今村翔吾のレビュー一覧
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伊予の没落御家人、河野六郎は、襲来した元に命を懸けた海戦を挑む。理想を掲げて戦い抜く武士の姿が描かれる歴史長編。
自分にとって、また新たな時代の歴史の魅力を味わうことができました。
歴史的にいう「元寇」については学校で学んでおり、これまでは歴史の1ページに過ぎなかったものが、この物語と出会ったことで、鎌倉時代の空気感であるとか、御家人という武士の存在とか、異文化への思いとか、そして日本の一大危機であったこととかが伝わってきて、私の中で生きた歴史となった気がしました。
また、異国の女性と男性がクライマックスへ向けて主人公に大きな影響を与えていったり、争いを繰り返す身内たちと共に元に立ち向かっていったりする展開に、歴史は人が作るという物語性を強く感じました。
激しい海戦を戦い抜いた主人公が最後にとった行動は、これまでの辛い人生を乗り越え、そして出会いを大切にした結果なのだろうと思い、その生き様に憧れを感じずにはいられませんでした。
読み終わったとき、タイトルの「海を破る者」の意味が深く心に残りました。
この作品と出会えたことで、自分もこれまでの人生を振り返りながら、明日へ向けた確かな一歩を踏み出す勇気をもらいました。 -
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ネタバレ頼朝ほんま糞(笑)後白河法皇の方がなんぼかマシな気がしてきた。
壇ノ浦の戦いのさなか、源氏優勢と見て取るや、義経を殺しに行くのは腹黒すぎて怖かった。
ずっと高みの見物で弟達を死地に追いやり、用済みとなれば理由をつけて手下どもに暗殺させる。怖え〜。
知盛をヒーローに据えた小説を初めて読んだので、新鮮だったけど、めっちゃ面白かった。
義経の天才的な戦術も平家側から見たら恐怖でしかない。意表を突かれまくって取り乱し敗走する平氏に共感しながら読んだから、知章のあたりは情緒がヤバかった。菊王丸に琵琶を託すシーンや知章と釣りの約束をするシーンは全部死亡フラグでしかなかったし、ひたひたと滅びの足音がしていた。
先がわかってるから全てがもどかしい(笑)
能登はどこまでも豪傑でかっこよかったし、知盛は爽やかだった!義経を逃がす途中での能登殿最期。何も言わず知盛を見てはにかみながら海に沈む。最初から最後まで武士だった。そして、10代から30そこそこの若い武将たちがほぼ海の藻屑となった。
平家物語のあの見てきたような語りは、本当に見てきたからこそなんだなっていう・・・。
みんな死んだ仲間を背負って戦ってる。遺志をつなごうとして戦ってるんや。死んだ仲間を忘れないために、彼らの死を無駄にしないために戦うし、戦うことは殺すことじゃなくて、遺志を繋いでいくことなんよ。もう泣けるんや。
屋島のあたりで平氏一門は色々諦めたと思うけど、最後の命の燃やしどころをみんなが知盛に預けた。一族が、家族が知盛を信じて最期は戦った。それは頼朝軍にはないものなんだよなぁ。
負けても勝ったって感じ?
奢れるものは久しからず、それは頼朝にも言えることで。
斜陽を生き抜いた平家の男たち、滅茶苦茶かっこよかったです。(感涙)
あとは希子さんなんですけど、正妻で一人で子供5人産んでるの史実の時点で普通にすごすぎて笑う。
王道としては徳子さんが取り上げられがちだけど、希子さんがヒロインなのもすごくよかった。頼朝の時代になっても平家の、知盛の意思は生き続ける。
女も強かった茜唄でしたね。
大大大満足の読書でした。
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たまたま読書が室町、戦国、鎌倉の順番で別々の歴史小説を読んで思ったことは、「僧侶ヤバいな?」
南都(興福寺、東大寺)比叡山、高野山がやんちゃすぎて・・・。武士が恐れるほどの武力を有しているの怖すぎん?武蔵の時代だと胤舜とか、バガボンドでも禅僧がゴリラだったし。平安時代中期から本当に物騒になっていくんだなぁと、時代の流れを感じてしまった。
後白河法皇はほんま性格悪いね!(笑)
ただ、傍系も傍系の親戚たちが自分の頭の上で天下取りをしている構図は、確かに面白くないかも。
でも、清盛の福原遷都の意義を理解しない貴族たちに、日本の舵取りをする資格はもうなかった。
後白河法皇にできたことは、せいぜい源氏と内通して平氏の力を削ぐことくらい。しかも結局天皇集権に戻すことはできなかった。
時代はもう武士の時代だったんだよね。
後白河法皇の小並感・・・。
孫の安徳天皇のこともコマとしか思ってなさそう。
その老獪な法皇の上を行く知盛が痛快なんだけど、ここって本来は敗走シーンで、忠度の都落ちのエピソードとか、維盛の都落ちのエピソードとかも、こんな軟弱やから平氏は野蛮な源氏に負けたんやみたいな話を昔どこかで読んだので、書き手が違うと、こうまで雰囲気が劇的に変わるんかという感動があった。
逢坂の関での激戦!知盛の策がハマって教経が無双する。そして木曽義仲との邂逅。まだ平氏は負けてない!
摂津福原に引き払ったときは、あんな最期が待ってるなんて、誰もまだ思ってなかったんだろうなと思わせられた。
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新幹線の往復の時間で読む量として丁度いい本でした(荷物が重くなるのが嫌なのでこれ一冊)。諸事情あり大阪で1泊。
ストーリーとしては✶4.5?だと思ったのですが、今村さんの計らいを考えると✶5になりました。
読み始めた時からつらつらと考えていたのですが、意外に鎌倉時代を描いた作品は少ないように思います。本作は執権北条時宗の時代。もちろん主人公となる当時の伊予の武士である河野六郎の予備知識など何も無いまま読み始めました。
まず、そうだったのか?と思い知ったのは当時の幕府の御家人に対する統制力です。鎌倉幕府の権勢が日本全国にかなり根付いていたことが驚きでした。(どこからどこまでが今村さんのフィクションなのか良く分かっていませんが)その実力があったからこそ、鎌倉の後の時代、室町、戦国、江戸へと続いていく歴史の流れの基礎ができたのだという認識が、この歳になってようやく体得できた?のだと思います。(平安時代はそこまでの地理的範囲の統制はなかったと思ってます)。
特に「元」という外敵と国を挙げて戦うという事態は、それまで島国の中で国盗りをしていた日本人に「日本(日の本)」という、今でいう国という認識を植え付けたのではないでしょうか。(素人考えですし、それまでも倭国の中央集権化の切っ掛けとなった戦いは数々あると思いますが)。
極めて短絡的ですが、元寇で日本が(勝ったとはいえないものの)侵略されなかったことにより、日本は明治維新、そして現代に至ることが出来たのではないだろうか?なんて思ってしまいました。
しかし、今村さんの計らいが良く分かったのが「るうし」(ウクライナ)の「きいえふ」(キエフ)出身の少女と「高麗」(韓国)出身の若者の登場です。「元」と戦うに当たって、決して相手を殺戮することだけを考えて戦うということはせず、より広い視野をもって一人の敵兵に至るまで、同じ人間として扱おうとする気持ち。そして互いに反映したいという思いを主人公に持たせたことでした。
まだまだ考え方が浅いのかも知れませんが、何となく今村さん現在の日本・世界の状況に対する思いのようなものが感じられたので✶5となりました。 -
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『海を破る者』というタイトルから、私は壮大な戦を描いた歴史小説を想像していた。
もちろん、その期待は裏切られない。息をのむ海戦や迫力ある戦の描写は圧巻で、最後まで一気に読み進めた。
しかし、読み終えて最も心に残ったのは戦ではなく、「人」だった。
この作品は、元寇という歴史を舞台にしながら、「人はなぜ人を人と思えなくなるのか」という普遍的な問いを描いた物語だったように思う。
六郎は海の向こうに思いをはせ、言葉も文化も異なる令那や繁を理解しようとする。言葉が通じないということは、単に会話ができないことではない。相手の思いや背景が見えず、理解できないということだ。理解できないものは恐れとなり、恐れは偏見を生み、やがて相手を「人」ではなく「脅威」として見てしまう。
この構図は、六郎と令那たちの関係だけではない。日本と元という国家の関係にも重ねられているように感じた。規模は違っても、本質は同じだ。理解できないから恐れ、恐れるから心を閉ざし、相手を人として見ることができなくなる。
そんな中で強く心に残ったのが、一遍の言葉だった。
「人は人が故に、時に人を人と思わぬ時がある。だがそれを是とすれば人は人でなくなる。またそれを是とするほど人は弱くはない。」
私は、この言葉に本作を貫く思いが込められているように感じた。
六郎が魅力的なのは、その強さだけではない。守るべきもののためには命を懸けて戦う。それでも最後まで相手を理解しようとする姿勢を失わない。その生き方があったからこそ、令那や繁も六郎を理解し、信頼を寄せるようになったのだと思う。そして河野家も二人を受け入れたことで、より強く結束していく。異質なものを排除するのではなく、理解し受け入れることが、人も共同体も強くする。そこに、この物語の大きな希望を感じた。
読み終えた今、『海を破る者』というタイトルも違って見える。
私にとって「海」は、日本と元を隔てる海原だけではなかった。言葉や文化、価値観、常識、そして思い込み。人と人との間に横たわる見えない隔たり、その象徴だったように思う。
六郎は、その海を越えようとし続けた。だからこそ人は人とつながり、互いを理解し、未来を切り拓いていける。その姿は、鎌倉時代を描きながらも、現代を生きる私たちへのメッセージにも感じられた。
だから私にとって『海を破る者』とは、海を越える者ではなく、自分の中にある常識や思い込みという広い海原を越えようとする者のことだったのかもしれない。
歴史小説として圧倒的に面白かった。そして読み終えた今もなお、私はこのタイトルに込められた意味を考え続けている。 -
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2021年下半期直木賞受賞作(の続き)
上巻の最後に期待しかないが…と結んだが
大満足!終わり方も好き!やっぱ相性なんかな?
ほぼ一日で読んじゃったので…寝不足(*_*)
日本史とか戦国時代とかが苦手で基礎知識がなかったとしてもこの話は結構読めると思う。
盾と鉾、西国無双と蛍大名、新兵器と古の技術みたいに対立軸とか因縁をドンドン放り込んでくるのでそれが心地いいし、読みやすい。
上巻が素晴らしいかったから危惧してた下巻のできと言う面でも下巻の方が緊迫感があって好きだと思う。結びのさり気なさも含めて
少年ジャンプの匂いがするのは僕だけ?
今村翔吾を追いかけてみたくなった -
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最近時代小説を読みたい熱が高まってきたので、文章が圧倒的に読みやすかった今村さんのデビュー作から。『イクサガミ』もそうだったが、少年漫画のように魅力的なキャラが勢揃い。案の定アニメ化していた。私の推しは星十郎も捨て難いが彦弥かな。江戸時代中期の時代背景も火消の制度も、碌に知らないまま読んでも十分楽しめる。狐火と呼ばれる放火犯を追うなど、ミステリー要素もあり読みやすい。読む前は火消が主人公か、と食指が動かなかったが、まったくもって格好良い漢気溢れる作品。
時代小説は、登場した歴史上の人物の人となりや生涯をもっと知りたくなったり、同時代を描いた他の小説も読んでみたくなったり、数珠つなぎで興味が湧いてくるのが楽しい。 -
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ネタバレGeminiに今村翔吾さんの羽州ぼろ鳶組シリーズが好きだって言ったらどのシーンがフェイバリットか聞かれたので黄金雛で源吾と源吾の父親の火事場のシーンを挙げたら次のように返してきた。全くもって私の思ってることと一緒やけどこんなんゆわれへん。書評についてもうAIには勝てんわ。シンギュラリティやわ。
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私
せやな、名シーンはめっちゃあるけど黄金雛やったかな。源吾が若くて血気盛んな駆け出しの頃、加賀鳶や他の火消しと比べてうだつが上がらないと軽蔑していた父親に火事場で命を捨てて助けられるシーンなんか最高やん。決して派手ではないが命を守る火消しの矜持を父親の中に見てしかもそれがこの悲しい親子が分かり合えた最初で最後であることに涙が止まらんかった。
Gemini
『黄金雛』を挙げるのは、本当にずるいです……。あの一冊、そしてそのシーンは、シリーズの数ある大立ち回りの中でも、格別な涙線崩壊ポイントですよね。
若い頃の源吾が、華やかで、衣装も道具も一級品、世間の喝采を浴びる「加賀鳶」や「炎聖 伊神甚兵衛」のようなスターたちに憧れて、自分の父親の泥臭く地味な火消しを「うだつが上がらない」と反発してしまう気持ちは、残酷なほどリアルです。若い時分には、派手な成果や分かりやすい強さばかりが眩しく見えてしまうものですから。
しかし、いざ本当の地獄のような火事場で、煙に巻かれ、生と死の境界線に立たされた時、源吾の目を覚まさせたのは、誰の目にも留まらないような**「基本の徹底」と「泥水をすすってでも目の前の一命を救う」という父親の凄絶な執念**でした。
あのシーンがこれほどまでに胸を締め付けるのは、単なるヒーロー劇ではない、いくつかの「本質」が詰まっているからだと思います。
派手なパフォーマンス VS 命を守るリアリズム
加賀鳶のような大名火消しが「見せる火消し」の華々しさを持つ一方で、源吾の父親が体現したのは、どこまでも泥臭い「生き残るための、生かすための火消し」でした。
技術でも仕事でも、本当に過酷な局面を切り抜けるのは、華麗なテクニックではなく、「地味で退屈に見える基本を、極限状態でも絶対に崩さない」という職人の矜持です。源吾がそれに気づいた瞬間、父親の古臭く見えた背中が、誰よりも巨大なプロフェッショナルの姿に変わる。あのパラダイムシフトの描写は圧巻です。
不器用な男たちの、言葉なき「パス」
そして何より、それが「最初で最後の分かり合い」になってしまうという切なさ。
日本の歴史小説に登場する不器用な父親と息子は、往々にして言葉で愛を伝えることができません。傷つけ合い、反発し合って、ようやく同じ「プロフェッショナルの地平」に立った瞬間には、もう別れの時が来ている。
父親は何も語らず、ただその命がけの背中をもって**「火消しとは何か」という魂のコア(ドメイン知識)**を源吾に継承したんですよね。あの瞬間、源吾の中で「火喰鳥」としての真の覚悟が産声をあげたのだと思います。
派手なスポットライトを浴びる側ではなく、誰も見ていないところで確実にシステムを、命を守り抜くプロの生き様。それを不器用な背中で伝えた父親と、一瞬でそれを理解した息子。
あれを読んで涙が止まらなくなるのは、そこに**「男の仕事の美学」と「血の通った親子のドラマ」の究極の結晶**があるからだと思います。今村翔吾先生、本当に容赦ない筆致で心を揺さぶってきますよね……。
ちなみに、その父親の魂を受け継いだ源吾が、後に「ぼろ鳶組」の頭となって若手たちに背中を見せる側になった時、この『黄金雛』の記憶が二重写しのように見えてくるのも、このシリーズのたまらない醍醐味ですが、主(あるじ)はシリーズを通じて、この「受け継がれる世代のバトン」をどのように感じられましたか?