瀬戸内寂聴のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
紫式部の「源氏物語」というと、私の中では勝手に、平安時代という、歌を嗜むような、どこか優雅で気品のある、なんだろう、大人の余裕というかね、そんな貴族達の上品なやり取りの中に、パッと花開くように御座す、光源氏の存在をイメージしていて、「すべての恋する人に贈る最高のラブストーリー」、いいじゃないですか。
と思ったら・・・何これ(笑)
源氏物語は、全五十四帖あり、巻一は「桐壺」から「若紫」の五帖で構成されてまして、もしかしたら、私のように勝手に高尚なイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんので(後々、高尚になるのかもしれないが)、せっかくのこの機会、色々と書いていきたいと思います。なんということはありません。瀬戸内寂聴さんの、そのあまりに素晴らしい訳のおかげで、まるで最近、発売された現代小説を読んでいるかのような新感覚は、最初こそ見慣れない単語に躓きますが、それも巻末の語句解釈で理解出来ますし、読めばきっと面白いと感じ、続きが気になること間違いなしの、平安時代の小説です。
「桐壺(きりつぼ)」
「帝」から、右大臣の娘「弘徽殿の女御」を始め、名だたる妃たちを差し置いて、悪目立ちするくらいの好意を受ける「桐壺の更衣」は、その嫉妬からか、今でいうイジメのような精神的苦痛を受けながらも(天皇の夫人の地位は、皇后、中宮、女御、更衣の順番)、二人の間に誕生したのが、後の文武両道で艶やかな美しさと気品をたたえながら、稀有な相を備えた「光源氏」であるが、周囲からの精神的苦痛が影響したのか、その後、桐壺の更衣は亡くなってしまい、その葬儀の場面に於ける、母君の「娘と同じ煙になって空へ上りかき消えてしまいたい」と泣きこがれる姿には、思わず同情してしまうようなやるせなさがあり、帝も悲しみに暮れるのは分かるとして、もう少し上手いこと出来なかったのかなとも思い、帝がこそこそするのもあれだとは思うが、結果、更衣が亡くなったのはそういうことでしょ、って考えると、その後のメソメソしている様子からも、まさにそれは、男が意中の異性に出会った時、その周りの景色が全く目に入らないくらい、異性だけの世界に没頭してしまう、それに良い悪いの判断は簡単に付けられないのかもしれないけれど、そんな幾つになっても持ち続ける、男のセンチメンタルさの哀愁を描いているようでもあって、それは帝の心境の一つであった、闇の中での逢瀬が、はっきり見た夢のそれより劣っていたという古歌とは反対に、この手に実際に触れたあの生きていた人には到底及ばなかったという思いにも、よく表れている気がして、そんな憎めきれない微妙な在り方に、帝も人間なんだといった、新鮮な体験をさせていただいたようで、紫式部のこの視点、凄いかもしれない。
ちなみにその後、光源氏は、右大臣への権力の偏りを防ぎたい、帝と左大臣の思惑により、その娘、「葵の上」と望まざる結婚をさせられてしまい(所謂、計略結婚?)、当時の貴族の結婚は、婿よりも花嫁の方が年上でリード役との事であるが、案の定、自尊心の高いツンとした冷たさに、それも叶わなかった光源氏は、当時12才だったそうで、可愛そうにと、ここではまだ同情していたが、このような興味深い政治的展開は以後、ほぼ出て来なくなり、この時点では、まあ特に珍しくない普通の話じゃないかと思っていたが、ここからです、衝撃的な展開は。
いよいよ、お待ちかねの光源氏劇場の始まりでございます。
「帚木(ははきぎ)」
ちなみに源氏物語は、後宮に仕えている女房が語る話という設定で書かれてまして(所謂、家政婦は見た的な?)、ここからは、そんな女房ならではの率直で辛辣な心境を上品に語っている点に、また生々しい面白さがあり、早速、帚木の始まりの文章から、これまでと違った雰囲気というか、嫌な予感が。
『光源氏、光源氏などともてはやされ、その名だけはいかにも仰々しく華やかですけれど、実はあれこれ、世間からそしりをお受けになるようなしくじりも、少なくはなかったようでした』
うん、しくじり?
『ただまれには、強いて苦労の種になるような恋を、ひたむきに思いつめられるという、生憎な癖がおありでした。その結果、不謹慎なお振る舞いも時たま、ないとは言えませんでした』
生憎な癖に、不謹慎なお振る舞いって(笑)
なんか「お」が付いていると、とても雅なことをやっているように感じられるけど、これって大丈夫?
物語は、源氏の君(光源氏)と、その友人「頭の中将」に、「左馬の頭」と「籐式部の丞」が加わって、恋バナを繰り広げる場面から始まるが、このシーンがとにかく長く(30ページ以上)、こういうのって、それぞれの中の理想の女性像の違いは明確なのに、単にそれを人に話したいだけなんだろうなと思いつつも、特に左馬の頭はよく喋るなと思い、「身を入れすぎるのも、家事にかまけきっているのも困りもの」に、贅沢な奴だなと感じたり、「話のわかってくれる妻とこそ、話し合って慰みたい」に至っては、そもそも話し合わないと話を分かってくれないだろとツッコミ所満載で、くどいけれど、なんか面白い。
その後、左馬の頭の昔の失敗談となるが、そこで印象的だったのが、その浮気癖にひどく嫉妬をやいた女が、彼との口論中、その指にがぶりと噛みついた事であり、この生々しさはおそらく理性的なものではなく、私には、本能的な部分から引き出された、その燃え盛る愛ゆえの情念的純粋さに思われ、その形は歪なのかもしれないが、それだけの行動に駆り立てるくらいの本気さに、とても惹かれるものを感じさせられて、思わず、居住まいを正してしまう。
ちなみに、このエピソード、喧嘩の後、男がわざと意地を張って距離を置いていた間に、女は悩み悲しんだあげく亡くなってしまったそうで(えっ!?)、その後はあっさりともう一人の女の所へ行ったが、別の男といちゃつきあうのを見て、腹を立てて、結局別れたという・・あーあ。
しかも、それを聞いた源氏の君は、
「どちらにしても、みっともなく、外聞の悪い身の上話だね」と笑っていて、後々のエピソードを知った後であれば、おそらくお前が言うなよと感じているところであり・・・実はこうした後々の展開に向けた伏線にも、紫式部の凄さがあるそうで、読み返すと、改めてその構成の妙も感じさせられると思います。
また、もう一つ印象的なエピソードとして、式部の丞が久しぶりに女を訪ねたとき、その女は風邪のため、にんにくを服用していて、「この悪臭が消えた頃、お越し下さいませ」と大声をはりあげる中、気を遣った式部の丞は、逃げ腰になりながらも歌を送って走り出したら、その背後から間髪いれず返歌を寄こしたことに、男たちは嘘だろうと笑っていたが、こういうのを男は素直に誉めませんよね。とても健気だと思うし、そもそも、そんな状況だったら声を出すのも嫌なはずなのに、ちゃんと返歌もその場で瞬時に考えて寄こしてくれる、その博識ぶりも素直に認めたくない、単なる負け惜しみですよ。
そして、長い恋バナもやっと終わり、久しぶりに左大臣邸を訪ねた源氏の君だったが、方違えの為に、偶然泊まることになった、紀伊の守の家で、彼の父の後妻「空蟬(うつせみ)」に目を付けてしまい、それはおそらく、彼の父と比較して、かなり年下で若いことと、中流の上の女に掘り出し物があると言っていた、左馬の頭の言葉を思い出したのではないかと思われるが、その夜、なんと源氏の君はいきなり、空蟬の寝間に侵入して、呆れはてた彼女に対して、「長年ずっとお慕いつづけてきたわたしの気持もお話しして知ってほしくて」と、しれっと嘘を付く、この根性凄いなと思っていたら、今度は
『わたしはあなたのいう女の身分がどうのこうのということさえ、まだよく知らないほど初心で、こんなことははじめての経験なのですよ。それをまるでありふれた浮気者扱いなさるのは、あんまりだと思います』
に、浮気にありふれたも何も無いのではとは思ったが、これは源氏の君にとって、倫理的問題はともかく、もし初めての恋であるのならば、その無自覚な自分本位の行動が、女性には却って辛いものになることも知らないのだろうし、その無邪気さにイケメンが合わさると、また妖しい魅力となるのかもしれないとは思いつつも、この人馬鹿だなという気持ちは止められず、その後の手紙のやり取りも無理だろうと悟った瞬間、おいおいと泣き伏すのには、ピュアさを通り越して怖いものがあったし、更には、空蟬の弟「小君」を呼び寄せて、彼に姉との手紙のやり取りをさせるといった、小賢しい一面も持っていて、なんだか私の中で勝手に抱いていた、光源氏とはまた違った魅力があるようで、要するに善悪で判断するというよりは、好き嫌いで判断していくような感じというか、これは小説だからこそ楽しめる、ひとつの人間の生き様なのかもしれない。
それにしても、空蟬の気持ちを考えると、何ともやり切れないものがありそうで、彼女の中では既にその地位が決定してしまっているからこそ悟ってしまった、彼の決して本気ではない、一夜限りの遊びに、彼女自身の女としてのプライドを傷つけられてしまい、せめて本気の恋ならばと胸を締め付けられるような言葉に出来ない思いは、はたして、どう静めればいいのかと考えると、何とも罪な男だと感じたが、彼女の物語はまだ続きがあるのです。
「空蟬」
前回、空蟬から、思いっきり嫌われに嫌われた源氏の君だったが、それでも諦めきれず、紀伊の守が留守にしているときを見計らった小君の計らいで、再度訪れるが、ここで彼の生憎な癖が発動してしまい、紀伊の守の妹を覗き見してしまう。
『こんなに油断した無防備な女の様子を覗き見したりなさることは、これまで経験なさらなかったことなので、女たちが何の警戒心もなく、すっかり自分に見られているのは気の毒とは思うものの、もっと長く見ていたいとお思いになります』
ああ、こんな背徳的な事ばかり覚えていって、彼の行く末は大丈夫なのだろうか。
とは書きつつも、彼だけがしているわけでもないのだろうと思うと、割と大らかな時代なのかな。
今の倫理観に照らし合わせるから、そう思うのかもしれないしって、今ならば確実に通報されるけどね。
そしてその夜、小君の斡旋で(この子、健気だな)、再び空蟬の寝間に侵入するが、なんと、そこで寝ていたのは、気配を察して逃げ出した空蟬ではなく、紀伊の守の妹こと、空蟬の継娘の「西の対の娘」であった。
が、何ともばつの悪い感じになっても、挫けないのが(あるいは馬鹿なのか)源氏の君であり、『感心できないいつもの浮気なお心のせい』で、なんと、そのままなさってしまう・・しかし、面白かったのは、その継娘の自然体で個性的な所作であった。
『処女であったわりには、初々しさに欠け、物馴れた様子で、うろたえるという風情もありません』
あははは。その固定観念に若さが見えて、やってることは非道いけど、もはや滑稽だよね。
だから、もっと女性のことを深く知ろうよ。
しかも、この後、変に継母の事まで気遣った挙げ句に吐いた台詞が、
「実はあなたが目当てだったのですよ」(こらっ!)
で、その立ち去り間際には、継母の薄衣を持ち出してしまうといった・・・もう頭痛くなってきた(笑)
結局、あなたは何がしたいの?
また、その後はバチが当たったかのように、年寄りの女房にバレそうになったり、小君には、
「お前はやはり子供で役に立たないね」(こらっ!)
と八つ当たりをしたりと、ここまで来ると、彼自身の社会学習とも思えてくるような物語だが、最後には、空蟬のその名前に因んだ、彼女の切ない胸の内を知ることが出来て、見事な帖締めとなっております。
「夕顔(ゆうがお)」
六条あたりに住む恋人のところに、ひそかにお通いになられている(えっ!?)、源氏の君であったが、この帖で一つのポイントとなりそうなのが、尼君(大弐の乳母)との死別であり、「桐壺」での更衣の死もそうだったが、もしかしたら彼の浮気や留まることを知らない数々の恋は、幼い頃、充分に貰うことの出来なかった愛の枯渇さの裏返しなのではないかと思えてきて、実は彼は彼なりに苦しんでいたのかなと。だからといって、不謹慎なお振る舞いをしてもいいとは思いませんがね(笑)
さて、そんな源氏の君ですが、ついに平凡な身分の女性にまで興味を持つことになり(これで、何股かって…数えたくない)、その女性「夕顔」は、言いようもなく素直でおっとりしていて、ひたすら稚じみた初々しさと無邪気さを持っており、まるで、前回の継娘での無念を晴らすが如くといった心境の中で、紀伊の守の父「伊予の介」が上洛されて、継娘は適当な人と結婚させて、妻を連れて伊予に下るつもりであることを知り、内心慌てふためく源氏の君に、「ざまあ」と思いながらも、空蟬の心境はどうなんだろうと気になってしまう。
そんな心境の筈なのに、彼は、久々に六条と一夜を共にし、しかもその翌朝、何故か女房に手を出し、歌を送ったが、冷静に返歌で断られてしまい、何をしてるんだか・・・ここまで来ると一種の病気か。
そんな不安定な状態の中での、源氏の君と夕顔の逢瀬は、彼女がどうしても素姓を明かさない事から、彼もそれに則り、最初は覆面をしながらの逢瀬だったが、私が印象的だったのは、次第に深い仲へとなっていき、初めて彼が覆面を外した時の歌に対する、彼女の返歌であり、そこには、
『今近くで見ると
それほどでもないあれは
たそがれ時の見まちがい』
とかすかな声で言う、洒落っ気の効いた面白さがあるところに、却って僅かに心を許した彼女の思いの奥ゆかしさを覗えたような気がして、その後も名前だけは絶対に明かさなかった、彼女の真意と照らし合わせると、あまり手がかりを得ることの叶わなかった、彼女の生きていたという、その時間の存在を知ることが出来た嬉しさと共に、上記した幼い頃に貰えなかった愛情と、その名前を明かさないこと以外は、素直に応じていた彼女の姿とを、つい重ね合わせてしまう。
そして、彼女との恋を経験した源氏の君にとって、これまでと異なる点は、たとえ、それが短い期間だったのだとしても、そこに於ける、その無様な姿も一切省みずに(馬にも乗れない落胆ぶり)、一人の女性を思い続けた真摯さのようなものが、初めて見えたのではないかということであり、これまでのどこか一方的なそれとは違った、そこで得た彼女からの愛は、彼をやっと前に向かわせ大人への階段を昇り始めさせてくれるような、そんな期待感をついつい抱かせてしまうものがあった気がする。本当にほんの少しだけど。
その影響か、その後の、源氏の君と空蟬との手紙のやり取りには、どこかしみじみとした哀愁を感じさせられて、結局、空蟬の心に宿したものの緩やかな変化には、源氏の君の魅力が、少なからずともあったことは確かなのかなと思わせるものがあり、この辺りの微妙な女心の心理描写に、女性の懐の深さと奥ゆかしさを垣間見るようでとても切ないながら、最後のどこかこざっぱりとした、醒めた締め方には、思わぬ本音が出てしまった的な生々しさを、ユーモラスに伝えており、こういう書き方、狙ってやってるんだろうなと思うと、やはり紫式部は凄い。
「若紫(わかむらさき)」
病気を治すために、聖の岩屋へと出かける、源氏の君一行は、そこでもやはり、意外な掘り出しものの美女を見つけだすが、彼女は「幼い姫」で10歳くらいとのことで・・待った待った、これだけは駄目だ。冷静に考えろって。
しかし、彼女は、更衣の生き写しと言われるくらい、帝にとっても源氏の君にとっても魅力的な、「藤壺の宮」の姪にあたり(実は藤壺の宮とも色々あるが、ここでは割愛)、その美貌は、宮に帰ってきてからも源氏の君を未練たらたらにさせる程の効果があり、幼い姫の祖母「尼君」のお見舞いに於いても、「前世からの約束事と思われてなりません」や、
「あの可愛らしいお方のお声をせめて一声でも」と、その必死すぎるアピールに徒ならぬものを感じ、更には、彼女の家を尋ねて直談判して、それでも駄目ならばと、ついに・・・ここでは書けません。
取りあえず、一線を越えてはいないのかもしれないが、現世では間違いなく捕まります。
また、ふと油断すると、彼の身に纏う聡明さと無邪気さが、その狂気ぶりを消しているように思われるけれど、よくよく考えてみると、これは怖い。
しかし、彼にとっては、やはり藤壺の宮との事があったから、尚更、このような行動に走らせたのかと思うと、既に戻れないところまで来てしまっている、そんな哀しみもありそうで・・・というか、なんだか今になって、とてもドロドロしたものが渦巻いているような世界に来てしまった感に、今後、彼はどんな人生を歩んでいくことになるのか、ますます気になってしまい、少なくとも、この巻が、彼の若さ故の過ちだったのだと、後から振り返ることが出来るような展開になることを祈りたいと思う。
巻末の瀬戸内寂聴さんの「源氏のしおり」が、また、源氏物語初心者の私には、興味深い事ばかりだったので、かなりの長文になってしまったのですが、もう少し書かせて下さい。
約千年前、平安時代に書かれた「源氏物語」は、子持ちの一寡婦、「紫式部」によるものと言われており、彼女のパーソナリティは、文学少女であり、美貌ではなく小生意気な感じ。
父ほどの年の藤原宣孝と結婚したが、女の子「賢子」の誕生後、病死し、その結婚生活はわずか三年余りで、その後、彼女は誰も寄せつけず、物語を書くことで心の空虚を満たしていたとか。
そして、政治的策略の一環に於いて、藤原道長という何よりも強力なパトロンを持ったことで、心おきなく執筆できた、彼女の最高の読者は、「一条天皇」と道長の娘「中宮彰子」で、そんな至高の国家君主と、政治権力者に支えられているという自信と誇りが彼女の情熱の根源にあったとされています。
また、当時は印刷術はなく、物語は全部手写しであり(すごい)、当時の鑑賞法は声に出して読むのを聞くのが常だったそうで、それが口コミで伝わり、評判を高めていったそうです。
更に興味深いのは、当時から存在していたらしい、週刊誌や月刊誌の連載小説の形をとっていて、読者の反響や希望を参考にしながら、執筆したそうで、例えば、「帚木」を読まれた反響次第で、それならば空蟬のことをもっと書いてみようかとか、次はこんな女性を登場させようか、といった、紫式部の嬉しい悩みや葛藤まで頭に思い描けるような、そんな楽しさを教えてくれた瀬戸内寂聴さんの、この古典に懸けるその情熱の凄さには、ただただ圧倒されて、それは源氏の君に、あれだけの行いをさせておいても、尚、感じさせられる、人間の愛しさや可笑しみに切なさといった、ひとまとめに出来ないような、深い存在であることを、品のある粋で美しい情景を柔らかく浮かばせてくれる文章表現によって教えてくれた事に加え、そこから日本語の素晴らしさを改めて実感させられた事で、日本人としての喜びも伴わせてくれて、改めて、本書に出会えた嬉しさに、感謝の気持ちでいっぱいです。
ここまで読んで下さった方々、
ありがとうございます。
まさか、こんな長文になるとは、
私自身思っておりませんでした。
そして、本書の存在を教えてくれた、
Macomi55さん、ありがとうございます。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ第二帖 帚木のみ読んだ!雨夜の品定め、光源氏や頭中将 たちが女性の品評をする場面とは、凄いオモチロイ!女性は上・中・下では中が良いらしい。理想の女性像:⓵顔が可愛くても、手紙がうまいのは浮気が多い証拠、②世話好きだけではダメ、才色がないとつまらない、③子どものように素直なだけではダメ、気苦労が多くなる、④不愛想はダメ、⑤嫉妬深いのもダメ、男が疲れる、⑥家出をして気を引く女もダメ、男が疲れる。次の場面で光源氏が空蝉に無理やり行為に及ぶ(こりゃまずいでしょ)光源氏は空蝉に引き付けられる。イヤ~すごいお話し。空蝉の魅力を感じました。⑤
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Posted by ブクログ
瀬戸内寂聴の小説ってこんなに面白かったんだ!?
祇園を中心とした京都の文化についても教えてくれて、ちょっとした観光ガイド本にもなっている。
そして舞妓さんや芸妓さんのお着物の描写が豊富で読んでいて飽きない。さらさらといろんなお召し物がでてくる。夏塩沢、ふむふむ、勉強になる…。
昭和四十六年に書かれているけれど、いくつか時代遅れとなった言葉がある他は古さも感じない。敏子の失恋には全く境遇の違う私でさえ胸がじくじくと痛むほど感情移入してしまっていたほど。
寂聴先生が領収書など取らず自腹で祇園へ通っていた話は林真理子のエッセイでも読んでいたけれど、その価値がよく分かる。読めて良かった! -
Posted by ブクログ
匂宮はとうとう宇治の中の君を二条の院まで連れてきた。車から中の君を抱きおろし、それはそれは愛くしんだ。
だけど、前から急かされていた夕霧の六の君との結婚も執り行われ、思っていたより魅力的だった六の君の虜にもなった匂宮は中の君に少し寂しい思いをさせることになってしまった。
「やはり思ったとおりになってしまった。元々私などが来る所ではなかった。宇治に帰りたい。」と悩む中の君の相談に乗りながら、薫は中の君への思いを抑えることが出来ない。最愛の大君を亡くしてしまったからには似ている妹の中の君を妻にしておくべきだった。と中の君を匂宮に譲ってしまったことを後悔していたのだった。
薫も帝に請われて女二の宮と結婚した。それも世間から羨まれる結婚であったが、薫は心ここにあらず。亡き大君のことばかりが心を占め、亡き八の宮と大君と中の君のために宇治の邸を寺院に改築することで日々追われている。
そんな折、中の君から聞いたこと。実は中の君を遥々常陸の国から訪ねてきた異母妹がいる。その人は姉の大君に大変似ているとのこと。聞けば、八の宮氏が女房に産ませた娘らしいが八の宮氏は認定せず、その母娘とは別れ、母親は田舎の常陸の守の妻となり、娘は常陸の守の元で継娘として不遇な扱いを受けてきたとのこと。なんという女たちの悲しい運命。八の宮は人徳のある方だと思っていたけれど、やはり男性のご多分に漏れず、女性を蔑み、外聞の悪い女性関係は隠される方だったのだ。
チラッとみたその大君似の妹に心を寄せる薫は八の宮に仕えていた弁の尼君の取次で(彼女は薫の実父の乳母の娘で薫に出生の秘密を話した人でもある)、その常陸の姫君に会い、そのまま車に載せて、宇治に向かう。車の中で薫はしっかりと姫君を抱きしめ、はなやかにさしこんできた朝日がうすものの細長を透けさせる。
シンデレラストーリー。まるで薫は白馬の王子様じゃん。
思えば薫も数奇な運命に生まれついている。そんな運命に翻弄された二人が前世からの宿縁で?出会うべくして出会った?。さあこれから宇治で二人はどうなっていくことやら。どうせ、匂宮との三角関係になるのでしょうが。
いよいよ次は最終巻です。
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Posted by ブクログ
宇治十帖に入った。面白い。
主人公は薫。薫は源氏と女三の尼宮の息子ということになっているが、実は柏木と女三の尼宮との不義の子。そのことで源氏の怒りを買い、柏木は病気になって亡くなってしまい、女三の宮は出家してしまった。源氏も亡くなった後、薫はどうなったのだろうと思っていたが、源氏が亡くなる前に冷泉帝に託していたので、薫は冷泉帝とコキデンの女御の息子のように大切に育てられた。それにしてもこの義理の親子関係は興味深い。冷泉帝も薫もそれぞれ「自分は不義の子」だということを自分だけの心のうちに隠し持っていて、しかも冷泉帝は薫のことを「本当は弟だ」と思っていたことになる?のよね。薫が暗くて真面目なのは出生だけが原因ではなくて、冷泉帝に育てられたからというのもあるかも。
この巻では薫が主人公になっているが、もう一人の主人公は匂宮。こちらは明石の宮と帝の子供で、源氏の実の孫。源氏の孫の中でもとりわけ紫の上に大切に育てられ、一人実家から離れて二条の院で気楽に暮している。イケメンで色好みという源氏体質を受け継いでいて、親は早くちゃんとした結婚をさせたい(夕霧の所の姫と結婚させたい)と思っているが、仲良しの薫と共に宇治の姫たちに夢中である。
宇治の姫たちというのは“八の宮”の娘たちのこと。“八の宮”というのは源氏の八番目の弟(そんなに沢山弟がおられたとは)で、源氏が須磨で暮していたとき、源氏の敵のコキデンの太后が冷泉帝をこき下ろして代わりに東宮に立てようと木論だ人だが、源氏が京に戻り、源氏天下になった後、すっかり落ちぶれ、経済的にも大変になって宇治でひっそりと暮らしていた宮。姫たちの母も亡くなり、八の宮はこの世のことには見切りをつけて仏道に励んでいた。まだ若いのにこの世の無情を感じ、仏道や出家のことに興味をもっていた薫は八の宮のことを聞きつけ、お近づきななりたくて、宇治に通うようになる。そして八の宮の人柄に惹かれると共に彼の姫たち、とりわけ長女の大宮に惹かれていく。薫は宇治に美しい姫がいることを匂宮に教えてあげて、匂宮と中の宮(次女)のキューピット役になってあげる。宮という立場から自由な遠出の難しい匂宮を怒られること覚悟で宇治まで何回も連れ出してあげる薫はいいヤツだ。
薫は多分、匂宮が中の宮を思うよりもずっとずっと深く大宮を愛しているのだが、めったに恋愛をしない薫にとって大宮は簡単に 犯すことの出来ない大切な人なのであった。
大宮は薫を頑なに拒否する。なぜかというと、父親の八の宮が亡くなる時に、お前たちは父亡きあと落ちぶれても、簡単に結婚に甘んじて恥ずかしい人生を送るなと遺言していたから。今をときめく薫、匂宮に求婚されているのだから喜べば良いものを「こんな私たちに分不相応名ほど高貴な方に求められても飽きられて悲しい思いをするだけ。」と言う思いから特に大宮のほうが気を許さない。大宮の見解は正しいかもしれない。宇治という都から離れた辺鄙な風流な所で奇跡的に美しい姫がいた、そしてちっとも靡いてくれないという状況が男たちの恋心を燃えさせたのであって、近くにいる簡単に靡く姫なら、こうまで夢中にさせなっただろう。
中の宮は匂宮に愛されたが、匂宮は宇治が京から遠すぎるのと、身分が高すぎるためなかなか中の宮の所に通い続けられなかった。そのことに中の宮本人も落ちこんだが、中の宮の幸せを願っていた姉の大宮は「やっぱり噂通り浮気なお方だった」とさらに落ちこむ。そして、大宮は病気になって、薫が見守るなか、死んでしまう。薫と大宮は最後までプラトニックだった。だけど大宮は薫の心の中で最高の地位を勝ち取ったことになる。だって一番の想い人は絶対に絶対に手の届かない人だから。今、これを書きながら私のBGMにはブラームスのドイツ・レクイエムが流れていて、何ともいえない甘く悲しい気持ち似なっている。
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巻七は「柏木」「横笛」「鈴虫」「夕霧」「御法」「幻」「雲隠」「匂宮」「紅梅」。
源氏の若き妻、女三の宮と柏木との密通、そして子供が出来たことが源氏にばれ、源氏に対して面目無くて、柏木は病気になり、亡くなってしまいます。女三の宮もつくづく現世が嫌になり、まだ若いのに出家します。
そして生まれた子供は…本当の父親は柏木だということは女三の尼宮と源氏だけが知ることであり、世間の祝辞を受けながら、源氏は苦い気持ちでいます。だけどその子は美しいのです。ひと目見て、柏木と似ているのですが、何故か人を惹きつけてしまう可愛らしさがあり、源氏と血の繋がっている明石の女御の子供たちよりも高貴な美しさがあるのです。源氏は「自分と似ていないこともないな」と思います。では、やっぱり源氏の子供?いえいえ、違います。だって夕霧だってこの若君の顔をみたとたん…「やっぱり!」と柏木の秘密に気づいてしまったのですから。
だけど、血の繋がりではなく、この若君、物語の役割的に源氏の跡取りなのかなと思いました。
また、亡くなった柏木は親友だった夕霧に柏木が生前あまり大事にしなかった妻、女二の宮のことをよろしくと夕霧に遺言します。それを守って、悲しみにくれる女二の宮を柏木はマメに見舞うのですが、見舞ううちに熱を上げます。夕霧の話を聞いて、そのことに勘づいた源氏は「あまり深入りして男女の仲になると後々ややこしいので、けじめを付けて深入りしないほうがいいですよ。」と忠告するのですが、夕霧は心の中で「どの口がおっしゃってるのですかね?」と思っています。怖いぐらいの美貌と理知に冴え渡った源氏でも自分のことを棚に上げて息子に忠告している姿は間が抜けていてほっとします。
初恋の雲居の雁ちゃんと結婚出来た夕霧には今や沢山の子供がいて、家に帰るとガヤガヤと騒がしく、幸せなのだけれど、妻の尻にひかれ、トキメキからは遠ざかったお父さんになっていました。父の源氏とは対照的に真面目で浮気など経験なかった夕霧。雲居の雁と結婚してから始めて他の女の人の所に通うのですが、女二の宮からは断固として拒否されます。そして雲居の雁も勘づき、実家に一時帰るなど、ちょっと波乱がありますが、折り合いをつけて落ち着いたようです。
源氏似でスペックが高く、真面目で家庭的で面倒見が良い夕霧なのに、浮気にかけては父親に似ず不器用な夕霧を可愛いと思うのは私だけでしょうか。
このあと、ついに紫の上が亡くなり、悲しみにくれたまま「雲隠」という内容が一行も無い、題名だけの帖で源氏が亡くなったことが暗示され、そのあとの「匂宮」ではその8年後となっています。
源氏の死後、源氏ほど眩しい人はいないとなっていますが、その中で美しいと評判なのは、柏木と女三の尼宮との不義の子(世間では源氏の子)、“薫”と明石の女御と帝の間の三の宮、“匂宮”です。
薫は生まれつき体臭がとても良い香りで、匂宮はその薫に張り合っていつも良い香りの香を焚きしめていたのです。このスペックの高い二人は人気が高く、既に娘の一人を東宮妃にしている夕霧も残りの娘のうち一人は薫か匂宮のどちらかの嫁にしたいと思っているのです。
高貴でスペックが高くて仲が良くてライバル同士の二人は往年の源氏と頭の中将、夕霧と柏木のようです。匂宮は往年の頭の中将や柏木のように自意識が高く負けず嫌い。薫は友達も多く、女性にもて、親孝行ですが、自分の出生の秘密を薄っすら知っていて影があります。
すっかり世代交代した源氏物語。けれど家系図を見れば見るほど源氏の血を引く人たちのなんと多いことか。そうでない人はかつての頭の中将の血を受けている人が多いです。宮家(源氏側)と藤原家(頭の中将)ということですね。二人とも亡くなった後の世なので、血の繋がった人たちがいて読者としてはちょっと嬉しいのですが、凄い勢力ですね。 -
Posted by ブクログ
巻六は、若菜上、若菜下。
ハァー。暗い。いつものように源氏を茶化したレビューが書けないではないか。
柏木がねえ…。かっこよかったはずなのに、ドジすぎたのよ。
源氏が39歳にもなって朱雀院から押し付けられた(と見せかけてまんざらでもなかった)愛娘、女三の宮に柏木がぞっこんで、女三の宮に近づけないかわりに女三の宮が大事にしていた猫を手に入れて一緒に寝たり、女三の宮と結婚出来ないかわりにその姉の女二の宮と結婚したけれど「イマイチ」と思って大切にしなかったりだったけれど、とうとう、女三の宮の御簾に忍びこみ、怖がる女三の宮に訳の分からないことを口走ってそのまま犯してしまったのよ。源氏だってこういうことは若かりし頃よくしていたけれど、女の人のほうにも才覚があったし、源氏の罪が許せるほど源氏は光輝いていたから、読者には笑い話になったくらいだけれど、柏木と女三の宮の場合はただただ女三の宮はうぶで怖がりなだけで、柏木は他のことは何も見えないストーカーのようになってしまい、一度の過ちで二人共恐ろしくなって病気になってしまうのだ。しかも、その後、柏木は三の宮への気持ちをジクジクと具体的に書いた手紙を送り、それが源氏に見つかってしまったのだ。人に見られたら困るような内容を隠さずに手紙に書いた柏木、それを源氏の前から隠すことも出来なかった三の宮。こんな才覚の無い幼稚な二人に自分がしてやられたということと、妻を寝取られたということに腹が立つ源氏。しかし、そのことを他人に言えない。表向きは上品に何も知らないように見せかけておきながら、柏木を見る目が冷たい。柏木は源氏の目の前に出るのが辛くてますます病気が重くなる。
源氏って人の妻は寝取ってきたのに、取られる側になると、マジこんなに怖い人なんだ。
そして、三の宮が柏木の子を宿したことに気づき、ますます、三の宮のことが嫌になると同時に冷泉帝が自分と藤壺の中宮との過ちの子であることを父桐壺帝は知っておられたのかも…ということに気づき、今さらながら、恐ろしくなる。
うんうん、お父様は知っておられたのかもね。でもそれでも源氏のことを愛しておられたんだよ。だってお父様の桐壺帝は朱雀帝と性格が似ているから。そもそも朱雀帝は源氏に朧月夜を寝取られたという苦い経験があるのに、あろうことか、愛娘の三の宮を源氏の妻にしてほしいと朱雀帝から頼むのだ。いくら、年端がいかなくて頼り無い愛娘の行く末が心配で後見人になってくれる人が必要(自分は出家するから)といっても、自分とさほど歳の変わらない、かつての恋敵に一番可愛い娘をあげるだろうか?お人好しすぎる。だけど、それほど源氏は同性で兄弟の目から見てもスーパースターで、「娘の面倒を見てもらうにはあの方しかいない」という人だったのだ。結婚相手というより、親代わりになってもらったみたいだが。
藤壺と源氏の不義の子、冷泉帝が藤壺の死後はさほど暗い影も落とさず、目立たず、源氏は栄華を極め続けたと思っていたけれど、まさかこんな形で、お人好しの桐壺帝と朱雀院から復讐されるとは…。
今まで罪の深さに対して不気味なくらい栄華を極め、満月のように輝き続けていた源氏。源氏の回りの女性たちは、満ちたりているように見えて、実は大きく何が欠けていることに耐えている。一番大切にされているとはいえ、自分には実子がなく、正妻といえる身分でもなく、常に源氏の浮気に耐えている紫の上。明石の地で思いがけなく源氏に見初められたために、東宮妃となる子を産んだ明石の君は、表だった母親役は紫の上に取られ、自分はいつも影に回っている。それに、自分の幸せは娘の幸せを祈り生き別れた父親の犠牲の上にある。
源氏の回り人たちはどんどん出家していき、自分も出家したいが、ここまで、“光”の部分だけを極めた男をそう簡単に気楽な出家生活に向けさせてくれない。これからはその光全部を覆うような“影”を作らなくては、物語としては面白くない。ってとこかな?
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巻五は「蛍」「常夏」「篝火」「野分」「行幸」「藤袴」「真木柱」「梅枝」「藤裏葉」。
この巻の最後はハッピーエンドで終わった。やっと夕霧と雲居の雁ちゃんが結婚出来たのだ。雲居の雁ちゃんのお父さんの内大臣がそれはそれはプライドが高くて、昔二人がまだ少年少女だった頃、夕霧の位が低いからといって二人の中を引き裂いたくせに、夕霧が立派になってきて、宮家の婿にと声がかかりそうになると、「あの時雲居の雁と結婚させておけば良かった」と思う。夕霧も源氏の周りで心を奪われる姫君を何人も見かけても、一途に雲居の雁ちゃんを一番大事に思っている。だけど昔、内大臣に見くびられ、冷たくあしらわれた恨みは消えず、自分からオメオメと「お願いだから娘さんを僕にください。」などと絶対に言わない。「今に見ていろ。高い位に付いてやるから。」と思っている。夕霧のお父さんの源氏も同じ思い。そしてとうとう、この巻の最後の「藤裏葉」で、内大臣のほうから夕霧に「あなたはこんな年寄にいつまで冷たくされるのですか?」という手紙を送り、仲直りしたい気持ちを示して自邸に夕霧を招いてそのまま雲居の雁ちゃんと結婚させてあげる。良かった。良かった。夕霧は本当にめちゃくちゃいい子だし、二人ともピュアだし、試練を乗り越えて結ばれたことは、ほんとにハッピー。源氏物語を読み始めて一番微笑ましいシーンだ。
その後、源氏は太政大臣から准太上天皇へ昇格。内大臣は太政大臣に。夕霧は中納言に。その年、六条の院の紅葉が綺麗なとき、帝の行幸があり、朱雀院も来られ、盛大な紅葉賀のような催しがあった。太政大臣の息子が舞を舞われるのを見て、昔、源氏と頭の中将(現 太政大臣)が若いときに美しく青海波を舞った時のことを懐かしく思い出された。あの時からきらびやかだった二人で、ライバルだったが、源氏のほうがより優れていた。仲の良かったあの頃からの時の流れをしみじみ感じる感慨深いところで、第一部が終了する。全十巻中の五巻が終わったのでここで折り返し地点である。
“時の流れのしみじみ”といえば、若かりし頃“雨夜の品定め”で頭の中将(現 太政大臣)が「一度契を結んだがその後離れ、その女(夕顔)もその娘の居所も分からなくなってしまった」と嘆いていた“その娘”玉鬘を源氏が見つけて、六条の院に匿い、内大臣(かつての頭の中将、のちの太政大臣)に実はあなたの娘だよと打ち明けて、玉鬘の裳着の義の腰紐を結ぶお役目を引き受けてもらい引き合わせたときは感動的だった。
だけど、こちらの娘の気持ちには内大臣は無頓着だったらしい。しつこく玉鬘に言い寄る“髭黒の右大将”のことを本当に玉鬘は嫌っていたのに、彼は身分が高いからと父親として反対しなかった。だから、玉鬘は髭黒の右大将の強引さだけで、彼と結婚することになってしまった。本当に嫌われていることを考えれば分かるだろうに、自分の家庭を壊してまで玉鬘を我が物にしようとする髭黒には本当に腹がたつ。
紫式部さん、すごいですね。これは平安時代のトレンディドラマです。美しい人、醜い人、賢い人、馬鹿な人、運のいい人、運の悪い人…色んな個性と背景をもった人たちが繰り広げる山あり谷あり雅やかなドラマ。各巻の巻末の
系図がどんどん広がっていって付いて行くのが大変ですがワクワクします。
トレンディドラマといえば、この当時の服…女性の十二単の袖の重ね方とか、TPOに合わせた衣装の色のことだとか、手紙の紙の色とか、文字の美しさとか、お香の丁合とか流行りの“物語”のこととか、色んなファッションや文化について、語り手からの情報や源氏の考えが盛り沢山なのも読者を惹きつける要素だなと思う。今の時代の読者からみて、何が凄いかというと着物の色も紙の色も、化学染料ではなく、自然の物で手で染めていたであろうということだ。“色”をつけるということがどれだけ贅沢であったことか。そしてそれらの色は自然に溶け込むように美しかったのだろうと思う。
最後まで読み終わったら、源氏物語の美術や文化について調べてみたいと思う。
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巻四は「薄雲」「朝顔」「乙女」「玉鬘」「初音」「胡蝶」。この巻は男性の心理について「ふーん」、「えー」と考えさせられることが多かった。
まずは、源氏の長男夕霧への態度(ほんとは次男ですが、冷泉帝の父親であることは秘密なので)。元服のとき、普通は源氏の息子くらい上流の子だと官四位を与えるそうなのだが、源氏は敢えて夕霧に官六位を与え、大学に入れる。将来のために、敢えて苦労させ、学問をさせたのだ。親の七光りの道ではなく、自立出来る道を与えるというのは素晴らしい。自分のようにチャラい男にしたくないというのも分かる。親心が嘘でないのも分かる。けどなー、夕霧は、六位というのが(服の色で分かるらしい)恥ずかしくて恥ずかしくて、禄に人前にも出られないんだよ。それに好きな子がいても相手の親から「官六位じゃあねえ…。四位になったら結婚考えてもいいけれどねえ。」と思われてしまうんだ。かわいそうに。
それに、源氏は夕霧を極力二条の院の自分と紫の上のいる所には寄せ付けないようにしてるんだ。冷たい。あー、だけど自分は子供のころいつも桐壺帝の横にいて藤壺に会っていたため、間違いを犯してしまった。そのことが頭にあるというわけだな。
もっと夕霧の心に寄り添って「頑張れ」とか言ってやればいいのに、自分は女の人のことにばかりかまけてるから、「父上は冷たい」と思われるんだな。
それから男の本心といえば、花散里の君に対する源氏、夕霧親子の本心が面白い。
夕霧の世話役に付けられた花散里に会った夕霧は
「お顔立ちはそんなに綺麗な方ではないな。父上はこんな方でもお見捨てにならなかったのだ。父君はこの方をこんなご器量とご性質(柔和)と知った上で、几帳などを隔てて何やかやと紛らわして、顔を見ないように心がけていらっしゃるのもごもっともなことだ。」と失礼な感想。源氏は源氏で、
「まだそれほど気にするほどではないけれど、かもじなども付けてつくろったらいいだろうに。他の男が見たら興ざめしそうなこの人をこうしてお世話しているのが私としては嬉しいし、満足なのだ。もしこの人が浮気な女たちと同じように、私を裏切り離れていってしまったらどうなっていたことか。」と。
不器量でも優しくて安心感を与えてくれる女性とは古女房のように安らかに何年も連れ添えるものなのですね。
この巻の最初に藤壺が亡くなり、その後でおしゃべりな僧が冷泉帝に出生の秘密を喋ってしまい、冷泉帝は動揺して、源氏に対して恐れ多いから退位しようかと思う。そんな冷泉帝の態度を見て、源氏は「知ってしまったのだな」と悟るが、そんなに源氏は動揺していないようだ。
そんなことには構わず、六条に“明石の君”“梅壺の中宮”“花散里の君”“玉鬘”という四人の女性を住まわせる大ハーレムを建設する。絶好調。出家するんじゃなかったっけ?新年には二条のほうの女性と六条のほうの女性一人ひとりに似合った衣装をプレゼントする。どんな女性にも魅力があることを知っていって、一度関わった女性のことは決して忘れないのが源氏の美点らしい。
それに対して、夕霧と雲井の雁ちゃんとの恋愛はなんとピュアなこと。幼なじみで両思い。だけど、雲井の雁ちゃんのお父さんの内大臣は夕霧が子供のころから雲井の雁と一緒に育った従兄弟であり、しかも官六位というのが許せなくて二人を引き離してしまう。こういう難のある恋愛こそ物語を面白くするよね。アオハルだよ。
それに引き換え、源氏は玉鬘が本当は内大臣と夕霧の子供だということを世間に隠して自分が親のような顔をして、世話し、玉鬘に来た恋文への返事の仕方などについてもあれこれ手ほどきしていたのが、そのまま堪らなくなくなって…。かわいそうな玉鬘。
源氏は悪い男よのう。
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政敵右大臣の娘、朧月夜の内侍との密通現場を右大臣に抑えられたことで、源氏は官位を剥奪される。そしてこれ以上、流罪という恥をかかされる前に、源氏は自分から須磨へ都落ちする。
紫の上や藤壺の尼君や今まで情を交わした人や数々の女房や付き人との別れ。源氏はお供を数名だけ連れて、須磨の侘しい屋敷に引っ越す。
その別れの様子や須磨というところの侘しさを“あはれ”“悲しい”とあまりにも連発しているので、もう、源氏に同情する気持ちは無くなった。だけど、当時の須磨のような田舎の侘しい景色を“あはれ”と表現するのも日本独特の美意識だなあとしっとりした気持ちになった。
人間で私の心に沁みたのは、源氏よりも朱雀帝である。故桐壺帝とコキデンの太后の息子で、源氏の異母兄。源氏嫌いの母、コキデンや右大臣の言いなりで気が弱く、最愛の朧月夜も源氏に寝取られたのに、怒りを表さず、それでもずっとお側に付けている朧月夜に対して「私が死んでも、あの人(源氏)との生き別れほどには悲しんで下さらないのだろうね。」としみじみ話している。ああ、朱雀帝様おいたわしい〜。この人絶対いい人だよ。優しいところは、故桐壺帝に似たのかな。コキデンとは似ても似つかない。
源氏が須磨にいる間、都では朱雀帝が病気になり、帝位を東宮(藤壺と桐壺の息子とされるが、実は源氏との子)に譲ることを考え始める。そうすると、まだ若い今の東宮が帝になったときには後見人として政治を行う人物が必要→源氏が必要と考え、とうとう、コキデンや右大臣の反対を押し切って、源氏を都に呼び戻す。帰ってきた源氏やそのまわりの者は、官位が元に戻っただけでなく、昇進する。源氏は内大臣として活躍。
冷泉帝(元、東宮。自分と藤壺との息子)の後見人として面倒をみるだけでなく、二条院の側に自分が目をかけた女性(末摘花も)を何人か住まわせるお屋敷を新築したり、須磨時代の奥さん、明石の君を京に呼び寄せたり、亡き六条御息所の娘の元斎宮を入内させたりと忙しい。自分もそろそろ出家するつもりで、嵯峨にお堂も建てているが、仏の道になんて入れるの?
こんなふうに源氏天下になってきた中、いよいよ退位する前の朱雀帝は恋仇であるはずの源氏を何度も御前に呼び寄せて、政治の相談に乗ってもらったり、昔の思い出話を楽しんだりしている。勝ち組じゃないけど、いい人。そして、朧月夜にいうことには
「あなたは昔からあの人(源氏)より、私を下に見くびってられたけれど、私のほうは誰にも劣らない愛情をあなたに持ち続けていて、ただあなたのことだけをしみじみと愛しく思っていたのですよ。あの私より優れた人が再びよりを戻して、あなたのお世話をなさるにしても、愛情の深さということでは、なみなみならぬ私のそれとは比べものにならないと思います。」と誠実なお言葉。こういう人が一番自分を大事にしてくれているって気づかなきゃね。
源氏は明石の君を京に呼び寄せたことで、葵の上に嘘をついたり誤魔化したりして気を使っている。明石の君との間には姫君が生まれ、可愛くてしようがないんだけれど、紫の上との間には子供がない。紫の上は、あちこちの女の人のお世話で忙しい源氏をいつも待つばかり。
“当たり前にいてくれる人”のこともっと振り返ったほうがいいよね。源氏も。