「これは怪談なんだ」というのが1話を読み終えた際の感想。
各話はどれも40ページ前後の短い話だが、単純ではなく軽い捻りもある。体裁は現代風(?)だが、怪談としてちゃんとしているという印象を受けた。
主要登場人物達は特別な力があるわけでもなく、特殊な機関で怪現象をハントして回っているわけでもない。ただ怪異を観察・記録し、その途上で意表を突いたりスリリングな展開を含みながら、謎を残してエピソードが終わる。シーンのところどころに挟まれる何気ない描写も、どことなく気味の悪さを感じさせる細かさで、気のせいなのか伏線なのか(場合によっては読み終えても)わからない怪談特有の空気感がある。
各物語のゲストで主役でもある『神』も、日本古来の神の意味で使われ「強力な力を持った人智の外のモノたちの総称。人々に益をなすように、あるいは害をなさないように、危険だから祀るモノ」というニュアンスの存在である。極端に言ってしまえば妖怪やものの怪とそう変わらぬ存在であり物語の雰囲気とよくマッチしている。
明らかにフィクションであり、所々でファンタジックでもある創作怪談なのだが、そこらの実話形式の怪談よりよほど雰囲気もあって内容も面白い。いかにも怪談にありそうな場所(過去の風習が残る田舎、病院、廃校舎など)が舞台になるが描写も上手いし話も面白い。
短編が集まった怪談集との違いは、話が進むごとに物語の中の時間も進み、主人公らの背景も少しずつ明らかになっていくこと。以前扱った事件が引き合いに出されることもある。
基本的に片岸の目を通して物語が進行していくので、中盤くらいまでは相棒の宮木が怪異なのではないかと思うことが多々あった。”神の目線”で彼女の心理を知ることができないので「片岸が感じていることが真実なのかわからず怖い」という感覚がときどきあり、この怖さ(不信?)は、一話完結形式の個々の話を越えて、物語を通して累積していくものだった。それぞれの話の中での謎解きと、その裏で一貫して流れる主要登場人物の謎の2系統の焦点があり、平穏なシーンであっても別の緊張感もあって二重の楽しみ方ができた。
終盤に向かう頃には宮木を「別の時間軸や世界の人間なのか」や「神の干渉を受けない体質なのか」といった、人間だけど普通じゃないという印象に変わっていったが、それでも目的が不明なため敵か味方か分からない不信感は残り続けた。
2話についてだけだが、ちょっと気になった部分がある。序文と本文終盤での神の描写が全く同じだったことだ。
『ひと喰った神』の姿の概要から透ける内臓の様子まで序文と同じ文章では期待外れの気分になる。短い話なので文章自体を完全に覚えているし、敢えて同じ文言を載せる理由もないので、片岸の目前に神(と巫女)が現れる緊迫のシーンが今ひとつ盛り上がりきらない感じだった。序文以外は片岸の目線で物語が展開していくので、唐原目線の序文と全く同じ描写に違和感を覚えたのかもしれない。
同じような描写でも、当時少年で覚悟もなく神の姿を眺めた唐原よりも、その道の専門家、大人として観察した片岸の方が解像度が高かったり(逆に序文の描写の解像度を下げてもいい)、唐原の解釈が誤解だった部分を描けばこの違和感はなかったのかなと思った。
これ以降の話では序文の内容が本文の要約(= サマリー)のようなものから導入(= イントロダクション)へとかわり、証言もどこかズレているような狂っているような薄気味の悪い感じが出てくるようになって、片岸の主観で進む本編とは違うテイストで気味悪さを感じさせる役割を果たすようになった。
最後の2話はあまり好みではない展開だった。
片岸の妻の事は直接話してすらよくわからないままで、なぜ『知られずの神』のもとに来て、ずっとそこに留まっているのかがいまいちわからない。"よもつへぐさ"の故事もあるので異界の生活に馴染む事で現世に戻れなくなることには違和感はないが、来た理由も帰れない理由も納得できない感じでモヤモヤする。
『知られずの神』の世界は客観的には時間が止まっているように見えるので死ぬこともできず、しかし囚われた人たちの主観的には時間も記憶も蓄積していくので「これでは地獄ではないか」とも思った。引き込まれた片岸に人々が興味を示さないのも、すでに精神がすり切れているのではないかという気もしてその点も後味があまり良くない。
最後の話は取ってつけた打ち切りの最終話のようで、駆け足で浅いと感じた。宮木に全部の種明かしまで(こんなに雑に)させなくても良かったのではと思う。本書発行時にはまだ続編の話は固まっていなかったのだろうか。
ほとんどのタネ明かしをしてしまったので、宮木には「なぜ記憶を保持できているのか」という疑問点が残るが、片岸は背景が空っぽになってしまった。ゆるい繋がりを持った一話完結の話はどれも面白かったが、その根底に二人(と六原)の過去が明かされていくという隠し味があったので普通の怪談集とは異なった厚みがあった。ここからどうやって話を再び膨らませていくのかが作者の腕の見せ所だ。
デビュー作ということもあって2作目が楽しみなような、パワーダウンしてしまうのが怖いような気持ちで次作を購入した。