田口俊樹のレビュー一覧
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まぁ、一応、“正義は勝った”感じにはなりますが、スカッとスッキリという感じでも無いですねぇ。最終的に、アート・ケラーは、自爆したわけでもありますから。
劇中に出てくる、大統領がなんとも・・・。かの大統領にも、様々な疑惑があるので、この作品で描かれている事も、途中まで「マジか・・・」と思っていました。モチーフ的には、ロシア疑惑だったみたいですが、これも無い事でも無いかな。
『ザ・ボーダー』と言うタイトルですが、色んな意味がありますね。文字通りのボーダーであり、アート・ケラーのやっている事だったり、彼の立っている立場であったり。
上巻は中々読みにくかったのですが、下巻に入ると面白くて一気に読み進んでしまいました。 -
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『犬の力』は麻薬カルテルが第一世代から第二世代に引き継がれるまで。『ザ・カルテル』はその後日談で、前作のような二項対立ではなく、闘争劇を掘り下げる。そして完結編となる本作品は、第三世代が主役となる話ではあるが、領土の奪い合いに終始するわけではなく、第一世代と第三世代の対立の構図が重要な意味を持つ。そこに闘いを挑むケラーはついにDEA長官となり、その権力をフルに発揮し、自己否定ともとれる大胆な作戦でアメリカ側からカルテルを追いつめていく。
ストーリーは、メキシコ側とアメリカ側に分かれ、場面展開を繰り返しながら並走していく。ケラーが長官になったことで、政治的色合いの濃い完結編となったが、熾烈な跡目争いとなるメキシコパートの熱量は流石と言うべきか。また、前作以上に多くの人物が登場し、ケラーと犯罪組織の闘いの合間に、麻薬戦争の犠牲となったジャンキーや少年ギャングのドラマが描かれるのが印象的でもある。
濃密で重厚で壮大な物語には間違いないのだが、この完結編は作者の主張がやや強すぎた感もある。ケラーがウィンズロウのスポークスマンのように見えるシーンも少なからずあり、そこが余計でもあり残念でもあった。読後、いろいろと考えさせられた。怒りと虚しさの長い長い物語──ウィンズロウ、ありがとう。 -
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ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している
作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた十七歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。
饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?
逆境に抗って逞しく生きる若者たちの友情と冒険を描く、傑作長篇
(あらすじより)
かなり重厚な読み応え
気合入れて読むタイプの本です!
帯を書いた人はこの本を読んだか疑わしい。
胸キュン要素より戦争の悲惨さ要素のほうが多いぞ。
共産党政権下のソ連で略奪で逮捕と脱走兵という肩書は死を意味する。
主人公の二人は飢えに苦しむ中、秘密警察の大佐から命と引き換えに卵の調達を強要される。
彼らのいるレニングラードはナチス・ドイツに包囲され、食べ物は無く、猫、犬、家畜(一部は人肉)の全てを食料にして暮らしている。
その状況下で卵(しかも1ダース)を手に入れることは、まるでミッション・インポッシブルな命令なのだ。
街中になければ農場に行くしかない。
しかし、そのためにはナチスの包囲網を抜けなければならない。
さらに、季節は真冬である。
しかも、主人公レフはユダヤ人の血が入っている。
ついでに、武器は拾ったナイフ一本。
ちなみに、レフはナイフに不慣れだ。
どんだけ無理ゲーなんだ!
ハラハラ、鬱々して読み進まなかった。 -
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エドワード・ホッパーという画家がいる。現代アメリカの具象絵画を代表する作家で、いかにもアメリカらしい大都会の一室や田舎の建物を明度差のある色彩で描きあげた作品群には、昼間の明るい陽光の中にあってさえ、深い孤独が感じられる。アメリカに行ったことがないので、本物を目にしたことはないが、アンドリュー・ワイエスと同じくらい好きなので、ミュージアム・ショップでカレンダーを買って部屋の壁にかけている。
深夜のダイナーでカウンターに座るまばらな客を描いた「ナイトホークス」に限らず、ホッパーの画には、その背後に何らかの物語を感じさせられるものが多い。作家のローレンス・ブロックもそう考えた一人だ。彼は、これはと思う何人かの作家に自分のアイデアを持ちかけた。それに呼応した作家の顔ぶれがすごい。好き嫌いは別として、御大スティーヴン・キングをはじめとする総勢十七人。その中にはジョイス・キャロル・オーツまでいる豪華さ。
ブロックも序文で書いているように「テーマ型アンソロジーというのはどうしても似通った物語の集合体になる。だから、一気に読まずに一編ずつ時間を空けて読むことが勧められる」ものだが、驚いたことに、ここには様々なジャンルの物語が収められている。だから、一篇終わるたびに、また別の本を手にしているような新鮮な感動が待っているのだ。もっとも、すぐ読み終わってしまうのが惜しくて、結局は時間をおいて読んだのだが。
ひとつの物語につき一枚のホッパーの画が最初のページを飾る趣向。以外に女性のヌードを描いた画が多いのに驚いた。いわゆる名画のヌードとはちがって、ホッパーの画の中の女性は、神話的な存在でもニンフでもない。都会の孤独を一身に背負ったリアルな女性像である。そこから、物語を紡ごうと考えた作家が多いのも理解できる。しかし、個人的な好みからいうと、少し違和感がある。それで、何篇かを紹介しようと思うが、作品の選択が個人的な好みに偏ることをお断りしておく。
「海辺の部屋」の冒頭を飾るのは、紺碧というよりは幾分暗さを帯びた海の見える掃き出し窓が開き、正面の壁に斜めに陽が指している無人の部屋を描いた絵だ。作家はニコラス・クリストファー。アメリカに移住してきたバスク人の血を引くカルメンは、母の死で祖母の屋敷を相続した。そこには、ソロモン・ファビウスという料理人が、母の代から邸の専属シェフとして住み込みで雇われていた。
祖母が書いた『海辺の部屋』のバスク語版と英語版の二冊を抱えてやってきたカルメンは、そこで不思議な経験をする。なんと、その家では部屋が増えていくのだ。初めは一年に一度の頻度で増えていたものが、次第にそれがひと月に一度、週に一度の割合になる。戸惑うカルメンとちがい、ファビウスは、家の奥にある自分の部屋に迷うことなくたどり着けるのも謎だ。バスク人はアトランティス文明の末裔であるという伝説を隠し味に利かした、アンソロジーの中では異色の海洋幻想譚に舌鼓を打った。
「夜鷹」(ナイトホークス)は、刑事ハリー・ボッシュ・シリーズで有名なマイクル・コナリーが選んだ。画から物語を作るのではなく、ハリー・ボッシュを探偵役とするミステリの中にホッパー描く「ナイトホークス」が登場する。シカゴの冬は寒い。監視対象者がその画の前で熱心にノートに何かを書いている。突然「あなたはだれ」と話しかけられる。観察眼の鋭い娘は作家志望だった。話を聞くうちにボッシュは考えを改める。短い中にもシリーズ物の探偵の人間性をきっちり生かしたストーリー展開はさすがだ。
正面入り口に低い角度で陽が指している、海岸段丘の上に建つ素朴な教会をわずかに見上げるような角度で描いた画は<South Truro Church>。「アダムズ牧師とクジラ」を書いたのはクレイグ・ファーガソン。八十歳をこえた長老派教会員牧師のジェファーソン・アダムズは末期癌だった。妻を亡くしてから頻繁に顔を出すようになった友人のビリーが仕入れてきた、ジャマイカ風にシガレット・ペーパーで巻いた細いマリファナ煙草をやるようになってしばらくたつ。もはやハイになることはないがそれは二人だけの儀式になっていた。
渚に打ち上げられて次第に腐敗してゆくタイセイヨウセミクジラの死骸を前に、実子ではなく養父母を喜ばせるために牧師職を継いだ、実は無神論者だというジェファーソンの死後を憂うビリー。彼はミイラのように痩せこけたジェファーソンを乗せ船をこぎ出す。そんな二人の前に巨大なクジラが現れる。クジラの眼に見つめられた二人は共にある決意を抱く。本当にアメリカ人は、プレスリーの双子の兄弟の話が好きなんだな、と実感される一篇。
開いた窓から見えるのは、肘掛椅子に腰を下ろし新聞を読む男と壁際に置かれたピアノを戯れに弾く女。その間には天井まで届く暑いドアがある。スティーヴン・キングは、これだけの材料からいかにもモダン・ホラーの巨匠らしい、淡々として怖いホラーを仕上げてみせる。ドアの向こうから「どすん」という音が聞こえてくる。それを嫌がる妻に対し、夫の方は新聞のマンガの話で気をそらせる。ディック・トレイシーだ。そのうち泣き声が混じる。夫は妻にピアノを弾くよう勧める。「音楽室」には何があるのだろう。
粒よりの佳作が目白押しのアンソロジー。人によって好みはちがうだろうが、誰でもお気に入りの作品が必ず入っている。エドワード・ホッパーを知らない読者は、きっとこれを機会にファンになるはずだ。「コッド岬の朝」という一枚の画には物語がついていない。高名な作家が書けなくて返してきたらしい。物語は「読者に書いてもらいましょう」と担当者は言う。あなたなら、どんな物語を書くだろう? -
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ネタバレ完璧なまでに善良で無垢なるものギヴ。どんな困難にも諦めず立ち向かい希望を失わない。
そんなアメリカンスピリッツの象徴としてのギヴが飼われていたモーテルに宿泊に来た兄弟の兄の悪意により盗まれるところから始まり、カトリーナによる喪失、9.11およびその後のイラク出兵によるゆがみを抱えた人々を癒しながら物語は進んで行く。
どこまでも真っ直ぐで、ハッピーエンドに向かっていく直球の物語であるにもかかわらず、語られる言葉の神々しさ、善良な熱意により、変な嫌味は全くなく、アメリカなる物語として楽しめた。
ただ、ミステリ生はほぼ無く、クライマックス直前でのなるほどね止まりのためその筋の話と思って読むと退屈かもしれない。 -
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ネタバレ等身大の登場人物たちが、正義の境界線を徐々に超え、戻れなくなる。
俺たちはやってる。平和に貢献している。
毎日命を張り、悪いやつらを刑務所に送り込んでいる。
だから、多少のことは、少しぐらいの小遣い稼ぎぐらいはいいだろう。
家族のためだから。
一線を超えると次は正義ではなく家族のためになる。
そして元に戻れなくなり、何でもやるようになる。
本来であれば正義のために行わなければならない行為も。。
警官としてかっこよく生きたかったのに。
正義のために命を張っているからこそ超えてしまう境界線。
主人公デニーを通し人の弱さと正義について叙事詩のように歌い上げるウィンズロウの手腕に脱帽。 -
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いやー良かった。クールだわ。「オンブレ」が意外な面白さだったので、新訳版だという本書を読むことに。エルモア・レナードはずいぶん前に何か読んだような気がするが、あまり覚えてない。きっとこの乾いた味わいがわからなかったんじゃないかな。これはまったく大人の読み物だなあ。
全篇が実に映画的。ヒロインはかつての銀幕スターだし(脇役だけど)。ずっと頭の中にスクリーンが浮かぶ。ラブラバ(主人公のカメラマンの名前)は誰がいいかな。今の若手スターを知らないので、若い頃のポール・ニューマンとかハリソン・フォードとかを脳内配役してみる。かつてダスティン・ホフマン主演で映画化の話があったが頓挫したそうだ。いやいやダスティン・ホフマンじゃないと思うよ。
「オンブレ」もそうだったけど、悪党の描き方が抜群にいい。甘さなど微塵もないのに、すさんだ気持ちにならないところが本当にいいと思う。