたような。そして、韓国社会がそれに「いいね」したのだ。
登場する年号と日付は韓国人の心に刻印されている。あまりにもいろいろなことがありすぎて、歴史の教科書のように重要な年号と日付が並び、もうそれらを一つのストーリーとしてまとめ、理解することを韓国社会が求めているのではないか。
撤去民をめぐる事件と、セウォル号事故と、朴槿恵弾劾と…それ以前の戦後韓国史や学生運動も含め…一体何があったんだと。
小説全体のプロットやディテイルは、残念ながら読後あまり記憶に残っていない。
残っているのは、韓国現代史のストーリーだ。
でもまあ、だから、それでもいいんじゃないか? -
Posted by ブクログ
• 1章 말(マル) —— 言葉
• 2章 글(クル) —— 文、文字
• 3章 소리(ソリ) —— 声
• 4章 시(シ) —— 詩
• 5章 사이(サイ) —— あいだ
"サイは、すり傷だらけだ。翻訳された小説を読むとき、みんな、日本語になった海外文学を読んでいると思っている。もちろんそうなんだけど、それは同時に、海外文学をくぐってきた日本語を読むことでもある。
その過程で日本語は無理をする。構文もちがえば語彙もちがう言語で書かれた物語を通過するのだから。だからその日本語には、こすれあってできた跡―もっといえば傷―が、残っているはずだ。そうやって日本語は拡張し、日々、新しい経験をする"
5章 사이(サイ) p.135 より。
違う言語を通ることによる跡、または傷。似ているようで違う。違うようで似ている。翻訳文学の日本語を通して経験する新しい味わいもまた面白い。
・韓国が詩の国なのは、痛みを抱えた人が多いから。植民地支配、済州島4.3事件、朝鮮戦争、光州事件、セウォル号事件等。