syo5のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ある男の子の前に女の子がか倒れていた。
この島は神隠しやマレビトが現れる島で、女の子は今の西暦を1974年と答えた。
描かれている現代は2017年。
身元不明の女の子は本当に過去から来たのか。
もし過去から来たのなら、今も存在していて一体どこにいるのか。
未来に転生した?七緒との謎と
島に留学してきた和希の高校生活と人間性を描いていく作品。
人生は本当いろいろある。必ず何回も傷つきます。立ち直ってたかと思ってもフラッシュバックしたり、過去に引きずり込もうとする人もいます。
けど助けてくれるのは結局、同じ人間なんです。
なんだかそんな事を教えてくれる、作品でした。
人生って何となく自分が一番辛いのではないかと思ってしまいます。世の中、自分の想像を遥かに上回って辛い思いをしてる人がいるけど、見た目じゃわからないんだよな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレどこよりも遠い場所にいる君への続編。
前作もそうでしたが、表紙がとても綺麗な本であると思いました。
今作では、前作に登場した和希に加え、支倉爽太の物語が繰り広げられてますが、前作よりもスケールが大きくなったと感じました。というのも、支倉がタイムスリップするからです。
2030年に、神鳴崎でタイムスリップした支倉は、9歳になってしまいますが、25歳の五鈴と出会い、色々なことを体験していきますが、過去に戻るための方法を探ります。支倉は、もう一度、大学生の時の自分に戻ります。
戻ってから、支倉はもう一度五鈴に出会いたいといたい気持ちが芽生えますが、なかなか出会うことに苦戦します。そして、現実の世界で支倉は出会いますが、出会った彼女は、自分よりも年下の女子高生でした。ヴァイオリンを弾いていた彼女と再び音楽を通して、親睦を深めていく様子の描かれ方が良かったです。
和希の想い人であった七緒は死んでしまっていたことが明らかにされますが、彼女の思いは和希に受け継がれていると思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初は、淡々と物語が進んでいく感じでしたが、物語の中盤で、主人公の月ヶ瀬和希の秘密が明らかになるところから、夢中になって、読んでおりました。
和希の父親が犯罪を犯してしまったということから、犯罪者の息子というレッテルが貼られ、和希は、転校していたという秘密は、苦しくも切なかったです。
犯罪も、相手を死亡させてしまうほどの事故ではありましたが、正当防衛なところもあり、和希が完全に父親を糾弾することができないところも、苦しいものでした。
そんな秘密を抱えた和希は、離島の学校に転校し、あの事件のことを誰も知らない学校に行きたかったのですが、噂は広まってしまいます。そのなかでも、和希を信じてくれていた幹也は優しかったです。
和希の秘密を握っていたたまきと、崖のところで、もみ合いになるシーンはドキドキいたしました。
七緒に隠された秘密や1974年の意味など、もう少し深く読みたくなるような小説でした。 -
Posted by ブクログ
最後の医者は雨上がりの空に君を願う(下)を読み終えたあと、私の中に残ったのは「もし自分ならどうするのか」という、簡単には答えの出ない問いだった。自分や大切な人が治らない病に侵されたとき、穏やかな死を受け入れるべきなのか、それとも一分一秒でも長く生きることにすがるべきなのか。本作はそのどちらかを選ばせるのではなく、その問いそのものと向き合わせてくる。そして気づかされるのは、「どう死ぬか」を考えることが、「どう生きてきたか」を見つめ直す行為でもあるということだ。
物語の核となるのは、対照的な二人の医者の在り方である。どんな状況でも生を諦めず、最善の治療を尽くそうとする福原と、死を受け入れ、その人らしい最期を尊重しようとする桐生。上巻では理念の衝突として描かれていた二人の対立が、本巻ではより個人的で切実な問題へと深まっていく。とりわけ、医者自身が病と向き合う場面では、これまで語られてきた信念が揺らぎ、人間としての弱さや葛藤が露わになる。その緊張感は強く、読み進めながら何度も立ち止まりたくなるほどだった。
また、本作で印象的なのは、患者たちが選び取る「最期」の多様さである。一般的には、少しでも長く生きることが良しとされがちだが、この物語はそれだけが正解ではないことを静かに示している。短い時間であっても、自分自身が納得して選んだ生き方の延長にある死は、一つの「達成」とも言えるのではないか。一方で、延命によって生じる苦しみや、家族の葛藤といった現実も丁寧に描かれており、どの選択にも痛みが伴うことを突きつけてくる。だからこそ、この作品には単純な善悪では割り切れない重みがある。
タイトルにある「雨上がりの空」という言葉も、読み終えたあとには違った響きを帯びてくる。死が避けられない「雨」だとするならば、その後にどんな空を見上げるのかは、その人の生き方によって決まるのかもしれない。悲しみや苦しみの先に、それでも何かを願う余地が残されているという感覚は、本作の静かな救いでもある。
二宮敦人は、死という重い題材を扱いながらも、単なる悲劇としてではなく、「生」を照らし出すものとして描いている。読み終えたとき、私は自分が今こうして生きていること、そして明日があるかもしれないという当たり前に、改めて目を向けたくなった。いつか訪れるその時に後悔しないためにも、今日という一日をどう生きるのか——本作はその問いを、静かに、しかし確かに胸に残していく。