久坂部羊のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
外科医である著者の父親の死生観。自身、麻酔科医でありながら医療を信じず、ストレスが諸悪の根源と考え、節制をせず、検査の類は一切積極的に受けなかった。それで87歳まで長生きした。
この本を真に受けて検査を軽んじたり医療不信に陥るのは避けたい。この父親には死への覚悟があったり、自身や息子が医者である点でも一般的ではない。あくまでn=1の挿話として読みたい。心配性、不安がちな自分は本書のおかげでだいぶ気が楽になった。
「世間では長生きをよいことのように言う人も多いが、実際の長生きはつらく過酷なものだ。足腰が弱って好きなところにも行けず、視力低下で本も読めず、聴力低下で音楽も聴けず、味覚低下でおいしいものもわからず、それどころか、むせて誤飲の危険が高まり、 排泄 機能も低下し、おしめをつけられ、風呂も毎日入れず、容貌も衰え、何の楽しみもなく、まわりの世話にばかりなる生活が〝長生き〟の実態だ。 これで認知症にでもなればまだましだが、頭がしっかりしていると、つらい現実がすべて認識され、家族やヘルパーに世話になる心苦しさに耐えなければならない」
このくだりは漠然と「長生きしたいなあ」と思っている自分の価値観を揺さぶられた。結局、どれほど死に抗おうと最後には必ず敗北するのだ。その認識なく諦めることをしなければ最後期の苦しみを長引かせることになりかねない。そんな無理に引き延ばしたような生はQOLの観点から否定的に見られるべきだろう。
「死に瀕している人の苦しみは、経験しなければわからない。それをなまじ有効な治療で引き延ばすのは、酷なことだと私は思う。命を延ばすと言えば聞こえはいいが、その実態は無益な苦痛を引き延ばしているだけである」
孤独死について、世間ではまるで自由気ままに生きた罰のような書き方をされることが多いように感じているが(将来の当事者としてそう感じる)本書では肯定的に書かれているのが嬉しい。
「家族がいないほうが、平穏に死ねる可能性もある。無理解な家族に、平穏な死を阻まれる心配がないのだから」
「もちろん、孤独死の悪い面もあって、どれほどしんどくても身のまわりのことをすべて自分でしなければならず、痛みや苦しみや不安や孤独にも1人で耐えなければならない。しかし、それは自分で選んだ道であって、それまで自由気ままに暮らしたことを忘れてはならない。 私は在宅医療で、身寄りのない高齢者を何人も診療したが、それぞれに工夫し、自らの生き方を確立していた。孤独な生活者が苦労しているだろうと思うのは、家族持ちの的はずれな空想ではないか」 -
Posted by ブクログ
医療現場を知る者が読んでも大満足する作り込みです!
さすが本物の医者が書いた小説です
私、著者の作品めっちゃ好きなんです
学生の時に本屋で平積みされていた廃用身をなんとなく手にとって読んでからずっと大好きです
いろんな作品を読みましたが全て本当に面白いです
それでもここ数年は他の作家の本をいろいろ読んでいたので、著者の作品はとても久しぶりに読みました
改めて面白いなぁ、と…!
まるでノンフィクションのような作品でした
あとがきまでぜひ読んでください
そこまでが作品です!
綺麗事では終わらないリアルな終末期·在宅医療を目の当たりにできます
他人事では終わりません
いつあなたがこうなるか神のみぞ知るってやつです -
Posted by ブクログ
医者である久坂部 羊だから書ける小説でした。
心臓移植などの臓器移植をコーディネートする女性の心の葛藤を中心に展開。
思いもしない突然の脳死状態に翻弄する家族。
その一方、心臓移植を心待ちにする患者。
また、日本の心臓移植の現状、生い立ちなども盛り込まれている。
そして、心臓移植の最前線で頑張る医師。
心臓移植にまつわる全ての関係者の心の揺れがうまく纏められていました。
医者にしてもコーディネーターにしてもよかれとおもってしたことが、思わぬ展開になってしまう。
おこってしまったことの回復に取り組む関係者。
最後、思わぬ展開で、将来に向かって展望がもてる方向で小説は終わりましたが、色々考えさせられる物語でした。 -
Posted by ブクログ
医師作家9人によるアンソロジー作品。
どの作品も50頁程なので、スピード感がある。
研修医 精神科医 救急医療 現場医療 研究者 認知症等 医療1つとってもジャンルが違い、心理描写の加減に手に汗握ってハラハラしたり、淡々と読み進めたり、一冊で何度も美味しい読み応えのある本でした。
医師(著者)が実際に経験しているであろうリアリティがそこにある。
認知症対応を生業としている身としては、何度も見た光景で「あーー大変さの中に、いくつも希望が見いだせるんだよ」「怒ったらダメダメ」と逆の意味でハラハラさせられた。
現代はサービスが揃っているので、抱え込まず使える手段を利用していくのがお互いの心の安定を図るが、未だに長男が!とか、嫁が!とか他人事の様に話す親戚がいるのも事実。
「介護者は生き方を選べないのか?」に胸つまされる。
-
Posted by ブクログ
普段考えることを避けてきた死について、改めて考えることができた。他の国や昔の死についての捉え方は、医療が発達した現代の日本とは違っていた。読み進めること医師などの死に慣れている人の考えは、死を避けている一般の人と異なっていることがわかった。人の死は避けることができず、その時になったら医療は無力である。死に慣れていないと、何とか医療でなると思って延命治療をお願いして下手な死に方をさせてしまうそうだ。
読み終えて、少しは死の恐怖が和らいだ感じがした。
死ぬ間際になってもがくのは良くないし後悔が残る。普段から
メメント モリ 死を忘れるな
とカーぺ ディエム 今を生きる
ということを大切にしたい。 -
Posted by ブクログ
末期がん患者と医師、2人それぞれの目線で話が進んでいく中で、両者の葛藤や苦しみ、考え方の違いがありのままに伝わってくる。患者目線では医師からの余命宣告が突き放したように聞こえ、医師の目線では無理な治療はせず残りの大切な時間を有意義に過ごしてほしい思いでの余命宣告、という立場によって全く考え方が違うところが対象的だと思った。患者は苦しみながらも新たな治療法を求め悪戦苦闘し、医師も患者からの「私に死ねというのか」という言葉がいつまでも頭の中に残り心が晴れないまま生きる日々。医療の最善とは何か、患者に寄り添うとは何かを現実的に突き付けてくる内容が心に残る。
-
Posted by ブクログ
久坂部 羊さんの小説、新書を最近読んでいるが、この本は2006年に出版された本です。
書かれたこの時は、51歳でした。
高齢者医療にずっと携われてきて、人間の死、特に高齢者の死に多く関われてきての執筆活動です。
1955年生まれなので、私より6歳下で、70歳だと思います。
興味があったのは、51歳の時の執筆内容と現在の執筆内容との違いについてですが、主張されている本筋はまったく変わっていませんでした。
今回この本を読んでよかったのは、9月20日に76歳になる自分自身のしっかりとした「死生観」「諦観」を確立しなければならないと思ったことです。
内容ですが、
第1章 長生きは苦しいらしい
第2章 現代の「不老不死」考
第3章 長寿の危険に備えていますか
第4章 老後の安住の地はあるのか
第5章 敬老精神の復活はかのうか
第6章 健康な老人にも必要な安楽死
第7章 死をサポートする医療
第8章 死に時のすすめ
がんを受け入れて死んだ医師
死の達人・富士正晴氏の場合
死を拒否する人の苦しみ
現代のメメント・モリ
病院へ行かないという選択
寿命を大切にするということ
死に時のすすめ
おわりに
でした。
介護保険制度が出来、日本の医療費は鰻登り。
資本主義制度が基本の世の中、節度ある経済活動が必要です。
国として、堂々としっかりとした「死生観」「諦観」を養う教育が求められるでしょう。
しっかりとした「死生観」「諦観」を身につけていない人間の欲望に起因する諸行動から派生する医療経済活動、薬屋もマスゴミも健康産業屋さんもエエ加減にしなくてはなりません。
高給厚生労働官僚が天下っている業界に向かって規制することは不可能でしょう。
騙す方も悪いですが、騙されないようしっかり勉強する必要があるということです。
原因があって結果です。
まぁとにかく、自分自身は残りの人生、しっかりとした「死生観」「諦観」を養い、般若心経の極意に従って、その時を迎える準備に勤しむことにいたします(感謝)。 -
Posted by ブクログ
はじめにの最後の文章から紹介
家族や自分の死が間近に迫ったとき、最良の方法を選び、亡くなったあとに悔いを残さないようにするには、やはり死の実際を知ることが大切でしょう。
だから私はこの本を、「死に関する新しい教科書」のつもりで書きました。
大丈夫。恐くありません。不吉でもありません。慣れます。ときに笑えます。死には滑稽な側面のありますから。
一回きりの死を失敗しないために、多くの人が死の恐怖から解放され、上手な最後を迎えられることを、心より願っています。
とあります。
医者であった父の泰然とした死、そして、医者としての長年の経験、特に高齢者医療に携わって凝られた貴重な経験から感じ取られてことが丁寧に書かれていました。
内容ですが
はじめに
第1章 死の実際を見る、心によとりを持って
第2章 さまざまな死のパターン
第3章 海外の“死”見聞録
第4章 死の恐怖とは何か
第5章 死に目に会うことの意味
第6章 不愉快な事実は伝えないメディア
第7章 がんに関する世間の誤解
第8章 安楽死と尊厳死の是々非々
第9章 “上手な最後”を迎えるには
おわりに
参考にしたいこと
138頁
私は自分の死に、できるだけ希望を持たないようにしています。
私の好きな『老子』の言葉に、「道常無為而無不為(道は常に無為にしてしかも為さざるなし)」というのがあります。
何もしていないのに、すべてをなしているとはどういう意味か。
逆を考えるとわかりやすいでしょう。すなわち、何かをしようとするから、できないことが発生するということ。
死に関しても、あれイヤ、これイヤの気持ちを捨てて、死に向かったらそのまま受け入れるが一番だと思っています。
それだと苦しい死に方をするかもしれませんが、それも自分の死だと心得ておけば、少なくとも死ぬ直前に、なんで自分がこんな苦しい死に方をと、嘆きながら死ぬことだけは避けられるでしょう。
204頁
「新・老人力」のすすめ
発想の転換
年がいって動きがのろくなってきたら、“ゆっくり力”
効率的に動いたりできないのは“のんびり力”
他に“あきらめ力”、“受け入れ力”、“満足力”、“感謝力”
たしかに、満足と不満には絶対的な尺度などなく、自分の期待と現実との比較で決まるものでしょう。
であれば、期待値を下げれば下げるほど、満足感は高まるわけです。
つまり、“満足力”とは“期待値を下げる力”ということです。
などなど人生の終局「死」を迎えるについての準備も書かれています。
また、この新書を読んだら解りますが、久坂部 羊さんの小説のタネ証も書かれています。
次に読み始めているのは、「寿命が尽きる2年前」です。
また、派生的に読まなければならない本も出てきてしまいました(笑)。