田口俊樹のレビュー一覧
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いつまでも語り継がれ、愛される私立探偵フィリップ・マーロー。またの名をハードボイルドの代名詞。卑しき街をゆく騎士道精神。作者チャンドラー亡き後、遺構を引き継いだロバート・B・パーカーの二作『プー
ドル・スプリングス物語』、『夢を見るかもしれない(文庫版で『おそらくは夢を』と改題)』、ベンジャミン・ブラックによる『長いお別れ』の続編『黒い瞳のブロンド』。そこまではマーローを如何に復活させるかを意図して書かれたもの。しかし本書は少し違う。
老いたマーローの活躍をえがく本書では、マーローは72歳。足を悪くし、杖を突く。一線から身を引いてメキシコに隠遁していたが、保険会社から詐欺の疑いのある事故死を調査するよう依頼を打診され、それを受ける。全編メキシコ沿岸を舞台としており、同じ青空と太陽の光の中に生きるマーローとは言え、それはあの洒落た大都会ロス・アンジェルスではないのだ。
ぼくが最初にマーローと出くわしたのは『大いなる眠り』。映画ではロバート・ミッチャムがマーローを演じ、キャデラックか何かを運転して、豪邸のファサードに向けて広い車回しを走るシーンが、小説とともに印象的だ。何故かハードボイルドに不可欠な存在としてぼくのイメージは<郊外の豪邸>がある。そしてそれは富と権力を誇るとともに大いなる秘密までが内包されているように見える。
本書でも避暑地やマリーナ、ビーチ、といった陽光に包まれた大西洋沿岸のリゾート、今にも噴火しそうな火山と火山礫に覆われた山麓、多種多様のサボテンの群れが夕陽を遮る広大なメキシコの砂漠、などふんだんに舞台が変わる。老マーロウは車で、バスで荒野をゆくのだ。
ハードボイルドに欠かすことのできない悪女は、これ以上ないほどに美しく魅力的で、多面的な様相を見せて探偵を惑わすし、怪しげな死体、その周辺をうろつく残忍な殺し屋、といったところも抑えている。
何よりもマーロウの主観たる一人称が切り取る風景や人々の模様は、ハードボイルド文体でなければ表現のしようのない緻密と繊細に飾られ、レトリックの王道をゆく様々な作家たちの表情までが想起されるほどである。熱い太陽と砂の中で沸騰する血をそのままに、老探偵がおそらく人生で最後に引き受けたと思われる謎に挑んでゆく。
ジン・ライム片手に「カンパイ」と日本語で言うシーンや、映画『座頭市』からの着想で用意している仕込み杖も活躍の場を求めてうずく、そんな日本贔屓も観られるのがこの作品。作者は世界を放浪し現在はバンコク在住の英国人、とあって、オリエンタルなものへの造詣が深い辺り、個性を出してきたとも思われる。
老いた釣り人とウィスキーを傾け合うシーンに何とも言えない大人テイストを感じる。今は失われてしまった抑制の利いた文体によって物語られる世界に乾杯! 最後のページにじんと来る人は少なくなかろうと思われる。 -
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19世紀のアメリカ。奴隷解放運動は萌芽しているが、社会は苛烈だ。命の価値は軽く、人権は一部の権力者達のもので、普遍性はない。人権どころか、一部富裕層以外は人ですらない。
その頃、主人公の父親は詐欺師で、奴隷解放運動のためとしてだまし取った金を別の悪党に狙われ殺されてしまう。少年はだまし取った金を奴隷解放運動家に届ける旅に出るが、それは金を狙う悪党から逃げる旅でもあった。
自らが白い黒人として奴隷にされたり、悪党を撃ち殺したり・・・。少年が成年へ成長する過程で支払った対価は大きい。聡明な少年の視線を通して見る19世紀アメリカの風景が静かな筆致で描かれ、読み手の心も静かに満たされていく。 -
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ネタバレケラーの戦争が終わった。
最後は合衆国大統領まで敵に回し、孤独になり、そして独白して終わる。
良い小説を読むと、読後も予熱みたいなものが続くが、読み終わって一週間以上経つというのに、その熱が冷めない。
正義とは何か?
常にその問いを突きつけられているような気がしてならない。
ケラーのように自らの正義を貫き通すことができるのか。
それとも生きるため、正義に目をつぶるのか。
人は人の弱みにつけ込み、ビジネスは弱い人を飲み込んでいく。
現実はケラーのようには生きられない。
命が大事だし、生きていくことに精一杯だからだ。
だからケラーの生き方が物語になる。
ラスト、ケラーに安息の地を用意したのは、作者のささやかなプレゼントのように思えた。 -
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シャツキ検事シリーズ第二作。女性が切り刻まれ殺される事件。凶器はユダヤ人が肉用に使う日本刀のように鋭利な刃物。反ユダヤ授業が根底にあるのか?そして第二の殺人が。
意外と楽しめた。ポーランドの反ユダヤ主義蘊蓄がこれでもかと出て来る。教会にユダヤ人がキリスト教徒を惨殺してる絵が飾られている所もあるそうだ。ナチスドイツの迫害以前そして以後も根強く存在してる。事件と関係あるかどうかと関係なくこの話は面白かった。そして真相もわりと好みだった。
そしてバツイチのシャツキは女性にモテモテ、にもかかわらず苦悩を抱える。彼の内面を読むのも(共感なのか反感なのか、その両方なのか)興味深い。
どうでもいいことなのだけれど、作者のミウォシェフスキはグラマーな女性が好きなのだろうか。
「法服を脱いだタタールスカ判事はまさにダイナマイトボディの持ち主だった。見開きページを飾るモデルの女の子のようだった。紫色のブラウスからは胸の谷間がのぞいていた。ナイトクラブでも大胆を思われるほどに」
「国家記銘院キェルツェ分室のとびきり美しい助手は曲線だけでできていた。それでいて余分な曲線はひとつもなかった」
次はやっと三部作最後の「怒り」 -
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明日には飢餓で死ぬか爆撃で死ぬか。ドイツ軍に包囲されたレニングラードで言い渡された処刑を免れるたったひとつの命令は、1ダースの卵を調達すること。
かくして二人の青年が卵調達隊として飢えに喘ぐ戦時のロシアを彷徨うことになる。
当然行き合う出来事は悲惨なものばかりなのに、妙に軽快な雰囲気は卵の捜索というちぐはぐな設定のせいか、下ネタにまみれた凸凹コンビの会話のせいか。
戦争という特別な状況でも、何も特別でない人達が必死に、そして普通に生きている。そんな事を思わせる二人だから、戦争と卵と読者という奇妙なピースを繋いで読み手の深い所にまで届けてくれる。
クソが出ただけで笑ったのは某金塊漫画以来だけれど、血塗れの大立ち回りの後でも笑えるのが、なんだか滑稽で温かでそして切ない。
にしてもこの小説、軍人やらイケメンやらも出るのにヒロインが一番かっこいいのはどういうわけか。 -
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まぁ、一応、“正義は勝った”感じにはなりますが、スカッとスッキリという感じでも無いですねぇ。最終的に、アート・ケラーは、自爆したわけでもありますから。
劇中に出てくる、大統領がなんとも・・・。かの大統領にも、様々な疑惑があるので、この作品で描かれている事も、途中まで「マジか・・・」と思っていました。モチーフ的には、ロシア疑惑だったみたいですが、これも無い事でも無いかな。
『ザ・ボーダー』と言うタイトルですが、色んな意味がありますね。文字通りのボーダーであり、アート・ケラーのやっている事だったり、彼の立っている立場であったり。
上巻は中々読みにくかったのですが、下巻に入ると面白くて一気に読み進んでしまいました。 -
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『犬の力』は麻薬カルテルが第一世代から第二世代に引き継がれるまで。『ザ・カルテル』はその後日談で、前作のような二項対立ではなく、闘争劇を掘り下げる。そして完結編となる本作品は、第三世代が主役となる話ではあるが、領土の奪い合いに終始するわけではなく、第一世代と第三世代の対立の構図が重要な意味を持つ。そこに闘いを挑むケラーはついにDEA長官となり、その権力をフルに発揮し、自己否定ともとれる大胆な作戦でアメリカ側からカルテルを追いつめていく。
ストーリーは、メキシコ側とアメリカ側に分かれ、場面展開を繰り返しながら並走していく。ケラーが長官になったことで、政治的色合いの濃い完結編となったが、熾烈な跡目争いとなるメキシコパートの熱量は流石と言うべきか。また、前作以上に多くの人物が登場し、ケラーと犯罪組織の闘いの合間に、麻薬戦争の犠牲となったジャンキーや少年ギャングのドラマが描かれるのが印象的でもある。
濃密で重厚で壮大な物語には間違いないのだが、この完結編は作者の主張がやや強すぎた感もある。ケラーがウィンズロウのスポークスマンのように見えるシーンも少なからずあり、そこが余計でもあり残念でもあった。読後、いろいろと考えさせられた。怒りと虚しさの長い長い物語──ウィンズロウ、ありがとう。