北村薫のレビュー一覧
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始めて読み始めるシリーズだが、楽しかった。
『小説文宝』の編集者、田川美希が、日々出会う謎。
それを鮮やかに解き明かすのは、定年間際の国語教師である彼女のお父さん。
そんな設定の短編集だ。
仕掛けられる謎も、文学好きには堪えられないもの。
例えば、「謎の献本」。
尾崎一雄から志賀直哉への献辞が入った志賀直哉の『留女』。
著者のサインではなく、なぜ尾崎なのか?
不思議ないきさつが語られる。
八島和歌子という、美希の先輩編集者の、次の言葉がとてもいい。
「事実で説明出来るものって、すっきりするけど、可能性の翼をたたませるところがある。解釈の冒険って、いかにも人間らしいじゃない。」
其角の句の解釈をめぐる「闇の吉原」は、まさにその解釈の冒険のストーリー。
こういうものがもっと読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ大手出版社勤務の田川美希、新人賞の担当作でトラブルが発生する。さて誰に相談したものか…と思いついたのは国語教師の父親。お父さんは鮮やかに事件を解決できるのか。
短編8篇、美希の周辺のトラブルをお父さんに相談して…というスタイル。些細なことからなんと殺人!?まで、幅広い題材が軽やかにするりと解き明かされる。
美希もお父さんもカラリとした良いキャラクターで、短篇なのですこしあっさり気味ですがちょっと1つだけ、と読み返すにはいい作品。「その後どうなったの?」という作品もありますが顛末まで書かない、というのもアリなのでしょう。
推理も面白いですし、なんといっても北村さんが描かれる探偵が国語教師ですから、外せないのが「文学」。題材自体が文学関係(「闇の吉原」)というのはもちろん校了時の寝不足が続いた夜のことを話しているときのふとした会話に「暗いうちは滅びない」(P40)と太宰治(『右大臣実朝』より「明るさは滅びの姿であろうか。人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ」)が出てきたりして、「じゃあこの作品そのうち読もうかな」なんて気にさせてくれるのも北村作品ならではだなぁと感じました。 -
Posted by ブクログ
日常よりも日常らしいけれど、嘘くささがない。何気なくて、家族と過ごす幸せや温もりを感じる瞬間を丁寧に書き起こしていて、疲れた時に読んで癒される本。
お母さんとさきちゃんのほのぼのして温かい日常には、ごく稀に、スウっと風が吹き込むように、父の不在(離婚と思われる)が現れます。無理だと言われてもさきちゃんが野良猫を連れ帰ろうとする話がありますが、お母さんは猫だけでない色々なものを重ねていたのかも。
猫を飼うのは無理だけど、お母さんはいつだってさきちゃんを想っていて、一瞬一瞬、一緒に過ごす時間を大切にしていて、それが端々に描かれています。文章であの空気感をこんなに表現できるんだ……と、びっくりするくらい、子どもの頃の自分を呼び起こしてくれました。
家族との関係にもよると思うけど、家を出て1人で頑張っている人とかに読んでほしい。それも心がザラザラした日に。もうスマホなんて置いて、ソファとかベッドとかに体を包んでもらいながら、静かにのんびり読んで、それで次の休みになったら実家に帰って、家族となんでもないけど大切な時間を過ごしてほしい。 -
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本屋をのぞいていたら、本シリーズの最新刊が単行本で、2作目が文庫化していた。これはいかんと、積読の山から本書を救い出した次第。
北村薫さんの小説の舞台は出版社となることが多い。そして主人公は若い女性が多い。本書の主人公は若い文芸編集者の美希。まさに北村薫の世界ど真ん中である。この美希が、仕事で疑問に思ったことや辻褄の合わない謎を持ち込むのが、中野にある実家。そして、謎をはらりと見事に解きほぐすのは、定年間近の国語教師の父である。
北村薫のファンならば、北村さんが元国語教師であること、娘さんがおられることは周知の事実。お住まいこそ中野ではないが、多くの読者は、中野のお父さんを北村さんと重ねて読むのだろう。
提示されるのは、おなじみの日常の謎。それも出版にまつわる謎である。実在の人物も描かれていて、もしかすると似たような謎が北村さんの身近なところで起きているのではないかと思ってしまう。本書からまた別の本へ手を伸ばしたくなるような、本を愛する北村節を味わえる愉快な一冊。 -
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北村薫の「時と人 三部作」と呼ばれる作品の2作目。
版画教室の講師を勤めながら銅版画家として生活する主人公・森真希。
とある夏の日、彼女は車を運転中に誤ってダンプと衝突してしまう。
が、目が覚めるとそこは自宅の座椅子。
夢か…と思いつつ行動し始めるが、何かがおかしい。
物音一つしないのである。
更に、昨日体験したはずの出来事が無かった事になっているのだ。
不思議に感じた真希は外に出てみると、そこはどうやら真希以外の生き物が一切存在しない世界であった。
そんな世界で過ごした翌日、15時15分になると再び彼女はいつの間にか座椅子でまどろんでいた。
つまり、どのように過ごしても事故と同時刻になると彼女は必ずその前日に戻ってしまうのだ。
誰もいない孤独な世界を一人で過ごす真希。
既に何度目の15時15分を迎えたのかもわからなくなったある日、突然電話が鳴り出す。。。
設定はSFなのだろうか。
いわゆる「タイムスリップ」系のお話と言えよう。
何を作っても、怪我をしても、新しい洋服を買っても、全ては形として残らず
真希の記憶にのみ残る。
つまり、日々の努力の結果を何も残せない、非常に哀しい世界に入り込んでしまったのである。
しかも、一人である。
これは厳しい。
が、彼女は前向きに、「いつか帰れる時が来る」と信じてターンの日々を繰り返す。
前作「スキップ」の主人公も含め、
こうしたとんでもない事態に対してパニックになりながらもギリギリの所で前向きに挑んでいく姿が非常に心に響く。
また、この作品は基本二人称(君は〜〜)で書かれている。
主人公の真希は心の声と自分の声で会話をしながら生活しているのである。
この手法を取った理由は物語の後半で明らかになるのだが、これは非常に上手いと思った。
彼女が強い理由の一つでもあるし、電話が掛かってきた以降の運命的な何かを感じさせるのに十分な設定である。
物語の終盤、彼女の唯一の希望の光が途絶えてしまう。
そしてその希望すら、自分の願望から来る妄想なんじゃないかと思ってしまう。
このあたりで「もしかすると暗い終わり方なのかも」と思ってしまったが
最後は綺麗に終わった。とても読後感が良かった。
巻末に作者自ら「解説」と称してちょっとした矛盾点についての考え方を書いていたが、
個人的には全然気にならなかった(というか気付かなかった)。
とても心温まる作品である。オススメ。