今村翔吾のレビュー一覧
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以前、愛媛県立歴史博物館を訪れた折、河野氏の展示が結構あったのだが、村上水軍の親戚程度の認識しかなく、また一遍上人の氏だとは知らなかった。また訪れたらもう一度しっかり展示を見たい。
物語はすごく良かった。実のところ、海軍であれば水難事故にも敵を救うのは当然ではないかという気がしてしまったのだが、日本軍として戦うことのなかった時代、かなり勇気がいる行為だったのだろうなと思わざるを得ない。最後は泣いてしまった。
河野六郎は身内の争いに巻き込まれ、争いにお金が飛んでいくので家の維持もままならないほどであったが、海賊の取り締まりや漁業者の諍いの仲介などで財を少しずつ増やした。
一遍とは従兄弟でたまに伊予に帰ってくる。4年前、元が攻めてきたが、神風が吹いて敵の船団は沈んでしまった。だが次またやってくると一遍はいう。従兄弟のために情報を集めてくれている。
一遍は元からの使者が来たことを告げた。今回は少し豊かになってきているので、出陣要請があるだろう。三百石の大船を作っている。名前は道達丸。ついでに海賊も取り締まる。200石ほどの朱塗りの海賊船を捕らえた。もともとは宋にいたが、向こうにいると元に殺されるからという。瀬戸内に来なければ船を返してやると約束する。2度と海賊はせず、河野家は海賊を許さないと吹聴してほしいと。そして来るべき来襲に向けて鎌倉に差し向けたところ、領土の一部が返還された。
幕府より遣いが来て、西国の守りを命じられる。150石船が4艘作られていたが、他は漁船。とはいえ300石船の道達丸は全国から集まった船の中でも目を引いた。博多には御家人が参集している。砂浜には石築地がぐるっと作られている。
元軍がやってきた。石築地の後ろには御家人がひしめいている。河野軍は砂浜に陣を取った。河野の後ろ築地などと呼ばれる。 -
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映画界隈では戦国×ミステリーという異色の作品である黒牢城がマイケルに轢き殺されている中、戦国ミステリーの手本と言えるような本に私は出会ってしまった。本作「幸村を討て」は戦国最後の大決戦である大坂の陣を舞台に繰り広げられる様々な武将の思惑の交差、真田幸村を中心とする謎、といった戦国の醍醐味をミステリーというジャンルに落とし込んだ作品である。戦国ファンなら誰もが思いを馳せた歴史の隙間に作者の解釈が見事にはまる。なぜ幸村を名乗るに至ったかなどたまらない要素が謎解きに組み込まれていて心を躍らせてくれる。500頁超の大作であるがどんどん引き込まれていくストーリーの展開に唸る。戦国物のエンタメとしてこれ以上ないくらいにマニアの心を唆る話だった。
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今村翔吾の戦国末期を舞台とした歴史創作ミステリー。
574頁にも及ぶ大作であるものの、読めば読むほどに世界にのめり込ませる作者の力量には厚さも、気にならないほどであった。
主役は真田幸村(信繁)なのであろうが、大坂夏の陣で徳川家康を討てるところまで追い詰め、敢えてと言えばいいのかそうしなかったところから話しは進み、東西両陣営の武将から徐々にではあるが、真田幸村という存在が浮かび上がってくると同時に、真田昌幸、真田信之という真田家の在り方もしっかりと描かれ、これはどちらの作品が先か分からないが「八本目の槍」を想起させられた手法であろう。
しかしさらに後半に至るにあっては、例えば後藤又兵衛は名を、南条元忠は徳川陣営に高値で仕えることをなど、それぞれの武将が如何に生きるべきかを描ききることで、当時の戦国末期の、安定前の各個人の入り乱れる雰囲気を十二分に醸し出していることで、「八本目の槍」よりも読者を引き摺り込むところとなったのではなかろうか。
また当時の武将が何よりに考え、特に真田家に顕著である、現代において希薄となっている家族制度と各個人との関係を思い起こさせられるところからも単に戦国を舞台としたミステリーとしたものではないと思う。 -
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ぼろ鳶第十巻にして、零話、再読完了です。
やっぱり面白いですね。面白すぎます。
今回は、いわゆるエピソード0。
源吾さんが若い頃のお話です。
源吾さんの親父さんは、やはり火消頭取ですが、その手腕は派手なものではなく、目立ちません。というか、むしろ全然活躍してないようにも見えます。
なので源吾さんは親父さんを嫌います。
そんな中、火も煙もいつもと変わらず、人が一瞬で倒れる面妖な火事が起こります。
これを重く観た江戸の火消たちは、次代を見据えて、若い火消に対し火事場には出ないように厳命します。これに反発するのが、源吾さんをはじめとする「黄金の世代」。
それから、てんやわんやでスリリングな展開が、颯爽と駆け抜けて、読む手が止まらないんです。
その時代の火消もまた魅力的です。大音の大将も当然ですが、古仙爺さんがいい味出してます。
そして伝説の炎聖、甚兵衛さん。
シリーズ主要メンバーの先達世代が活躍する姿が、なんだかとても嬉しいですね。
最後の源吾さんと親父さんのやりとりは、また電車の中で泣くのを必死で堪えることになります。
親が、先達が伝える火消の矜持、人の生き様。
鉄鯢お父ちゃん、かっこいい。
最後の最後で、深雪様が登場します。エピソード0ですからw -
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じんかんを読み進める中で、まず強く感じたのは「歴史上の悪人」とされてきた人物像とのギャップだった。
松永久秀は、単なる陰謀家や裏切り者ではなく、むしろ非常に人間くさく、「なぜそれを守ろうとするのか」という動機が少しずつ見えてくる存在として描かれていた。
そこに触れるうちに、評価や史実というものは、結局“後世の視点”でしかなく、その時代を生きた本人の感情や事情までは完全にはわからないという実感が生まれていく。
物語の中で特に印象的だったのは、人とのつながりや出会いと別れだった。それこそが、このタイトルにもなっている「じんかん」なのだと感じた。幼少期の多聞丸との出会いと別れ、そしてそこから大人になっての人間関係へとつながっていく流れが、この物語の軸になっている。
三好元長との出会いは、松永久秀にとって自分の才能を認め、信じてくれる存在との出会いであり、自分がどう生きるのかを形づくる大きなきっかけになっていた。
また三好義興との関係は、単なる主従関係ではなく、「未来」や「希望」としてのつながりだったように感じた。その存在があったからこそ、この関係には確かな明るさと可能性があった。
しかし、出会いは永遠ではなく、死によってその未来は途切れてしまう。そこにあったのは単なる喪失ではなく、「続いていくはずだった時間が終わってしまう」という深い悲しみだった。
この作品を通して、人とのつながり、すなわち「じんかん」は、強さや役割だけで成り立つものではなく、出会いと別れの積み重ねの中でこそ人生を形づくっていくものなのだと感じた。そしてそれは、人と人とが関係を紡いでいくことで初めて成立するものでもあると感じた。
そしてこの作品を読みながら、自分の幼少期からの出会いと別れについても重ねて考え、別れは消えることではなく、自分の中に残り続けるものなのだと感じた。
最終的にこの作品から残ったのは、「善か悪か」という評価ではなく、「その人はどう生き、誰と生き、何を生の証とするのか」という問いだった。そして人は出会いと別れの中で、自分の生きた証を形にしていく存在なのだと感じた。 -
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ネタバレクライマックスの一つ島田宿の戦い。ここでも絵の上手さが光り、小説版読んだ時のイメージ通りに描かれていて満足。カムイコチャかっこいい。そして、意外だったのは原作と違う動きをしていた(というか原作では退場済みの)孝右衛門。まさかここで絡んでくるとは。しかし、孝右衛門をコミカライズでは半オリキャラとして使う当初の構想が原作完結によって狂い、有効活用は諦めたのではないかな?という気もする処置。(原作終盤がガチガチに構成が固まっているのでこれ以降意味を持たせた登場させる隙間がなく、謎の存在として引っ張ったもののここらが潮時と損切りした感じ。とは言え、まだ退場は確認されていないんですよね、これが……)
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助けを求める人を絶対に見捨てない。火消たちの戦い。
シリーズ最終の上下巻。
尾張藩屋敷が突如爆発。そこで出会ったのは18年前に亡くなったと思われる伊神甚兵衛だった。
彼が尾張藩屋敷を爆発させた下手人なのか、伊神甚兵衛を追って源吾たちは追いかける。
一橋との対決。まさに物語の最終回として相応しい終わり方だった。
そして個人的には若鳶の慎太郎・藍助・そして慶司の3人の成長が今後も楽しみだと思った。
確かにまだ年齢も経験も若いし、一連の騒動に関与することとしてはリスキー。
勝手に行動を起こして犠牲になったらたまったものではないのは、源吾のみならず大音勘九郎たちも躊躇してしまうのも分かる。
それは彼らの矜持まで汲み取っていなかった部分もあったのでは?と思えた部分だった。
慎太郎・藍助・慶司たちの強い思いはしっかり引き継がれている。彼らをもっと信じるべきだったと思う。
それは伊神甚兵衛のいた時代でも、きっと同じことだったのだろうかと、伊神甚兵衛と源吾との関係性を見てても感じた。
人を火の手から救うこと。時代が変われど矜持が引き継がれ、今の火消たちがいるんだなと。
シリーズを1年少々と読んでいく中で、彼らの住む世界から「人情」「仲間」というのが、こうして私たち日本人・東京に住んでる者として感慨深かったです。
まだまだ番外編もあるので、最後に締めくくりたいなと思います。