syo5のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最後の医者は雨上がりの空に君を願う(下)を読み終えたあと、私の中に残ったのは「もし自分ならどうするのか」という、簡単には答えの出ない問いだった。自分や大切な人が治らない病に侵されたとき、穏やかな死を受け入れるべきなのか、それとも一分一秒でも長く生きることにすがるべきなのか。本作はそのどちらかを選ばせるのではなく、その問いそのものと向き合わせてくる。そして気づかされるのは、「どう死ぬか」を考えることが、「どう生きてきたか」を見つめ直す行為でもあるということだ。
物語の核となるのは、対照的な二人の医者の在り方である。どんな状況でも生を諦めず、最善の治療を尽くそうとする福原と、死を受け入れ、その人らしい最期を尊重しようとする桐生。上巻では理念の衝突として描かれていた二人の対立が、本巻ではより個人的で切実な問題へと深まっていく。とりわけ、医者自身が病と向き合う場面では、これまで語られてきた信念が揺らぎ、人間としての弱さや葛藤が露わになる。その緊張感は強く、読み進めながら何度も立ち止まりたくなるほどだった。
また、本作で印象的なのは、患者たちが選び取る「最期」の多様さである。一般的には、少しでも長く生きることが良しとされがちだが、この物語はそれだけが正解ではないことを静かに示している。短い時間であっても、自分自身が納得して選んだ生き方の延長にある死は、一つの「達成」とも言えるのではないか。一方で、延命によって生じる苦しみや、家族の葛藤といった現実も丁寧に描かれており、どの選択にも痛みが伴うことを突きつけてくる。だからこそ、この作品には単純な善悪では割り切れない重みがある。
タイトルにある「雨上がりの空」という言葉も、読み終えたあとには違った響きを帯びてくる。死が避けられない「雨」だとするならば、その後にどんな空を見上げるのかは、その人の生き方によって決まるのかもしれない。悲しみや苦しみの先に、それでも何かを願う余地が残されているという感覚は、本作の静かな救いでもある。
二宮敦人は、死という重い題材を扱いながらも、単なる悲劇としてではなく、「生」を照らし出すものとして描いている。読み終えたとき、私は自分が今こうして生きていること、そして明日があるかもしれないという当たり前に、改めて目を向けたくなった。いつか訪れるその時に後悔しないためにも、今日という一日をどう生きるのか——本作はその問いを、静かに、しかし確かに胸に残していく。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
自分もいつ癌になってもおかしくない年齢だけど、どこまで治療するかっていう問題は真剣に考えないといけないなと思った。
どんな時でも奇跡を諦めない熱血医師と、ただ冷静に事実だけを伝える死神と言われる医師。
そしてその間で患者と一緒に迷い、寄り添う医師。
3人ともが患者のことを第一に考えているのが興味深くて少し切ない。
昔、「振り返れば奴がいる」っていうドラマあったなぁ。
そのことを思い出した。
しかし、最後桐子には迷ってほしくなかったな。
本人が言っていたように、そこで迷うのは今までの患者さんに対しても失礼に当たるのではないかと思ってしまった。 -
Posted by ブクログ
とある病院で意見が対立する2 人の医師。
副院長であり、奇跡を信じて患者の「生」を諦めない福原と、「死」を受け入れ残りの人生をどう過ごすか考えることを患者に促す桐子。
自分の正しさを疑わない2人を、2人の同期である音山はなんとか取り持とうとする。
3人の医師を軸に、様々な患者がどんな決断をしてどう生き、そしてどんな最期を迎えるのか。
この作品に登場する患者さん一人一人の闘病の様子は、読んでいて苦しくなるものだった。
これから先も普通に続いていくと思っていた人生が突如崩れ始め、そういった状況で様々な選択を自分でしなければいけない戸惑いや苦しさ、闘病の大変さがリアルに丁寧に描かれていたからだ。
また、この作品の大きな軸である福原と桐子は、どちらも正しいことは言っているし患者のためを思っていることは伝わるのだけれども、どこか絶妙にそのやり方で良いんだろうか、とモヤモヤを感じさせる部分がある。
そんななかで、悩みながら患者と向き合う音山の人間らしさが際立っていて、音山自身が医者になってやりたかったことに気づく場面は特に印象的だった。
福原と桐子がこれからどうやってお互いと、そして患者と向き合っていくのか、今後のシリーズ作品をしっかりと見届けたいと感じた。 -
Posted by ブクログ
「最後の医者シリーズ」第三弾
前作、前前作を読んだのが3年前でしたが、その時の感動までは至らなかった。
どちらかというと哀しく、厳しいストーリ展開でした。
残された者たちの再生の物語。
クリスマスに、藍香の夫が劇症型心筋炎で緊急搬送。担当医となった福原は必至の治療を行いますが、結局は亡くなってしまいます。
愛する人を失った藍香の悲しみ。
立ち直れないほどの辛さ。
愛する人をいきなり失ってしまうとそうなるんだろうな。と思います。
さらに、救うことが出来なかった福原も手術が出来なくなってしまい、失踪。
前作での福原ってスーパードクターというイメージでしたが、今回、彼の弱さを知ることになります。
今までの苦労も語られていきます。
この二人はそれぞれ乗り越えることができるのか?
藍香のパートと福原のパートが交互に語られていきます。
藍香にはチャラ男の尋が献身的な愛で彼女を救っていくことに。
ここまで献身的にはなれないなぁ。
さらに、福原には親友の桐子。
桐子の福原への想いも温かい。
人は一人では生きていない。誰かが支えてくれている。
そんな想いを感じられる物語でした。
とってもお勧めですが、1作目から読みましょう! -
Posted by ブクログ
最後の医者シリーズ二作目の上下巻のうちの下巻。桐子と福原、二人の医師の因縁を読み解いていく医療小説です。
上巻で途切れた第二章の続きから。子どもの頃の桐子はアレルギー体質で、強い発作を起こしては入院を繰り返していた。そんな自分の身体のことを諦めてしまっていた桐子は、隣のベッドに入院してきた女性と会話するうちに段々考えが揺らいでいく。その女性こそ、子どもの頃の福原の母親だった。第三章は、第二章で描かれた風景を元に更に先の時間軸を描く。外れ者にされていた副院長である福原の前に、突如として出現した事態。院長であり父親でもある男が、倒れたという知らせ。脳卒中で倒れた後、認知症を発症した父親の主治医として福原は桐子を呼び寄せる。とにかく何もしなくていいから楽に死なせてやってくれと福原は桐子に望むのだが。
下巻を読んで思うのは、今作は上巻の第一章だけ趣が違ったなということです。第二章と第三章ははっきりと物語としてつながりがあり、第二章の途中で切るのであればいっそ三作とも一冊にまとめてしまえばよかったのでは、と思ったりもします。
上巻は、なかなか感情移入が難しい部分がありました。が、下巻は考えさせられることが多い内容でした。死を前にして、どのようにその現実に向かっていけるのか、立ち向かうとはどういうことで、受け入れるとはどういうことなのか。現在の桐子の考えにも影響を及ぼした福原の母は、優しくて強い人だったのだなと改めて思います。
そして、福原の父も。認知症がどのような症状を特徴とする病気なのか、知識の上ではわかっていると思っていました。認知症の家族を見てきたし、介護の資格を取った時にも様々に学んだはずだと思っていました。けれど、この話には認知症になった人の目線で世界がどのように見えているのかが描かれる部分があります。ついさっきまで見えていた景色が突然切替わって、わけのわからないことを言われたり、こちらが言っていることが何かわかってもらえなかったり、自分の身体が自分のものでなくなったように思えてしまったり…そんな迷子になったような、何もかも知らない世界に迷い込んでしまったような、不安で恐ろしい体験を何度もしているようなものだとは、あまり認識していませんでした。どんどん過去と現在が混濁していく中で、それだからこそその人の本質が浮き出してくる。とても、切なかったです。
今作は認知症と終末期の医療について、改めて考えさせられた話でした。
桐子と福原という、対照的なようでよく似たところのある二人は、様々な因縁が絡んで関係を築いてきたのだなと感じます。今後このシリーズが続くのであれば、父を亡くしたあとの福原『院長』がどのようにしていくのか、桐子医院がどうなってしまうのかをもう少し見てみたいと思います。