高山羽根子のレビュー一覧
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『ネズミに限らず命っていうものは、消すよりもある状態を維持するほうが大変なようにできている。ワクチンをうつのに数千円かかるけど、銃弾が一発数十円だったり』
ある目的のために世界を転々とする村崎さんの代わりに、村崎さんの飼っている動物たちの世話を引き受けたモトコ。
物語の終盤に現れる『あずかりさん』。命をあずかるということ、その意味。
『種の絶滅を防ぐために人為的にする方法。それが他の地域に運びだしてうっかり繁殖させ、生息範囲を広げてしまうことがないようにする心配りとは、鏡写し』
野生で生きられない動物に対して、人間が手を加える。トキやパンダ、たった一頭だけのゾウガメ。
種の保存とは何なんだろう。
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ネタバレ表紙に惹かれて購入。
どのくらいの素養があると、この物語を楽しめるのだろうか。
よく呑み込めない状況が、よく呑み込めないまま終わってしまった。
テーマは分かる。だが何を目的にと考えた時、彼女は何をしているだろうと思った。
エンタメではなく、記録を読んでいるような作品。
記録は全て利用されるものではない。日の目を浴びないものが大半。
しかし、そこに存在したという事実は記録がないと全てなかったことになる。
ネットアーカイブで残すのも時代に合わせた記録だろうと受け取った。
別に役に立たなくてもいい。その事実があったという記録を残せればいい。
ただあの3つのキーワードは結局何だったんだろう、そこがもやもやする。 -
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人生はじめて台湾渡航したのが今年の3月。
そのときは2泊3日で九分や十分などの著名な観光地を早足で回っただけで終わってしまった。それでもあぁ、なんとなく優しくて落ち着くいい国だなという印象が残ったので、また行きたい、もっと知りたいと思っていた。そのときに出会った本。
古い建築、茶藝、漢方、若者に人気のお店などなど、ガイドブックには端っこのほうにのっているような場所が詳しく紹介されている。
次行ける機会があれば、まずは台北を街ブラして、台湾の歴史が街にどう蓄積しているのかや、同年代の人たちがどんなことを考えて感じているのかを知りたい。
そのときは民宿Airbubにもチャレンジしてみようかな。
とりあえず「幸福路のチー」観よう。 -
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『生と死の対比』
不思議な小説だった。登場人物は主に二人。留守中に生き物の世話を頼まれた主人公と、その家主の村崎さん。この二人の延々としたメールのやりとりで基本的に物語は進んでいく。
本書の特徴は主人公にしろ村崎さんにしろ、人物像の描写が極端に少ない。そのため、頭の中でどんな人物なのかイメージがしにくい。年齢は、趣味は、家族構成は、ということをあえて詳しく描いていないと思われる。
だが、二人のメールの中にはハッとする記述がたくさん散りばめられていた。特にラットやパンダのエピソードは、命の危うさが強調され、生かすことは難しいが命を閉ざすことは簡単であることを思い知らされる。そして、それは人間にも当てはまる…。
ストーリー性には乏しいため、何を読まされているんだろうと思うかもしれないが、そこがこの本の魅力でもあると思う。生き物の世話を通じた生と死の対比に、気付きを得られる唯一無二の作品である。 -
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冠婚葬祭をテーマにしたアンソロジー
6人の作家による個性豊かな短編集で、個人的には
寺地はるなさんと町田そのこさんが好みだった。
以下、収録作品と簡単なレビュー
飛鳥井千砂「もうすぐ十八歳」
成年年齢が引き下げられた。
でもどう感じるかなんて自分次第だと思った。
寺地はるな「ありふれた特別」
読者の予想をいい意味で裏切ってくれた。
ずっと何やら面白くてじんわりと温かかった。
雪舟えま「二人という旅」
家読みのシガとクローンのナガノ。
まさかのSFでぶっ飛んでいた笑
嶋津輝「漂泊の道」
葬儀で出会ったうつくしいひと・・・
感じ方や物の見方が年々研ぎ澄まされ無駄を排除していく様子が人生と重なって趣深い。
高山羽根子「祀(まつ)りの生きもの」
神社のおまつりで手に入れた生きもの
正体が曖昧すぎて最後まで消化出来ず・・・
町田そのこ「六年目の弔い」
交通事故死した夫の祥月命日を、夫の娘と過ごす
唯一涙腺が刺激された作品だがラストに思わぬ仕掛けが!ただ気付くの遅過ぎやせんか?
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ネタバレ【収録作品】
「もうすぐ十八歳」 飛鳥井千砂
「ありふれた特別」 寺地はるな
「二人という旅」 雪舟えま
「漂泊の道」 嶋津輝
「祀りの生きもの」 高山羽根子
「六年目の弔い」 町田そのこ
冠婚葬祭アンソロジー。
「もうすぐ十八歳」 「成人」を巡る話。沖縄出身で、十八で子どもを産み、結婚した智佳。娘が十八になることで感慨を抱く。
「ありふれた特別」 取り立てて仲がいいわけでもなかった幼なじみたちの関係が変化した、出産騒ぎ。
「二人という旅」 結婚。旅をしている家読みのシガと助手のクローン・ナガノとの関係の変化。
「漂泊の道」 弔事のときだけ会う親戚のカナに漠然と惹かれる希和子の生き方。
「祀りの生きもの」 「私」は、子どものころ、縁日で買った「南洋の妖精」を思い出す。
「六年目の弔い」 交通事故で亡くなった夫の七回忌。夫の娘が訪ねてくる。
長い時間が流れていて、年を経ることの意味を思う。 -
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U-NEXTの100min.NOVELLAシリーズ、3冊目は、これまた久々の高山羽根子さん。
移民差別問題をやや硬質なタッチで描いた、今より少し先の未来を見ているようなディストピア小説は、フィクションにしても、どの国を指しているのか推測できそうな中に於いて、このような書かれ方をされると、いよいよ本気で考えなければいけないのではと思わせるものがあるが、何故改善されないのかということを想像すると、その国の良くも悪くも変わらない部分というのが顔を出してくるようで、なんともやるせなくなる。
更に、そうした部分がより強固なものとなる要素として、無知であることに加えて心が無いことだと思い、そのあまりの恐怖に帰りたくないと感じている移民たちに対して、システムや法律といった、国によっては、そこに書かれた言葉以外の意味を全く含ませない非情なもので、一人として同じ心の存在しない人間を、同じカテゴリの中に入れてしまうという時点で、既に何か違うと感じるべきではないのかと、私は思ってしまう。
また、その世界での、そうした移民問題への心無い対応は、ある動物の存在が、繋がれていて初めて許されるような表記と絡めることで、より切実さを増しているように感じられ、そこには、まるで移民と動物を同じ観点でしか見られないような恐怖感も先立ち、確かに安全で快適な暮らしを送れれば、それでいいのだろうが、本当にそれだけでいいのだろうかと、疑問を持たずにいられないのも確かな気がしてならないし、繋がれていなくても大人しい動物だって存在するわけだからと思うと、その安易な決め付けに近い眼差しには、差別を感じさせる驕り高ぶりがあると言われても仕方ないのでは。
そして、その中でも驚きを隠せなかったのが、移民の名前がこの国ではあまりいい響きに聞こえない恐れがあるということであり、これはデリケートな問題だと感じながらも、これに何か言う人は、はっきり言って何様なんだと思ってしまう、その浅薄な解釈は、あまりに自国以外の事を知らなすぎるし、知らないのだとしても、その国に根付いた文化や歴史、生活習慣等から、一つの名前にはとても大切な思いが込められていることだってあることを思い描けないのだろうかと、悲しさを覚えてしまう。
ただ、そんな悲しさを抱いても、故郷の国よりはマシだと感じながら、やはりこれでいいのだろうかといった不安を押し隠せない人たちが、ひと時だけでも自分がここにいるといった思いを感じさせる場所の存在には心を打たれ、それがまた、移民に対してそうした思いを抱く人達が、あまり寄り付かないような所である点に、改めて気付かされる大切さもきっとあると思い、それは光と闇なんて安易な表現を使うよりも、全てを包み隠さず曝け出すような情緒も何もない場所と、僅かな光だけだが、そこに適度な自己の入れる余地があるような場所とによる、明確な対照性が教えてくれており、そんな場所で主人公と犬も出会った表紙の絵は、自分の拠り所を懸命に探し続けている、二人のささやかな邂逅を描いているようにも見える。
実は本書の高山さんの書き方では、現代社会に於ける国家のあり方を、辛辣な皮肉を込めつつも、その的を射た視点にハッとさせられた点に、「首里の馬」を思わせる、豊富な知識量に基づいた独特の考察が最も印象に残るかとは思われるのだが、その中に於いても、日の当たらないような彼らに焦点を当てた、彼女の眼差しには、表紙のような暗闇の中でも確かに存在し、生きている、そんな彼らに気付いてほしいといった、真摯な祈りが込められているようで、そちらの方が、私にはより心に響くものがあった。