高山羽根子のレビュー一覧
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ネタバレ理解しきれていないところもある気がするし、最後まで読んでも「どういうこと?」って思う作品も多い。でも文章やモチーフが面白くてどんどん読めてしまう。
私は特に『おやすみラジオ』が好きだった。ふとしたことから違う世界と繋がる奇妙な感じがゾクゾクわくわく、続きが気になった。今の世界で起こっているどんな出来事も、大小に関わらず誰かの意思や行動が積み重なって関係しあって起こってるんだろうなあと思った。
読み心地は前に読んだ『オブジェクタム』っぽい。
奇妙な話も好きなんだけど、洗濯をしたり仕事をしたり、今日は疲れたからお弁当買って帰ろうとか、そういう日常生活の部分の描写もとても好き。
好きな作家さんのデビュー作を読めて嬉しかった。 -
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ネタバレ嶋津輝「漂泊の道」
葬式の時にしか会わない遠い親戚との話。自分の母親の兄の奥さんの妹の娘、遠すぎてものすごく考えた…その親戚、カナさんと4回顔を合わせ、その後、父親の後妻になっていた、そんな複雑でもあり得そうな話。何度登場してもカナさんはステキで、自分に対してもハッキリ物申す人で憧れていたのに、いつか違う感情を抱くようになっていた。薄く長いスパンの付き合いの親戚ならではの動きのあるストーリーだと思った。
町田そのこ「六年目の弔い」
哀しみを共有してくれる人がいて必要と思えば手を差し出し触れ合える、それがありがたかった
というところ、が身にしみる。
亡くなった人は、思い出の中でしか生きられない、ひとりだと自分一人の胸に収めないといけない、そして万一自分が思い出せなくなったら、と辛いから。夫は家に住み始めた直後にカタクリを植えていた。開花まで8年ほどかかる、そして志乃の誕生花。ここでラストがよかったな。
アンソロジーは初読みの作家さんに出会えるチャンス! -
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「いい科学者は、いい問いができる人のこと」ー
昔こんな言葉を聞いたことがある。よい研究者になりたいと思うなら、ぼんやりと思い浮かんだ疑問を本質の近くまで鋭くしていき、水辺に石を投げ入れるがごとく、人や考えを動かしながら、本質を映し出せる人、というのが今のところの解釈だ。そんな問いを出せる人世の中に何人いるかもわからないし、それがどれだけ人に共感されるか孤独なのかわからないけれど。
本作品は、その問いを答えるべく、あるいは答えるつもりもなく、導かれた言葉や事象を裏打ちした数多の人の歩みを集めた資料館ではじまり、終わる。
禅問答より古くから、それは神との対話や自然との交信といったような形で、問い答えるというスタイルは連綿と続いてきた。私たちは問うことで、あるいは答える、答えようとすることで自分自身が明らかになっていく。知らなかった自分が映し出されたり、相手の中に己を見出すことさえある。本作品の根底はこうした、見えなかったものが映し出されることだったりすることなのかもしれない。
問いに答える人たちもまたユニークだ。主人公にとってはもしかしたら御伽話のような世界、現実味のない世界の住人だが、彼らは実際多くを知っている。そんな彼らでも、全てを解決できたわけではなかったが。
主人公の未名子は、少なくとも、広く多くの人と関わるというより、限られた人と、あるいは事物と心を距離感よく交わす落ち着いた人だ。そんな彼女に訪れたクイズの問読み、宮古馬、そして資料館の存在。全ては今の彼女を構成する、大切な要素だ。ルーチンに生きる彼女が、動き出すのは、はじまりである資料館ゆえに、あるいはユニークな解答者たちとの交流がゆえに、あるいは宮古馬との出会いゆえに。
彼女の根底にあって、彼女が問われ答えようとしたものはなんだったのか。彼女自身の問いすら私はまだ答えを知らない。
資料館というものについては、今地方では少なからず資料館の管理は行き届かなくなっている。管理者も足りず、伝えたかったはずの地域のことさえ、伝える世代がいなくて、時間の経過と資料の劣化が進むばかりである。それでも「その時点であったということを保存すること」、それにどれだけ価値があるんだろう。お金を払う、ということでそれは推しはかれるものだろうか。
昔のことを知っている人も減ってしまった。GPSもカレンダーもない時代、どうやって人が種を蒔く季節に検討をつけ、夜の海から帰るために星を読んだのか、いま収集している人たちでさえ苦労していると聞く。だって教えてくれる人達のアーカイブもぽろぽろと失われてしまうのだ。
でも、それよりもまざまざと断絶を感じる場所がある。本作の舞台、沖縄だ。グスクの跡を訪ねても、資料館で戦前の写真を見ても、あるいは画家の絵だって、すべては失われたものだった。未名子の住む浦添市は、琉球王朝が栄える前、本島が三つに分かれ争っていた時代、津々浦々を見渡せる地として城が築かれた。王の墓があり、墓守がいた。けれど、沖縄戦で、グスクのある前田高地は、米軍と日本軍の激戦地となった。今では、公園になり、グスクも修復がすすむ。そして、海外の観光客は歴史を学びにやってくる一方でその横では親子で虫取りをしたり家族の時間を生きる人がいることの、不思議な世界の交わり。
何かにつけて、戦争でなくなったものが多すぎる地だ。県民の何割も戦争で失ったとも聞いたが、もしその人たちが今日まで生きていたらもっと琉球として雰囲気が残ったのだろうか。
記録する、とはある意味とても傲慢で残酷だ。本来残るはずのなかった言葉、景色が、残るから。けれど、それはレコンキスタで再発見されたかつて築かれた知識のように、私たちに想起させるものになる。たとえそれが感傷だったり、エゴによるものだったとしても、いつかは風化したり侵食して消えるのだとしても。
余談だが、かつ知識もなく憶測である私見を述べる。琉球王朝が、あるいは琉球が国として成り立った点では、やはり文字があったのは大きかったのかもしれない。アイヌ民族は口承で伝えてきた、明治以前からの圧政、明治以後からの差別の中でどれだけの口承が世から伝える術もなく消えたのか。沖縄も完璧ではないにしろ、それなりに残っていたはずで、でもなくなってしまった。京都と何が違ったんだろう、応仁の乱以降燃えていない都市と、小さな島の歴史は比べられるようなものだったのか、燃やされて然るべきものだったのか。諸行無常、盛者必衰の言葉で終わりたくはない。閑話休題。
資料館は、その性質から過去を絶え間なく保存する、いつ利用されるかもわからないアーカイブ達がいる。誰も知らなくていい、日々の物事かもしれないし恐ろしい知識かもしれない。それでも、知っている誰かがいるということ、あるいは私たちが知らずにないがしろにしたものを記録してくれていることが、人にとっては孤独を解する一つの営みなのかもしれない。
那覇空港近く、沖縄空手会館にあった言葉にこのようなことが書いてあったと思う。(正確ではないが)
「この技術は役に立たないことが良いことなのだ」と。
私たちの現代での尺度をあらためて考えたい。
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ネタバレ飛鳥井千砂さんの作品が読める!ということでご本を見つけて即買いしました。
飛鳥井千砂さんのお話もちろんサイコーだった!そしてほかの作家さんのお話も面白かった。
飛鳥井千砂さんの書く主人公の女性がとっても好きで、今回のもうすぐ十八歳も夢中になりながら読んだ。
後半の展開に、主人公の気持ちになってえ!?え!?となった。主人公に起こったことを知っているから、締め方に納得した。ぜひ読んでほしい!
お話が進むにつれてページを捲る手が止まらなくなったのは雪舟えまさんの二人という旅。
最初は設定の読み込みに苦戦したんだけれど、読み込めた後には、どうなるんだろう??どこにお話しが着くのだろう??と興味津々で読んだ。
初めましての作家さんだけど面白かった!他の作品も読みたい!
展開が面白くて心に残っているのは寺地はるなさんのありふれた特別。
めっちゃ勘違いしながら読んでて、終盤ずっこけた。
勘違いしたのわたしだけじゃないはず。こちらもぜひ読んでほしい!
嶋津輝さんの漂白の道は、読んでてするすると頭に入ってきた!状況が映像で浮かんで、ドラマを見てるみたいで、こちらも夢中になりながら読んだ。こちらも展開にええ!?ってなりながら読んだ。まさかの展開すぎる。。
高山羽根子さんの祀りの生きものを読んで思ったのは、風景?周りで起きていること?の描写がとても丁寧だということ。
お姉さんが出たところでテンション上がった。
町田そのこさんの六年目の弔いは…これもぜひ読んでほしいなー!
締めがほんとうにすき。え!?終わり!?終わり!?ってなる!読んだ人絶対なる!(誇大広告)
今回も出会えてよかったご本でした。
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ネタバレ飛鳥井千砂さんのもうすぐ十八歳【冠】
18歳で子供を持つという事
寺地はるなさんのありふれた特別【冠】
幼馴染のこどもと自らの成人式。予想外。
雪舟えまさんの二人という旅【婚】
宇宙ものはそもそも苦手なので、読み始めは理解できなかったが、途中から、どうなるのかなに変わった。読まず嫌いはいけない。
二人とはシガとナガノの『旅』についてだと思っていたが、シガの発した一言で『二人』が別のものだと気付いた。
「結婚生活も、人生そのものもー向き合うべきものを直視せずに時間だけ過ぎていくんじゃ、本質的には何も始まらないまま終わるってことさえ、あるのかもしれないね」
嶋津輝さんの漂泊の道【葬】
希和子のカナさんへの想いが経年とともに移ろい、関係性も予想外の方向へ。
初めての嶋津さんの作品で他の本も読んでみたくなった。
高山羽根子さんの祀りの生きもの【祭】
最初に登場した生きもの「南洋の妖精」と「お姉さん」のインパクトの強さよ。
町田そのこさんの六年目の弔い【(葬)祭】
なんてひどい祖母! -
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主人公である未名子が自分の住む場所のとある資料館を通して、不思議な職業「間読者(といよみ)」を通して、宮古馬を通して、意味が一見ないと思われるような行為(記録)が世界と繋がっていくための一部なのかもしれないという感じで読みました。
心があたたまる場面も所々あるし、ストーリー的にも面白いし、いい小説だなと思った。
途中で出会う宮古馬に対し『この茶色の大きな生き物は、そのときいる場所がどんなふうでも、一匹だけで受け止めているような、ずうっとそういう態度だった』という描写は未名子自身の生き方そのもののような気がした。
加えて冒頭の方で中学生のころから資料集めについて『ずっと先に生きる新しい人たちの足もとのほんのひと欠片になることもあるのだと思えたら、自分は案外人間というものがすきかもしれないと考えることができた』ということからも孤独ではあるが、どこかでこの世界と繋がっていたいという気持ちも垣間見える。かな・・?