syo5のレビュー一覧
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購入済み
大切なモノ
沢山の出来事がある思春期のなかで、一人一人の事情や背景が物語を興味深くしていき時間さえあれば一気に読んでしまいたい作品でした!
大人になってしまった人達に読んでなりました。 -
購入済み
夢って不思議だ
この作家さんの御本は他のシリーズも読んでいますが、このお話もとても面白い&興味深くて、引き出しの多さに驚かされました。夢は不思議だし、内容によっては凄く怖いこともあるけど、今作では現実の方が怖かった。次回作も楽しみです。
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Posted by ブクログ
ネタバレ2020/2/4
あーあ読み終わっちゃった。
楽しみにとっておいたのにあっという間だったなぁ。
ペコ危機感なさすぎやけど本人に悪意がないからやろな。
さんざん怖がらせられた相手なのにおにぎり分けてあげたり。
就活に対応できないのも素直だからかな。
したり顔で器用に就活こなす人より信用できるよ。と就活に対応できなかった氷河期が言ってみる。
合格メールも犯人の仕業かと思ったけどそれは違うかったぽい。
でも事務員雇うならはじめからペコ雇うたれよー
ってもフロイトたちは逆にペコに悪いと思うか。
じゃあ私雇ってくださいよ!と言わんところがペコの潔癖さなのかしら。
私ならすぐ言うな。おばはんやからな。
ペコ×フロイトでもペコ×オタ森でも萌えるんだけどたまには恋愛なしでもいいのだけど将来的にはどうなるのかしら。
次はいつかな。待ちきれん。
大事なこと忘れてた!今回は仙龍んとこの小林先生が出てきたよ。
世界のあちこちでみんなそれぞれ頑張ってるのだね。
そっちの世界の警察には私ちょっと顔が利きますので、研究所を訪ねてきた人も知ってる人かと期待したけどそれは違ったw -
Posted by ブクログ
ネタバレ2019/1/23
大好きな作者の本。
読み終わってしまった。
この世に内藤さんの未読の既刊本がない状態が怖すぎるので発売されても引き延ばして引き延ばして読む。
相当な中毒です。
割と入り込んで自分でも「怖い怖い!小説!フィクション!」ってなることも多いけど今回はすごかった。
ペコちゃんが心配すぎてオロオロして泣く。という状態になった。
これは初めてと違うやろか。
さすがに我に返ったとき笑ってしまった。
入り込みすぎ。
一度最後まで読んでから改めてその場面を読み返したのは男の人が心配している姿が昔からの萌えポイントなので反芻したかったから。
オタ森の苛立ちでご飯何杯でもいける。…ごめんなさい。
こんなに出てくる人出てくる人好きになるのはなんだろう。
大丈夫かな、私。キモくない?
内藤さん大好きなので、おいくつかも性別も存じ上げませんがどうか心身ともにお元気で本を書き続けてください。と願わずにはいられない。 -
ネタバレ
考察というか願望に近いかも
和希が高津に名乗った時に月ヶ瀬の方でなく名前を繰り返した理由、額に飾っていた恐らく高価で売れるだろう絵をいくら気に入った相手だからとはいえお使い程度で和希にあげた理由、マレビトや神隠しの話を和希には伝えているのに葵が知らない理由。
もしかしたら2079年から2001年に来ていたマレビトの苗字は「月ヶ瀬」だったのではないかと思いました。
そうだとしたら色々辻褄が合うような気がして…誰も弾かないはずのピアノをわざわざ調律師に頼んで調律してたのも「あいつ」がピアノを弾いていたのかもとか。
真相は作者のみぞ知る所でしょうがもしそうなら高津は2079年からきた「あいつ」に特別な何かを残せたんじゃないかなー -
思わぬ展開の連続に涙
高校生の私でも時間を忘れて読むほど面白かった。タイトルと表紙と設定に惹かれて購入した感じであったが、購入して良かったと心から思える。
主人公の体験、心情を自分のことのように書きつくす情報量、表現力に感動した。そして、どの登場人物の個性もしっかり出ていて、愛着が湧く。アニメ化したら面白そうだなと思う作品でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中2の高津は離島の由緒ある家に生まれたが、父の愛人とその息子の所為で母は出ていってしまった。狭い島は事情は全て筒抜けで鬱屈した思いを抱いていた。そんな時、神隠しの入り江と呼ばれる海岸で若い女性が発見される。彼女ら2079年から来たと言うが…
中々ヘビーな生い立ちの高津だけど、恵まれている事を本当は誰よりも感じている。そしてタイムリープしてきたみかげが高津家に居候する事になり、そこから少しずつ高津の意識が良い方向に向かってくれて良かったです。
恩師の為にブロンズ像を作るために奔走し、そして未来でまたみかげに再会したのが熱かったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『間章』として、前作最終盤とほぼ同じタイミングでのやりとりから物語の幕が開く。
「前作最後で明かされた、世界(日本だけ?)の時間が止まっている異常に気づいている者が宮木の他にもいるのか」と思い、その謎を追うのかと思っていると、本編では過去の話となる。
『間章』以降は前作と同様の構成で、切間と烏有の二人組が各地の『領怪神犯』を調査していく一話完結の物語が続いていく。
『領怪神犯』が起きているのは前作と同じく、古き、良き(?)日本の田舎の村々なのだが、山間の景色が見えるような写実的な文章からは「同じような風景」という印象を受けない。 怪異に遭遇する前に挟まれる村々の様子からは、前作のどれとも違う舞台設定だとしっかり感じられるし、本作では橋や蚕といった目先を変えるトピックを据えて舞台装置に飽きさせない工夫を感じた。
主人公の烏有と相棒の切間は、前作の片岸と宮木のコンビと異なる性格という点もよかった。
特に序盤の烏有は調査や人生にもに後ろ向きな小悪党ではあるが、しかし悪人になりきれない人物で、切間の不器用で馬鹿正直な熱血漢とは対照的であった。
本作では、コンビの性格が対照的なだけでなく、前作では薄かったキャラクターの変化、成長という面もあった。
半ば無理矢理、領怪神犯対策本部の職員とされた烏有が自分の居場所を見つけ、他人への信頼や快活な部分を取り戻していく成長譚であると共に、成長した烏有が切間を支え、切間からは信頼を返す、というバディの成長物語も根底に流れている。
一方で前作と対照的だと思った点は、主要な仲間の素性が知れるほど、雲行きが怪しくなっていく部分だ。
前作では途中まで「宮木が怪異なのでは」と疑って読み進めたが、実際には特殊な背景を持つが故にこの世界の理を部分的に見破っているだけであって、事情が分かってからふり返ってみても常に味方であった。
だが、本作に登場する凌子はその素性が明らかになるたびに印象が悪くなっていく。
『火中の神』で姓が三原で、六原や実咲と面識がある、と判明した時点では「名字を気に入っていないという発言からして、故郷を捨てた六原と似た境遇か、あるいは研究者ということは六原の親族が影響を及ぼして(:前作の滅んだ六原家で『こどくな神』の研究資料が見つかっている)村の外に出た?」と希望的に推測していた。
しかし、『くわすの神』冒頭で、凌子は完全に『こどくな神』側の人間(: 片岸や六原の敵に当たる)とわかり戦慄。『こどくな神』の村人同様に頭のネジが飛んでいる感じだったので、一気に要注意人物になる。
後半に向かって凌子の狂気が明らかになっていき、『神』が絡むと普段と様子が一変し、例の村人に通じる危うさを感じるようになる。
また、終盤に仲間として行動することになる冷泉もその雰囲気や専門性から、凌子のような危険人物の可能性を考えたが、これはミスリードで、彼女は最後まで味方であった。
怪異を調査していく主人公コンビとそれを囲む脇役達という構図は前作と同じながら、キャラクターの差異や物語の中での変化によって前作との差別化が上手くできていると思った。
前作を知っているがゆえの驚きや不整合も本作の見所である。
私は前作を読み終えて1年以上経ってから本書を読んだので、大枠だけを覚えていて各話の細部は忘れていた。
本作最終盤に前作を読み直して気付いたが、前作の『知られずの神』には本作の主要人物である三原や冷泉の名と、『這いずる神』や『火中の神』の名前がある。「昭和85年(= 2010年)に「黙しの御声」解体」の記述は本作の翌年のことなので、覚えていればそこも気にかかったかもしれない。
前作を読み終えた直後であれば、過去に起きた大事件に迫っていくような本書の構成には、よりワクワクしたかも知れないとは思った。
それでも、前述の『三原』は文字を見ただけで「ウッ」となるし、『切間』に関しては作中ずっとひっかかりを覚えるという楽しみ方ができた。
『切間』については『間章』の”切間”を名乗る人物と、それ以降の章で烏有とコンビを組む人物の雰囲気が合わず、「何かが変だ」と思いながら読み進めた。中盤に幼少期の宮木(礼)が娘として出てくると余計に混乱する。「『間章』では烏有が”切間”を名乗っているのではないか」と当たりは付けたが、その経緯が分からず「戸籍を失っている烏有を切間が旧姓側の養子にした?その後に切間は領怪神犯の犠牲に?」とも思ったが、それでは宮木が切間(を自称する烏有)についてやや他人行儀なのは解せなかった。
結局、切間は『知られずの神』により存在しなかったこととなって本書を通しての違和感は霧散するのだが、本作最終盤にひっかかりを覚えた、礼拝堂でのセピア色の集合写真の各人の名前が前作『知られずの神』では”宮木”と書かれていた件については説明が無い。
烏有のキャラクターから推測すると、廃棄せずに残した資料を封印する際に、後に宮木が来ることを願って、父親を思い出すとっかかりや「お前の親父だぞ」というつもりで宮木の名前を入れて残した、という粋な演出なのではないかと思っている。
「切間の名を持つ別人がいては都合が悪かったから」ということもできそうだが、その場合写真を残さなければ良いし、敢えて切間の部分を宮木とする理由もない。
前作と本作を合わせてよく分からなくなっているのが時間の経過についてだ。
最終盤の隠し球として年代を明かした前作と違い、本作には年代が明瞭に分かる記述が散見されている。しかし、どうも記述されている年代と一部の時代を表す物にズレがあるように見える。
前作の最後で片岸が現在を「昭和104年(= 2029年)」と言っているので前作は2029年(昭和104年)付近の話であり、本作では『蓋を押す神』で2009年(:昭和64年+烏有の年齢20歳)との記述が出てきており、『間章』の”切間”の『20年間何も変わらない』との独白と整合している。
そこまでは良いのだが、この2009年の描写が妙で、
前作と同じく携帯電話やスマートフォンが存在しないようであることや、まだ冷戦が続いていること、『呼び潮の神』では元号がまだ昭和であることが明かされるなど、この時点よりだいぶ以前から時代の進行が止まっているように見える。
『俤の神』での「ソ連が原子力空母を開発中」の文言から1988年付近で時間が止まっているように見えるので、本作の20年前から異常があるように見えるのは暗示的だが・・。
本書最終盤の切間を名乗るようになった烏有の考察では、『そこに在わす神』を使用した者は時間変化が無くなるとのことなので、「昭和が終わらないということは、昭和天皇御自らが『そこに在わす神』を使っているのではないか?」という疑問も出てくる。
時間の描かれ方的に、小康状態を保てていた1988年(昭和63年)の前半当たりに使ったように思えるが、烏有、切間の会話に「日本に軍が無い」とあることや、作中で第二次大戦の名称は出てきても太平洋戦争にはわざと触れていないようにも見えるので、戦後のいずれかの時点で太平洋戦争(敗戦をか?)を消すために使用した可能性もあると思えた。
細かな謎もいくつかある。
前作の最後に宮内庁が消えている(宮内特別管理局となっている)ことには触れておらず、エピローグで烏有は『宮内庁に』と旧名を認識している。
『呼び潮の神』で元号の話になった際、平成を示唆したように見える冷泉の様子は、前作の宮木の「第何次世界大戦?」を思い起こさせる。「彼女も怪異の外の認知をもっている者か?」と思ったのだが、キャラクターを把握する間もなく消されてしまった。
梅村の願いに関しては気になる矛盾点がある。梅村が『そこに在わす神』に入る以前に、切間が梅村博士の死因を癌だと言っている。これは梅村の「博士の死因を消した」という趣旨の発言と合わず、引っかかる部分だ。その後の梅村の協力的な様子から悪意を持った人物に思えないので、これが叙述トリックで『そこに在わす神』の内容が烏有の回顧であるため記憶が書き換えられている可能性もある。それでも、梅村も”若い”姿であるので次作への伏線だったりはしないだろうかとも思っている。
文句があるのは前作と同じく終盤の物語の展開についてだ。
前作でも終盤の駆け足具合を「雑だ」と感じたが、本書でも終盤で雑さが出ているので「この著者は物語をたたむのが下手なのだろうか」という感想となった。
設定上なんでもありの世界なのだから、最終盤でも騒動に『神』を絡ませられなかったのだろうか。
ギャングの抗争じゃないんだから急に仲間内で撃ち合いになるのはアホらしい展開と言える。
地下で拘束されている『神』に操られている職員(冒頭の報告や以前の話で様子が少しおかしいことを匂わせておけばいい)、あるいは、これまでに出てきた『神』の能力に読みきれなかった部分があり、機を見て干渉してきたでもよい(それならばここまでで解決したように見えていた話を疑心暗鬼にもできる)、『神』を理由に不意の撃ち合いが始まるくらいの方が本シリーズらしさが出たのではないかと思った。
対策本部が解体される顛末が、「結局人間が一番怖いではなぁ」と少し残念な気持ちになった。
組織についても描写が粗いので、「凌子らは末端で組織はとんでもなく大きかった」なんて描き切れなさそうな話にせず、「凌子らは警察機構内部で半独立で動いていて上層部も苦々しく思っていたが、下手に取り潰すと『神』を使った全面戦争になるので暗闘が行われていた」というぐらいで良かったのではないか。
また、「前作のとても手が出せない感触に比べて、『そこに在わす神』もずいぶんしょうもない便利アイテムに成り下がったな」というのがエピローグ部分を読んでいて感じたことだった。
「(現実に帰らずに)世界を変革した使用者は”徹底的に”消滅する。だからただの畳ばりの部屋しか情報がない」くらいの方が怖さと使用時のリスクがあった。
一日おきにノーリスクで使い放題という点も話の収拾が付かなくなってしまう。せめて使用のタイムラグを、本作の特別な時間経過のようである20年ごとなどにした方が良かったのではないだろか。