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鮮明で美しく、静謐かつ余韻に満ちたレクイエム、芥川賞作家の新境地。
人生はパレード、荘厳な魂の旅路。台湾と日本、統治と戦争の歴史に及ぶ記録と記憶の軌跡――。
祖父の自死をきっかけに実家のある地元に帰った美術家の私。祖父が日本の植民地だった戦前の台湾に生まれ育った「湾生」と呼ばれる子どもだったことを知り、日本統治下の台湾について調べ、知人からも話を聞き、誘われるまま台湾を訪れることになる。祖父の自死の原因、理由を探り、自身のルーツ・アイデンティティを確かめるための台湾訪問だが、何かに導かれるように台湾先住民の系譜にある人物の葬儀に参加することになる。日本とは全く違う儀式や儀礼、風景に触れるうち、戦争や生と死・祖父の思い出・美大時代唯一の友人の死、様々なイメージが想起され喚起されていくのだった。
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Posted by ブクログ
『ふと、私の首が、私の叫びとともにスポットライトの中でごとりと落とされたら、ここにいるたくさんの人たちはどうふるまうだろう、と妄想する。事実このときの私は、たくさんの人たちの前で斬首される受刑者とたいして変わらないと思えた。私が自分の作品の一部、創作活動の一部として自分の死を差し出すふるまいをしたなら、この場の人たちはどうそれを鑑賞するんだろう。などと考えながら、にもかかわらず、曖昧で無毒な困惑の笑みを浮かべながら、拍手と光に満ちる舞台にずっと立っている』
保坂和志なら、これも(こそ)小説というだろう。けれど、一般的な意味で小説にプロットを期待するなら、これはその期待を裏切るだろう。しかし高山羽根子の書くものに(初期の作品はともかくとして)判り易い筋書きを求めるのがそもそも、筋違い、ということなのだ、と考え直す。
それにしてもこの作品は小説というよりも随筆のような趣があって、ともすれば主人公に作家本人を重ねてしまいそうになるのだが、書かれていることと言えば、表現することにまつわるもやもやとした思いであったり、閉塞的な地方や古いしきたりへの感傷であったり、民族間の文化の相違や類似から派生する取り留めのない感慨であったり、死にまつわる思いや死生観のようなものを巡る感情であったりと、自由に逸脱する思考のオンパレードだ。それを面白いと思えるかどうかについては、案外と個人差が出るかも知れない。例えば、前出の保坂和志や柴崎友香の小説を面白く読める人であれば、きっと高山羽根子のこの新作も面白いと思うに違いない、くらいは言っておいてもいいだろうか。
もう少し個人的な趣味で言うと、堀江敏幸のちょっと嘘くさいエッセイを思い出したりもするのだけれど、堀江敏幸といえば上手な嘘に巧みな伏線回収というイメージがあるのに対して(あくまで個人の感想です)、この高山羽根子の散文には回収される伏線じみたものがほとんどない。主人公の祖父の死、美大の同級生の死、バイト先の知り合いである美術を学ぶ台湾人の父の死、あるいは異国で出会う正体が知れないまま消えてしまう人物と、断ち切られたものが残してゆく幾つもの謎は提示されるのだが、それに答えることに費やされる頁数は極端に少ない。思えば「如何様」でも「居た場所」でも、断ち切られた後の余韻や残像に余計な言葉を添えないのがこの作家の特徴でもある気がする。そして、どこで読んだのかは忘れたけれど、以前保坂和志が何かの対談で「男と女が出てきたらどこかでセックスするみたいな、判り易い話は書きたくないんだよね」と言っていたのを思い出しもする。要は、全ての謎が解かれなければならないという思い込みこそが物事をつまらなくするのだ。読んで何だか頭の中が掻き回された気になるというのが、保坂和志のいうところの小説というもので、だとするとこの作品は実に小説的な小説だとも言える。
そう言えば、最近こんな風に不意打ちを喰らった小説を読んでいなかったなあ、と独りごちる。
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小説・文芸
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