斎藤真理子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
"まっ昼間から、恨めしくて、恥ずかしくて、涙が出たよ。そのとき私、たいがい驚いて、気がついたのさ、私が泣いてる、恥ずかしいのがわかるんだ、ああ生きてるなあと。そしたらこんどはそれが嬉しくて、涙が出て出てきりがなくて。生きなくちゃ、せっかくここまで生きたんだから最後まで生きてみようって確かに覚悟を決めたんだ……そうやってしっかりはっきり心が決まったのはあの恥ずかしさのおかげで、あれが私を生かしたの。"(p.22)
"私は自分の答え方や考え方が子どもに及ぼす影響が怖い。"(p. 183)
"大人になることは、恥ずかしさの後に来るんだよとキム・ソリは言ったよね。"(p.185)
"ある人の言う常識は、その人が考えている面よりも、考えてない面を表すことの方が多く、その人が考えていないことはその人がどういう人間であるかをかなり赤裸々に示すもので、あなたはさっきあまりに赤裸々だったよと言ってやりたいんだよ。"(p.214) -
Posted by ブクログ
「d」と「何も言う必要がない」という2つの中編小説からなる。それぞれ独立はしているが、根底ではつながりあっている。
これについては「あとがき」等で触れられている。
「d」は「ディディの傘」という短編小説がもとで、その後幾度かの加筆、改変を経て本書に収録。
「何も言う必要がない」は「d」執筆後に、筆者が社会情勢を前にある種の使命感をもって書いたものだという。
韓国現代社会で次々に噴出する社会的不合理を前で、戦い、無力感に苛まれ、生活し、悩む人間の心境小説的な作品だ。
読み通すのにけっこう体力が必要な小説だった。
通常の小説の半分くらいのペースで読んだと思う。
言葉一つ一つの意味、エピソードの暗示、人間関係の機微を読みとるのが難しいから。それは難解だというよりは、複雑さを偽ることなく表現しているから、と思う。
次から次へと吹き出る韓国社会の不合理や矛盾を、正解と不正解、善と悪、男と女といった二分法で単純化することなく、目の当たりに感じた市民の感覚を大切に書き綴っている。
矛盾、説明困難、矛先の向けようのない怒りや、どうしようもない無力感、学生運動の記憶、性の多様性を前に、苦労して苦労して紡ぎ出した言葉と感じる。この小説の難しさは小説の構造や言葉にあるのではなく、そういった人間感情の理解の難しさに起因する。
現代社会(あるいは戦後社会も含め)を生きる韓国の市井の人々の心の中にある「つぶやき」を、集めたかのような、だから、その語り口は長い長いtweetのような錯覚を覚えた。
この30〜40年くらいの間に韓国で起こった社会的事件を目の当たりにした人々のつぶやきを一つの物語にしたような。そして、韓国社会がそれに「いいね」したのだ。
登場する年号と日付は韓国人の心に刻印されている。あまりにもいろいろなことがありすぎて、歴史の教科書のように重要な年号と日付が並び、もうそれらを一つのストーリーとしてまとめ、理解することを韓国社会が求めているのではないか。
撤去民をめぐる事件と、セウォル号事故と、朴槿恵弾劾と…それ以前の戦後韓国史や学生運動も含め…一体何があったんだと。
小説全体のプロットやディテイルは、残念ながら読後あまり記憶に残っていない。
残っているのは、韓国現代史のストーリーだ。
でもまあ、だから、それでもいいんじゃないか? -
Posted by ブクログ
ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子訳、河出文庫)読書ノート
2024年ノーベル文学賞受賞作。韓国人として、アジアの女性作家としても初めての受賞である。
書誌と構成
原題『흰』(2016年)。65の短い断章。三部構成。
「1 私」
「2 彼女」
「3 すべての、白いものたちの」
白いものの目録から始まる。おくるみ、うぶぎ、しお、ゆき、こおり、つき、こめ、なみ、はくもくれん、しろいとり、しろくわらう、はくし、しろいいぬ、はくはつ、寿衣。誕生から死までの弧を、白いものでなぞっている。
語り手は破壊と再建を繰り返した街(ワルシャワを思わせる)に滞在する。母が22歳のとき一人で産んだ最初の子は、早産で二時間しか生きられなかった。タルトックのように色白の女の子だった。その姉が生きていたら、自分はこの世に生まれていなかった。「私」は自分の生を姉に貸し与える形で、この本を書く。
感想
Audibleとは相性がよくなかった。最初に聴いたときは、いくつかのエピソードのつながりがつかめず、もう一度聞き直した。断片が独立していて、音だけで追うと途切れやすい。
それでも一回目から印象に残ったのが、「私は姉が欲しかった」の項だった。そこから全体がつながった。会ったことのない姉への、はっきりした欲求が、白いものの羅列を一つの祈りの方向へ向けた。あの箇所がなければ、ただ美しい断章の連なりで終わっていたかもしれない。
印象
自分の感受性を試されるようで、書きにくい本である。言葉は静かで凝縮されていて、白いものの質感は確かに残る。雪、塩、米、骨、霧、白い笑い。それぞれが短いながら独立した美しさを持っている。
しかし、ノーベル賞を取るほど感動できたかと問われれば、微妙だ。詩的な完成度は認める。生と死のあわい、白の両義性(純粋さと喪、誕生と残骸)、破壊された都市と一度死んだ命の重ね方は、よく考えられている。それでも、胸の奥まで揺さぶられるというより、距離を置いて眺める感覚のほうが強かった。
ハン・ガンの他の作品が持つ、身体の痛みや歴史の重さに比べると、こちらはより内向的で、個人的な層に降りている。それが美しくも、やや閉じている印象を与える。再聴してつながったあとでも、その感じは残った。
読む(聴く)こと自体が、傷にガーゼを当てるような作業になる本だとは思う。ただ、自分にとっては、その作業が十分に自分のものになったとは言い切れない。 -
Posted by ブクログ
息をのむほどに美しく
どこかヒリヒリとした痛みが伴う
圧倒的な文学の世界に酔いしれました♡
ハンガンさん好きだわ〜♡
表題作をはじめ収録されているのは
生きることの息苦しさや
人間関係のなかで傷を抱えた人々の
静かな営みを描いた物語_
ハンガンさんの紡ぐ言葉は
とてもひんやりとしていて静謐…
登場人物たちの「孤独」や「生」の痛みが
リアルに胸に刺さりました!
ある日突然
植物になっていく妻を描いた世界観など
現実と幻想のあわいを漂うような
不思議で切ない余韻がたまらなく良かった〜!
生きることは
きっと傷を負うことと同義なのかも…
これからもハンガンさんの作品を
追いかけていきたいです♪