北村薫のレビュー一覧
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今日より明日のほうが希望があると思うのは若いうちだけではない。
年をとるのはいやだけれど、明日があるさと思うのは明るい方向をめざしていて好きだ。
しかし、明日が来ず、昨日今日を繰り返すことになったとしたらどうなる?
ターンテーブルはレコードをのせて繰り返し音楽が聴ける。くるくるくる。
そんな「ターン」の物語。
作者の語り口がおもしろい。耳元でささやかれているような気がする。
それにはあっというカラクリがあった、後でわかる。
主人公版画家の森真希はある日、自動車事故にあう。
気を失って目覚めたら、昨日に戻っていた。
なあんだ夢だったのかと思ったのもつかの間、そこには誰も生き物すらもいなかった。
29歳の真希の冒険が始まる。
けれど誰もいない世界で何をしていても、一日が過ぎるとまた昨日に戻る。
それは怖かったし、淋しかった。151日。
そしてある日偶然に「明日へ」一本の電話がつながる。
一本の電話で明日へつながる相手。理解よきおのこ、泉さん。
これはもう熱烈な恋愛小説だということ。
真希ともにボルテージが上がる。
でも現実には会えない相手。真希には明日がないから。
『「会っているじゃないか」
そういわれて一瞬、震えた。泉さんは続けた。
「面と向かったって、会ってない人たちはいくらもいるよ」』
北村薫描く主人公の女性は、芯はしっかりしているのだが楚々としている。
ちょいとおかしみもある。
「スキップ」「ターン」「リセット」と読み進み、描くところの女主人公にあやかりたく、ほっとするのはどうしたことだろうか -
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新手のタイムトラベルもの、心の時間空間遊泳。生きるよすが。
心のゆくえを文学は様々な描き方をしてくれる。それを楽しむ読者は幸せというもの。
「しし座の流星群」のことが印象深くあった「愛の一家」を子供のころ読みましたとも。
だから...。
ちょうど、私はヒロインまあちゃんこと、真澄とあの人こと、村上君の中間の世代に生きた。だから、お姉さまたちのまだ物のかろうじてあった時代(戦争が始まる前)の話はうらやましく、なつかしく、いぶし銀の輝きのごとく見える。そして、村上君の時代(戦後16年経って)は、私がもう成年になっていたからよく知っている、それはそれで懐かしい。
村上君の小学時代の日記(たぶん作者)の記述の数々から思い出す私の経験。
フラフープ、ホッピング。
そして、忘れもしない高校入学を果たしたので、家でも買うことになった白黒のテレビジョン。
アメリカTVドラマ『パパは何でも知っている』キャシーの初恋。
...。
ほんとに、作者は資料をよく調べこんで描いている。出てくる風物ことごとく懐かしくて、懐かしくて仕方が無かった。いずれにしても帰らない日々。
でも、『百年前の人は、今のものを見られないし、今の人は百年後のものを見られない。だからって、後の人のほうが得だってことはないと思うの。』という真澄の言葉。
感動の時の流れ!それしか言えない。読んでよかった。 -
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文芸編集者の娘が出くわす日々の謎に、豊富な知識と推理力を持つ父が解決を加える日常の謎の連作短編集。
収録短編は8編。応募していないはずの作品が新人賞を受賞する。マラソンが趣味の作家との付き合いで参加したマラソン大会での不可思議な出来事。そういった編集者ならではの日常の謎もあれば、俳句の解釈をめぐっての問答など文学ミステリらしい一編もあって、それも面白い。
「吉原の闇」という短編が、その俳句の解釈をめぐる短編ですが、句をどこで切るかで、俳句の意味合いが大きく変わる。解釈も時代背景によって変わる。同じ句でも正反対のイメージが浮かび上がってくる、言葉の面白さが伝わってくる短編です。
一編、一編は短いので、劇的な謎解きというよりはすとんと何かが腑に落ちたような感覚が残る。ミステリなんだけど、意外な結末といった興奮させるようなものではなく、どこか自然な読み心地です。
美希をはじめとした登場人物たちの何気ない日常や会話が良かった。美希が実家に帰って家族と会話しているシーンや、場面場面の和やかさもそうだし、同僚との会話なんかも力が入っていなくて、ユーモアもありくすりとさせられる。
美希が同僚と牡蠣料理店に行った時の、女性同士の飾り気のない会話が個人的にすごいと思いました。空気感が本当に女性の日常の何気ない会話っぽい。それを男性の北村さんが書いているのが、どういうこと? と思ってしまう(笑) -
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北村薫の時と人シリーズ第3弾。第2弾「ターン」を読んだのが2011年2月だから、まさに10年前。読もう読もうと思っていながら、なかなか手に取ることをためらっていたのは、なんだか読み切ってしまいたくないな、勿体ないな、という貧乏性が故か。とはいえ、いつかは読まないといけないということで、意を決して購入。
「リセット」、「ターン」ともに10年以上前に読んだので、その記憶も定かではないのですが、今回の「リセット」はそれらと比べて、とてもおとなしいようです。これまでの2作は、どちらも時の理不尽さに翻弄される主人公がなんとか抗っていた印象が強いのですが、本書は時の流れに身を委ねている感じ。理不尽なのは時代の方であって、時がそれを洗い流してくれるような印象さえ抱きました。
さて、本書で紹介されていた石川啄木の一句。とても印象に残りましたので、備忘がてら。
かの時に言いそびれたる
大切の言葉は今も
胸に残れど -
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北村薫の「時と人 三部作」と呼ばれる作品の3作目。
太平洋戦争末期、神戸に住む女学生の水原真澄は、時局の厳しさを横目で見ながら友人たちと青春を謳歌していた。
真澄には、結城修一というほのかな恋心を抱いている少年がいる。
幼い記憶にある、30数年に1度しか見られないという獅子座流星群をいつかふたりで眺めてみたいと真澄は心に期していたが、
度重なる戦火がふたりを引き裂いてしまう。。。
やがて終戦を迎え、東京オリンピック開催が近づく昭和30年代前半。
小学5年生の村上和彦は、自前で小学生に絵本や児童書を貸し与える女性と知り合う。
彼女こそは水原真澄だった。折りしも獅子座流星群の到来まで、あと4年と迫っていた…。
前2作である「スキップ」「ターン」は、共に
時間に翻弄されながらも強い心で生きていく女性を描いていた。
優しい文体の中にも主人公の芯の強さと時間の残酷さが感じられ、
当然のように同じようなモノを、この「リセット」という作品にも期待していた。
…期待は大きく裏切られた。
が、それは「期待外れ」「つまらない」という事ではなく、
自分で考えていたような作品ではなかった、という事だ。
第一部、第二部と、主人公が替わりながらも淡々とその生活が描かれる。
戦時中だったり終戦後だったりと状況は違うし、それぞれの生活は色々な困難があったりもするが
基本的には大きな事件は起こらない。
起伏の少ない物語になっている。
それらが全て、大きな「前フリ」なのだ。
第二部の後半、物語は大きな展開を見せる。
真澄と修一が、意外な形で再会するのである。
そこからの話がこの「リセット」の全てと言っていい。
この再会を必然的なモノにする為に、第一部と第二部の途中までが存在すると言っても過言ではない。
よって第二部から第三部にかけては、一気に読んでしまった。
すれ違う二人の、それでも繋がろうとする心。
その気持ちが強いからこそ、些細な切っ掛けで再会する事が出来るのであろう。
『我々は死んだりしない』と、村上和彦は言う。
生物学的な問題ではなく、人と人との繋がりから生まれる「受け継ぐ心」。
そういう意味で、誰もが簡単に死んだりしないのである。
ラストまで読み、心が穏やかになった。全てがスッキリして終わる。
が、これも前半部を読み切ってこその事であり、盛り上がる部分まで来るまでが若干苦痛かもしれない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ2月22日は猫の日ということで読んでみた。これまでアンソロジーはあまり手に取ることはなかったけれど、普段読まない作家さんの作品に触れることができてよかった。
1作品あたりのページ数も少なく、隙間時間で読むことができる。
【最も好きな作品】
柚月裕子さん「泣く猫」
17年会っていない母が猫に自分と同じ名前をつけていたことを知ったときの真紀の気持ちを想うとともに、母はどのような想いでマキと呼んでいたのだろうかと思う。
マキの登場が真紀の感情を引き出し、自覚させるきっかけになったのではないか。
【最も印象に残ったフレーズ】
北村薫さん「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」
「本の読み方にひとつの正解はない。『100万回生きたねこ』を読んで素直に感動するのは正しい。……しかし《絶望の書》だと感じてしまう者を、ただ、ひねくれてるとはいえないんじゃないかな」