高山羽根子のレビュー一覧
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春先になると花粉症で鼻が効かなくなるモトコは、同僚である村崎に彼が飼う、小動物のお世話を頼まれる。職場を辞めて海外へ向かった彼からメールにて送られる、パンダと人類を巡る歴史や、小動物たちのお世話を通して、「命をあずかる」ことの本質が紡がれる———
生き物をペットとして飼うということについて。
ペットとして飼う以上は、飼う側の責任として生き物の命を預かるというのは最低限。そこから愛情であったりを注ぎ込んでいく。村崎さんの家では、いわゆる普遍的なペットのような飼育環境とは異なっており、部屋のインテリアとしての使い方をしていない。水槽を例にすれば、キラキラ光る石や水草などを配置せず、ただただ水を入れているだけ。この飼育状況を見てモトコは、生き物が生きている必要性を感じ得ていない。人の視界の外の世界で生きるなら、いわゆる人工動物(夢に出てくるかもしれない電気羊みたいな)となんの違いがあるのかと自問している。
確かに、愛玩動物として飼育しているのなら、生き物によって悪影響のない条件下で、ヒトの目に付くようにすべきだし、部屋の具として作用さすべきだと思う。そちらの方が、生き物に対しての感情も向けやすいのではないか。だからと言って、真に生き物を愛しているヒトが、インテリアとして使うかどうかに関してはなかなか想像し難い。それこそ、それぞれの生き物が暮らすべき世界を模して、完璧な飼育環境を作りそうだと思う。そのどちらにも当てはまりそうに無い、村崎さんの環境は、彼が生き物たちの命を握っているという状況にしか見えず、少し狂気的だと思うかもしれない。だがしかし、それこそがヒトにとって、命を預かる者にとって、最も素晴らしい環境なのではないかとも思う。作中でも述べられているとおり、自然とは異なる環境下で生活させる以上、自然よりも長く命を続けさせるべきであると思うし、それこそが命を預かることの意義だと思う。そして動物に逃げたいと思わせない、逃げる必要のない環境作りを継続して行うことが命を預かるということ。
ほんの小さな出来事でも命を落としかねない世界を生きる者として、自分以外の命を預かる彼ら彼女らは、まさに秘密結社的な組織のお偉いさんだし、これまでにないほど善性的なたくらみごとをしている。
現在、生き物の命を預かっているすべての人。動物園に足を運び、様々な動物をその目で見た人。この世に、ヒト以外の生き物が暮らしているという事実を知っている人。そんな人達にとって本作は、救いであり、拳銃を突き付けられるような物語かもしれない。それは、それほどこの物語が持つ力というのは強大であるということ。これはヒト同士であっても同じであり、命を預かるすべての人は、逃げ出したいと思わせない、思わない環境を作り続けるために生きていって欲しい。 -
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沖縄に関する雑多な情報を蓄積する資料館で整理作業をする未名子は、世界の果ての孤独従事者に対してオンラインで問題を読み上げる、問読者(トイヨミ)として働く。孤独であると自称する彼女は同じく孤独である人との通話によって、互いの一部を共有し合う———
ヒトが抱く、未知に対する恐怖と、その未知を少しでも既知へと変えて行きたいという欲はこれほどまでに上手く混じり得ないのかと悲しい気持ちになった。
人間が、自分とは別の場所で貯め込まれる知識に対して警戒するのが本能なのか? それはすなわち、知識とは武器であり、個人の力をより強固にするものだと認めている。そういった行動をとっている人はもしかすると、世界の平和を願うすべての人類の代表として、すべての人は自らの力を高めてはならない、武器を磨いてはならないという考えを皆に共有させたいがための行動なのかもしれない。それが人類の総意だと言わんばかりに、そう口にするヒトはなんとも傲慢。
ただし、これまでの日本での大きな事件の中に未知のものが引き起こしたとも言えるものが存在するのもまた事実。地下で起こった大規模テロだってそう。自分たちが暮らす世界の片隅、そう簡単に認識できない様な場所にあった組織によって日本は脅かされた。彼らの行動を認めてはならないのは周知の事実。だが、それらと自分達が知らないからといって、知識を蓄えようとする人を非難することを一纏めにしてしまうのはお門違い。
クイズが人に与えてくれる影響に関する描写には感動した。
これまでの人生で、別にする必要のなかった経験、得る必要の無かった知識が、クイズという場においては存在を肯定される。それは自問自答ではなし得ない。自分からの問いかけだと、自分でその経験や知識の存在価値を見出したいという意思が明らかに見え、それは真の意味で自らの過去を認められたとは言い難い。
だからこそ、本書における問読者が孤独従事者に与える影響というものは大きく、その逆も然りである。それぞれの場所で孤独立場に立つ者同士が、ぽつんと佇む暮らしを少しづつ分け合い、互いが前を向く為の手助けとなっているのが美しい。もちろんヒコーキとの関係もね。
これまでに読んできた芥川賞受賞作の中でも群を抜いて好みの作品。興味のある分野の知識を蓄えようとするすべてのヒトが、邪魔をされない様な世の中になってほしいし、少なくとも自分はそうなりたい。犯罪は犯さないでほしいけど。 -
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ネタバレ解説で芥川賞受賞の際のコメントで審査員の方々も仰っていましたがこの作品では孤独について感じる作品だったと思います。孤独な場所にいる人(深海や宇宙、紛争地のシェルター内等)の為にクイズを出す職業の傍ら資料館のボランティアをしている主人公が台風明けの日、馬(琉球馬)を拾うという変わった設定です。この3つを組み合わせ一つの作品にまとめるのは困難だと感じますが作者の奇跡的なバランスによりそれが為されているのが面白いと感じます。クイズ解答者のそれぞれ孤独な場所にいる人が辿り着いた人生哲学の様な或いはこれまでの自分の生い立ちによる自身への向き合い方・考え方には考えさせられるものがあります。
短くて電車の待ち時間や寝る前の読書でも空いた時間で気軽に読めます。是非おすすめです。 -
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〈あの建物に詰まっていた資料が正確なものかどうかなんて、未名子だけでなく世の中にいるだれにもわからない。ただ、あの建物にいた未名子は、それぞれ瞬間の事実に誠実だった。真実はその瞬間から過去のものになる。ただそれであっても、ある時点でだけ真実だとされている事柄が、情報として必要になる日が来ないとだれがいい切れるんだろう〉
沖縄にある小さな郷土資料館『沖縄及島嶼資料館』。島の資料館とされてはいるが、その実態は持ち主である民俗学者の順さんの私的資料が保管された建物になっている。その資料館の整理を中学生の頃から手伝う未名子は、オンライン上で世界中の孤独な業務従事者と一対一のクイズを使ったコミュニケーションを取る仕事を行っている。この奇妙な仕事は通称、問読者(トイヨミ)。正式には、『孤独な業務従事者への定期的な通信による精神的ケアと知性の共有』と呼ばれている。
ということで本書は、クイズを使って、世界のあらゆる場所(宇宙だったり、戦場だったり)で孤独に過ごすひとたちと対話をしていく姿が描かれていく中で、未名子自身の人生にも変化が訪れ、巡り続ける思考の末に、記憶と記憶、集積された世界の情報を抱えて、颯爽と駆け抜けていくラストがとても気持ちの良い作品でした。 -
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ネタバレ⚫︎受け取ったメッセージ
すべてはつながっている
本当の孤独はない
⚫︎あらすじ(本概要より転載)
問読者(トイヨミ)――それが未名子の仕事だ。沖縄の古びた郷土資料館で資料整理を手伝う傍ら、世界の果ての孤独な業務従事者に向けてオンラインで問題を読み上げる。未名子は、この仕事が好きだった。台風の夜に、迷い込んだ宮古馬(ナークー)。ひとりきりの宇宙ステーション、極地の深海、紛争地のシェルター……孤独な人々の記憶と、この島の記録が、クイズを通してつながってゆく。第163回芥川賞受賞作。
⚫︎感想
孤独と聞けば、寂しさをすぐに連想してしまう。しかし、この作品は、ほんとうの孤独はないということ、記録や記憶が孤独感から救ってくれること、たとえ浅くても、自分につながりのあるあらゆる人、物が愛おしく思えること、そしてそれは自分の受け止め方次第であることを教えてくれる。
この物語は、孤独感を抱き締めて生きている人がたくさん出てくる。そんな彼らは、遠く離れ、それぞれ一人でいるけれど、クイズで未名子と繋がっているし、また、未名子を介して未名子の中で、ひとつにつながったりしている。繋がりは果てしなく続いて、時も場所も飛び越え、全てが繋がっているように感じられる。それが沖縄の歴史資料(しかもこれが未名子が素人なのがよい)、クイズ(知の蓄積)、宮古馬という3つのキーワードで物語られる。読み進めるワクワク感もあり、本当によく練られた素敵な作品。高山さんの他の作品もぜひ読みたいとおもった。 -
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『ふと、私の首が、私の叫びとともにスポットライトの中でごとりと落とされたら、ここにいるたくさんの人たちはどうふるまうだろう、と妄想する。事実このときの私は、たくさんの人たちの前で斬首される受刑者とたいして変わらないと思えた。私が自分の作品の一部、創作活動の一部として自分の死を差し出すふるまいをしたなら、この場の人たちはどうそれを鑑賞するんだろう。などと考えながら、にもかかわらず、曖昧で無毒な困惑の笑みを浮かべながら、拍手と光に満ちる舞台にずっと立っている』
保坂和志なら、これも(こそ)小説というだろう。けれど、一般的な意味で小説にプロットを期待するなら、これはその期待を裏切るだろう。しかし高山羽根子の書くものに(初期の作品はともかくとして)判り易い筋書きを求めるのがそもそも、筋違い、ということなのだ、と考え直す。
それにしてもこの作品は小説というよりも随筆のような趣があって、ともすれば主人公に作家本人を重ねてしまいそうになるのだが、書かれていることと言えば、表現することにまつわるもやもやとした思いであったり、閉塞的な地方や古いしきたりへの感傷であったり、民族間の文化の相違や類似から派生する取り留めのない感慨であったり、死にまつわる思いや死生観のようなものを巡る感情であったりと、自由に逸脱する思考のオンパレードだ。それを面白いと思えるかどうかについては、案外と個人差が出るかも知れない。例えば、前出の保坂和志や柴崎友香の小説を面白く読める人であれば、きっと高山羽根子のこの新作も面白いと思うに違いない、くらいは言っておいてもいいだろうか。
もう少し個人的な趣味で言うと、堀江敏幸のちょっと嘘くさいエッセイを思い出したりもするのだけれど、堀江敏幸といえば上手な嘘に巧みな伏線回収というイメージがあるのに対して(あくまで個人の感想です)、この高山羽根子の散文には回収される伏線じみたものがほとんどない。主人公の祖父の死、美大の同級生の死、バイト先の知り合いである美術を学ぶ台湾人の父の死、あるいは異国で出会う正体が知れないまま消えてしまう人物と、断ち切られたものが残してゆく幾つもの謎は提示されるのだが、それに答えることに費やされる頁数は極端に少ない。思えば「如何様」でも「居た場所」でも、断ち切られた後の余韻や残像に余計な言葉を添えないのがこの作家の特徴でもある気がする。そして、どこで読んだのかは忘れたけれど、以前保坂和志が何かの対談で「男と女が出てきたらどこかでセックスするみたいな、判り易い話は書きたくないんだよね」と言っていたのを思い出しもする。要は、全ての謎が解かれなければならないという思い込みこそが物事をつまらなくするのだ。読んで何だか頭の中が掻き回された気になるというのが、保坂和志のいうところの小説というもので、だとするとこの作品は実に小説的な小説だとも言える。
そう言えば、最近こんな風に不意打ちを喰らった小説を読んでいなかったなあ、と独りごちる。 -
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ネタバレほんタメで紹介されていたので、読んでみた(もちろんあかりん帯のものを購入)。
最初は「なんだこれ?」という感想だったが、五通目の手紙を読んでこの小説の面白さに気づいた。まさかあの蟹頭がこの物語の主要メンバーに入るとは……。でも、ある物があるところでは人気者になっていて、あるところでは忌むべき存在とされていて、さらにあるところでは言ってはいけない言葉として扱われているなんて、結構あることなのかもしれない。
「旅をして地図上のまったく同じ地点に立っても、見える景色はまったくちがったもので、それぞれの眺めは厳密なところ、まったく同じ景色として共有することは不可能なんです。(…)ただ逆を言えば、私が見た景色は当然間違いではないし、だれに何も文句を言われることはない、とも考えられるんですよね。これは不安なことでもあり、また同時に心強いことでもあります。」(262〜263ページ)
景色を見た時に「すごーい」「感動した」という感想が出がちだけど、その感情になる背景は一人一人違うんだな、と。だからこそ表面的な感想だけじゃなく、景色を通して自分の深いところに問いかけをして出てきた言葉に耳を傾けたい(自分探しの旅ってこういうこと?)。
多分この小説を読んで思い描いた風景だって一人一人違うんだろうな。
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新進気鋭の作家様によるSF中短編書き下ろしプラス創元SF短編賞受賞作アンソロジー
自分の裡に形成される「SF固定概念」を毎回アップデートしてくれる最先端を走るシリーズ
ティプトリーを読み涙していた頃、このような未来型が到来すると露ほども予測せず、また今後どのような作品が紡がれてゆくのか、想像するだけで萌えます
読みごたえあります!
『未明のシンビオシス』
南海トラフ大規模地殻変動が発生、列島の姿すら変わってしまった日本
荒廃した世界で生き延びる主人公たちの微かな希望を描いた近未来SF
『いつか明ける夜を』
光のない闇の世界が、夜と昼に別たれた
言い伝えの神馬と少女は、世界の救世主になれるのか? 世界の真実とは?
詩的に描かれた作品
『1ヘクタールのフェイク・ファー』
気がついたらブエノスアイレスに居た…主人公の日本人男性…好意で拾ってもらった女性に部屋から追い出され…めくるめく思考を文字で綴った興味深い作品
『時間飼ってみた』
動画生配信でリアルSF考察する《ときときチャンネル》シリーズ
絶え間なく入るコメントも愉快で、まさに新世代の作品
『ラムディアンズ・キューブ』
電車内で目があった男女…恋愛に発展、、ではなく、壮大な物語が待ち受ける骨太の中編バトルSF
『ほんとうの旅』
“ほんとう”って、何だろう?
事実は人の捉え方によって違うものだし…
列車に乗り合わせたふたりの垣根のない会話に癒される作品
『神の豚』優秀賞
「兄貴が豚になった」
連絡を受けた主人公リリーは急ぎ実家に戻るが、そこに居たのは兄らしからぬピンクの可愛い子豚だった…
食糧、感染症、世界は未だ問題が山積だけれど、伝えてゆきたいことがある、若者たちの熱いメッセージが込められた近未来SF
『射手座の香る夏』正賞
「意識転送中」で横たわっているだけの作業員の「生身の体」が忽然と消えた
まるでミステリーのような物語は、調査する警察官と若者たちの流行「動物への意識転送」が互いに絡み、伝説の狼へそして真実へと導かれる近未来SF
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『温かくて粘りけのある液体は、およそ人の体内にあったとは思えない質感だった。粘る水分を指先ですくい取って鼻先に近づけると、先ほどまでいた市場のにおいが流れ込んできて私の頭(心?)の中にひろがった』―『居た場所』
二冊続けて同じ作家の本を読む。東南アジアの空気感と生活臭がたちまち湧き上がる文章。けれど「ラピード・レチェ」でもそうだったように、そこはどこなのか、その存在の輪郭は薄い霧のように曖昧で、もどかしさ(?)が立ち上がりそうにもなる。
それがどこであろうと、一見関係のないように、ミステリーのような物語は進行するが、実はそこに潜む隠喩は情報過多の世界における正義感に繋がっているようにも見受けられる。つまり、糺されるべき不正があり、それは立場を秘匿したまま糾弾したとしても、正されなければならないものである、というニュアンスが隠れているようにも思えるのだ。一方で、そういった言説にありがちな表層的な価値観は、アジア圏特有の空気の描写によって現実的な裏付けを得て、単純さを超えて混濁した深さを伴うもののように響いてくる。つまるところこれは描写であって主張ではない。視覚的に捉え得る世界こそが、言語や思考を通して再構築される現実を超えた意味を構築する。そんなことを具現化する稀有な文章と思う。
『人が観測できるのは、世の中のたくさんのことの、ほんの一部の事柄だけだ。観測したことで、あるいは観測したからこそ、この人が苦しんでいるのだとしたら』―『蝦蟇雨』
まさに。ここにシュレーディンガーの猫のパラドックスの比喩を読み解くのではなく、例えば「天気の子」で描かれたような因果を見出すこと。「意味」とは自分のものであって、同時に他人のものでもある。そんな考えがこの作家の基底にあるものなのかも知れない。解決のないミステリー。あるいは、そもそも無意識の内に読み取ってしまう謎自体に、意味などないと作家は言うのか。その変わった手触りは癖になりそうな予感がする。 -
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学校の帰り道沿いのパチンコ屋の屋上から、突如として聞こえてきた咆哮。和江と美佐と洋子の三姉妹は箱に入っていたその犬に似た生き物を「うどん」と名付けて家で買うようになります。
それから何が起こるでもなく、七日め、四年め、七年めと時(章)が過ぎ、あっけなくも不思議な雰囲気を残したまま物語は幕を閉じます(うどん キツネつきの)
さらには、古びたおんぼろアパートの奇妙な住人の日常が淡々と描かれる「シキ零レイ零 ミドリ荘」、ある女性の風変わりながら凄まじいとある計画に焦点を当てた「母のいる島」、子どもが書いていると思われる謎のブログに引き込まれていく一人の女性がたどり着くのは…「おやすみラジオ」、ねぶたと東北大震災とを絡めた幻想的な「巨きなものの還る場所」の5編が収められたシュールな味わい深い短編集です。
どれも、読み終わると胸の奥の方がキュッとなる感覚が味わえます。