斎藤真理子のレビュー一覧

  • 韓国文学の中心にあるもの

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    韓国社会が経験する苦難に作家はどう向き合い、そうして生まれる作品を読者はどう受容してきたか、の一端が見えてくる。

    また、1960年は日本と韓国にとって分水嶺だったんだな、と。市民運動の成功体験と失敗体験は、その後の両社会における主権者意識にも根深い影響を与えたことが、比較によって鮮やかにわかる。

    そして、知れば知るほど日本について、自分について考えることを余儀なくされる。韓国社会の痛みや苦しみを「よその国」の出来事とするには、日本の関わりはあまりに深い。
    個人的に物心ついたとき既に日本は経済大国だったし、それを享受してきた自覚もあるが、その発展の礎には隣国の悲惨な戦争が含まれ、その戦争が今も終わっていないということ、しかも日本においてそのことはほとんど意識されないということ。意識せずにいられる状況の中で、価値観や歴史認識が形成されているということ。そういったことと否応なく向き合うことになる本だ。

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    2022年08月11日
  • 誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ

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    ネタバレ

    チェ・ミジンはどこへ
    ナ・ジョンマン氏のちょっぴり下に曲がったブーム
    クォン・スンチャンと善良な人々
    私を嫌悪することになるパク・チャンスへ
    ずっと前に、キム・スッキは
    誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ
    ハン・ジョンヒと僕
    あとがき

    全編を通して迫ってくるリアルな"恥"とやるせなさ。読み進めながら私小説に近い作風なのかな?と思っていたので、あとがきが沁みた。

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    2022年08月06日
  • 年年歳歳

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    「廃墓」「言いたい言葉」「無名」「近づくものたち」四つの短編からなる本書。登場人物の名前と関係は冒頭の人物図に詳しいが、忘れられないのはそのほかの名前の無い大勢の「スンジャ」達や韓国と日本の長きに渡る歴史。習慣や伝統と言ったちょっとしたエピソードに親近感を覚え、親世代への苛立ちや恐怖、いろんな感情で泣きたくなる。生き延びて著者のバトンを受け取った以上は、時代の記憶とキャンドルの灯を次世代へ渡していきたい。作家の言葉、訳者あとがきも含めて素晴らしい一冊。

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    2022年04月20日
  • 年年歳歳

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    植民地解放後、朝鮮戦争を経験し、苦難を背負い生きた世代。
    彼らの多くがスンジャ=順子という名前を持っていた。

    “従順”とか“順調”とか、そういう思いを込められていたのか、はたまた植民地時代からの流行りだったのか。

    彼女らと次の世代とが、語られる物語と語られない物語の間の余白に様々な思いを込め、それが読者の前に情念となり揺蕩う。

    ファンジョンウンはこの物語の中で決して声を荒げたりしない。

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    2022年03月27日
  • 声をあげます

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    「声をあげます」が抜群に面白かった。チョンセランと同時代に生きていることを、ハッピーに思う。高校生の頃、筒井康隆氏が大好きだったことを思い出した。SF、日本では懐かしい気のするジャンルだと思っていたけど、面白い。

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    2021年12月01日
  • 誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ

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    表紙とタイトルでほっこり系短編集なのかと思いきや、恥、羞恥心について胸を突かれるような物語たちだった。圧倒された。

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    2021年05月28日
  • アヒル命名会議

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    短編小説集には外れもあるけど、おもしろかった!
    珍しいサイズで珍しい横書きで進む、新世代価値観の物語。

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    2021年02月23日
  • 誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ

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    「イ・ギホの短編小説は一見とっつきやすいものが多い。だがその芯は意外に固い」と訳者解説にもあるとおり、とぼけたユーモアの漂う平易な文体でつづられていながら、厳しい倫理的な問いを突きつけてくる物語ばかり。それはこの短編集において作者が自分自身を、ひいては男性性を突き放す姿勢を貫いているからだと思う。
    「チェ・ミジンはどこへ」が特に良かった。電話越しの彼の非難の言葉は忘れられそうにない。

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    2021年01月22日
  • ディディの傘

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    「野蛮なアリスさん」「誰でもない」が大っ好きで今か今かと邦訳を待ち続けていた本作。読んでみると、これまでの作品と明らかにテイストが違う。テイスト?って言うのは適当じゃないか。例えば短編集の「誰でもない」は物語が太巻きだとすると最も米と具が詰まってておいしいところを、痛烈で切実なセンスで盛り付けてくれていたような作品だった。だが、本作は米粒一つぶ一つぶを確かめ疑いながら海苔に乗せてゆく様子を、読者もともに苦しみながら見守るようなそんな作品だ。ともに苦しむといっても、この作品は韓国の情勢、社会事情、街の様子、生活について実体験している人とそうでない人とでは入り込み方が違う。私にはその辺りに詳しくなくて、実感を伴って読むことが出来なくて残念だった。人としてぎりぎりの状態でいる前半戦はマイケル・kみたい。韓国の小説はテーマがあって、社会的正義とか使命を感じる点がすごく面白いし、そのうえで普遍性を感じさせるからファン・ジョンウンはすごいな。「生きてるものの生活がぐちゃぐちゃなのはどうしようもないことだろ、恥じゃない」っていうキム・グィジャの言葉が好き。ファン・ジョンウンがあとがきで「いまだに読むことと書くことを愛しているし、人が好き」って言ってくれてて、ありがとうって感じでした。めちゃくちゃなレビューですみません。LOVE

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    2020年10月02日
  • 誰にでも親切な教会のお兄さんカン・ミノ

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    とても面白かった!

    不甲斐なくて、情けなくて、矛盾に満ちていて。ほんと、ダメ男を描かせると巧いなあ、この人。パワフルな不甲斐なさが可笑しい。

    セットになっている『私を嫌悪することになるパク・チャンスへ』と『ずっと前に、キム・スッキは』は、シーラッハのようだとも思った。

    何かしてあげたいと思っているのに何も出来なかったり、こんなことしたら情けないと思うのにやってしまったり、人はだれでも矛盾を抱えている。完璧な人などいない。

    矛盾やダメさを見ないふりしないで、向き合うこと。
    不可能だと気づくこと。確かに、そこからしか始まらないよね。

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    2020年02月05日
  • すべての、白いものたちの

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    ハン・ガンさんの著書を初めて読みました。

    いつ、どこで、誰の物語なのか。最後まで読み進めても、はっきりとは見えなかったです。とにかく読んでいる間は、真っ白いの中に、ところどころ差し込まれる色が見える世界。そんな感じでした。

    最後に平野啓一郎さんの解説を読みましたが、そこに書かれていた「…作品は他者としての読者を受け容れる大きな器があり、…」を受けて、「あーだから何となく世界がはっきり見えなかったのか」と思いました。

    ハン・ガンさんの他の著書も読んでみようと思います。

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    2026年11月01日
  • すべての、白いものたちの

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    初・ハンガン作品。連作散文詩形式で、どことなくシリアスでずしんとした、それでいて美しい文体で、白にまつわるあらゆる挿話が連ねられていく。
    あとがきが非常によい。読んだ後にもう一回読み直したくなる。

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    2026年10月31日
  • すべての、白いものたちの

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    心が沈んでるときに読むと、一緒に深いところまで落ちて行きそうな感覚がありました。
    100%理解はできてないけど、自分なりに心に響くセンテンスを探しながら読みました。
    ノーベル文学賞で話題になっていなかったら出会うことはなかったと思う。

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    2026年10月26日
  • 別れを告げない

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    これから空から降りる雪片を見るたびに思い出すだろう。
    これまでの歴史の中で、何の罪もなく殺され、地面に横たわったままのその冷たい体に、雪が積もっていたことを。
    そして、その同じ雪が形を変え、途絶えた命の上に今も降り注いでいることを。

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    2026年10月18日
  • 82年生まれ、キム・ジヨン

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    なんとなく、キムジヨンという女性が男女差別に立ち向かって闘って問題を解決していく物語だと思って読み始めたけど全然違った。
    ぜんっぜん違う。
    まず読み始めて数ページでもうこれはすごい本だと確信。
    わたしは九州出身なので「さす九」と言われるくらい男女差別すごいなと思ってたけど、時代や国が違えば差別もまた違いますね。
    あと終わり方がホラー?

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    2026年10月18日
  • 未来散歩練習

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    59.

    夏に訪れた釜山の記憶が
    とてもリアルに蘇ってきて
    スミと一緒に釜山を歩いている気持ちで読んだ
    私はこの話の中に完全に入り込んでいたと思う

    あとがきや推薦文、訳者解説まで素晴らしかった
    散歩小説、散歩作家

    過去を知り未来の練習をしながら今を生きる

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    2026年10月14日
  • すべての、白いものたちの

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    ネタバレ

    母の体験した悲劇を自分の体験のように感じているのはなぜ。自分のせいのように感じている。本人にとってその出来事は何も悲劇ではないのに。
    母がなん度も聞かせたからか。

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    2026年10月11日
  • 自閉スペクトラム症の私は、いかにこの世界を生きているか 当事者批評・脳の多様性・文学と哲学

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    文学と哲学の交錯と融合が示される"はじめに"で、早くもわくわくが高まる。

    なるほど、オートエスノグラフィーは当事者の確かな違和感から始まるのだということが、よく分かる。
    外部からの観察のみによるラベリングだけはもちろん不充分かつ不正確というのは間違いなく、そこに当事者の分析が統合されることで高まる学究的な価値はとても大きいだろう。
    病跡学なる分野があることを初めて知り、また、発達障害や精神疾患に関する診断において、白か黒ではないスペクトラムという捉え方が広く敷衍していることも不勉強ながら本書で教えられたが、実情に即した合理的な考えで、非常に良いことだと思った。

    私はかねて、理系・文系で人のタイプをざっくり分けたり行動を分析したりすることを甚だナンセンスだと感じているが、本書で言及されているカントやニュートン、ライプニッツといった近代科学の礎を築いた巨人たちの名を見て、またプラトンやアリストテレスが生きた古代に思いを馳せ、人の思弁はそのように峻別できるものではないと、改めて思いを強くする。
    時代が下るごとに分業化が進んでしまっているだけで、文学も哲学も物理学も医学も、突き詰めた先の到達点は同じところなのではないか。

    この本の真骨頂は、横道誠氏と各人との対談パートにある。
    何気なく交わされる彼らの言葉の中に、深い気付きに至る金言がどれだけ溢れていることか。
    私も診断こそ受けていないが、きっとASDでありADHDであるだろう、と自認して50年以上生きてきたが、本書を読んで「うーんまだまだ甘いかも…」と変に自信喪失(?)してしまった。

    苦言ということでもないが、石原真衣氏との対談で横道氏は"文化人類学はまず難解な議論を先出しし、後から読み物がやってくるという構成が衒学的だ"と批判されているが、「えっ、この本こそ…」と突っ込んでしまったのは私だけだろうか?

    「どうしていい歳をした大人が、『読書感想文』を粉飾したような作品内在解釈にいそしんでいるんでしょう、それが『高級』だという価値観を維持してるんでしょう。」

    「ASDがあると凝り性になって、ADHDがあると飽き性の傾向になるんですよね。」

    「自分を研究や観察の対象として見つめて、必要があれば他者と共有していいんだという考え方に、すごく大きな扉が開かれた気がしました。」

    「最近は認知科学が進んできて、多くの定型発達者でも、疲れたり不調だったりすると、衝動性が増したり、鬱っぽくなったりして、発達障害的なグラデーションの中を生きていることがわかってきました。発達障害者はある部分の特性が強烈に出ているだけで、相対的な違いに過ぎない。」

    「分刻みでアポ取って動いている人なんか誰もいない。一時間ぐらい遅刻しても誰も何も言わないし、みんなで車で出かけて三十分走ったころに『忘れ物した!』と言っても、『ああそうか』って平然と取りに帰ってくれる。そういう世界って、楽ですよね。」

    「とにかく自分を信用しちゃいけないというのは合言葉ですね。」
    「自分は自分を裏切りますからね。体も心も裏切りますからね。」

    「子どもの頃の価値観からあまり変わってないんですよね、自閉スペクトラム症(ASD)の『同一性保持』という特性です。」

    文学にとって、賢くない人たちを描く世界は未開の地で、そこに可能性がいっぱいあると思います。」

    「ASD者は身体的にも精神的にも成熟してなお幼児のような印象を与えることが知られている。」

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    2026年10月10日
  • 波の子どもたち

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     ソル(雪)、ヨルム(夏)、クァンミンは北朝鮮からの脱北者だ。三人が、走るトラックから飛び降りる、まるで映画のような場面から物語は始まる。

     なぜ子供たちだけで危険な脱北を実行するのか。ソルは、2度の脱北失敗の後、最後という覚悟で豆満江を渡るが、人身売買で危険にさらされる。ヨルムは北朝鮮を離れて、中国で危険な日々を続けている。 クァンミンの母は脱北を支援するブローカーで、北朝鮮以外のサッカー選手を応援するクァンミンにも寛容だった。しかし、熱心な政権支持者の父親に密告され、母は戻ってこず、クァンミンは一人きりで南を目指す。

     人身売買に妻として売り飛ばされる、身内同士の裏切り、預けていた金を勝手に使われる、等々、とうてい児童小説には出てこなかった悲惨な状況も登場する。むしろ大人向けの小説ではないのか、と感じたが、著者が少年少女の物語として刊行したい意向があり、STAMPBOOKSでの出版となった。ありのままに生きたいという願いは、万国共通だから、というのがその理由である。

     表紙絵が波=海に向かう子供たちになっているので、最後は予測できるが、そこまでの道のりは大人ですらもたやすくない。

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    2026年10月10日
  • すべての、白いものたちの

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    今回のように、詩のような文章はほとんど読んだことがないんだけど、なんというか、美術館で展示された一枚一枚の絵を鑑賞してるような感覚だった。

    美術館の絵って、絵画に造詣が深い人なら経験から楽しみを感じることができるだろうけど、自分みたいな素人にとってはただ不思議な感覚を抱きながら目の前の絵を見ることになる。今回読んだ本はまさにそんな感じ。

    ただ、絵と本で違うのは、それが描かれたものか、書かれたものかということ。描かれたものはパッケージされた情報が一気に目に入り、その中から読み取れる情報を拾うけど、書かれたものは徐々に情報が出現し、最終的に読み取れたものが自ら得たものとなる。どちらもどれだけ読み取れるかが重要である点で同じだけど、読み取った情報からイメージされるものが違うのは圧倒的に後者じゃないかと思う。なぜなら、絵はすでに描かれているものであり、イメージはそれにほぼ当てはまるから。書かれたものは各自がイメージを形成し、それは各個人により異なるものとなるだろう。

    おそらく今回のような作品の楽しみ方は、そこにあるのかもしれない。もちろん、読み方の違いにより生まれる読みの多様性を味わうのも楽しみ方の一つだと思う。

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    2026年10月09日