久坂部羊のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
医療現場を知る者が読んでも大満足する作り込みです!
さすが本物の医者が書いた小説です
私、著者の作品めっちゃ好きなんです
学生の時に本屋で平積みされていた廃用身をなんとなく手にとって読んでからずっと大好きです
いろんな作品を読みましたが全て本当に面白いです
それでもここ数年は他の作家の本をいろいろ読んでいたので、著者の作品はとても久しぶりに読みました
改めて面白いなぁ、と…!
まるでノンフィクションのような作品でした
あとがきまでぜひ読んでください
そこまでが作品です!
綺麗事では終わらないリアルな終末期·在宅医療を目の当たりにできます
他人事では終わりません
いつあなたがこうなるか神のみぞ -
Posted by ブクログ
医者である久坂部 羊だから書ける小説でした。
心臓移植などの臓器移植をコーディネートする女性の心の葛藤を中心に展開。
思いもしない突然の脳死状態に翻弄する家族。
その一方、心臓移植を心待ちにする患者。
また、日本の心臓移植の現状、生い立ちなども盛り込まれている。
そして、心臓移植の最前線で頑張る医師。
心臓移植にまつわる全ての関係者の心の揺れがうまく纏められていました。
医者にしてもコーディネーターにしてもよかれとおもってしたことが、思わぬ展開になってしまう。
おこってしまったことの回復に取り組む関係者。
最後、思わぬ展開で、将来に向かって展望がもてる方向で小説は終わりましたが、色々考えさせら -
Posted by ブクログ
インパクトの強いタイトルである。
脳死は、「本当の死」なのか。
臓器移植をめぐる、患者家族と医師、臓器移植コーディネーターたちのドラマ。
マイナンバーカードの裏などに、何気なく臓器提供意思に丸をつけてしまっている。
自分が死んだら、必要としている人に差し上げてもいい、と思っていたが、「何気なく」表示していいものではなかったし、「自分が死んだら」が実際どういう状態なのか全く分かっていなかったと呆れるばかりである。
正常性バイアスのなせる技か、自分には起こらないとどこか思っていたのだろう。
私は、脳死とはどのような状態なのか、脳死と寝たきりの違いさえ分かっていなかったのである。お恥ずかしい限り -
Posted by ブクログ
ネタバレ2025/08/22予約4
臓器提供を行う側の家族と受け取る側の異なる思い。
突然脳死と言われ心臓を奪われたと思う側、適合するドナーを待ち続ける側。レシピエント側のコーディネーター、ドナー側のコーディネーター。どれにも一理あるように感じてしまう。ダブルスタンダードにはなりたくない、だけど子どもの脳死判定での臓器提供はできない。読んでいると広志の母登志子の非科学的さにイライラするが自分も子どもに対しては全く同じだと気づいた。
不勉強かもしれないがドナーの情報をレシピエントに与えない事と同じようにレシピエントも自分が移植された事を守秘義務にする事はできないのか、と思った。
内容がいいのに表紙がミス -
Posted by ブクログ
医師作家9人によるアンソロジー作品。
どの作品も50頁程なので、スピード感がある。
研修医 精神科医 救急医療 現場医療 研究者 認知症等 医療1つとってもジャンルが違い、心理描写の加減に手に汗握ってハラハラしたり、淡々と読み進めたり、一冊で何度も美味しい読み応えのある本でした。
医師(著者)が実際に経験しているであろうリアリティがそこにある。
認知症対応を生業としている身としては、何度も見た光景で「あーー大変さの中に、いくつも希望が見いだせるんだよ」「怒ったらダメダメ」と逆の意味でハラハラさせられた。
現代はサービスが揃っているので、抱え込まず使える手段を利用していくのがお互いの -
Posted by ブクログ
普段考えることを避けてきた死について、改めて考えることができた。他の国や昔の死についての捉え方は、医療が発達した現代の日本とは違っていた。読み進めること医師などの死に慣れている人の考えは、死を避けている一般の人と異なっていることがわかった。人の死は避けることができず、その時になったら医療は無力である。死に慣れていないと、何とか医療でなると思って延命治療をお願いして下手な死に方をさせてしまうそうだ。
読み終えて、少しは死の恐怖が和らいだ感じがした。
死ぬ間際になってもがくのは良くないし後悔が残る。普段から
メメント モリ 死を忘れるな
とカーぺ ディエム 今を生きる
ということを大切にしたい。 -
Posted by ブクログ
末期がん患者と医師、2人それぞれの目線で話が進んでいく中で、両者の葛藤や苦しみ、考え方の違いがありのままに伝わってくる。患者目線では医師からの余命宣告が突き放したように聞こえ、医師の目線では無理な治療はせず残りの大切な時間を有意義に過ごしてほしい思いでの余命宣告、という立場によって全く考え方が違うところが対象的だと思った。患者は苦しみながらも新たな治療法を求め悪戦苦闘し、医師も患者からの「私に死ねというのか」という言葉がいつまでも頭の中に残り心が晴れないまま生きる日々。医療の最善とは何か、患者に寄り添うとは何かを現実的に突き付けてくる内容が心に残る。
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Posted by ブクログ
久坂部 羊さんの小説、新書を最近読んでいるが、この本は2006年に出版された本です。
書かれたこの時は、51歳でした。
高齢者医療にずっと携われてきて、人間の死、特に高齢者の死に多く関われてきての執筆活動です。
1955年生まれなので、私より6歳下で、70歳だと思います。
興味があったのは、51歳の時の執筆内容と現在の執筆内容との違いについてですが、主張されている本筋はまったく変わっていませんでした。
今回この本を読んでよかったのは、9月20日に76歳になる自分自身のしっかりとした「死生観」「諦観」を確立しなければならないと思ったことです。
内容ですが、
第1章 長生きは苦しいらしい
第2章 -
Posted by ブクログ
はじめにの最後の文章から紹介
家族や自分の死が間近に迫ったとき、最良の方法を選び、亡くなったあとに悔いを残さないようにするには、やはり死の実際を知ることが大切でしょう。
だから私はこの本を、「死に関する新しい教科書」のつもりで書きました。
大丈夫。恐くありません。不吉でもありません。慣れます。ときに笑えます。死には滑稽な側面のありますから。
一回きりの死を失敗しないために、多くの人が死の恐怖から解放され、上手な最後を迎えられることを、心より願っています。
とあります。
医者であった父の泰然とした死、そして、医者としての長年の経験、特に高齢者医療に携わって凝られた貴重な経験から感じ取られてこと -
Posted by ブクログ
長年高齢者医療に携わってきた医師が、さまざまな老いのパターンを見てきた中で、上手に老いる方法や失敗しないコツを伝えている。美貌も健康もいつかは失われ、その時になってからの未練は無駄で抵抗すれば余計に苦しむのでそれを理解して受け入れること、そしてその時がいつ来てもいいように悔いを残さないように生きることが大切だと説いている。また、現代は医療が発達しているので、悲惨な延命治療、苦しい長寿、過酷な介護の問題が深刻になっており、家族も同様の考え方が必要だと力説している。一方で、医師が死の直前の医療行為が本当に必要だと思っていないとか、クリニックの収益の観点から過剰な検査や処方があることも告白しており、