久坂部羊のレビュー一覧
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あの『無痛』の続編。事実と創作とが見事に融合した医療ミステリー小説。
前作よりもスケール感があり、ストーリーも非常に面白い。勿論、続編ということで、前作同様、天才医師の為頼英介と先天性無痛症のイバラの二人が物語の中心人物となる。
エボラ出血熱、エイズ、変種型クロイツフェルト・ヤコブ病、SARSに次ぐ、日本を恐怖に落とし入れる『第五番』の奇病の発生…新型カポジ肉腫。そして、ベートーヴェンの『第五番』…この意味は…
物語の見所は、ウイーンの日本人会医療所で医師を務める為頼英介、刑務所から出所した先天性無痛症の青年イバラ、新型カポジ肉腫の治療にあたる菅井憲弘の三人を中心に展開し、次第に意外な形 -
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なかなかよかった。訪問看護で歩けるようになると介護側の負担が増えて喜ばれないなど、症状がよくなればいいっていう単純な問題ではないこと。患者様の希望の通りといっても、当の本人が気持ちが定まらないという実態。薬の認可にまつわる人々の求める理想(治るんだ)と現実(製薬会社は治るとは一言も謳っていない、効果がある)という認識ギャップ。経営して雇っている人たちをたべさせていくために不要な診療をせざるをえない矛盾。
人々が求める医療の期待と実際の医療側の困難、同時に逆パターンで、医療側が技術としてより延命や改善をさせても家族介護側が余計に負担となる現実、をこの本は書き出していると思う。 -
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■医療幻想
A.一般の人は、抗がん剤の治療でがんが治ると思っている。
だが、抗がん剤はがんを治す薬ではなく、数カ月程度の延命効果を期待するだけのものである。
B.点滴は脱水症には有効だが、それ以外では意味がない。血液を薄める作用があるため、むしろ有害なことが多い。
C.コラーゲンなどのサプリメントは効果がない。それでも売れているのは、幻想にだまされる人が多いからである。
D.高血圧の診断基準は厳しくなった。かつては収縮期血圧160mmHg 以上が高血圧だったが、今は140 以上で高血圧とされる。その裏には、製薬会社の存在がある。報道によれば、基準を決める学会の委員全員が製薬会社から寄付 -
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私はまだ世間的には、死を意識するような年ではないけれど、思い通りの死に方、について様々な思うところがあるので、読んでみた。
しかしこれが痛快!このふたりの高齢者医療に携わる医者のふたりは、私が常々疑問に思ってたけど、不謹慎かも知れないと感じていたことを、次から次へとバサバサ斬り込んで、膝を打つような話を気持ちよくしてくれた。
例えば、70を(60でも?)過ぎて癌の手術をするなんてのは、本人にも社会にも大いなる無駄ではないか?と、感じていた。医療費の削減の為に必要なことは、ちゃんとヒトをヒトとして死なせる、ということではないかと。
このふたりは、医療費についてはなにも言わないけれど、なにより本人 -
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ネタバレ安楽死の是非をめぐる問題が主題。作者が医者であることもあって、専門用語がたくさん使われており、現場の臨場感を感じることができてとっても面白い作品だった。
医者にとっての安楽死や安楽死を望む患者側の視点や家族の視点に加えて、官僚や政治家・製薬会社まで巻き込んだ論争を描いているのが良かった。ただ、安楽死推進派がカルト的な要素を含んでいるところとかに少し偏見をかんじた。推進派・否定派の論拠もありきたりなものに加えて、あまり言われていないような論拠もあり勉強にもなった。
ストーリー的には、自ら望んでないにもかかわらず矢面に立たされた医師が主人公というものであり、とっても楽しめた。真面目なのだが、 -
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ネタバレ安楽死の是非をめぐる問題が主題。作者が医者であることもあって、専門用語がたくさん使われており、現場の臨場感を感じることができてとっても面白い作品だった。
医者にとっての安楽死や安楽死を望む患者側の視点や家族の視点に加えて、官僚や政治家・製薬会社まで巻き込んだ論争を描いているのが良かった。ただ、安楽死推進派がカルト的な要素を含んでいるところとかに少し偏見をかんじた。推進派・否定派の論拠もありきたりなものに加えて、あまり言われていないような論拠もあり勉強にもなった。
ストーリー的には、自ら望んでないにもかかわらず矢面に立たされた医師が主人公というものであり、とっても楽しめた。真面目なのだが、 -
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ネタバレやはり、衰弱して老死。が、一番幸福なようだと改めて思った。
私の家族で、病院で死んだ人がいないため、実は病院で死ぬとはどんなことなのかを知らなかった。無理やり生かされる、というのがどんなにつらいものなのか。よくわかった。
私の曽祖父・祖父ともに、自宅で看取った。二人とも幸せな最期を過ごせてよかったのだな、と今になって思える。
ただ、自宅で看取ってもらいたい人は、「家族」を大切にしなければならない。愛してもいないものを、たかが「家族」という繋がりだけで面倒を見ることができるわけがない。
病院で死にたくないと思う人が増え、家族を大切にする人が増えてくれればいいと思う。