斎藤真理子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本作のテーマは「言葉」。わたしたちは何気なく言葉を発したり文字を打ったりするが、言葉というものの重みがずっしりと感じられた。
物語は視力を失いつつある古典ギリシャ語の先生と、言葉を失ってしまった受講生の女性が軸になる。人生で傷ついた人たちが、冷たい雨が降りしきる中、そっと肩を寄せ合うような様子が浮かぶ。ハッピーエンドではない。ただバッドエンドでもない。わからないもの、わかりあえないもの、わかりたくないものが曖昧かつ混沌に混じり合うこの世界を包み、読者に提示している。
前編を通して静かな詩のような文章で構成されており、訳者の斎藤真理子さんの力も相まって、プロットをを一字一句しっかりと味わいたい気持ちにさせてくれた。 -
Posted by ブクログ
初めて韓国に行ったので、旅行のお供に連れて行った。とても良いお供だった。
改めて朝鮮半島の近現代の壮絶な歴史に触れ、それを下地にして成り立っている韓国文学の底力みたいなものを感じた。
考えてみると韓国の民主化は80年代でつい最近のこと。それまで植民地時代、朝鮮戦争、軍事独裁政権…と苦難が続いた。日本に主権を奪われた植民地時代だけでなく、同じ民族同士で殺し合った朝鮮戦争、国が市民に銃を向けた独裁時代があった。
私はいつも中国の近現代をみるとその凄まじさに圧倒されそれを乗り切ってきた人民たちに敬意を持ってひれ伏したくなるのだけれど、そしてそんな中国の陰に隠れてきたかもしれないけど、朝鮮半島もかなり負けず劣らずの歴史を歩んできたんだ、と気付かされた。
特に著者の、「日本人は朝鮮戦争について全然何も知らない」という指摘はその通りで、私も御多分に洩れない。
国土が戦場となり、北と南の支配域が目まぐるしく変わり、市民は「どちらに着くか」の踏み絵を踏まされ、それまでの支配者に従っていたら次の指導者が来た時に「裏切り者」扱いされ、何が正解で何が安全かわからない異常事態が何年も続いたなんて、全く知らなかった。
そしてそのあとも、光州事件に代表される、軍が市民に銃口を向けるような独裁政権下での悲惨な事件がいくつも起こった。
日本よりよっぽど苦難の戦後を歩いてきているんだ、その末に掴み取った今の社会なんだと思うと、ソウル中心部のただのツンとした大都市の表情が、少し違って見えるように感じた。
こんな戦後を歩んでいたら、紹介されていたどれかの本の誰かのセリフであったように「あの時代に傷ついてない人なんていない」のだと思うけど、それと今の華やかで若々しいKPOPの乖離を不思議に思いもした。たとえばウォニョンやチェウォンやナヨンやウォンヒなどなど、私の大好きな可愛い女の子たちは、こういう歴史の上に自分も立っているという感覚をどれくらい持っているものなのかな。
一つ本書の欠点を挙げると、筆者も最後に書いているように「重すぎる」こと。
韓国文学に興味を持つと同時に重荷にも感じてしまった。これ全部背負って相当襟を正して読まないといけないのかな?と。絶対に歴史がついて回ってきて、単純に娯楽小説は存在しないのかな?とも不思議に思った。
私はジェンダーの感覚がかなり鋭い方だと思うが、韓国フェミニズム文学にあまり触れてこなかったのは、なんというか直接的すぎて読む前から言いたいことはわかっている、という感じがしてしまうから。語弊を恐れずに言うと説教くささを感じてしまうから。
本書に対しても若干それを感じた。
けど日本も戦後の文学だって(例えばわかりやすいところで言うと司馬遼太郎や堀田善衛なんかがすぐ思い浮かぶが)説教くさかったなと思い至った。民主化が遅かった韓国ではまだ日本の「戦後」のような空気感がずっと続いているのかもしれない。やっぱり激烈な時代を抜けてきてしばらくの文学は直接的で説教臭くなるものなのかもしれない。
いずれにせよ韓国にこれまでより興味を持てたし、ハン・ガンはちゃんと読んでみようと思った。 -
Posted by ブクログ
82年生まれ、キム・ジヨン
著者:チョ・ナムジュ
子育て中に異常行動が表れた1人の女性患者のカウンセリング記録という形で進行していく小説。
過去から現在に至るまでの韓国社会における女性差別の実態を告発するかのような内容で、フェミニズム本のような読み味だった。
出生、進学、就職、所得、結婚、育児
様々な点においての男女格差を極めて普遍的に描いており、その普遍さが薄い膜のように作品を纏い、とても不気味で恐ろしいものに感じた。
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「でもさ、ジヨン、失うもののことばかり考えないで、得るものについて考えてごらんよ。親になる事がどんなに意味のある、感動的なことかをさ。それに、本当に預け先がなくて、最悪、君が会社を辞めることになったとしても心配しないで。僕が責任を持つから。君にお金を稼いでこいなんて言わないから」
「それで、あなたが失うものは何なの?」
「え?」
「失うもののことばかり考えるなって言うけど、私は今の若さも、健康も、職場や同僚や友だちっていう社内的ネットワークも、今までの計画も、未来も、全部失うかもしれないんだよ。だから失うもののことばかり考えちゃうんだよ。だけど、あなたは何を失うの?」p149
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女性として生まれたが為に、
周りのみんながそうであるように、
当たり前のように諦めなければいけない事はあって良いものなのだろうか。
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法律や制度が価値観を変えるのか、
価値観が法律や制度を牽引するのかと。p145
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女性差別はどの国でも共通する重要なトピックであると同時に、その実態として掲げた理想との大きな矛盾が生じていることも再認識する必要があると感じた。
それを象徴するかのような結末には本当に救いの無いどうしようもなさが集約されていた。そして解説を読んで、さらに恐ろしい著者の意図に震えた。
これは決して他人事では無い。 -
Posted by ブクログ
斎藤真理子さん曰く「編集は世界を作ること、翻訳は世界を歩くこと」。他人の世界を丁寧に歩いてこられたお二人だからこそ、言葉の扱い方/拾い上げ方、お互いの書簡の読み取り方が、とんでもなく細やかで心地よい。
「塩食いの会」「ヴィーヴァ!藤本和子ルネサンス、ヴィーヴァ!」などのパワーワードが頻出する、藤本和子とリチャード・ブローティガン(わたしは文字のタトゥーを入れるとしたら、『アメリカの鱒釣り』の一節にしようと思っているので)の話を筆頭に、各々が担当された作家やお二人の育児話など、読み応えがありすぎる。
あと、わかってはいたけれど、読みたくなる本の話題がドカドカ出てきて、リストがパンクしそう。 -
Posted by ブクログ
海外文学、翻訳作品に縁遠く、シドニィ・シェルダンの超訳ものまで遡らないと読んだ記憶がないです。
翻訳作品は日本語が硬く感じてしまいリズムで読めないので苦手意識があります。
ところが、この作品はその日本語の硬さが登場人物の孤独を際立ててとても冷たく感じマッチしているように感じました。
最後二人の体温を感じる場面へのグラデーションの美しさと速度に映画を観ているような気持ちになりました。
韓国ドラマはたまに観ますが文学は初めて触れたかもしれません。
なんと美しい文章なんでしょう。
少し難解なところもありますが「これぞ文学」という作品のひとつかもしれません。
海外文学といえば欧米が舞台の作品を多く目にしますが、アジアの文学は舞台の湿度や温度も自然に想像できて読みやすいかもしれないと思いました。
ハン・ガンさんの他の作品も読みたくなりました。 -
Posted by ブクログ
多少の難解さがあり、通読する根性が必要かもしれないが、文章の綺麗さ、表現の美しさで読み通せた。
訳者さんが後書きで述べられている通り、複雑な構造(哲学や他の文学作品の知識があるほうが理解が深まる)を持ってはいるけれど、すべて理解できなくとも楽しむことはできる。
個人的には、今まで出会ったことのない新たな文学作品に出会えてよかったな、と思うし、また著者の別の作品にも触れてみたいと思う。
ただひとつ希望を付け加えるとしたら、原書の著者後書きも引用ではなく、丸ごと訳して欲しかったな…と残念な気持ちが残る。著者がどういう気持ちで記したのかを知りたかったな…。
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Posted by ブクログ
読んでてしんどくなる作品だった。でも内容は興味深いしもちろんストーリーとして良い。男女どちらも読むべき。
韓国の文化をよく学べた本だった、一部フィクションもあるかもしれないけど。
どの本よりも怖いしこんな世の中嫌だと思えるけど、日本でも身に覚えありそうなことばかりなのが余計しんどい。
なんで女性というだけでレッテルを貼られて、中身を見てくれないんだろう。今はもう女性だから大学は行かなくて良いとかは言われない時代だけど、完全に男女差が無くなったわけじゃないよね。
男女どちらも出産できるようにして、ほとんど身体の個体差もなくなれば、こんな嫌な世の中じゃなくなるんだろうか。