北村薫のレビュー一覧
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ネタバレスキップした理由は最後までわからない、でも25年をスキップしてしまったけれど、エピローグでは17歳の真理子さんと42歳の真理子さんが統合され始めているようなラストだと私は感じました。
根底に42歳のベテラン教師が存在するからこそ、授業も出来たし、要所要所で大人の女性として臨機応変に教え諭すことができたんじゃないかな、と。
美也子さんにも時々お母さんみたいな言い方してるし。
真理子さんが25年間の記憶を取り戻せるのかこのままなのかわからないけど、少しずつ取り戻せる未来を想像したい。
途中の学園モノ描写はちょっと苦手だけど、真理子さんの心の変化を表現するには必要なのかな。 -
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ネタバレ17歳から42歳への跳躍がもたらす不運と「心身の乖離」
北村薫先生が1999年に発表した『スキップ』は、17歳の女子高生が一瞬にして25年後の未来へ飛ばされ、42歳の母親として目覚めるという衝撃的な設定から始まる。物語の核心にあるのは、一人の人間における「身体の老い」と「心の若さ」が完全に乖離してしまったときの、圧倒的な不条理と不幸である。昨日までセーラー服を着て瑞々しい青春の真っただ中にいた少女が、目覚めた瞬間に見知らぬ夫と娘を持ち、鏡の中には見知らぬ中年女性の姿が映っている。この最悪とも言える運命のいたずらに対し、主人公の一ノ瀬真理子が見せるもがきと苦しみは、読んでいて胸が締め付けられるほどにリアルだ。
しかし、本作の真の面白さは、彼女がその過酷な現実から逃避するのではなく、苦悩の果てに「42歳の身体で、その落とし所を作って生きていく」という強靭な決断を下すプロセスにある。周囲の人間から「最近、なんだか若々しくなったね」と評される描写は、人間の魅力や生命力の本質が、肉体的な年齢ではなく、内面にある心の若さにこそ宿るのだという事実を雄弁に物語っている。
### 「赤ずきんちゃん」の追体験が教えてくれる、今という時間の幸福
本作を読み進める中で、私自身の価値観にも大きな揺らぎと再認識が生まれた。真理子はどれほど望んでも、失われた25年間の青春を取り戻すことはできず、元の世界に戻ることも叶わない。彼女の不運な生き様を克遺に追体験することは、裏を返せば、読者である私たちが「今、この瞬間の時間を生きられていること」がいかに奇跡的で幸福なことであるかを突きつけられる経験でもある。
それは言わば、おとぎ話の「赤ずきんちゃん」をハラハラしながら見守るような感覚に近い。狼に脅かされる物語の当事者を見つめることで、翻って「何気ない日常を無事に過ごせている現在の自分」の豊かさに気づかされ、日々の生活に対する感謝の念がより一層深まっていく。失われた時間を嘆く物語だからこそ、今という時間がどれほど尊く、幸福に満ちたものであるかを鮮烈に再認識させてくれるのである。
### 北村薫が描く「時間ミステリ」の背景
ここで、本作の理解をさらに深めるための背景に目を向けると、著者の北村薫先生が紡ぐ物語の質の高さに改めて納得させられる。北村先生は、早稲田大学第一文学部を卒業後、長年高校の国語教師として教壇に立ちながら創作活動を続けていた経歴を持つ。だからこそ、17歳の女子高生が抱く特有の心の機微や学校生活の空気感が、嘘偽りのないリアルな筆致で描かれているのだ。
また、本作はのちに『ターン』『リセット』へと続く、ファンの間で「時と人三部作」と呼ばれる時間ミステリの第1作目にあたる。単なるSF的なタイムスリップのガジェットに頼るのではなく、時間が人間に与える残酷さと美しさを、文学的な情感をもって描き切る手腕は、著者の確かな知性と文才の賜物と言えるだろう。
### 総括
どれほど過酷な運命に翻弄されようとも、人は自らの心ひとつで気高く生きられるのだという強い女性の姿に、深い感動を覚えずにはいられない。
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交通事故に遭ったその日から、同じ一日を繰り返すようになった版画家の主人公森真希。
彼女もそんな状況が理解不能であった。しかも、
その領域には人が存在せず、がらんとした孤独の世界が広がっている。
もちろん苦痛や困難に悩まされていたが〝とあること〟が起きたことをきっかけに、段々と自分の置かれている事態を把握していく。
読んでいてとても切なくなる物語だった。愛することや生きることの意味を考えさせられる場面が何度かあり、自分がもし彼女と同じ状況に置かれたら、どういう行動をとるだろうと考えた。
人は一人では生きていけない。季節が移ろい、変わり映えていく日々で、新しいものを生み出せることの喜びを知れた。 -
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時と人シリーズ三部作、ついに完結!
前作『スキップ』では時間を奪われ、『ターン』では同じ時間に閉じ込められた。完結編の『リセット』では、一体どのような形で時間に翻弄されるのだろう――。そんな期待に胸を膨らませつつページをめくった。
物語の背景にあるのは意外にも、太平洋戦争だ。昭和初期のモダンな日常が戦争によってじわじわと壊されていく過程が丁寧に描かれ、理不尽に奪われた生、叶わなかった想いの重みが、ひしひしと心に刺さる。
そんな中、啄木カルタや木下夕爾の詩、ドイツの歌を「合言葉」にして、時を超え再会する二人の姿には胸が熱くなった。
特に啄木の「かの時に言いそびれたる 大切の言葉は今も 胸にのこれど」という一首は、もう、二人の想いをそのまま歌にしたようで、たまらなく切なく感じてしまう。ただの再会ではなく、こうした歌や詩が再会の「鍵」になっているのが、なんとも北村薫さんらしくロマンチックではないか。
後半、黄金色の麦畑で二人が向き合うシーン。それはまるで『風の谷のナウシカ』のナウシカが、金色の野に降り立つ奇跡を見ているようで、嬉しさと感動で心が震えた。
私は見たことはないが、33年周期の獅子座流星群のように、一度「リセット」されても、大切な人と必ず巡り合える――。修一の「また会えたね」の言葉がそんな奇跡を信じたくなる。
冒頭の「星です。私の最初の記憶は流れる星なのです」から始まり、ラスト家族で見上げる流星群。「そして時は流れ星は巡りつづける」という結び。
ふと夜空を見上げた時、「独りじゃない、また巡り会える」と思わせてくれる、最高のハッピーエンドだった。
引用される詩や歌、本のひとつひとつが祈りや願いとなり強く心に残る一冊。シリーズ完結に相応しい壮大な物語だった。
三部作のなかでわたしはこの作品が一番好きかも。
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『スキップ』に続く『時と人シリーズ』3部作第2弾。
ある事故をきっかけに同じ時間をループしてしまうというファンタジーな設定でありながら、北村薫らしく多彩なメタファーが組み込まれており、純文学的要素もあって正直なかなか手強い一冊だった。
まぁ、そこが北村薫作品の面白さでもあると思うんだけどね。
冒頭に登場するカミーユ・クローデルとロダンの話など何の意味があるのか、「何のこっちゃ」と最初は良く分からなかった。
二人称で語られる見守るようなあたたかな眼差しの語り口が、あるときを境に「あなた」から「君」に変わる。そして、ラスト主人公・真希が目を開き発した一言で、バラバラだったパズルのピースがピタッとはまったような嬉しさと納得感は言葉に出来ないほど心地よい。
前半は正直、少々退屈だ!なぜなら真希と同じように一日過ごすと必ず前日の15時15分に戻ってしまう無限ループ。真希以外虫も動物も存在しない「くるりんの世界」自由だけど孤独で寂しい世界だ。いつかは帰れるのか?それともこのまま……
しかーし、150日目の一本の電話を境に物語は急速に動き出す。ここからはもう夢中で一気読み。後半のヒヤッとするシーンに焦燥感を覚えながらも、二人の絆は偶然ではなく運命だったというロマンチックな筆致にグングン引き込まれた。
ふと考えると、都会の喧騒、仕事と日常に追われる現代の私達も、ある意味「くるりんの世界」に生きているのかもしれない。
でも、毎日を完璧に生きようとしたら、いつか窒息してしまいそう。だから、たまには不毛な日もあって良いのかな?なんて自分を甘やかす内なる心の声が聞こえてくる。この声は誰だろう?……もしかして運命の人?
すみません私既婚者です。 -
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北村薫の「中野のお父さん」シリーズ第1作目。元々私は北村薫の「円紫さんと私」シリーズが大好きだ。本作は文芸編集者の娘・田川美希が、職場や日常で遭遇する日常の謎を、定年退職して家で悠々自適に過ごす「お父さん」に相談し、解決してもらう連作短編集であり、形式としては「安楽椅子探偵」ということになるか。
架空の事件だけでなく、松本清張や太宰治など実在する文豪の作品や逸話が散りばめられているのが特徴で、読書家なら思わず膝を打つようなマニアックなトリビアが謎解きの鍵となっている。一人前の社会人となった娘が、なおも父親の知性を尊敬し、実家で美味しいものを食べながら語らう適度な距離感と信頼関係を羨ましいと思う世のお父さんたちも多いのではないだろうか。シリーズ化されているので次作以降も読もうと思う。 -
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題材としてはよくあるループものなのだけど、人物の描写や心情がとても丁寧に描かれている作品だなと思った。
二人称の書き振りも私としては珍しく新鮮だったし、主人公の語り口も丁寧で人の良さが出ていて、とても私好みだった
前半は主人公の人柄を自然に伝えつつ、このループの絶望感の演出がとてもうまい。
実際、読んでいて私もこの話このままずっとこのループの話なのかなと若干絶望していたところだったので、そこも計算してるのだとしたら凄い。術中にはまってる。
1997年発行の作品なので2025年の今から28年も前の作品だけど、今読んでも全く新鮮さがあせず、面白かった -
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『スキップ』に続いて、時と人シリーズの第二弾。
29歳の版画家の真希はある夏の午後、
運転中に事故に遭いダンプと衝突してしまう。
気がつくと、自宅の座椅子で微睡から目覚める自分がいた。
15時15分。いつも通りの家、いつも通りの外。
だが、この世界には真希以外誰もいなかった。
そしてどんな一日を過ごしても、定刻が来ると一日前の座椅子に戻ってしまう。
いつかは帰れるのか?それともこのまま?
だが150日を過ぎた午後、突然電話が鳴り……
スキップ同様、秀逸な設定である。
前半は謎の二人称で進み困惑するが、
この二人称にもちゃんと意味があり、これには驚かされた。
そう、電話が鳴ってからの展開はかなり読み応えがあった。
スキップ同様、時間を移動するという夢の行為に潜む絶望感。
この絶望感をしっかり味わわせてくれる物語であった。 -
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物語は昭和40年代の初め、1960年代後半から始まる。
一ノ瀬真理子、17歳。千葉の九十九里方面の高校二年生。
それは9月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、
真理子は家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた。
次に目を覚ました時、見知らぬ場所にいる。
そして自分が桜木真理子、42歳。夫と17歳の娘がいる高校教師だと知る。
25年の時を超え、42歳の自分になってしまった真理子。
果たして、彼女はどうなってしまうのか。
まず設定が秀逸。いわゆるタイムトラベルものと言えば
過去へ戻るのが多々あるのだが、これはその逆。
自分が未来へ行ってしまうのだ。
冷静に考えれば、何も嬉しくない。地獄でしかないだろう。
だが、この主人公の真理子は違う。強い、強過ぎる。
圧倒的ポテンシャルで日々をこなしていくのである。
もっと生臭いドロドロとした展開が待っているかと思いきや、
高校を舞台にした爽やかな青春ものであった。
今は美しい。真理子の紡ぎ出す言葉がやけに胸に突き刺さった。