モンゴメリのレビュー一覧
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購入済み
子供の頃から絵本や映画でストーリーは知っていましたが、大人になってから文字にして読むと、こんなにも素晴らしい本だったのかと感激しました。作者の、人を見る審美眼や繊細な表現力は、大人だからこそ味わい深いものだと思います。
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購入済み
シリーズだけど1巻だけ好き
10巻までシリーズがありますけど、2巻は微妙で3巻の途中で挫折してしまった。
しかし、1巻の内容は少女が主役の青春小説として最高の作品だと思います。
アンの口からあふれだす妄想の数々は非常に色鮮やかな印象を与えてくれ、こんな少女と10代の時に出会っていたら、恋に落ちずにはいられなかったでしょう。 -
購入済み
年代を越えて楽しめる小説
もう何十年も前に夢中で読んだ赤毛のアン。実家の戸棚に古くなった文庫を見つけました。懐かしくなり、電子版を購入しました。再度シリーズ全巻読み直すつもりです。マリラと同年代になった私が読むとどんな感じかと思いましたが、一気に読み進めました。まるで自分がアンの年代に戻れたような気分になりました。年代に関係なく楽しめる事を確認できました。続巻も続けて読むつもりです。
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Posted by ブクログ
老兄妹がじぶんたちのために孤児の男の子を引き取る手はずだったが、
やってきた子は女の子。
妹が「役に立たない」といやがるも、
よくわからないながらもその女の子を気にいった兄のマシュウが
「わしらがあの子の役に立つかもしれないよ」というところから始まっていく。
アニメ化されていたり、
名作として認識している作品ではありましたが、
「子供向けにすぎるのではないか?」だとか、
「昔の物語だし?」だとか、
斜にかまえてなかなか読む機会がなかった本書。
『花子とアン』の影響などはまったくないのですけれども、
なんだか気が向いて、本屋さんで手に取っていたのでした。
それで、読んでみたら、もうおもしろくてしかたないです。
第二章からのアンのおしゃべりの中身から、
彼女のきらきらして快活な内面が
うかがい知れるようになっていて気持ちのいい読書感覚。
こころのセンシティブな所って
普段傷つかないように、
外界に触れないよう気をつけて生活するものだけれど、
今回の読書に関しては、
その繊細な部分でなぞって読めるかのよう。
また、脇役たちも、なかなか筋の通ったキャラクターをしていました。
たとえば、リンド夫人などは、
「期待はしないものだ、そのほうが、失望しなくていい」
と、村上龍さんのようなことを言います。
また、アンが言っていたのですけれど、
たとえば豪奢な家具調度にかこまれて
モノに満たされた生活をしていると、
想像力がいらなくなってしまう。
貧乏人のひとつのなぐさめは、
想像するものがいっぱいあるということ。
なるほど、と思います。
11歳から16歳くらいまでのアンが描かれています。
子どもから、大人になるまでの女の子の様子、
それも才媛としてきらめいていく様子(幾度と失敗しながら)は、
読んでいると、胸に感じられるアンや周囲の人たちの豊かな人間性に、
自分の人生に不足しているものが
補給されていくようにすら感じさせられました。
今回読んだのは、角川文庫のもので、420ページくらいでした。
もともとの文章が素晴らしいのでしょうけれども、
翻訳文もよかったです。
おすすめですね。
さすがの名作で、ご満悦です。
また、アンってその後もあって、
10巻くらいのシリーズだったんですね。
全部読みたくなります。 -
Posted by ブクログ
ネタバレBetty Smithの「A Tree Grows in Brooklyn」を読んだら、かつて読んだ「赤毛のアン」のことを思い出してもう一度読みたくなりました。女の子が一人の大人に育っていく姿を描いているという点では、ふたつの物語はとてもよく似ているので。
11歳のアンは孤児院からクスバート家のマシューとマリラの兄妹に引き取られます。働き手として男の子を欲しかったはずの兄妹のところに女の子がやってきて、突然「女の子のいる家庭」ができあがってしまいます。そして、長く独身を通してきた兄妹が、孫ほど歳の離れたアンを実の娘のようにして育てはじめます。
これまで空想することでしか孤児のつらい境遇を乗り切ることのできなかったアンは、次々に心に浮かぶことを兄妹に話し続けます。これに対してマシューは、「そうさな、わしには、わからんな」、「そうさな、それも道理だな」などと相づちをうちながら、喜んで話を聞くのです。一方、マリラは愛情を言葉や顔にあらわすことができないのだけれど心の中では十分それを感じていながら、それでもアンを甘やかしてはいけないと考え、「黙っていなさい」とアンを厳しく叱るのです。兄と妹のアンへの接し方は対照的だけれど、アンのことを大事に思う気持ちは同じです。もちろんアンにとってもマシューやマリラは生まれて初めて持つことができた大切な「家族」なのです。
全体で38章からなる小説ですが、アンが小さな冒険をしたり成功や失敗を繰り返したりして、アン自身や周りの人たちがハラハラドキドキしたり一喜一憂するという他愛もない話が続きます。そういった話のひとつひとつも面白いのですが、これらの積み重ねの後に本当に物語が盛り上がるのは第30章の辺りからです。そして物語の大きな転換の後に、アンは新しい歩みを始めます。
「あたしがクイーンを出てくるときには、自分の未来はまっすぐにのびた道のように思えたのよ。いつもさきまで、ずっと見とおせる気がしたの。ところがいま曲がり角にきたのよ。曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの」 ── アンのこの言葉どおり、これからもアンが自分の力で未来を切り開いて行くことを予感させて物語は終わります。
ところで、この小説はアヴォンリーの入り口に位置する窪地の風景やレイチェル・リンド夫人の家のそばを流れる小川の様子の描写で始まっています。これらの舞台装置のおかげで読者は日常から物語の世界にあっという間に連れていかれます。その後も、プリンス・エドワード島の美しい自然が繰り返し描かれていて、読者は空想の世界にどっぷりと浸ることが出来ます。
レイチェル・リンド夫人、ジョセフィン伯母さん、そしてマリラもある意味でそうなのですが、この物語には保守的な、あるいは口うるさく厳しい人たちが出てきます。でも、根っからの悪人やどうしようもなく駄目な人というのは出てきません。いわば性善説で書かれた小説です。だから安心して読めるのだと思います。仮に現代作家が「赤毛のアン」と同じような作品を書いたとしたら、「理想主義の絵空ごとでリアリティを欠いている」などといわれかねません。でも、「赤毛のアン」は古典だから、そんな批判は無用です。
一般には児童書と思われているかもしれないけれど、この物語の本当の魅力を理解できるのは、むしろ人生の後半を迎えた人ではないでしょうか。 -
購入済み
この本に出会えて幸せです
赤毛のアンの作者の本だと知り飛びつきました。期待に反せずとても面白く、久しぶりに徹夜でいっきに読んでしまいました。続きを書けずに亡くなってしまったと知りとても残念です。アンとはまた違った魅力のある主人公が誕生していましたから。
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Posted by ブクログ
ストーリーガールの後編。
ストーリーガールやベブたちが、新聞を作るはなしを軸に、さまざまなエピソードが、美しいプリンスエドワード島の自然と共に綴られる。
中でも印象的なのは、ぶきっちょさんの恋物語だ。自分の理想の女性の 部屋を作り、家具や洋服をそろえ、空想の女性と会話するすがたは、訳者もあとがきに書いているが、確かにストーカーじみていてちょっとキモい…。
たが、その理想の女性そのままのミス・リードに出逢い、彼女もまた会った瞬間から、ぶきっちょさんに惹かれたというのはロマンチックだ。
アンシリーズを読んでいて思うのは、男女には、必ず赤い糸で結ばれた相手がいるのだということ!他の誰でもなく、初めから一緒になることを運命づけられたカップルがモンゴメリの作品にはたくさん登場する。
物語のラストは、ストーリーガールとベブたちの悲しい別れが描かれているが、
もうひとつ、おとなしくて心優しいセシリーが、いずれは結核で亡くなってしまうことが暗示されていて、それが切なかった。 -
Posted by ブクログ
アンが結婚し、グリーンゲイブルスを離れてギルバートとフォアウィンズへお引越しをし、新たな人々と生活を始める話。ジム船長が可愛いです。話し始めると止まらず、どれを聞いてもきっと飽きない話なんだろうと想像できますし、コーネリアとの言葉の応酬も楽しいです。ジム船長がもっと若かったらこの二人が幸せになるのもありではと思えるほどです。近所に暮らすレスリーはこの上ない悲劇を背負って生きていて早く幸せにならないかと願わずにはいられないです。最終的にうふふな展開に進み、うるっときました。ジム船長も幸せな最後で、でもさみしいですね。コーネリアもきっとさみしがりますねきっと。次は大きな家にまた引越しをしますが、また変化が起こるのか気になります。