齋藤孝のレビュー一覧
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著者が冒頭でこう述べている。
(引用)
情報が次々に現れては消える状況で、私たちは「切り捨てる」ことを日々習慣化している。(中略)
「バカか、利口か」「使えるか、使えないか」「魅力的か、そうでないか」、
「誠実か、いい加減か」即座にふるいにかける。
その所要時間が1分と。
しかし、今の時代は、恐らく数秒になっているんじゃないだろうか。
大手企業の人事部で採用活動を行ってる友人は、
「5秒ぐらいで、面接者の判断する」と言っていた。
そして、だいたい、その5秒で、採用するか、しないか決まることが多いと。
「面接を受けにくる人が話す内容は、そこまでは、採用の合否と関係しない。
「見た目(容姿、服装、歩き方、姿勢)そして、履歴書の情報で、
ほぼ、自社にふさわしい人がわかる」と。
ただ、逆接的に、そういう「ふさわしい人」は、
話す内容も、簡潔かつ印象的でわかりやすいという。
要は、日ごろから、他者に「伝える力」を磨いている人は、
見た目にも、はっきりと現れるということだ。
自社の商品を、売り込みたい顧客に行うプレゼンも、
誰が行うが重要になる。
冒頭の30秒が勝負だと言われる。
その時間で、いかに、御社にとって価値があるかを、
五感でわかってもらうように工夫して行う。
発信側も受信側も、ますます、せっかちになっている。
日々、自分達は、大量の情報を受け取っている。
ニュース、メール、ネット、SNS、ブログ、雑誌、YOUTUBEに、
まとめ系の情報媒体まで、10年前と比較できないぐらいの情報量を受け取っている。
そういういった状況の中で情報の「取捨選択」は、よりシビアになっている。
「じっくり」読む、聞く、話す暇がなくなっている。
また自分達は、情報の受信側であると同時に、発信側でもある。
いかに、他者に向かって、有益な情報を発信できるか?
これが、現代で、求められている教養になっている。
これが、出来ないと、現代の競争社会から置いていかれる。
著者は、この発信者として、
情報を「簡潔」かつ「印象的」に話すことは、
練習するか、しないかにかかっているという。
つまり、後天的に獲得できるということだ。
その練習方法のヒントをまとめた本がこの著作になる。
出来たら、高校生ぐらいから、
こういった「簡潔かつ印象的に伝える訓練」を、
行なった方がいいかもしれない。 -
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■要約
「文系であることに自信を持てない文系人間」が世の中に溢れている。このことに問題意識を持った著者が「文系力」とは何かを語ることによって、文系人間の生きる道を示しているのがこの本。
文系は理系に比べ専門性が薄いものの、多様な本を読み様々な経験を積むことによって「相場」を知り、「勘」を養うことができる。また「雑談力」「再生要約力」「質問力」に優れているため、話し合いを円滑にするなど管理・経営者に向いている面がある。
反対に、読書をまったくしない・積極的に話せない・言語能力に乏しいようであっては文系人間ですらなくなってしまう。理系に比べ専門性がない分、そのような能力を保持している必要がある。
■感想
「文系」と言われると本書冒頭に書かれている通り、「数学が苦手」というネガティブな印象を自他共に抱いている人が多い。
しかしこの本を読んでみるとむしろ文系にできることの方が多いように見えてくる。専門性がなくともジェネラリストとして多種多様な場面で活躍することができる。
ここで自分が大事だと感じたのは、100%文系(理系)の人がいるわけではなく、どちらの面がより強く出ているかということ。
文理系と言われる心理学や経営・経済学をはじめ、体育系や芸術系の方がどちらよりの人間なのか、プロフェッショナルタイプなのかジェネラリストタイプなのか冷静に分析することができる。また同じような業界でも専門性を高めるべきか、それとも知見を広めるべきなのか、考える際の参考にすることができる。
「文系力」というものが改めて言語化されることにより、曖昧で明文化されていない能力について考えなおすことができた。 -
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学習指導要領を【ソフト】学校・教師を【ハード】だと考えると、
いくらソフトが良くても、ハードの能力が低かったら、ソフトの良さが活きない。
今、親と生徒、学校・教師との信頼関係はあるのか。
親の過剰な要求や、また生徒への暴力や卑猥な行動をする教師の多発、イジメや生徒の自殺の学校対応など。
正直、学力を伸ばすとか、問題解決能力とか、それ以前の問題を抱える教育現場が増えている。
現実的に問題解決力能力を有する子を育てる時間とコスト、
そして教師自身の能力は、果たして国や学校、教師、最後に親にあるのか。
現状、最高学府である日本の大学生の学習時間は、世界的に極めて低い。
国立教育政策研究所の2016年の調査報告「大学生の学習実態に関する調査研究」によると、
日本の大学生の7割の学習時間(週単位 授業以外の学習時間)は、
週に5時間ほど、1日1時間以下である。NHKが12年に行った調査では、1日39分です。
この学習時間の中には、もちろん読書も含まれています。
齋藤氏も指摘しているように、読書は、「新しい学力」が示す問題解決型の学力にとっても、
基礎となる知的な活動です。ベースに知識がなくては、ディスカッションは、
単なる語るだけのおしゃべりになってしまいます。少なくとも、
学習指導要領の改訂の結果として、学習時間の増加につながらないといけません。
学習時間が全てというわけではないですが、どのみち「何かを学んで生きていく」ことが、前提です。
重要な指標であることは、間違いありません。
果たして、増加するのでしょうか?
また、ソニー生命が中高生1000名に対し「中高生が思い描く将来についての意識調査」を実施した結果
「日本の10年後の将来のイメージ」の調査で、「明るい」と答えた中学生は39%、高校生は31%。
かなり衝撃的な結果です。中高生という、多感かつ感受性が強い時期に、
高校生の場合は7割が、未来に対して悲観的な見方をしています。
学習指導要領を改訂すると、これが改善されるのでしょうか?
今、日本社会は、人口減少社会(消費減少)、超高齢化社会(社会保障負担)、
労働者減少(生産年齢人口が毎年1%以上減少する)する状態になっています。
以前の経済社会システムが維持できなくなっています。政府も大学も、
あまり言いませんが、日本の世帯所得は、この20年で20%以上減少しています。
また、小学校の1クラスに数人の貧困状態の子供がいます。
まとめると、今の日本社会は、勉強する意欲がほとんどない者が溢れ、
なおかつ希望もなく、どんどん貧しくなっている人が増加しています。
学習指導要領を、かなり変更しても、おそらくは、
日本の大きな問題を解決することにはならないでしょう。
日本の教育システム自体が、もう既に死に体です。
中高生の7割が、未来に希望が持てないという国は、先進国でも、日本だけです。
既に終わっていると思った方がいいでしょう。
日本の教育システムが、もう終了なのは、誰の目にも、明らかです。
今の教育システムを、根本から見直すべきだと思います。
文部科学省は、「教育」に関する多くの部分を、民間や三者機関へ任すべきだと思います。
といっても絶対にやりませんが。
官僚や大学教授、各識者(なぜか経営者も含まれる)が作った学習指導要領など、
正直今必要とされていません。ゆとり教育で、もう十分に証明されたと思います。
大事なことは、一言でいうと、「学校に期待しない」ことです。
学校が何か教えてくれるとか、能力を伸ばしてくれるとか、
助けてくれるとか、思わないことが、一番のアクティブラーニングになります。
これから、日本社会は、ますます自己責任社会になります。
その社会とは、「今のあなたの現状は、全てあなたが、招いたもの」という社会です。そ
ういう社会にあたって、最高のアクティブラーニングは、
何かに依存することや期待することなしに、自分で人生のゴールを設定して、
自分で、自ら能力を開発していこうという意気込みです。 -
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知識が断片的に存在しているのではなく、それらがつながっていって文脈となってこそ知性となる。それを意識的に行うことの意義が書かれている。意識的に行う=つなげていこうとすることで、知識は知性となって、物を考える豊かな力の元となり、現実の問題を解決しようとするような大きな力になりうる。それこそが文脈であり、そして文脈とならないと物事は見えてこないものだ。他人のそれらや、古典、お笑い、どんなものでも「つなげる意識」で貪欲に柔軟にとりこめる状態になれば、知性はどんどん拡張し、新しい発想を生み出すことにもつながるという、その「つなげる意識」の重要さが説かれている。
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読書感想文については、きちんと書き方を教えてもらった記憶がなく、書き方のノウハウを知りたいと思って手に取った。
《心に残ったところ》
*感想文を書くことは、「ものごとを判断する」力の訓練でもある。自分で選びとっていく訓練。
書きたいことを三つにしぼることが大切だと著者は書いている。三つ選ぶということは、そのくらい一人一人の個性が出るということだという。つまり、文章として書けなくても、心に残ったところを選べただけでも、自分の気持ちを表現できているということになる。そして、実際に文章に書いたときも、核が決まっているからすっきりと伝わる。
*答えのない感想文があってもいい、ということ。大事なのは、「自分としてどんな意味を見つけられるか」。
よくある感想文は、いかにも道徳的な言葉、はっきり言って綺麗事のようなものが多い気がする。「この主人公のような人になれるように努力したいです。」のような。
自分自身も、話をまとめようとしたり、きれいに終わらせようとする傾向がある。モヤモヤしたなら、そのままモヤモヤのまま終わった方が正直な感想文になる、ということだと思う。自分の言葉で自分の思いが書けていることが「正解」なんだと、腑に落ちた。
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ネタバレ「考え方」を一つの技として身に付けることがテーマの1冊。そのために、どんなワークをしたら良いのかが15個紹介されている。
☆印象に残った部分
・考える際には手書き、まとめはパソコン。手で書くことによって、主張したい部分は、自分なりの気合の入った文字になったり、図式化できたりと考え方を整理しやすい。
・新しい学力とは、新しい意味や価値を見出すことのできる学力。
・大切なのは、異質なものとの出会いから受ける刺激をポジティブなものとして捉えていくこと。
・色々な考え方を、本を読むことによって種として日頃からもつ。そうすることで、対話の相手にどんな人がきても対応できるようになる。 -
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<目次>
第1章 「まねる力」は生きる力である
第2章 まねる技術
第3章 この人をまねよ(偉人編)
第4章 この人をまねよ(スポーツ・エンタメ編)
第5章 まねる人格系読書術
第6章 修羅場で役立つのは地頭より知識
<内容>
おそらく独自路線で活躍する教育学者、明大教授斎藤孝。たくさんの本を出し、どの本も似ている気はするが、逆に言うとポイントがあるということ。今回は「まねる」力だが、まさに古くからの職人の世界(世界は知らないが、日本の江戸期までの教育もそうだった)がこれだ。師匠の技を「盗む」のは、「まねる」こと。そういったことをわかりやすく書いてある(手前味噌で「声に出して読む」シリーズの話も出てくる。三色ボールペンの話も出てくる)。第5章は私も実践せねば…。
特に気に入ったのは、第6章。最近の教育界は「考えさせろ」「意見を言わせろ」とうるさいが、第6章は「地頭よりも知識」。知識がなければ、名案も出ないし、他の意見を突き崩すこともできない。どうも文科省は急に反対に振れるんだよな…。 -
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感想
一見すると社会生活をして、人と接する上で当然のプロセスを文字化しただけのように感じるが、的を得ていて改めて考えると奥深い指摘が多い。例えば、自分の考えを持つために必要なことは基本的に1. 良質な情報のインプットを増やす、2. インプットされた情報を自分の知恵に変換する、3. それの知恵をアウトプットとして出す、最後に4. 他人から意見をもらって自分の経験を磨く、という一連のプロセスは単純化するとただのフィードバックループ付きのプロセスである。だが、これを体系立ててあらためて説明しているというところに意義がある。自分の意見を持っていない人はもちろん、自分の意見をすでに持っているという人にもおすすめ。
ポイント
自分の考えを持つために必要なこと
-良質かつ活きの良い情報を常に仕入れること
-自分自身の経験と照らし合わせて、知識を知恵に替えること
-自分の考えを表現する場を見つけて、練習を続けること
-適切なフィードバックを受けて思考やその表現を磨くこと
自分の考えをつくるための思考パターン
-他のものと比較して違いと共通点を考える
-比喩を活用してイメージをかきたてる
-自分自身の経験を元にした当事者意識で物事を考える
-アンチテーゼ(反論)を敢えて掲げてみる
-全体を俯瞰する癖をつけて図化してみる
自分の考えを表現するための工夫方法
-語彙力を増やす
-短いセンテンスで説明する