斎藤真理子のレビュー一覧
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「野蛮なアリスさん」「誰でもない」が大っ好きで今か今かと邦訳を待ち続けていた本作。読んでみると、これまでの作品と明らかにテイストが違う。テイスト?って言うのは適当じゃないか。例えば短編集の「誰でもない」は物語が太巻きだとすると最も米と具が詰まってておいしいところを、痛烈で切実なセンスで盛り付けてくれていたような作品だった。だが、本作は米粒一つぶ一つぶを確かめ疑いながら海苔に乗せてゆく様子を、読者もともに苦しみながら見守るようなそんな作品だ。ともに苦しむといっても、この作品は韓国の情勢、社会事情、街の様子、生活について実体験している人とそうでない人とでは入り込み方が違う。私にはその辺りに詳しくな
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今ではすっかりリゾート観光地として有名な済州島。80年弱前のその島で、怖ろしい虐殺事件が起こっていたことをうかがわせる影はまるで無いように見えてしまう。
けれどそうではなく、実際に今もなお数知れないほどの遺体が土の下や海の底に埋もれたままで、縁者を探す人、真実を求める人たちがいる。そのことを、この本を通じて、そしていくらか調べることで、きっとほんのわずかにすぎないだろうけれど知った。知れて、良かったと思った。
私小説に近い体裁で綴られる二人の女性の物語の現在では、しんしんと重苦しく雪が降り続ける。あらゆる生命の活動を抑えつけるような圧迫感のある静かな雪は、一方であたたかな命を持つ頬では他愛 -
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母国である観光ではその名を冠する賞も樹立されているほどの評価を受けている李箱さんの作品集。全体的に厭世的で無気力な雰囲気が漂っている作風で、この世を俯瞰しているかのような達観した思考を持った主人公が多かったです。
話の流れはどれも不明瞭かつ難解だと感じましたが、左記も登場人物の各々が、自己の殻に閉じこもって一人この世の実質を思考し続けた末の結果なのかなと考えました。
表題にもなっている「翼」においては収録作の中では最も理解しやすい話だと感じており、また相当な感動を受けました。左記作品を読むためだけに買ってもおつりが来ると私は思いました。
本作の約1/3ほどは作者である李箱さんの解説に費 -
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この本は、訳者あとがきに書かれているとおり、ノーベル文学賞受賞記念講演「光と糸」を含む受賞関連の文章三つと、単行本未収録の詩と散文、そして庭仕事を通しての暮らしと心境を綴った「北向きの庭」と「庭の日記」から成っています。
韓国のつらい歴史に対しての疑問と葛藤、そして愛についても考え、悩み、自分と向き合いながら小説が完成するまでの葛藤の日々がこの本に綴られていました。
彼女が八歳のときに書いた一編の詩の始まりで、感性豊かな子どもだったこともわかりました。かわいいハングルの直筆の写真もありました。
「庭の日記」では彼女が庭の木々を慈しむ日々が書かれていました。表紙の写真も、ハン・ガンさん自身 -
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まるで詩集のような、散文といった方が良いのかな。これは小説なのか。
各セクションごとに余白のページが設けられ、その演出がより小説というよりは散文集の印象を与える。
透明感があり、静かな文章。白という言葉のためか、静かな冬の日を連想させる。余白は余韻のためにあるのかな。白い静寂な時間を堪能してから次へ進むような。映像的な文章。
最初は「私」という章で、作者の過去の記憶かと思わせる、産まれてすぐ亡くなった姉について。次章「彼女」はその姉についての文書と推測されるので、記憶ではなくて創作なのだと思う。姉の存在についてが事実なのかは不明。後書にもなかったと思う。
亡くなった姉が主軸としてあるので、静 -
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ハン・ガンさんの著書を読むと強く感じることがある。
言葉が生きていて、自分の身体の内部に浸透すると。
言葉を読まされているのではなく、読み進めたいと欲する感覚はなかなか味わえない。
エッセイや詩、ノーベル文学賞受賞記念講演事の言葉達。
冒頭からの過去作への制作過程や心情を知ると、間違いなく全部読みたくなります。
ハン・ガンさんが人に対する愚かさや残酷さを考え絶望すると同時に、それでも美しさや愛を考え希望を探して生きていることに心うたれました。
過去を想い知ることで、今を生きる喜びや意味を見つけたくなりました。
ハン・ガンさんの綴る言葉には温かさと冷たさが混じっていて、闇がないと光もないのだ -
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ネタバレ小説というよりは、小説とエッセイの間のような書き方で、文章が詩のような自由で優しい感じを受けました。
最初22歳の女性と25歳の男性の子がハン・ガンさんの姉だということがわからなく、そのまま読み進めてしまいました。あとになって姉だということに気づいて、衝撃を受けました。初めの方に書いてあった「おくるみ」の所がかわいそうという感情を持ちました。
ソウルからポーランド・ワルシャワに移り住む前と後で「白い」ものについて、いろいろと表現しておりました。「白い」といってもいろんな種類の「白」があるという事が書いてあってなるほどなぁ、て思いました。「「少年が来る」という小説を書き終えた後、しばらくど -
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ネタバレこの物語は、生と死を「白いもの」によって表現している作品だと感じた。ここで描かれる白は、決して掴むことのできないもの、手に入らないものの象徴である。そこに確かに存在しているようで、実際には触れられない。あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。目で見ているのか、それとも見えていないのかさえ判然としない。その曖昧さそのものが、この作品における「白」なのだと思う。
白は単独では強く主張しない。黒い目、木々の陰影、赤い血といった明確な色があるからこそ、白はかえって浮かび上がり、私たちはそれを「見る」あるいは「感じる」ことができる。白とは、何かが欠けている状態であり、周囲の色によってのみ、その